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中編

 

 朝から教室がざわついている。


「シロが消えたって」


 いつも一番か二番に登校するイトウは、今日その言葉を耳にタコができるほど聞いた。


 シロはクラスで飼っているインコのことだ。イトウの幼馴染でクラスメイトのシロタが、海外の高校に転校する時に教室に勝手に置いていった。以降、インコは『城田』の『城』をとって『シロ』と命名された。別に、白いインコではない。


 ちなみに、シロタがシロに初めて覚えさせた言葉は、

「シロタ、アメリカイル、ミンナキテ」

 だった。



「え、なに。なんの騒ぎ?」


 遅刻ギリギリに到着したシムラは、やはりイトウに説明を求める。

 何十回目かの同じ質問にうんざりしながら、イトウは答えた。


「朝来たら、鳥カゴの扉が開いてて、シロがいなくなってた」

「えー! まじで?!」


 イトウの耳がキーンとなる。


 シムラは声がでかい。腹が減っている時以外はいつだって声がでかい。

 イトウは、シムラのことを気の合う仲のいい奴だと思っているが、この声のでかさだけは気に入らなかった。


「イトウが第一発見者?」

「いや、俺は二番目に教室に来たから、一番目は」


 そういってはじめに来た生徒を指さす。

 シムラはその生徒に近寄って、また例のごとく大声で話しかけた。


 朝からよくそんな大声で喋れるな、と顏をしかめてシムラから目を逸らす。




 瞬間、マキノと目が合った。




 窓側の真ん中の席。


 きめ細やかな白い肌に、形のいい目、艶やかな黒髪にパールを模したピンがよく映える。


 イトウは、引き寄せられるように彼女を見つめる。


 衣替えで長袖から半袖になったワイシャツからのぞく白くて華奢な腕。

 窓から入る風で(なび)くカーテンと黒髪。

 控えめな唇と縁が黒くて色素の薄い瞳。


 さっきまでの教室のざわつきも、頭に響くシムラの大声も全く気にならなくなっていた。


 世界がゆっくり動いている。


 時間にして二秒も経っていないのに、写真を撮ったみたいに彼女が頭に焼きついた。








「どこ見てんだよ」


 ばしっと音がした。


 どうやらシムラに背中を叩かれたようだ。

 もう一度彼女の方を見るが、イトウを見てはいなかった。


「さっきマキノのこと見てた?」


 悪戯を仕掛けた子どもみたいにシムラの顔がニヤつく。


「いや、たまたま目が合っただけ」


 ほーん、と意味深な返事するシムラ。

 まだ何か言いたそうだったが、先生が教室に入ってきたため、自分の席に戻って行った。


 しかし、口では否定しながら、イトウはここ最近マキノを無意識に目で追うようになっていた。


 目で追うだけで、特別な感情はない。


 ただ追ってしまうのだ。あの日シムラに言われた時から。




 そうやってマキノを見ているうちに気づいたことがある。


 彼女は意外とお喋りなこと。休み時間は一人でいることが多いが、昼に友達と弁当を食べている時は、自分からよく喋る。物静かに見えるのは、彼女がぼーっとしてることが多いからだと気づいた。特に窓を見ていることが多い。あと、負けず嫌いで努力家なところ、友達といる時はよく笑うこと(その笑顔がかわいいこと)、授業中に頬杖をついて外を見ている時は寝ていること、よく弁当を忘れてメロンパンとバナナと味噌汁を買うこと。


 そして、イトウを見ていること。




 ********


 シロ失踪事件から二週間が経った。


 依然として、シロは戻ってこない。


 地元で有名な進学校の理系クラス一組の生徒たちは、気付かないうちにぬくぬくと育った自負心と遠く離れた地にいる優秀でユーモアのある元クラスメイトの残した想いに懸けて、シロとシロを逃した犯人を探した。


 第一発見者のあの子、部活で放課後に遅くまで残っていた彼ら、シロの飼育係だった()()()


 様々な事実を照らし合わせ、矛盾点を洗い出した。


 しかし、そんな彼ら彼女らも、とうとう真相に辿り着くことはできなかった。


 ここまでがシロ失踪から三日。


 次の日に出た結論は、「誰かがカゴの扉を開けてシロを触ろうとした時にシロが窓から逃げてしまった」だった。


 きっと、逃がした本人はそのことを言いづらいから正直に言えないでいる。

 故意ではないのなら許そう。

 これは事故であり、犯人などはいなかった。

 このクラスに悪意のある人間などいない。


 それが、地元で有名な進学校の理系クラス一組の生徒たちが暗黙のうちに出した結論だった。


 受験生であり、有名な進学校から有名な大学を目指す彼ら彼女らには、時間がないのだ。

 切り替えの速い彼ら彼女らは、週が明ける頃にはみんな受験勉強に勤しんだ。





 そして、日常がはじまる。


 マキノはイトウを見ている。


 イトウもマキノを見ている。


 変化のない安定した日常。


 だけどそれは、少年少女にとって時にもどかしく、居心地が悪く、急に壊したくなるものだった。





 *****


 日の長さを感じる晩夏の放課後。

 シロ失踪から一ヶ月以上経つ。


 マキノはいつも教室で勉強している。


 受験生だというのに、教室にはマキノ一人だけだ。

 この高校は年季が入っていて各設備はよろしくない。特に教室のクーラーは、風圧が弱く生ぬるい風を送ってくるため、教室の中は少々蒸し暑い。だから、生徒は大抵、新設されてクーラーの効いた図書室か自宅か塾で勉強している。


 それでもマキノが教室で勉強するのは、図書室は人が多いし、自宅ではなんとなく集中が出来ないからだ。


 それに、教室の窓から見える夕焼けは、マキノにとって受験勉強の息抜きのようなものになっている。ビルの隙間から盛れる真っ赤な光。それに照らされる教室。その時間はここが現実ではなくて、どこか知らない、この世のものではない空間にいるような錯覚をもたらす。


 日常が非日常になる瞬間。


 しばらくそれを感じて、日が沈む頃に我に返る。

 その時間が心地よかった。




 だから、いつものように教室で勉強していた。


 だんだん空が赤くなって、やがてビルから夕陽が盛れる。

 窓際にいるマキノの影が伸びて、現実ではないその入口が顔を出す、が――


 それに重なる影がひとつ。


 マキノがゆっくりと顔を上げる。


 影の上にはイトウがいた。


 二人の視線が交差する。


 毎日繰り返されていた彼との何の変哲もない行為。

 それなのに、教室に二人っきりだからか、はたまたこの夕焼けのせいなのか、急に鼓動が早くなった。


 近づいてくる彼。


 その顔は赤くなっている。

 それは夕陽のせいなのか、はたまた。






「マキノさんってさ、」






 一つ一つ噛み締めるように言葉を(つむ)ぐ。


 早まる鼓動。

 血液が身体中を急速に循環して熱い。


 彼の言葉の一つ一つが頭の中で反響する。


 その先を知りたい欲求と恐怖が混ざりあ合う。


 そして、イトウがマキノの前で立ち止まる。












「俺がシロを埋めたの、知ってるよね?」












 教室はもう暗くなっていた。


 彼女たちの日常は壊された。






次回完結です

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