颯くんの彼女になりました
不定期更新です。
絆創膏を片手に戻ってきた颯は、肩で息をして、いつもは涼しげな顔の額から汗が垂れている。慌てて走ってきたからか、前髪がぴょんと跳ねてしまっていて、すごく可愛い。
「百合奈…ごめん。コンビニ混んでた。待ってたよな。」
「ううん、待ってないよ。」
「嘘つけ…ごめん。」
しゃがんだ颯の膝に足を載せられ、ウェットティッシュで血を拭われる。ふーふーと息をかけられた。
「ひぁっ…颯くん、くすぐったいよ!」
「家でちゃんと消毒しろ。すげぇ痛そう…本当にごめん。」
絆創膏が貼られ、足を解放されたと同時に、背中を向けてしゃがんだ颯に「おぶされ。」と言われる。「無理っ!」と顔をぶんぶん横に振った。
「百合奈、歩けないだろ?」
「…浴衣だもん、おぶされないよ。」
「じゃあ、お姫様だっこにするか?」
意地悪そうに笑う颯を、じっとり睨んで口を尖らせる。
「大丈夫だよ!本当に歩ける!」
「でも、無理するなよ。」
何度も「ごめん。」と「痛くない?」を聞き続ける颯の手を取って、ゆっくり歩き出す。
「颯くん、優しくしてくれてありがとう。」
「優しくなんかない。百合奈に痛い思いさせて最低だろ。」
「ううん、昔からいつも優しい。」
「あのなぁ…慰めなくていいよ。むしろ怒ってくれた方がすっきりする。」
「…ふふっ…また来年も夏祭り来たいね。」
落ち込んだ颯を見て、すごく愛しい気持ちが込み上げる。颯が悪いわけじゃないのに、何でそんなに落ち込むの?…彼の困った顔を見上げると、垂れ目を細めて、優しく見つめてくれる。その時…颯の彼女になりたい…と強く感じた。優しい颯を…独り占めしたいって。
人混みが空いた駅の改札を抜ける時、離れる手と手…もう一度、繋ぐにはちゃんとした理由がいる気がして…寂しくなった手が宙に浮く。恋人同士じゃないのに、手を繋ぐなんておかしいかも。
「百合奈…。」
振り返って私の名前を呼ぶ颯が、手を差し出す。手を伸ばすと引き寄せられ、ぎゅっと手が繋がれる。骨張った大きな手…私より白くて、細い指先には形の良い爪…体温が混ざって…手の感覚だけに支配される。
電車に揺られながら、駅を通り過ぎる度に気持ちが焦る…この手を離したら、次はいつ繋げるのかな?…悶々としながら、暗くなった街並みが窓の外を過ぎ去るのを見つめる。
「高倉先輩と仲良いの?」
「え?…混合ダブルスで組んだ時に話しただけだよ。」
「ふーん。さっき先輩達と一緒に遊びに行きたかった?」
「ううん…颯くんと一緒に帰りたかった。」
そう言うと颯は嬉しそうに微笑んだ。当たり前のことなのに、そんな風に微笑まれると…『百合奈は俺のなので』っていう言葉を思い出して胸が辛くなる。俺のってどういうこと?
駅から家までゆっくりゆっくり歩くけど、隣同士の家が向こうに見えて来て、急に寂しさが募ってくる。…今はこんなに近くにいるのに…もうすぐ終わってしまう。
「百合奈、今日…ありがとな。あと、ごめん。」
「今日は楽しかったね。颯くん、ありがとう。」
「…………百合ちゃん…。」
「ふふっ。懐かしい呼び方…昔はそうだったね。」
颯が立ち止まり、私の方に向き直った。暗闇で瞳が揺れている。
「百合ちゃん…俺のこと彼氏にして欲しい。」
「え?」
「俺と付き合ってくれない…?」
体が沸騰したかと思った。いつもは優しい口元がきつく結ばれ、眉間に皺を寄せ、何だかとても苦しそう…私も胸がぎゅうと締め付けられる。
「私も颯くんと付き合いたい。颯くんの彼女になりたい。」
一瞬止まった颯の顔が、次第に満面の笑みを浮かべると、私も自然に顔が綻ぶ。
「本当に!?」
「うん!」
「すっげぇ嬉しい!」
「私もとっても嬉しい!」
隣同士の家の前、二人でくすくす笑い合う。まだ『付き合う』って未知数だけど…会いたいときに会いたいって言ってもいいのかな…それに、また手を繋げるかもっていうことが、私にはすごくすごく嬉しかった。
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