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前編

連載中の「君を辿る物語」の息抜きに書いてみました。

短編恋愛ミステリーですので、気楽にお読みください。



 


「お前さー、なんで別れたの?」


 学校からの帰り道、イトウとシムラは河川敷の土手を棒アイスとカレーパンを片手に歩いていた。

 一日晴れだった空は、雲ひとつない青空から赤に変わりはじめている。


「なんでって」


 イトウの口がアイスから離れる。


「理想を押し付けられたから」


 高校三年の五月、イトウは約半年付き合った彼女と別れた。


「理想ねー、例えば?」


 イトウのクラスメイトで友人のシムラはカレーパンを頬張りながら続きを聞く。


「記念日祝おうとか、毎日好きって言って欲しいとか、ペアものにしようとか」

「えー、そんくらいしてやれよー。女子がよく憧れるやつだろ」


 前から歩いて来るセーラー服の女子グループが、小鳥みたいに(さえず)りながら二人を横切る。


「したよ」


 イトウだって野暮な男ではない。

 高校三年生の女子が付き合ったらしたいことベスト5とか、理想のデートプランを知らないわけじゃない。乗り気じゃないことだって、彼女のためならとやったことだってある。


「でも、中には俺がしたいと思わないこともあったから、『ずっとは無理だ』 って言ったんだ。そしたら、『私のこと好きじゃないの? 』って泣いちゃって。

俺、どうしてそういう思考になるのか理解できなかった」


 突き放すようなことを言ったつもりも、彼女を嫌いになった訳でもなかった。

 ただ、自分の事情も考えて欲しいと伝えた()()()だった。


「イトウ君ったら、それはよくありがちなことじゃない。女はね、彼氏からいかに大切にされてるかを行動で示して欲しいものなのよ。それを拒否されると悲しくなっちゃうの」


 もうっ! と体をくねらせてスナックのママみたいな口振りで『女』を語るシムラ。

 イトウは、お前きつい、と適当に返した。


「それは理解できるけどさ」


 そんなことは分かっている。だけど、割り切れないことだってある。

 そうやって隣で考え込んでいるイトウを横目に、シムラが続ける。


「それにさ、打算的なこと言うけど、言うこと聞いておけば機嫌も良くなって、もっと好きになってくれるんだぜ? やって悪いことないだろ」


「けど、それじゃただの機嫌取りだろ。俺は、女子の理想を満たすような道具になりたくない」


 イトウは、恋愛において対等でいたいと考える。


「道具って、大袈裟な」


「俺が言いたいのは、」




「好きなら、お互いの意見を尊重できるだろ?」




「どっちかの意見ばっかり聞いて、機嫌取るなんて、好きって言えないだろ」


 そういうのは、いっときの付き合いで波風立てずに、適当に機嫌をとる相手にすることだ。そんなのは好きとは言えないとイトウは思う。


「なるほどね。それで、『理想の彼氏』になりきれなかったイトウ君は振られたわけだ」


「振られたとは言ってないだろ」


「お前の彼女かわいいのになー。あ、元カノか」


「おい、聞けよ」


 結局、イトウの元カノは『イトウ』が好きだったのではなく、自分の理想を叶えてくれる『イトウ』が好きだったのだ。そんなありきたりな失恋を自分がしたことにショックを受ける。


 イトウは、いつだって冷静に慎重に行動して、自分にとって最善の選択をしてきた。それは、恋人選びだってそうだ。明るくて、優しくて、気遣いもできて、たまに大人っぽいことを言っていた彼女。付き合っている時、イトウは彼女に対して、この子はきっと俺のための子なんだ、なんて恋に恋する乙女みたいな考えを(めぐ)らせていたことだってあった。


 だから、こういう別れ方をしたのは本意ではなかった。


「まぁ、どんまい。次行こうぜ」


 いつの間にか少し先を歩いていたシムラが、立ち止まってイトウの肩を叩く。

 哀れみのような、励ましのような、はたまた茶化すような表情に、イトウは反撃したくなった。


「そう言うシムラはなんで別れたの?」


 急に自分の話になり、シムラの顔は渋くなる。


「げ、もう知ってんの? 情報通かよ」

「いや、たまたま。俺、別に他人の恋愛に興味ないし」

「お前なぁ、そういうとこだぞ」


 呆れたような顔でイトウを見るシムラ。

 他人に興味がないことが『そういうとこ』なのか、ストレートにそのことを言ったのが『そういうとこ』なのか、いずれにしても、今まで『そうやって』生きてきたイトウにとってはさしたる問題ではない。


「俺の話はいいから、シムラはなんで別れたの?」


 のらりくらりと話題を変えて、自分の話をしようとしないシムラを逃すまいと食い下がる。


 イトウの猛攻に観念したシムラは話はじめた。


「お前も知ってると思うんだけど、俺の彼女さ、あ、元カノか。一軍っていうか、陽キャっていうか、まぁそんな感じの子なの」

「知ってるよ、六組の文系の人でしょ」


 イトウたちの高校は地元では有名な進学校で、一組から五組が理系、六組から八組が文系クラスだ。イトウとシムラは一組である。


「そうそう。そんな感じだから、さっきイトウが言ってた『女の子の理想』はほとんどやったし、デートの時は写真撮ってSNSにアップして……あと、チア部だったから応援にも行ったな」


 シムラの話を聞きながら「俺なら付き合えないな」、イトウは直感でそう思った。

 シムラの元カノとはすれ違っただけで話したことはないし人から聞いたことしかったが、感覚的に違うと察知した。


「でも、俺は楽しかったわけ。そういうことするのも。確かに自分からしようって言ったことはないけど、彼女は喜んでるしそれならいいかなって」


 ふと、シムラの手元を見るとカレーパンはもう無くなっていた。


「そんな感じで元カノのしたいことしてたらさ、ある日急に、『私に不満ない? 』って言われてさ。俺なんも心当たりなくて、だから素直に『ないよ』って言ったよ。そしたらさ、『私のこと本当に好きなの? 』って言われたんだよ。

意味わかんなくね?」


 確かに意味がわからない。


 今の説明だと、彼女側が、彼女を溺愛する彼氏を急に追い詰めて、ヒステリーを起こしたように捉えられる。


 シムラの彼女への好きは嘘偽りないものだった。

 だから、彼女ーー陽キャ = 派手好き = わがままなお姫様ーーのお願いを聞いていれば、お付き合いは順調に進むというロジックをシムラは本心から楽しめた。だが、シムラの予想に反して、わがままではなく自分に正直なだけで、お姫様ではなく庶民的で協調性のある彼女は、文句の一つも言わずお願いを聞いてくれるシムラに対して、徐々に『適当にあしらわれている』ように感じてしまった。


 そして、そんな彼女の心情は、理系トップクラスで己のロジックに絶対的自信のある男子高校生シムラの前では、現代文の「この時の彼女の心情を30字以内で述べよ。」だった。


「へー、俺の逆で振られたわけね」

「まだ振られたとは言ってない」

「いや、振られただろ」


 さっきの仕返しだと言わんばかりにイトウは譲らない。

 シムラは、そっぽを向いて道にあった石ころを河川敷に蹴飛ばす。

 思いの外遠くに飛んだ石ころを目で追って、誰にでもなく呟いた。


「だってさー、」




「好きなら、なんでもできちゃうじゃん?」




「彼女ができるだけ喜んでくれて悲しまないなら、俺はなんだってしちゃうね。

 行動で示すってそういうことじゃん」


 石ころが川に落ちる音がした。


「お前みたいなのがいるから、俺が悪者扱いされるんだぞ」


 イトウは土手に腰をかけて残りのアイスに口をつける。

 隣にシムラも並ぶ。


「まぁ、聞けよ。俺は、元カノが好きだからなんでもできたわけ、ここ重要。

 けど、元カノにはそれが伝わらなかったんだよ。こんな虚しいことある?」


「相手に分かってもらえないのはつらいよな。そこだけは分かるよ」


 シムラと俺ってつくづく真逆だな、と思いながらもイトウは妙に既視感を覚えた。

 もし、シムラみたいなやつと付き合ってたら、あの子の理想もただの理想にはならなかったのかな。


 一瞬、別れた彼女とシムラが重なった気がした。


 だが、やはり理系トップクラスで己の判断を疑わない男子高校生イトウは、計算ミスなどしない。


 いつだって、解き始めれば正解を導き出す。


 だから、彼女はシムラと同じで、「好きなら、なんでもできちゃう」のが当たり前だと思っていた、かもしれないと考え直すなんてことはしない。





 河川敷でウォーキングをするおじさん、キャッチボールをする子どもたち、犬の散歩をする主婦を見てぼーっとする。


 ーーあの子はもっと、理性的で分別のある子だと思ってたのに。


 突然、ふっ、と浮かんだ言葉たち。


 ざらりとした感覚が身体をめぐる。


 頭の奥にしまっていた。


 彼女と別れた時から、いや、「私のこと好きじゃないの? 」と言われた時から隠していた気持ち。






 あれ......これも理想なのか?






 初夏の夕日に照らされて溶けたアイスの雫が、手をつたう。





「もうなんだっていいんだけどさ」


 そう言い捨てたシムラの言葉で、イトウの思考が停止する。

 そうだ、もう終わったことを考えても意味はない。

 根本から合わなかったんだと自分に言い聞かせる。


 手についたアイスを舐めて、最後まで食べ終わるとハズレの文字が出てきた。




 ***


 それから、「受験生たるもの恋愛はいらん」とか、「お前と別れるなんて見る目がないな」とか、その場限りの慰めで互いの傷を大いに舐め合いながら帰路に戻る。そうこうしているうちに、話は他人の恋愛になり、一周まわって自分たちの恋愛話に戻った。


「そう言えばさ、マキノさん、最近よくイトウのこと見てるよね」


「は?」


 急に出てきた『マキノ』にイトウの頭が混乱する。

 マキノは、イトウたちと同じクラスの物静かで知的な印象の女子だ。


「全然気づかなかった。マキノさんとそんなに喋ったことないし」


 話したことで覚えているのは、教室で飼っているインコのことだけだ。


「へぇ。まぁ、でもイトウ、モテるもんな。クールっぽく見えるところとか」

「褒めえてないだろ、その言い方」


 イトウは、マキノのことを恋愛対象として見ていない()()()()()()

 きめ細やかな白い肌にスラリとした手足、形のいい瞳、艶やかな長い黒髪はパールを模したシンプルなピンで留められている。クラスの男子からは、ミステリアス女子の枠に分類されていて人気も悪くはない。

 だが、イトウには、底の知れない彼女の雰囲気がどうにも合わなかった。


「話してみたら? 運命の相手は意外と近くにいるっていうし」

「いや、いいよ。別れてすぐだし」



 しかし、そう言われると気になるのが常である。

 イトウは、その日からマキノを目で追うようになった。。





 

次回、少しミステリーです

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