プロローグ
ある夜のことである。
もうまもなく冬を迎えようとしているその寒空は、凍てつく冷気によって澄み渡っていた。
しかし、崩壊した巨大都市の粉塵が夜空を覆いつくしているので、星はひとつも輝いていない。
さらに酷いことに、その街は人の活動の場としての機能を失っている。かつては無数の人々がひしめき合うコンクリートジャングルであったのだろうが、今はその面影だけを残してあとの残りは全て風化させてしまった。いうなれば、ただの瓦礫の山でしかないのだ。だから、誰もそこにはいないし、街から発せられる光も全く存在しない。そのうえ、今宵は新月のため、月の光も届かない。
だから、この街は完全なる暗黒に包まれ、自分の目の前すらろくに見ることができないほどであった。
いや、ふたつだけ、緑色の光が強く輝いているのを見て取れる。
それは、人間が作り出す光ではない。こんな気味の悪い光を人間が作るはずがない。
光というにはあまりに暗すぎるのだ。
そんな暗い光ではあるが、かすかにその怪光に照らされ、何かを見て取ることができる。
それはふたつの巨大な化け物の影であった。
「もう一度聞く。君はもう、俺についてきてはくれないのか?」
「ああ、俺は俺のやり方で世界をつくる。どうしても邪魔するというのであれば、たとえお前であっても容赦はしない」
「なぜだ?君の求めた世界は、俺と同じではなかったか。今まで、ずっとそれを追い続けて、ともに歩んできたではないか」
「悪いな。今ここで告白しよう。俺は間違っていた。そして、お前もな」
「君のような生ぬるいやり方で、どれだけの成果が得られたのか、それは歴史を見れば明らかであろう。それは君もよく知っているはずだ。間違っているのは君なのだ」
「お前のやり方はそれ以下だと言っているだろう」
「我が国をここまでに落ちぶれさせた過去のやり方が、俺の崇高な理念に勝ると?」
「そうだ。お前の理念など、単なる独りよがりの、はた迷惑なイデオロギーでしかない。お前のようなやり方が、どれほどの悲劇を生んできたのか、歴史をみれば明らかであろう」
「俺は違う。あのような過去の大罪人などとは決定的に違うのだ」
「もうこれ以上、お前と議論をしても無駄なようだな。時間が惜しい、俺は行くぞ」
「君をここで手放すくらいなら、いっそのこと、俺が君を殺す」
今宵は、闇によって支配される。
ここは一筋の光すら達しえぬ、深海の底のような世界。
それは、行き場をなくした人間たちの心を忠実に再現したような世界である。
今はもう、人間たちは、何もかもが見えないのだ。
彼らはいま何処をどうやって歩いているのかすらわからない。
それは、黒よりも暗い闇のせいではない。
自分自身が、その目を潰した。
それ故、彼らに光が届くことはないだろう。
もう二度と・・。
本日も、このようなところにアクセスいただき大変恐縮でございます。
本作品は、暗さを特に追求したストーリー構成になっておりますので、ご気分が沈んでいる状態でお読みになることのないよう、お気をつけ下さい。