割烹・志ら菊にて
「――こういうことならまあ、おかみさんの様子がおかしかったのもわからんではないかなぁ。身内がこんな具合じゃあ、ねぇ」
浮音がコップに注いだビールを勢いよく飲み干すと、有作は羊羹色をしたジャージの腕を組んだまま、
「単に、僕が勘ぐり過ぎたのかなぁ。カモさん、変なこと言ってごめんよ」
と、バツの悪そうな目で浮音の顔を覗き込む。平日の午後、まだ昼時に差し掛かっていないこともあって、祇園の割烹「志ら菊」の店内はしんと、水を打ったような静けさにくるまれている。
「気にしなさんな。どうもここんとこ、変な事件にあたり過ぎたからなぁ。お互い、つまらんことが一大事に見えるんやろ。――とりあえず今は、昼に集中や」
「そうだねぇ……」
それきり、浮音が小鉢の酢の物を肴にビールをやりだしたので、横に座った有作も、徐ろに割りばしへ手をかけた。しかし、一度胸の内に芽生えた疑惑のつぼみは簡単に消えてくれない。
――いくらなんでも、あんなに慌てて拾うような買い物ではなさそうなんだけどなぁ。
有作の脳裏には、浮音ともども「志ら菊」へ足を運ぶきっかけとなった、二日前の出来事がありありと浮かんでいた。