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22/23

バレンタインも最悪になりました

不定期更新です。

 気合いを入れてオーブンの中を見守る。


 …今度は焦げないで…


 レシピには混ぜて焼くだけの『簡単♡バレンタインクッキー』って書いてあったけど、一回目は無惨にも焦げてしまい、ほろ苦かった。お菓子作りなんてしたことがないし、調理実習も食べる専門だったから、初心者には『簡単』もハードルが高かったみたい…冷ましてからデコレーションして、ラッピングも可愛くしたいのに、時計はもう十二時を過ぎている。チョコレートの甘い香りに包まれて、じっと時間が経つのを待つ。


 颯はバニラアイスに黒いクッキーがゴロゴロ入っているのが好きだ。バレンタインに手作りしたものをあげたいと思ったとき、パッと『クッキー』が頭に浮かんだ。ちゃんと出来上がるか分からない今となっては、冷やして固めるトリュフチョコの方が余程良かったかもしれないけど…。もう時間が無いから、二回目は上手く焼けてくれなきゃ本当に困る…。


 やっと焼き上がったクッキーに、手を震わせながらチョコペンでハートマークや文字を書いていく…いまいちなもの、まぁまぁなもの、良い感じのもの…たくさんのクッキーの中から出来の良いものを颯にあげることにする。初めての手作りお菓子…セロハンの袋に入れ、可愛くリボンでラッピングした出来上がりを見て、自然と顔が綻んだ。


 私が気合いを入れて挑んでいるのには、訳があった。それは…バレンタインの日に颯にキスしてもらうこと。彼は大人のキスどころか、唇が触れるだけのキスさえしてくれなくなった。大晦日に、私がキスを嫌がってから…ずっと。本当は嫌じゃないって、前みたいにキスして欲しいって、ちゃんと気持ちを伝えたい。



 朝、窓の外は寒そうな二月のどんよりとした曇り空に見慣れた颯の部屋…ほぼ徹夜の眠たい目を擦る。

 玄関の前で待っていた颯は、紙袋を抱えた私を見て、目が泳ぎ、そわそわしている。

 …ふふっ…楽しみにしててね。

 今日、実は授業が終わったら、私が颯の高校まで迎えに行こうと思ってる…でも、放課後まで内緒。

「颯くん、夜は空けておいてね?」

「えっ?…うん、ずっと前から空けておいてる。今日はだって、あれだもんね。」

「ふふっ…あれって何?」

「えっ??…バ…バレ…ン……えぇと、何でもない。へへっ。」

 颯は、ニヤけた口元を恥ずかしそうに手で隠した。私もすごく楽しみ…早く颯の喜ぶ顔が見たいもん。



 授業が終わると、わいわいとクラス中が浮き足立ってる。余ったクッキーを小分けにして持ってきたから皆んなに配り、私も友チョコをたくさん貰う。

「これ、早い者勝ちだよー。」

 金色の箱を開ける心愛に視線が集まる。

「えっ!?高いチョコなのに配っちゃって良いの??」

「はぁー、本命チョコだったけど…つい最近、別れたから、いいの!!」

「「「えぇーー!!?」」」

 一斉に皆んなで驚く。大したことないような顔をしている心愛が、やれやれと説明を始めた。

「だってさぁ…彼、無口すぎるの。もう無理!チャットでは盛り上がるのに、会うと全然なんだもん。本当に佐伯くん…二重人格だわー。」

 心愛はスマホの画面を掲げて、チャットのやり取りを披露してくれる。一分間に何回もメールを送り合うラブラブの会話が深夜まで続いている…見てる私の方が恥ずかしいくらい。

「心愛、本当に別れちゃっていいの?このチョコだって、佐伯くんにあげるはずなんでしょ?」

「うーん、バレンタインだから会わなきゃって思うと胃が痛くなるんだよねー。百合奈も知ってるでしょ?あの無言の空間っ!会うのが怖すぎるし、もう別れるしかなくない??メールのやり取りは楽しかったけど…。」

 心愛が金色の箱からチョコを一粒取り、口に放り投げる。「うまぁ!別れて、正解かもっ!」と至福の顔だ。皆んなも我先にとチョコを取り合う。私も一つ頬張ると、口の中に広がる濃厚な大人の味…すごく美味しい!でも、心愛と佐伯くんが別れたって聞いて複雑な気持ち。空元気に見える心愛は、実はまだ彼の事が好きなんだと思う。

「心愛、チョコありがとう!私、部活休みだから、もう帰るね。」

「アッ!百合奈、ちょっと待って!」

 手を引っ張られて教室の隅に行くと、心愛は悲壮な顔で拝むポーズをした。

「…あのさぁ、今から相原くんに会うでしょ?佐伯くんの様子…聞いてきてくれない??」

 やっぱりまだ好きじゃん!私が「いいよ。」と頷くと、彼女はホッとした表情をした。心愛は私を椅子に座らせると「百合奈様、よろしくね。」と言いながら、髪の毛をハーフアップにアレンジしてくれて、大人っぽい色のリップや簡単なメイクを施してくれた。心踊る私は、大切な紙袋を片手に足早に教室を出る。


 颯の高校の正門の横に立つと、下校する男子生徒にジロジロと見られる。バレンタインだから、片思いの人に今から告白する気合いの入った女子高生に見えるだろう。

『今、颯くんの高校の前にいるよ。勉強が終わるの待ってるね!』

『正門ってこと?』

『うん、来ちゃった!』

『すぐ行く!』

『ゆっくりでいいよ。』とスマホに打ち込んでいると、肩を叩かれ驚いて顔を上げた。


「林さん??相原、待ってるの?あいつ、図書室だから呼んでこようか?」

 テニスウェアを着た佐伯くんが立っていて、盛大に息が上がっている。

「えっと…颯くん、すぐ来るって。」

 スマホをぎゅっと抱きしめる…なんで佐伯くんがここにいるんだろう。

「ははっ…そんな警戒しないでよ。正門ですごい可愛い子が誰かを待ってるって、テニス部の奴に噂を聞いて…もしかしたら元カノかなと思ってさ。」

「……元カノ…。」

「そう…別れたらしい。っていうか、一方的に言われただけで、俺は納得してないけど。何か彼女から聞いてる?」

「んと…別れたって聞きました。メールのやり取りは楽しいけど、会うと会話が無くて辛いって。」

「会話かー。だよなー。」

 佐伯くんは、天を仰ぎながら遠い目をした。

「でも…バレンタインに佐伯くんに渡すチョコを用意してました。」

「えっ!?本当に!?貰えるのかな?」

「あ…皆んなで食べちゃいました。ごめんなさい。」

「俺のチョコ、食べられちゃったの?ひどくない??」

 佐伯くんは意地悪そうに笑って、掌を私に差し出す。

「えぇ…と、この手は??」

「可哀想な俺に、チョコを恵んでくれ。」

 ヒョイヒョイと指が動き、チョコを催促してくる。私も佐伯くんのチョコを食べてしまったし、申し訳ないから、余っていた友チョコ用のクッキーを掌にのせる。

「あの…もう一度、心愛とちゃんと話し合ってもらえますか?」

「確かに、会話できないと愛想尽かされるよね?もう一回、俺も頑張らなきゃな…。…あれ?これって林さんの手作り?」

「…そうです。」

 佐伯くんがクッキーをまじまじと見ている向こうから、颯がダッシュしてくるのが見えた。

「よっしゃー!手作りチョコ、ゲット!テニス部の奴らに自慢しよう。相原も来たし…またね!ありがとう!」

 佐伯くんは、ぶんぶんと手を振りながら走って行った。


「百合ちゃん、待った?」

「ううん!颯くん、急にごめんね。」

 はぁはぁと肩で息をする颯は落ち着かないまま、私の手を取って歩き出す。

「…百合ちゃん、何で佐伯といたの?」

「テニス部の人に聞いたって。正門で待ってたから、噂になってたみたい。」

「だよな…。で、佐伯に何渡してたの?」

「友チョコ。」

「…だと思った。何で他の男にあげるかな?」

「怒ってる?」

「そりゃ、怒るだろ。」

「ごめんね…怒らないで?」

「…………。」

 颯の足取りが速くて、小走りになる。無言の颯に強く手を引き寄せられ、片方の手にはいつもより多い荷物…一生懸命歩くけど、クッキーの入った紙袋を気にしすぎて脚がもつれてくる。

「颯くん、もう少しゆっくり歩いて?」

「…………。」

「ちょっと待って?…お願い!」

「…………。」

「あっ…きゃあ!」


 …グシャッ…


 案の定、颯に引っ張られた腕と荷物の重力に負けた腕の間で、私の脚は崩れ、片膝がゴリっとアスファルトに擦り付けられた。

「百合ちゃん!」

「いたぁ…。」

 膝の痛みより耳に残る紙袋が潰れた音が気になった。恐る恐る紙袋を見ると、学生鞄の下敷きになっている。

「ごめん、俺のせいだ。膝…血が出てる。」

 青褪めた颯が必死に膝の止血や手当を始めるけど、私の心は膝よりクッキーだ。紙袋を救出して、中を覗き込むと、クッキーが粉々になっていて愕然とする。自分でも分かるくらい…私の肩はガックリと落ち込んでしまった。…頑張ったのに。膝の痛みも相まって、子供みたいに涙が溢れてくる。

 颯がオロオロと私の顔を覗き込んでは、ティッシュで涙を拭ってくれ、颯の「ごめん。」っていう声が、何度も聞こえては消えていく。クッキーがこんなじゃ、私の気持ちも伝えられないな……はぁ…。


 いつもの道をとぼとぼ帰り、家の前で別れようとすると、紙袋を颯に奪われた。

「百合ちゃん…これ…俺のでしょ??」

「颯くん、返して?」

「怪我させて、本当にごめん。膝、痛いよな?…俺、どうやって詫びればいいか。怒ってる??だから…俺にはバレンタインくれないの?」

「膝は大丈夫だよ。あのね…バレンタインにクッキー作ってみたけど、さっき転んだ時に割れちゃった…だから、あげられないの。ごめんね。」

 颯が紙袋の中を見て、満面の笑顔で目を丸くする。

「え??手作り?クッキー?…すげぇ!!割れてても全然良いよ。欲しい!!ください!!」

「やだよぉ…割れてるのなんて。返して??」

 奪い返そうとすると、颯が紙袋を高く持ち上げ、いくらジャンプしても届かない。

「返さない。ちょうだい。」

「返して!お願い!」

「…絶対に返さないよ。」

「…っ…もう知らない!」

 クッキーなんて一生作らない…とんだバレンタインになってしまった。


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