最高のようです
不定期更新です。
店に入ると、佐伯と佐藤さんは無言で向かい合って席に座っていた。ということは、俺は佐伯の隣の席か?百合奈の隣が良いんだけど。
「佐伯、佐藤さんの隣の席が良くないか?」
「エッ!そうなの?俺、そっち?」
「大勢の時は、彼女が隣の方が話しやすいけどな。」
「カ、ノジョ…?…アッ!オレ、ちょっとトイレ!席はオマカセしますわ。」
学校で余り話したことなかったけど、あんなに片言の挙動不審な奴だっけ?あの暴行事件で原因を作った訳だし、女を落とすことをゲームみたいに考えてる陽キャな奴だと思ってたけど…今日の佐伯は純粋に緊張しているように見える。ふらふらとトイレに歩いて行く佐伯の背中…あいつ大丈夫か?
「プハァー!息できる!」
「心愛、大丈夫?」
百合奈が佐伯が座っていた席に座り、俺がその隣に座ると、佐藤さんが椅子の上で勢いよく反り返った。
「佐伯くんって、あんなに無口なの?なんなの?私を楽しませられないんだったら、誘わないでよ!」
「まぁまぁ、佐伯くん緊張してるんだよ。」
それを言ったら、佐藤さんも元々は無口じゃないのに黙っているし、あんなに真っ赤になって俯かれていたら、誰だって緊張するだろう。佐伯も少し気の毒だ…。百合奈の前に新しいお水を置き、メニューを広げる。
「いつの間にか百合奈がいなくなっちゃって…死ぬかと思った!裏切り者ぉ!」
「ごめんね。寄り道してた。…じゃん!リップ買ってもらったの!どうかな?」
佐藤さんに買ったばかりのリップを披露して、俺に向かってニコッと笑い…『あ、り、が、と』と唇を動かした。…可愛いすぎる…。
「良い色だね!って、私はそれどころじゃないの…彼が戻ってくる前に、作戦を練らないと!百合奈と相原くんに、佐伯くんがどういうつもりで今日誘ったのか、そこを聞き出してほしいです!」
うわぁ、面倒くせーと思った瞬間、百合奈が「うん、分かった!」と答えていた。
佐伯が戻ってきて、佐藤さんの隣の席に座るけど、穴が開くほど俺を見つめてくる。俺じゃなく隣を見ろと思いながら、メニューを覗き込む百合奈の目線を追いかける。
「百合ちゃん、何食べようか?二人で半分こしてもいいね。」
「美味しそう〜!さすが人気店なだけあるね!どうしよう…これは?」
楽しそうに目移りしている百合奈を見て、早めに予約しておいて正解だったと自分を褒めてやりたい。
「俺は何でも良い。百合ちゃんの食べたいものが、俺も食べたい。」
「ふふっ…私だって、颯くんの食べたいものが食べたいもん。」
「あのー、バカップルのお二人さん!待っている間に、俺が四人前頼んでおいた!悪ぃ!」
「えっ!?」「えっ!?」
佐伯の発言に、百合奈と俺は顔を見合わせて呆然とする。
「大丈夫!俺のチョイスに間違いはないから!無難にクリスマスっぽく仕上げておいた。へへっ…俺がオゴるから、気にするなって!」
いやいやいや…待ってくれ。奢って欲しくないし、それにバカップルって何だよ。
「お待たせ致しましたー。オクラとツナのグリーンサラダのラージサイズです。こちらの取皿、お使いください。」
店員さんが特大の皿と小皿をテーブルに置くと、佐伯が手を挙げる。
「ハイ!俺、こういうの得意!まかせてー!クリスマスだから『緑色』な!かつ、オクラが星型だぜ!グッドチョイス、俺!」
あれよあれよと四つの小皿に配分されたサラダ…百合奈の皿には大量の星がのっている。
…くそっ…百合奈はオクラ苦手なんだよ…
せっせと百合奈の皿から俺の皿にオクラを移動させ、代わりにツナとレタスを入れてやる。
「あれ?林さん、オクラ食べられないの?」
「あの…頑張れば食べられるけど、苦手で…ごめんなさい。」
勝手に頼んだ佐伯に謝る必要なんかないのに。
「お待たせ致しましたー。ナスとトマトのスパゲッティ四人前です。」
俺は、ナス!?と青褪める。
「クリスマスだからメインは『赤色』な!グッチョイ、俺!」
「佐伯、悪いけど俺にやらせて。」
佐伯からトングを取り上げる。百合奈の皿にナス無しのトマトスパゲッティを作り、あとの三人には適当に配分する。
「林さん、もしかしてナスも食べられないの?苦手なもの多いね。」
「佐伯…たまたま百合奈はオクラとナスが苦手なの!好き嫌いが多い訳じゃないのに、こんなにドンピシャで頼む奴あるか?百合奈が可哀想だろが!」
「相原、怒るなって。ごめんね、林さん。」
「大丈夫です。こちらこそごめんなさい。もしかして、デザートはバナナパフェですか?『黄色』の…バナナは好きです。」
「林さんって結構…あははっ!」
佐伯が笑い出したので、百合奈もクスクス笑いながらトマトスパゲッティを食べてる。結構…なんだ?…佐伯、何を言いかけた??…はぁ…この状況に極度のストレスを感じてるのは俺だけだろうか。
「心愛はナスもオクラも大丈夫だもんね?佐伯くんが頼んでくれたパスタ美味しいね!」
「ぅん、ナスもオクラも好き…。」
「あの…もしかして佐伯くんは心愛の好き嫌い知ってたんですか?」
「エッ?イヤっ…そういう訳じゃなくて…。」
使命感に燃えた百合奈が、佐伯を攻撃し始めた。この状況を早く終わらせるために、俺もピンポイント攻撃を始める。
「彼女のことは以心伝心で分かるってか?百合奈の高校の正門で会った時は驚いたけど、佐伯と佐藤さんが付き合ってるとは知らなかったよ。」
「エッ!付き合ってるとかじゃなくて…。」
「何?付き合ってないのに、何でクリスマスにデートするの?あれか…友達以上恋人未満ってやつ。」
「エッ!友達以上恋人未満??俺達、そうなの!?」
焦った佐伯が佐藤さんに無駄な質問している。佐藤さんは、真っ赤で俯いたままスパゲッティを啜っているのに…。
「…佐伯、好きなら好きって言った方が良いぞ。人生は短い。」
「颯くん、悟りを開いた仙人みたいだね?」
百合奈がぼそっと呟いたけど、気にせず攻撃を続ける。
「エッ!好き?佐藤さんを??」
「自覚無いのか?佐伯は佐藤さんに好意があるんだよ。違うのかよ?」
「イヤっ!違わない!……っ…確かにイイなと思ってはいる。でも…ほら…事件を起こした張本人だし…佐藤さん的にはナシだろ。」
「佐伯、佐藤さんがここにいるってことは『アリ』ってことだよ。ね?佐藤さん?」
佐藤さんは真っ赤で俯いたまま、勢いよく首を縦に振り、髪の毛がヘドバン状態になっている。
「マジか?マジっすか!?」
「良かったじゃん。お前もバカップルを目指して、頑張れよ。これから佐伯は彼氏として、佐藤さんをおもてなししないとな。」
「俺…もしかして佐藤さんと付き合い始めたってコト?」
「そういうことじゃね?」
「相原…お前すげーよ。秀才は頭の回転が違うよな。」
天を仰ぐ真っ赤な佐伯と頭を垂れる真っ赤な佐藤さん…とりあえず任務は果たせたらしいので、急いでスパゲッティを掻っ込む。
「ってことで、邪魔な俺らは退散します。奢ってくれて、サンキュー!じゃあな。」
俺は二人の鞄を持ち「行こう。」と言うと、百合奈は慌てて「心愛、またね!」と立ち上がった。
どこも混んでいて店に入れそうにないので、カフェでクリスマス限定のホットドリンクを買って、街のイルミネーションを見ながらゆっくり歩く。
「百合ちゃん、あのお店で今度はデザートまで食べようね。」
「うん!でも私、感動しちゃった…颯くんってば、恋のキューピット??今も胸がドキドキしてる。」
「ははっ…あの二人、ちゃんと会話成り立つと良いけどな。今頃、ケンカしてたりして。」
「心愛が一言もしゃべらないから本当に心配…メール送っておこう。」
「メールは後で。百合ちゃん、こっち見て?」
ポケットからスマホを出した百合奈が俺を見上げる。後ろの広場には、大きなクリスマスツリーがライトアップされていて、百合奈が「わぁぁ!」と歓声をあげ、はしゃいでいる。
「とっても綺麗!!すごい〜!!」
「ははっ…百合ちゃん、メリークリスマス!」
俺はプレゼントの紙袋を差し出すと、百合奈が嬉しそうに受け取った。
「颯くん、ありがとう!」
「開けてみて?」
「いいの?」
百合奈が袋から小箱を出し、手のひらに乗せてまじまじと見ている。開けないのかな?と思い…小箱をパカっと開けてやると、中にはピンキーリング…百合奈は微動だにせず指輪を見つめている。誕生石のムーンストーンがあしらわれた華奢なデザインだけど…気に入らなかったかな…。彼女の小指に指輪をはめても、瞬きもせずにじっと見続けている。何か言ってくれ!と焦り始める。
「ぅ…。」
「…百合ちゃん?」
「ゔぅ…可愛いぃ…。」
泣き始める百合奈を見て安心したのも束の間…慌てて頬を伝う涙を拭ってやる。「気に入った?」と聞くと、コクコクと可愛く頷く。あぁ…良かった…。ぎゅっと彼女を抱き寄せる。
「颯くん、ありがとう…一生、大切にする。」
百合奈もぎゅうぎゅうと抱きしめ返してくれた…喜んでもらえたみたいで、心底ホッとする。
「…私からもプレゼントあるんだけど…。」
「本当に??」
「うん…でも…レベルが違いすぎて…。」
「ん?何のレベル?…百合ちゃんが選んだものなら何でもいいよ。欲しい!」
「ん…と、だって、昔のプレゼント交換の感覚で選んじゃったの。」
百合奈とプレゼント交換するのは、小学校以来の四年ぶり。中学の時のクリスマスは一人でつまらなかったし…今日は変な邪魔が入ったけど、今年のクリスマスは俺の中で最高に楽しかった。だけど…もう遅いし、帰らなきゃいけない。
「俺は…百合ちゃんがこれからずっと一緒にクリスマスを過ごしてくれればそれでいい。プレゼントも無理しなくていいよ。」
「うん……でも…。」
百合奈が鞄の中から袋を取り出して、「期待しないでね。」と手渡してくれた。
深緑の細い箱に赤いリボン…開けると紺色のシャーペンが入ってた。顔がニヤけて止まらない。
「すげぇ嬉しい!…毎日、使う!」
「ふふっ…使ってね。」
「…袋に、まだ何かある…。」
小さな封筒。中にメッセージカードが入っていた。
『大好きな颯くんへ メリークリスマス! 百合奈』
「…っ…俺も大好き。百合ちゃん、メリークリスマス!」
百合奈の潤んだ瞳をイルミネーションが彩って、冷たい頬に手を添えると彼女はふわっと微笑んだ。真っ白な吐息が漏れる唇に引き寄せられる。
…チュッ…
一瞬の触れるだけのキスが精一杯…クリスマスの喧騒が遠くに聞こえ、百合奈の息遣いだけに耳を澄ませる。見つめ合うと、彼女の目には幸せそうに微笑む俺が映っている。
どこもかしこも恋人達のクリスマス…小指の指輪を指でなぞり、手を繋いで歩き出す。特別な人との特別な夜を、街中がきらきらと輝かせてくれた。
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