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キスして抱きしめてくれました

不定期更新です。

「誰?もしかして、彼氏?」

「えぇ…と、うん。」

「知らなかった!百合奈、彼氏いるんだ!?」

「付き合い始めたの。」

「あの制服…混合ダブルス組んでる高校だよね。でも、テニス部の人じゃないし、どこで知り合ったの?」

「幼馴染…。」

「あんなイケメンの幼馴染がいたの?すごいじゃん!」

 テニス部の朱音あかねにしっかり目撃されてしまい気まずい…ちらっと振り返ると、颯はまだ見送ってくれている。シャツを腕まくりして、ネクタイを緩く結んだ彼は、優しく微笑んで手を振った。恥ずかしくてパッと目を逸らす…電車の中でも私は怒ってばかり。部活が終わったら、会いに行って仲直りしよう…。


『今、颯くんの高校の正門のところだよ。もう帰っちゃった?まだ、図書室にいる?』

『まだ図書室にいるよ。正門にいるの?』

『うん、待っててもいい?一緒に帰ろう?』

『今すぐ行く。』


 少しすると、向こうから颯がダッシュしてくる。

「百合ちゃん!」

「颯くん、走らなくてもいいのに。」

「待った?部活終わるの早かったね。疲れてない?…お腹空いてる?どっか寄ってく?」

 息が上がっている颯は、呼吸を整えながら質問攻めをする。

「ふふっ…待ってないし、疲れてないし、お腹も空いてないけど、どっか寄りたい。」

「うん、寄り道してこ。」

 颯が鞄を持ってくれて、手を繋ぐ。さっそくハンバーガーショップに行くことにする。

「颯くん、今日ごめんね。」

「お前が謝ることなんてあったっけ?」

「朝、怒ったでしょ?だから…。」

「ははっ…いいよ。怒ってるとこも好きだって言ったろ。」

 白桃のスムージーと葡萄のスムージー、大きなサイズのポテトを注文する。颯くんがフライドポテトを私の口に一本入れ、自分の口にも一本入れた。スムージーも半分まで飲み、交換する。

 …間接キス?…

 戸惑いながら、ストローを咥えた。意識し始めると、颯の顔がまともに見れない。私の横顔に視線が突き刺さる。

「百合ちゃん、こっち見てよ。」

「颯くん、そんなにこっち見ないでよ。」

「ふっ…そうだ!プリント作ったから、時間ある時に読んで。」

 渡された紙には綺麗な文字が並び、色とりどりのマーカー線が引かれている。

「これ、なに…?」

「俺、同じ大学行きたいから…要点まとめてみた。」

「同じ大学??無理無理無理っ!!」

「あと二年以上あるし、大丈夫だろ。俺が渡すプリントを暇な時に眺めてくれさえすればいいから。」

「ゔぅ…無理だよぉ!」

 半泣きだ…上目遣いで見つめ、諦めてもらえるように懇願の目線を送る。颯に見つめ返されて、形の良い唇が「お、ね、が、い。」と動く。

 ミイラ取りがミイラになるように、早々に私が諦めた。駄目で元々…プリントを握りしめて、隅から隅まで目を通す。口にはポテトが放り込まれ、無意識にもぐもぐすると、颯に「毎日、一枚作るからな。」と告げられて、さらに青褪めた。



 夏休みが終わっても、毎日送ってくれて、迎えに来てくれる。颯が隣にいることにも慣れて、自然に繋ぐ手と手、触れる肩と肩……暑い暑い夏が足早に過ぎ去っていくのに……抱きしめたり、キスしたり、そんな恋人っぽいことは全く起きなかった。

 …私が子どもっぽいから?…

 周りの皆は、付き合った日のうちにキスしたり、すぐにその先まで進んだりするのに。

 だんだん寒くなってくると、颯の体温が恋しくて、繋いだ手が離れると寂しくなる。…本当はもっともっと颯と近付きたいのに、うまく甘えられないまま時間だけが過ぎていく。


「百合ちゃん、中間テストが終わったら、どこか遊びに行かない?」

「うん、行きたいっ!」

「どこ行きたい?」

「えぇ…と、水族館!」

「良いね!…約束だよ。」

 差し出された小指に、小指を絡ませる。颯は嬉しそうに笑って、「すげぇ楽しみ。」と私の耳元で囁いた。


 中間テストでは目が飛び出るほどの高得点を叩き出し、友達も両親も驚いていたけど…自分が一番びっくりした。颯が作るプリントの威力が凄まじすぎる。今度の日曜日は、待ちに待った水族館デートだし…颯にプリントのお礼も言いたいし、何より私がもっと恋人らしくなりたい。日曜日まであと少し…化粧や髪型の動画を見ては深夜まで練習した。


「百合ちゃん、今日は雰囲気違うね。可愛い!」

「ありがとう。颯くんも髪切ったの?」

 颯の方こそ…すごく格好良い。デニムのジャケットを着て、刈り上げた襟足が爽やかだ。私は大きめのニットに、チェック柄のショートパンツと茶色のブーツを合わせている。緩く巻いた髪を下ろして、少しお化粧もしてみた。でも、こんがり日に焼けているので、どうしたって子どもっぽい…。


 水族館はカップルばっかりで、水槽の中は光が煌めき、たくさんの魚が気持ち良さそうに泳いでいる。

「わぁ…綺麗っ!颯くん、あれ見て!」

 珊瑚礁に隠れて、鮮やかな熱帯魚がいた。

「本当だ…綺麗だね。」

 大きな水槽の先は、小さな水槽が迷路みたいに置かれていた。暗くて、人もまばらになってくる。


「颯くん、くらげ!とっても可愛いね!」

「このくらげは猛毒持ちだけど…可愛いか?」

「そういうのはいいの。見た目が重要なの!」

「ははっ…ごめん。」

 繋いだ手の私の指先を、颯の指が優しく撫でた。周りには誰もいなくて、暗くて…ぷかぷか浮かぶくらげの水槽が揺らめいている。急に颯が私の腰をぐっと引き寄せ、唇に柔らかいものが押し当てられた。瞳を閉じた彼が目の前にいて、唇から魂を抜かれるみたいにゆっくり私の瞼も落ちていく。唇と唇が触れ合う優しい感覚に包み込まれて…これがキスなんだ…と気が付いた。そっと離れると、颯は切なそうに微笑んだ。


「百合ちゃんが、世界で一番…可愛い。」


 そう言った颯は、私をぎゅうと抱きしめた。後ろから人の話し声が近付いてくると、強く手を引かれて、次の水槽までスタスタと歩く。ガラスに映る私達は、手を繋ぎ、仲良く寄り添って、ちゃんと恋人同士に見えた。颯を見上げて「もう一回。」…そう言うと、困った顔をした颯は…チュッ…と触れるだけのキスをしてくれる。

「颯くん、もっと…。」

「…っ…あのなぁ…お前は、男を分かってなさすぎるぞ。」

「…?…どういうこと?おしまいってこと??」

「本当に…我慢してる俺の身にもなれよ。」

 颯は周りを見て、啄むようにキスをした。離れていく彼の熱が名残惜しくて、ぎゅっと抱きしめると、颯も抱きしめ返してくれる。また、人の話し声が聞こえてきて、手を繋いで急いで歩き出す。無言になる颯と無言になる私…ゆっくり水槽の間を進んでいく。


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