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生きることについての掌編集

黒神話というゲームと部長の離婚

「黒神話:悟空」という中国の最新ゲームをプレイしたという同僚が喫煙所にいたので、その感想を聞いてみた。この西遊記を題材としたゲームは発売前から注目を浴びていて、美麗なグラフィックと洗練されたアクションはフロムゲー好きの私の食指を動かしていた。


「いやあ、いいゲームだよ。それは間違いない。ただロマンがなかった…」

「ロマン?」

「そうロマン」


同僚はハイライトのタバコを遠くを見る目をして吸い、分煙機の吸気口に煙を吐き吸わせた。私は彼の物言いが気になった。彼はロマンなどという語を使うようなタイプの人間ではなかった。皮肉り屋で、何事にも一定の距離を保ち、自分は関係ないと装い、世間のあらゆることから責任を免れようと努力している人間だった。


「俺は剣を振り回したいんだよ」


そう皮肉屋は言った。


「あのゲームは棒を振り回すことしかできない」


同僚は力なく言い、私は落ち込んだ彼を見て少し愉快な気持になった。そんな気持ちを少しも出さないように同意の返答をした。


「へーそうなのか。武器の種類が少ないんじゃ確かにつまらないかもな…」

「少ないじゃない。棒しかないんだぞ?法術もあるが、それはメインにはならん」


彼の意見には正直に共感した。30代妻子持ちの私には素直に剣を振り回したいなどと口にはできなかったが、その気持ちは十分に理解できた。男というものはいくつになっても男子のままであり、ロマンを追い求めているのだ。現代社会の中では男子のロマンは仮想空間上でしか発揮できない。かつては未知の大陸、未知の文明、未知の生物が人類のロマンであったが、今や地球は隅々まで徹底的に調べつくされ、その好奇心は宇宙に飛び出すも光速の限界が蓋をしている。日頃、冷めたことしか言わない彼も胸の内にロマンを抱えて生き、それが傷つかないように皮肉屋となったと考えると、彼のそのような態度も許せるような気がした。


「でも相当売れているらしいね。ロマンなんて関係ないんじゃないか、多くの人にとっては」

「ほとんどが中国人だよ。彼らにはロマンを感じるんだろう。残念ながら日本人の俺には感じないが、きっと欧米もそうだろう」


こんな風にロマンの話を続けていると、部長が喫煙所にやってきた。私と同僚は軽く挨拶をし、ゲームの話に戻った。


「その点、フロムという会社はロマンというものがわかっているよ。男のダークなものに対する憧れを理解している」

「あの退廃的な世界観はいいよなぁ」

「またゲームの話をしているのか?」


部長が口をはさんだ。私は部長を見て男にはもう一つロマンがあるのを気づいた。路上の小石のようにありふれて目立たぬが、人を破滅に導くもし、阿呆にもし、青春のきらびやかな思い出にもなる恋愛というロマンを。


「君らは入る会社を間違えたんじゃないか」


部長は去年10歳年下の女との不倫が発覚し、離婚すれすれまで行ったという話を私は聞いていた。当時の部長は、常に目が充血し、肌はくすみ、

負のオーラを周囲にばらまいていた。離婚はなんとか免れたが、会社では女子社員の冷たい視線と、家庭では妻の冷たい仕打ちが待っていた。それと多額の手切れ金。恋愛というロマンを追い求めた男の敗北した姿がそこにはあった。私はそんな彼を見てロマンは仮想空間上に限るなと思った。


「どうです?部長。ゲーム楽しいですよ。やってみませんか?」


私は敗北した戦士に対するねぎらいの言葉をかけるつもりで言った。


「俺はもうそういう年じゃない」


10歳年下の女とのロマンには年齢は関係無かったのにと私は思った。部長は下半身の棒を振り回し、皮肉屋は剣を振り回す。そこに年齢は関係ない。私はそこに危険な予見を感じながら、今日も仕事を終え、妻子のいる家庭に帰ることになるだろう。そこにいくばくかの退屈を抱えながら。

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