表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

理想の国を作ろう

作者: 芥硯

三年前、日没がいつもより急ぎ足に感じた日を思い出す。

彩り豊かな街路の中、長丈の背伸びをした格好の私と、頬に鮮やかな紅をさした貴方が歩いていた。

「今日はありがとうヘンリ、一日中本当に楽しかったわ、紅茶もご馳走様」

屈託の無い笑顔を浮かべ貴方はそう言い、「それじゃあ」と別れをするように方向を変えた

「メ、メアリ!今日は君に話があるんだ」

一日中出し惜しんだ言葉が咄嗟に口をついた。

貴方はきょとんとした表情でこちらを向き直し、それに合わせ私は左膝を地面につけ少し震えた声でこう言った

「僕と結婚してください」

大きな瞳をさらに見開いて貴方は言った

「はい、、もちろん!なんて、、、なんて素敵な日なのかしら」

それを聞き、歓喜の声を一心不乱に上げた私は続けて言った

「綺麗で一生忘れることの無い、そんな僕たちの、理想の結婚式を上げよう」

頷きながら涙ぐんだ貴方の頬の紅色は、先刻より僅かに赤く染まっていた。


一年前、滅多に起こることのない嵐によって枯れ草や塵が宙を舞っていた日を思い出す。 

ごうごうと風に叩かれる玄関の中、堅苦しい軍服を着た私と、出会った頃より薄化粧で髪を短く切った貴方が居た。

「見送りはいいよメアリ、だってこんなに天気が荒れている」

引き攣っていたであろう笑みを浮かべ私はそう言い、「それじゃあ」と扉の方に方向を変えた。

「そんな、、嫌よヘンリ、少しでも一緒に居たい」

そう華奢な身体の線と不相応に大きくなった腹を支えながら貴方は言った

「ダメだ、お腹の赤ん坊にもしもがあったらどうするんだ」

と貴方の方に向き直し強く注意した。この時は確か子供が居ると分かって9ヶ月目くらいだった。

「僕のことは気にしないで、お土産でも携えて帰ってくるよ」

少しでも安心して欲しくてそう言った。

「うん、、うん、、、」

と言葉を反芻し、それでも貴方の目から涙が溢れてしまった。

私はそっと背中に手を回しこう言った

「必ず帰ってくるから、そしたら僕たちの、理想の家庭を築こう」

頷きながら涙ぐんだ貴方の薄い化粧は、涙で殆ど無くなっていた。


今日未明、真っ黒な空の中に星々が弱々しく輝いていた。

瓦礫ばかりの街路の中、汚れた軍服を着た私が、貴方の元へただ1人走っていた。

新月の夜、静まり返った街、左腕の無くなった私は、取りづらくなったバランスのせいで何度も転んでは立ち上がる。

「メアリ、メアリ、メアリ、メアリ、、」

今にも切れてしまいそうに枯れた喉の奥、貴方の名前が何度も漏れる。

貴方に言いたいことが沢山ある、"子供の名前のこと"、"これから先の僕らのこと"、そして何より"ただいま"を。

ぐちゃぐちゃになったえんじ色のレンガが散乱した跡地の前で足を止め、ゆっくり中に足を運ぶ。

そこにあったはずの我が家の面影はなかった。

呆気にとられた私は瓦礫の中、爪に紅色のネイルをさした綺麗でスラっとした指を見つけた。

血の気が引くのを感じながら、のし掛かったレンガを避けていった。

「あぁ、、ここにいたんだね、メアリ、、」

私達の国は戦争で負けてしまった。

敵国が投下した数十発もの爆弾は、罪のない民間の街を壊して回った。

彩り豊かな私達の街はたった数分で消え去ったのだろう。

貴方を片腕で胸に抱き寄せると、庇うようになっていた赤子を亡骸で見つけた。

軍服の腰に備えた銃をこめかみにあて、金属の冷んやりした感覚が体を強張らせる。

結局お土産は、人を殺め続けたこの金属の塊になってしまったのか。

私は自分の妻と初めて見る名前の無い我が子に向かい、こう言った

「誰も傷つかない、争いのない、そんな幸せな僕らの、理想の国を作ろう」

二度と頷かない貴方の爪の紅色を塗り重ねるように、私の赤が宙を舞った。


ここまで読んでくださってありがとうございます。

人生で初めて書いた話です。

余白は少し残しておきますが、解説を入れたいと思います。


・構文の対比について

三年前、一年前、今日未明 この3つに大きく分かれてますが

冒頭の「〜〜な日を思い出す。〜の中、〜な私と、〜な貴方が—」というようなものは共通していて

今日未明の時だけは、貴方の部分が少し欠けています

三年前と一年前においては、「それじゃあ」と方向を変える人が、メアリとヘンリで別々になっていてそこも対比になっております。


・メアリの容姿について

三年前は、頬に紅をさしている→デート用のおめかし

一年前は、薄化粧で同じ家にいる→結婚した2人の関係

今日未明は、ヘンリがネイルと指だけでメアリだと気づいている→メアリへの愛


・各パート最後のメアリの描写

三年前は、紅をさしてるのにその上から分かるくらい頬が赤くなっている→照れている

一年前は、薄化粧であるのに涙で崩れている→悲しんでいる

今日未明は、爪のネイルがヘンリの血で重ね塗りされている→2人の最後を表す


・理想の〜について

この作品は、結婚式→家庭→国 

というように主人公ヘンリが求めている理想が変化していきます。文字数が一つずつ減っていくのに対して、理想は少しずつ漠然としたものに。

貧困な子供の夢を聞くと漠然と「お金持ち」と答えるように、ヘンリは肉体的にも精神的にも貧窮していきます。


・ヘンリの名前について

インダクタンスというコイルの電流の変化が誘導機電力となる性質の単位であるヘンリーから取ってます。


これで以上です。

少ないとは思いますが、ここまで読んでくださった方がいるのなら、最大限の感謝を持って終わりとさせていただきます。ありがとうございました。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ