初恋は終わっていませんでした
不定期更新です。
林 百合奈と相原 颯は、家が隣同士の幼馴染。昔は、毎日飽きもせずに遅くなるまで遊んで、いっぱい話して、とっても仲が良かったのに…中学に入学すると、男子と女子は目の敵みたいに一線を置いて、例外なく私も女友達と一緒に過ごし、颯に関わることが無くなった。颯もクラスの男子達と連んで、私達は空気みたいに話さなくなり…私はテニス部について行くのがやっとで、勉強は落ちこぼれ、彼はサイエンス部で表彰されたり、成績優秀で…交わらないベクトルのように別々の高校に進学して、これから一生…彼の人生には関わることは無いと思ってた。
高校一年の夏休み。
真夏日の薄明るい夕方。部活が終わって帰宅すると、家には誰も居なかった。今日から両親は、地方に一人暮らしをしている大学生の兄のアパートに遊びに行く予定だったのに、すっかり忘れていた。
…お腹ペコペコなのに、夕ご飯どうしよう!コンビニ寄ってくれば良かったぁ…
急いで二階に駆け上がり、部屋で暑苦しい制服を脱ぎ捨てる…クローゼットからTシャツワンピを取り出し、くるっと振り返ると…
…あっ!…カーテン閉まってない…
無防備なガラスの窓越しに、お隣の颯の部屋の窓が見える。運悪く…向こうのドアから入ってきた颯と目が合った。
…ごめんっ…
タイミングの悪さに、心の中で謝るしか無い。だって…私は下着姿を晒してたから。急いで、カーテンをシャッと閉めた。不審者扱いで、颯に通報されたらどうしよう。
一瞬落ち込んだけれど、テニスで疲れ果てた身体はご飯を求めている。着替えて、財布を持つ…階段を降りると『ピンポーーン』と玄関のチャイムが鳴った。
「…はい?…えっ…颯くん??」
モニターに颯が映っていて、急いでドアを開けた。
「おい、百合奈!カーテンちゃんと閉めろ!」
「ごめん…気付かなかったの!」
…見られてた。やっぱり怒るよね…。
「んとに、いつもいつもカーテン開けっ放しで…。」
「いつも?…でも…颯くんの部屋がカーテン閉めてれば、私は閉めなくても良いでしょ?」
「そういう問題じゃねぇ。誰が見てるか分からないだろ?」
「…見るとしたら颯くんしかいないじゃん。別に見られても良いもん。」
「あのなぁ…嫌でも目に入るこっちの身にもなれ。俺が裸で部屋に居たら、お前だってビビるだろ?」
「…ふふふっ…確かにビビる。」
久しぶりに話した大人びた颯を見る。勉強ばかりしてる割に私より頭一個分は身長が高いし…シャツから伸びる腕も真っ白な割に私より筋肉質だ。変わらないのは可愛い垂れ目に、優しそうな口元。
「なぁ、百合奈どっか行くの?もう遅いのに。」
颯が手に握られている財布を見ている。
「うん、コンビニ行くの。親いないし、お腹減ってて。」
「……俺も行く。アイス食いたいし。」
「うん、一緒に行こう!」
いつの間にか暗くなった街路を二人で歩く。ずっと話してなかったのに…別の高校で何にも共通点が無いのに…堰を切ったように他愛のない話をずっとする。笑って、笑われて、こんなにも颯と話すのは楽しかったんだって…ずっと私は颯と話したかったんだなって…そう思った。
一緒にラムネ味のアイスバーを齧りながら、また同じ道を歩いて帰る。私が家に入ると、彼は手を振って隣の家に戻って行った。
蒸し蒸しする夜。窓を開けると網戸越しに夏の匂いがする。部屋の電気を消して、ベッドの枕元のライトを付けた。横になり、颯の部屋を見ると、カーテンの隙間から灯りが漏れている。
…颯くん、まだ起きてる…
お風呂上がりの体を捩る。ショートパンツとTシャツ姿なら怒らないよね?…『いつもいつも開けっ放し』って言われても、私の部屋にはエアコンが付いていないから、いつも窓を開けて寝ていたし、これからもそうするしかないもの。颯の部屋の見つめると、カーテンの隙間の灯りが消えた…。
…寝たのかな?…
もどかしい気持ちで、また体を捩る。スマホが鳴り、颯から『百合奈、開けっ放しで寝るのやめろ。』と、今日交換したばかりのチャットアプリに連絡が来て、なんだか凄く顔が綻んでしまう。
『無理だよ。部屋が暑いんだもん。』
『俺だって無理だよ。お前の部屋、全部見えてるぞ。』
『全部??でも、颯くんの部屋はカーテン閉めてるでしょ?』
『今も、百合奈がスマホいじってるの見えてる。』
『そんなに見えるの?信じられないよ。』
『だったら、見に来てみろよ。』
見つめていた颯の部屋に、また電気が付いた。
今度は、私が隣のお家を『ピンポーーン』とする。颯の親は海外赴任中で、一人っ子の颯は何でも一人でできる。自分でアイロンをかけたのか…律儀なパジャマを着た颯が出迎えてくれ、自分の部屋まで案内してくれた。難しそうな本が並び、整頓された机…ごちゃごちゃな私とは正反対だ。
カーテンの隙間から月明かりが見え…その先に私の部屋が…曝け出されている。カーテンが閉まっていても、少しの隙間に目を近づけ、覗くと全てが良く見えた。
「颯くん……私の部屋、全部見えてるんだけど!知らなかった…じゃあ…あれもこれも…?」
「だから言ったろ…開けっ放しやめろって。あれもこれもが多すぎて、何か分からないけど。」
「いじわる。もっと早く言ってよ。」
「悪かったよ…でも、俺がもう我慢の限界だから。」
「我慢の限界って…?」
「お前なぁ…男をなんだと思ってるわけ?」
「女子校の私に聞く?颯くんだって、男子校のくせに。」
「男子校の俺には刺激が強すぎるから、裸でうろつくなって言ってるの。」
「裸じゃないよ!今日だって下着だったでしょ?」
「思い出させるなよ。本当に…お前のそういうところが嫌い。」
「…嫌い?…なんでそういうこと言うの?中学の時もずっと無視して。颯くんの馬鹿っ!」
何故か分からないけれど、いっぱい涙が溢れてきた。頬を伝う涙を、慌てる颯の綺麗な手が拭ってくれる。
「俺は無視したことなんか無いぞ。…っ…百合奈、ごめんって。泣かないで?………本当にごめん。どうしたら泣き止む?」
顔を覗き込む颯の顔が、とっても心配そうで胸が締め付けられる。
「嫌いって言わないで?…私…颯くんに嫌われてるの??」
「嫌いなわけあるかっ!…っ…本当に…お前のそういうところが嫌い…。」
「ゔぅ…また嫌いって言った…。」
「俺は………初恋をこじらせてるんだから…。これで分かっただろ?」
「……?…分からないよ…。」
「あのなぁ、頭悪すぎる。……要は、お前が好きってこと…。好きな奴に、窓全開で生活されてみろ?頭おかしくなるぞ。」
「えぇ!?…颯くん、私のこと好きなの?」
驚きすぎて、涙が引っ込んだ。真っ赤な顔の颯が、困ったように髪を掻き上げる。垂れ目が下を向いて、全然こっちを見てくれない。
「何回も言わせるなよ。お願いだから、カーテン閉めて寝てくれ!俺が言いたいのは、それだけ!」
「……………私も好き…。」
颯が勢いよく頭を上げて、びっくりした顔でまじまじと見つめてくる。顔にボッと熱が集まってきて、自分が今さっき何を言ったか理解すると、火が付いたように耳も熱くなってきた。私って、颯のこと好きなの???
「……っ!?」
呆然した颯が、額に手をあてて、何かすごく悩んでいる。私だって、自分の告白に驚いている…でも、颯と一緒にいると、懐かしさとか心地よさのほかに、もっともっと込み上げる気持ちがあった。
「…私だって、初恋をこじらせてる。」
「……っ…!!??」
困った顔をした彼が、口をぱくぱくして何か伝えたそうだったから、「颯くん、何か言って?」と聞くと、彼はきつく口を結び直した。いつもは優しい顔なのに、眉間に皺を寄せ、すごい怖い顔になってる。
…怒ってるの?…沈黙が怖いよ。…両想いなんだと思ったけど、何か違ったのかな…?
「カーテンちゃんと閉めるから、怒らないで?ごめんね。お邪魔しました!」
無言が怖すぎる。私は踵を返して、階段を駆け降りた。自分の部屋に戻ると、向こうの窓から颯がこっちをじっと見ていて、目が合う。カーテンをシャッと閉め、扇風機を最強にする。
夜風が遮られた蒸し暑い部屋で、何度も何度も身体を捩り、ベッドの上で汗をかく。でも、それだけじゃない…身体の火照りが取れなくて、悶々と颯の事ばっかり考えちゃう。気付くのか遅すぎる馬鹿な自分が嫌になる……私…ずっと颯に恋してたんだ。
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