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19/23

最悪の大晦日になりました

不定期更新です。

※キスシーンがありますので、苦手な方はご退出ください。

 大晦日。忙しなく出掛けて行く両親に言い残されて、仕方なく自分の部屋の大掃除をする。机の中身を出したり、本棚を整理したり、掃除機を隈無くかける。でも…その掃除機を動かしているのは颯だ。


「颯くん…もういいよ。一人で出来るから。」

「暇だから手伝う。二人でやった方が早いでしょ?」

「あとはクローゼットだけだし。もう帰って良いよ??」

「でも、終わったら課題やる約束だし。」

「…ん〜、そうだけど。一人で出来るよ?」

 クローゼットや衣装ケースの服を盛大に床にぶち撒けて、ヨレヨレの着れなくなった服を捨てたり、もう一度クローゼットに掛け直したり…掃除機を片付けてきてくれた颯も床に座って、服を綺麗に畳んでくれる。

「ふふっ…颯くん、畳むの上手だね。」

「本当?服屋の店員にでもなろうかな?」

「全然、想像できない。」

「ははっ…俺も。…………ゲッ…。」

「ん?どうしたの?」

 服を畳んでいた手を止めて、颯を見ると…両手で摘まれた下着が彼の目の前にぶら下がっている。それも…使い込んで少し疲れたブラジャー。颯は汚いものでも見るような目で、眉間に皺を寄せた。


「颯くん…ダメっ!!!」


「うわっ…!あぶなっ!」

 慌てて手を離した颯からブラを奪い取り、揉みくちゃになりながら彼を押し倒す。颯の腹の上に馬乗りになった私は、咎めるように眼下の彼を睨む。


「颯くんのエッチ!変態っ!」


「ちがっ!洋服の山に紛れてた…。」


「もう!…だから手伝わなくて良いって言ったのに!」


「悪かったよ。謝るから、ごめん。」


「ゔぅ〜っ…颯くんの馬鹿っ!」

 よりによって…これ!?…もっと可愛い下着もあったのに…声にならない呻き声をあげる。穴があったら隠れたいっ!いっそ死にたい!


「わ、分かった分かった!悪かったって。許して?本当にごめん。」

 颯が申し訳なさそうにしているけど…私のモヤモヤは止まらない。


「…私のブラ見て…『ゲッ』って言ってた。ひどくない?腐れ縁だけど、今は一応…彼女なのに。」


「ちがっ…違くて…。」


「違わない!掃除だって一人でやるって言ったのに。私だって色々見られたら恥ずかしいものもあるし。颯くん…私のこと、女として見ていないでしょ!?」

 手に握りしめた可哀想な私のブラ。ゴミを摘むように持たなくたって、いいじゃない!?私に下敷きにされている颯に、もう一回、抗議の目線を向ける。


「あのなぁ…お前の方が、俺は男だってこと忘れてないか?」


「…きゃあ!」

 視界がぐるっと反転して、どさっと床に背中が落とされると、逆光の中、怖い顔をした颯が目の前にあった。私に覆い被さるように四つん這いになった彼は、眉間に皺を寄せて、はぁ〜…と大きく溜息を吐く。光の入らない真っ黒な瞳が私を捉えて、ゆっくり近付いてくる。

 …チュッ…

 本能的に閉じてしまった瞳。押し付けられた柔らかい唇がそっと離れて行く。


「俺は…お前を女として見ていないことなんて一度もないけどな。」

 瞼を開くと、いつもは優しい垂れ目の颯が…目を細め獲物を狙うように私を見つめて、もう一度…チュッ…とキスをしてきた。広げた両手を押さえ付けられ、身動き取れない私は、身を捩って反抗する。こじ開けられた唇の隙間に熱い熱い吐息を感じ、初めて私の口内に侵入してきた颯は、逃げ惑う私の舌を見つけて舌先を押し当ててくる。我慢できなくて、はぁはぁ…と肩で息をすると、繋がれた両手が強く握りしめられ、深く空気を吸った瞬間に私の舌に颯の舌がくちゅんと絡み合う。逃げても逃げても追いかけてくる…抗うほどに深くなるキスが、私の頭を何も考えられなくする。

 …くちゅっ…くちゅっ…くちゅっ…

 颯の舌が熱くて、私もだんだん熱くなる。颯の唾液か私の唾液か分からないけど水音が鳴り、余りにも身体が火照って…目尻から涙が滲む。颯が…ぢゅう…と唾液を吸って離れると、つぅーと糸を引いて途切れた。


 頭の中では、これが大人のキスなんだって分かったし、絡み合っていた颯が離れてしまうとすごく寂しい気持ちが溢れてくる。もっともっと…して欲しかった。でも、目尻の溢れた涙を拭ってくれる真剣な彼の瞳に、惚けた私が映っていて、急に恥ずかしくなる。

「…………やだ。」

 心にも無い言葉が口から出る。颯が青褪めて、私の様子を必死で目で追いながら、「やだった?」と心配そうに聞いてくる。忙しない大晦日…綺麗に畳んだはずの服がごちゃごちゃに崩れ、部屋に転がっているブラジャー…片付かない自分の部屋と…そして、ずっと期待して心待ちにしていた大人のキス。「もう一人で出来るから、帰って?」そう言うと、颯は振り返り振り返りドアから出て行った。床に残された私は天井を見上げる…こんなはずじゃなかったのに…私の頭の中もごちゃごちゃだった。



『百合ちゃん、片付け終わった?』


『何時から課題やる?』


『課題じゃなくて、ゲームにする?』


『ゲームじゃなくて、映画にする?』


『百合ちゃん、年越しそば食べる?』


『まだ怒ってる?』


 あんなキスをしたのに、何事も無かったようにメールしてくる颯が信じられない。キスの余韻でボーっとしていると、帰省している兄の祐哉ゆうやに、「百合奈、颯と年越しするんじゃねーの?」と聞かれ、慌てて時計を見ると九時を回っていた。進まない掃除は諦めたけど、いきなり来た生理で身体はだるいし、動く気力も出ない…特に約束した訳じゃないし、もう年越しとかどうでもいい…。でも、颯は待っているかもしれないからメールだけは返信しなくちゃ…。


『怒ってないよ。課題しに行けなくてごめんね。もう寝るね…おやすみ。良いお年を!』


 うとうととソファで横になる。夢の中で、「…りな?…ゆりな?…百合奈!?起きろよ。」と聞こえ、ビクッと飛び起きる。


「お、お兄ちゃん?」


「おい、颯が外で待ってるぞ?いいのか?」


「…ん?」

 寝惚け眼を擦る。


「初詣に行こうと思って外出たら、颯が玄関前でウロついてるし…百合奈は寝てるし…お前、約束してるんじゃねーの?早く出てやらないと、あいつ寒くて死ぬぞ。じゃ、俺は地元の奴ら待ってるから行くけど…親も出掛けたし、寝るならしっかり戸締りしろよ。」


「…ん、分かった…。」

 まだ半分寝てて、動けない。お兄ちゃんが私の頭をワシャワシャと撫でてから、出掛けて行った。時計を見ると、十一時を過ぎている。


 窓からの景色は薄ら雪化粧だった。玄関をガチャっと開けて外を伺うと、颯が家の前を行ったり来たりしている。


「…颯くん…?どうしたの?」


「…っ…百合ちゃん!」


「…どこか出掛けるの?」


「ううん。もしかしたら百合ちゃんが初詣行くかなと思って、スタンバってた。」


「そうなの?…寝てた…ごめんね?」


「いいよ。寝るって連絡くれたもんな…メールありがとう。俺が勝手に待ってただけ…百合ちゃんちは総出で初詣行くだろ?だから、もしかしてって。」


「皆んな出掛けたけど、私は行かない…眠いから。颯くんちは、お父さん達帰ってきた?」


「うん、夕方には着いたよ。百合ちゃんの顔見たら安心したし、俺も今日は寝ようかな〜。明日は一緒に初詣行ける?」


「…んと、おばあちゃんちに行くの。」


「そっか…明後日は?」


「お兄ちゃんと約束しちゃった。」


「そっかそっか…明々後日は?」


「颯くん…せっかくお父さん達が帰って来てるんだし、忙しいんじゃないの?」


「でも、百合ちゃんと一緒に初詣行きたい。いつなら空いてる?」


「…あとでメールする。颯くん、寒いからお家入って?……お、やすみ。」

 貧血でふらふらする。雪で寒いし、今回の生理はすごく重たい。踵を返そうとすると、颯に腕を捕まえられる。


「百合ちゃん、どうしたの?まだ怒ってる?」


「怒ってない…また連絡するね。」


「今日のことなら謝るから!本当に俺が悪かった!」

 深々と頭を下げる颯…キスのことなら本当に怒ってないのに。私だって、いつかはしたいと思ってた…『いつか』が今日だっただけ。


「大丈夫だ、よ…。」

 …お腹の痛さが限界だった。ゔぅ…その場で蹲って、下腹部を抑える。


「えっ?百合奈?どうした??」

 立ち膝でしゃがんだ颯がオロオロして、私の顔を心配そうに覗き込む。


「…大丈夫。」


「大丈夫じゃねぇだろ。救急車…!」

 スマホを持つ颯の袖口を強く引っ張る。


「…呼んじゃダメ!…ただの生理だもん。」


「…え?」

 唖然とする颯を横目に、私はよろよろと立ち上がって、玄関に向かって歩き出す。


「颯くんって、私のこと本当に好き?…私は…好きな人に知ってほしくないことを知られて、見て欲しくないものを見られて…すごく恥ずかしくって死んじゃいそう。…最悪な大晦日になっちゃった…。」

 颯が私の名前を何度も呼ぶけど、早く横になりたかった。後ろで玄関のドアが閉まる音がする。リビングのソファに滑り込むと、すぐに睡魔がやってきた。


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