怒らせたようです
不定期更新です。
『颯くん、もう寝た?』
『まだ寝てないよ。』
『電話してもいい?』
それを見た瞬間、電話をかけていた。すぐ繋がる通話に「百合ちゃん?」と呼ぶと、「颯くん?」と返ってくる。「どうしたの?」と尋ねると、「おやすみ言いたくて。」と聞こえた。可愛すぎて、俺はこのまま悶え死ぬかもしれない。
「あ、あのさ…暇な時でいいから会える?でも、部活の後だと疲れてるか…夏休みはテニス漬けだもんな。」
「テニスだけど、毎日会いたい。」
「…っ…あのなぁ。毎日って、お前は俺みたいに暇じゃないだろ?………そしたら、朝、学校まで送ってってやるよ。」
「大変だよ。颯くんの高校より先だし。」
「同じ駅じゃん…誤差範囲。」
「それに…友達に見られると恥ずかしいかなって。」
「恥ずかしくないようにするから。服装とか髪型とかお前の好みがあれば合わせるし、変な奴だと周りに思われないように努力する。」
「ふふふっ…なにそれ。そういうことじゃないのに。」
「明日の朝から送っていくね。いい?」
「うん、分かった。颯くん、また明日ね。…おやすみ。」
「百合ちゃん、おやすみ。」
毎日!朝!学校まで送っていく!幸せ展開すぎて、現実かどうかあやしくなる。多少の無理やり感は否めないけど…本当にいいんですか!?と天井に向かって無言で雄叫びをあげる。
窓のカーテンの隙間から百合奈の部屋を見る……寝たかな?……やばい!俺、ストーカーみたいだ。
百合奈の部屋は、カーテンがきっちり閉まっていた。この精神状態で前みたいに開けっ放しだったら、俺は不眠症まっしぐらだったとほっと胸を撫で下ろす。どさっと大の字でベッドに横たわると、着飾った彼女が目の裏に浮かぶ。人混みに紛れて柔らかい手を握ったら、もう離せなかった。チョコバナナを美味しそうに頬張る彼女…花火を見上げる少し大人びた横顔。
『付き合いたい。颯くんの彼女になりたい。』
俺は一生分の運を使い果たしてしまったんじゃないだろうか…。
早く起きて、濃いグレーの制服ズボンに水色のシャツを着込む。そして、一応…ネクタイをする。百合奈の隣にいて恥ずかしくない男になる!っと気合い十分だったけど…鏡に映るのは、いつも通り冴えない男。
それに引き換え、玄関から元気よく出てきた百合奈は、制服のチェックのスカートに白い半袖のシャツ、リボンが少し曲がっていて、いつも通りすごく可愛い。下ろした髪を片方だけ耳に掛け、色素の薄い瞳が俺を捉えて、ぷっくりした唇がニコッと笑った。
「おはよう!」
「お、おはよ!」
鞄を捥ぎ取り、勢いで手を繋ぐ。歩き始めると、「お弁当忘れてるわよ!」と百合奈の母が追いかけてきた。
「あら??相原くんと手を繋いで…うふふっ…そういうこと?」
「はい。お付き合いさせてもらうことになりました。よろしくお願いします!」
俺は気の利かないテンプレを吐き出し、真っ赤になって礼をした。
「百合奈をよろしく。ようやく付き合いはじめたのね。パパにも言わないと!」
急いで戻っていく後姿を見て、青くなる。父親に何と報告されるのか…。
「もうやんなっちゃう!」
また歩き始める百合奈は、昨日も夏祭りから帰ると根掘り葉掘り両親から色々と聞かれたと愚痴を溢す。俺は相槌を打ちながら、頬を膨らませる彼女を見つめる。怒って、笑って、泣いて…両親がいつも忙しい俺にとって、色んな感情を教えてくれたのは百合奈だった。彼女と話せなかった中学時代は、単調で、退屈で、つまらなかったなと思う。
「俺、怒ってる百合ちゃんも好きだよ。」
「もう!颯くんも、意味分かんない!」
さらに頬を膨らませて、ぷいっと顔を逸らされる。顔を覗き込むと、透き通る綺麗な瞳でじっとりと睨まれる。
「ははっ…百合ちゃん、可愛い。」
「颯くんなんか知らないからっ!」
「ごめん。」
謝ったけど、顔がニヤけてしまう。「いじわるな颯くんは嫌いっ!」と怖いことを言われ、死に物狂いで何度も何度も謝る。
高校の正門で手を振ると、百合奈は友達を見つけて小走りで駆けて行った。俺といるときよりもずっと楽しそうに笑い合う後姿を、見えなくなるまで見送る。来た道を戻り、俺も高校の図書室に向かう。目標は三年後…同じ大学に入りたい。百合奈の兄みたいに遠くの大学に行かれたら俺が本気で困るから…人間は情報の八割を視覚から得ている…疲れた彼女の脳みそに叩き込むために、必死で傾向と対策をまとめ、普段は使わない蛍光ペンでカラフルに色付けしていく。
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