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①~㉑

高校生活の全てを失った者たちの奮闘劇。

挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)


「最強になるために~社長令嬢の青春奪還物語~」


佐行 院


-①序章-


 私立西野町高等学校、私服登校可能など自由な校風のこの学校に通う僕・宝田たからだ まもるはまったりとした毎日を友人と共に過ごしていた。1コマ55分の授業を6コマ出席して幼馴染の女の子・赤城あかぎ けいと帰る。それが僕の日常。他の人と何ら変わらない普通の高校生。因みに、守と圭は同じ1年3組だ。

 比較的新しい5階建ての校舎に体育館やグラウンド、また食堂があって皆が各々の時間を楽しく過ごしていた。

 部活も勿論存在する。運動部や文化部、そして同行会、沢山ある。因みに僕は帰宅部(面倒くさいから)、圭もそうだった。因みに運動部にはクラブハウス(部室棟)があった

 いつも昼休みは図書室で本を読んで過ごした。読書は大好きだ。自分ひとりの世界に入り込める。ゆっくりと本を読み没頭し、チャイムがなったら教室へと戻って授業。本当に普通の日常。

 放課後は必ず寄って帰る場所がある、学校の敷地の一角に佇む「浜谷商店はまたにしょうてん」というお店だ。歩いてすぐだから僕だけじゃなくて西野町高校に通う生徒はみな好んで寄っている。ご夫婦で経営されているお店で皆顔なじみである。ある意味第二の両親と言っても過言ではない。今日はおばちゃんが担当らしい。

 

守「おばちゃーん、いつものー。」

おばちゃん「あいよ、あんたもこれ飽きないねぇ。いつもありがとね。」

圭「おばちゃんコーラ無いのー?」

おばちゃん「ごめんねー、裏見てきてもいいかい?」

圭「もう喉カラカラだよー、早くー、死んじゃうよー。」

おばちゃん「そんなんで死ぬわけないだろ、待ってな。」


僕は大好きなメンチカツとハムカツを頬張り、圭はコーラをぐいっと飲みながら歩いて帰る。それが僕たちの1日の締めくくりだった・・・、その時が来るまでは。


 3学期の終業式の日、事件は起きた。


 式を終えホームルームも終わり、僕は圭と浜谷商店へと向かっていった。


守「あれ食わなきゃ1日が終わらねえよな。」

圭「ウチも早くコーラ飲みたーい。」

守「またかよ、お前好きだよなー。」


 いつも通り・・・のはずだった。


圭「ねえ・・・、あれ・・・。」


 浜谷商店のいつもは開いていた引き戸が完璧に閉まっている。貼り紙が一枚。


「お客様各位 

 

日ごろからのご愛顧誠にありがとうございます。

 突然ではございますが私情により閉店させて頂く事となりました。

 皆様にはご迷惑をお掛けし大変申し訳ございません。

 本当にありがとうございました。

 

そして西野町高校の皆さんへ


皆さんと過ごした時間や思い出は私たち夫婦にとってかけがえのない宝物です。

本当にありがとう・・・、楽しかった・・・。


                        浜谷信二・妻 博美 」


 突然過ぎて俺たちは膝から崩れ落ちた。圭は涙を飲んでいる。圭のこんなの悲しそうな表情を見るのは小学生の時以来か。今日は買い食いしながら西野町高祭(文化祭・体育祭)や遠足などの楽しい思い出を語る予定だった。2年になると厳島神社に向かう修学旅行があり、その事も語る予定だった。それが出来なくなった。

 その情報は瞬く間に全校生徒へと伝わった。野球部員に至っては何故かわんこそばの食べ比べをしている生徒もいたのでわんわんと泣いている。


野球部員「俺まだ記録更新出来たはずなのにーーーーーー!!!」


 そこら辺にいた全員が「そこかよ」突っ込んだという。

 僕も圭も同じように突っ込んだ。ただ場が和んだが浜谷商店が復活するわけではない。

 ただそこには以前とは違い真っ暗な建物がポツンとあるだけだった。


-②変化、そして異様-


 春休みが過ぎて僕たちは2年生になった。


圭「今年も同じクラスといいね。」

守「嗚呼・・・、そうだな。」

圭「私、やっぱり出席番号1番かな」

守「そりゃそうだろう、名字が赤城だもんな。」


 そんな何気ない会話を交わしながらゆっくりと学校へと歩を進めた。

 

 学校につく前に浜谷商店の跡地に向かった。お店はすっかり無くなってしまい、そこには途轍もなく大きな豪邸が建っていた。


 豪華そうな彫刻の表札の名前は「貝塚かいづか」。


 僕は「ふーん」と思いながら学校へと足を向ける。そんな僕を圭が血相を変えて呼んだ。


圭「大変!早く来て!」


 僕たちは校門へと走った。


圭「学校名見て!!」


僕たちは目を疑った。場所を間違えたのかとも思った。


 『私立 貝塚学園高校』


 すっかり変わってしまっている。しかし校門に立っているのは確かに僕たちの1年の時の担任だった湯村ゆむら先生だった。


湯村「おはよう、どうした、早く入りなさい。遅刻するぞ。それとも転校でもするのか?」

 

湯村先生は冗談が好きだった、ただ決して面白かった訳では無かったが。しかし先生は生徒からの人気はあった。僕も圭も先生が好きだった。

湯村「ほら、早く体育館に行きなさい。全校集会の後クラスが発表されるからな、楽しみにしとけよ。」


 言われるがままに体育館へと入る。何故かステージには玉座のような椅子が3つ置かれていた。僕は友人の空口琢磨からぐち たくまを見つけ声を掛けた。


守「おはよう、どうなってんだよこれ。」

琢磨「よう、守か。俺も何も知らなくてよ。それに何故かこんなジャージを渡されたんだが。」


 そう言えば体育館に入る直前に名前を確認された後、僕も圭も灰色のジャージの入ったビニール袋を渡された事を思い出した。周りを見回すと何人かはそれに着替えている。胸元には番号が書かれていた。まるで刑務所だ。よく見たら壁に「袋に入った服に生徒は全員着替えること」とあった。ちらほらと着替えを済ませた生徒が増えてきている。


 時間が経過し先生の始業式開始の号令があったので全員集まった。ただクラスが分からないので皆まばらに散っている。


湯村「そのままでもいいから聞いてくれ。皆気付いていると思うが今日から本校は『私立 貝塚学園高校』となった。新しく理事長に就任された貝塚社長の挨拶がある。よく聞くように。理事長先生、お願いいたします。」

理事長「ありがとう。皆さん、おはようございます。この学校を買い取り今日から理事長に就任致しました貝塚財閥の貝塚義弘かいづか よしひろです。どうぞよろしく。

 えー、これから私が理事長を務めるにあたり、経費削減を兼ねた改善等を施し、この学校のレベルを最大限に引き上げようと思います。それにあたり、色々と廃止していこうと思います。

 まずはじめに「修学旅行等のイベント」です。皆さんにはこれから毎日徹底的に勉学に励んで頂くために高校時代という時間を最大限に使いたいので廃止することにしました。勿論、これは経費の削減を兼ねてます。

 次は「年4回の長期休み」です。この間に思い出作りをしようと勉学がおろそかになる生徒が毎年多数存在しています。これのお陰でどれだけ平均学力が下がったか。なので廃止させて頂きます。

 続けて「昼休み」です。これも時間の最大活用もありますが、実は脳の回転は満腹時より空腹時の方が良いとされていまして、そのことを活かすために学校敷地内を「飲食禁止」とします。なので、食堂や購買でのパンの販売、自動販売機を全て廃止します。勿論持ち込みも禁止です。校内全域に監視カメラやセンサーを設置していますので隠しても無駄ですよ。

 そしてこういった「式典」も全て廃止します、時間が勿体ないですから。体育館に全員が集まるのは今日が最後だと思ってください。その上で授業時間を1コマ60分にするとお伝えしておきます。各時間における休み時間を5分としますので移動等に使ってください。

 それと大学入試共通1次試験に必要な「6教科8科目」以外の授業も廃止していきます。徹底的に大学入試対策を行っていくためです。

 最後に「部活動」も廃止します。これは近日問題になっている教員の先生方の残業問題対策のためです。時間外労働を徹底的に削減して先生方に安心してお仕事して頂く為です。それにクラブハウスの維持費もかかるし。

 さて、浮いた経費を少し使って有名進学塾の講師の先生方をお呼びし、朝の7:00の早朝補習と夜の9:00までの放課後補習を実施していきます。

 では・・・、今日はこれで解散としますが、この後始まるのはホームルームではなく補習ですのでくれぐれもご出席いただきますよう。

 これからは宿題も増加すると思われますのでご容赦下さい。

 さてと今から1時間後にクラブハウスを取り壊しますのでそれまでに私物を各々の部室から避難させておいて下さい。解散!」


 その後「クラスを発表します!!」の一言で横断幕が貼りだされた。生徒の名前の横にはジャージの胸元の番号が書かれている。


圭「守、今年も同じクラスみたいだね、ただ・・・。」

守「ん?どうした?」


 明らかに圭の様子がおかしい。


圭「出席番号1番じゃないみたいなんだ。」


 ふと横断幕に目をやると2年1組の所に僕達の名前があり、名前順では1番上のはずの圭の名前の上に「貝塚結愛かいづか ゆうあ」の文字がある、それに自分たちのように「番号」がない。不自然すぎる。


 そんな中、急いで私物を取りに行く沢山の生徒たち。


 これから僕たちは、いや、この学校はどうなっていくのだろうか。不安を胸に教室に向かった。


-③騒動・困惑-


 「最後の」全校集会が終わり運動部の部員たちを中心にもうすぐなくなる部活動に所属する生徒たちが慌ただしく動き出した。何名かが気付いたようなのだがクラブハウスの前に大きな鉄球を吊るしたクレーンが2台、静かに刻々と近づく「1時間後」を待っていた。


生徒①「早くしろー、大変だ!!早くしないと俺たちの物がなくなっちまうぞ!!」

生徒②「折角親父に買ってもらったバットをなくしてたまるか!!」

生徒③「ウチもラケットずっと置いてるのに!!」

生徒④「サイン入りのゴルフクラブを失ってたまるか!!」

生徒⑤「あたしあれが無いと・・・、あの枕が無いと寝れないの!!!」

生徒①~④「枕置いてんのかよ、家でどうしてんだよ!!」


 余裕が少しあるのか何故かボケとツッコミが交錯している。一方その頃・・・。


 部活に所属していなかった守、圭、そして琢磨は新しいクラスとなった2年1組の教室へと走った。


琢磨「何はともあれ同じクラスになれてよかったな。」


 少し笑みを浮かべて走る3人。琢磨は至っては何故かこの状況を楽しんでいる様に見える。階段をのぼり廊下を左に曲がって一番奥が2年1組の教室だ。教室に着くとすぐに異変に気付いた。


「2年1組(結愛)」


 3人が見た看板には個人名の「結愛」に文字が。


守「どこかで見たことがあるな。」

圭「この名前・・・、確か出席番号1番の名前・・・。」

琢磨「この名前だっ・・・。」

女子「わたくしの名前がいかがなされましたの?」


 突然琢磨の声をかき消した声の正体は守たちが着ているジャージとはかけ離れた衣装を身に纏った女生徒だった。今にもふんぞり返りそうである。

結愛「早くおどきになって、高貴な私をお通しにならないおつもり??」

圭「何よあん・・・。」

湯村「結愛お嬢様、大変申し訳御座いません。すぐに立ち退きますのでこの者らの無礼をどうかお許しくださいませ。」

守「先生何言ってんだよ!!こいつも俺たちと同じ生徒だろ!!」

湯村「こっちの台詞だ!!お前らこちらのお方をどなたと心得る!!我らの理事長であの年商1京円を誇る大企業貝塚財閥の貝塚義弘様のご息女、結愛お嬢様だぞ!!早くどけ!!」

結愛「先生大袈裟ですわ、私そこまで大した権限は持ち合わせておりませんのよ。では皆様ご免あそばせ。」

 

 そう言うと教室のなかで一際目立つように置かれた机と椅子のセットへと向かい静かに着席した。周りの席は他の学校と何ら変わらない学習机セットなのに結愛のだけは装飾等が派手に敷き詰められている。周りの生徒は勿論の様にざわざわとしている。


湯村「ではお嬢様、もうすぐ最初の補習が始まりますのでそれまでごゆるりとお過ごし下さいませ。」

結愛「感謝しますわ。御機嫌よう。」


 湯村先生は長い廊下をゆっくりと歩き職員室へと帰って行った。結愛は廊下の外の様子を伺っている。


結愛「先生は行きまして・・・??」


 周囲にそう一言尋ねる。全員が首を縦に振った、その瞬間・・・。


結愛「あーーーーーだりーーーー、やってらんねーーーーー!!!!あの親父大袈裟な事しすぎなんだよなー。皆ごめんよー。俺本当はこんななんだよー、大人の前じゃお嬢様キャラしてっけどよー、自分でも気持ち悪くて吐きそうなんだよー、ポテチー、ポテチ食いてー!!!」


 湯村が視界から消えた瞬間結愛は足を思いっきり広げぐでーんとした態度を取り、性格を一変させた。


生徒達「嘘だろうがー!!」


守「じゃあこの学校どうなってんの。」

結愛「え?ああ。俺と兄貴がこの学校に通うって言った瞬間に親父がこの学校を買い取っちまってよー、好き勝手しまくってんだよー、困ったもんさ。俺も兄貴も普通に高校生活を送りたかったんだよ、でも親父は実力主義だからどうしてもいい大学に進ませたがっててこんな事に、参ったもんさ。あ、兄貴来た、おーい、兄貴ぃー。」

兄「その様子だと周りには大人がいねぇって事か、助かるぜ。皆俺はかわいい結愛の兄の海斗かいとだ、よろしく頼むぜ。」

圭「シ、シスコンなんだ・・・。」

結愛「兄貴のクラスは上の階だろ、早く帰れよー。」

海斗「そう言うなって、コーラ買ってきたから許せよ。」


 結愛は海斗からコーラを受け取ると一気に飲食禁止のはずのこの校内で堂々とがぶ飲みした。とてもじゃないが「お嬢様」とは呼べない。


守「お、おい・・・、飲食禁止だろ、センサーとカメラがあるんじゃないのか。」

結愛「センサーとカメラ??ああ、あのちゃっちいやつか。センサーは俺と兄貴でとっくにぶっ壊したぜ、親父機械に疎いからカメラにはずっとおなじ映像が流れる様にして騙してんの。」


結愛は衣服に似合わず工具をこちらに見せ自慢をしてきた。その時、外から大勢の足音が聞こえてきた。教室の入り口がばっと開きまさかのレッドカーペットが敷かれた。どうやら理事長だ。生徒は全員一先ず着席した。結愛と海斗を除いて。


義弘「結愛、海斗もいたか、丁度いい。後で海斗には後で伝えようと思ったが手間が省けたな。いいかお前ら、お前らはこの学校で最強を目指すんだ、一流の大学に入って勉学に励みいつか貝塚財閥を継いでもらわなければならん。」

結愛「分かっておりますわ、お父様。」

海斗「かしこまりました、お父様。」


 先程とは打って変わってといったところか。しかし昔からの習性からかお嬢様らしさ、御坊ちゃまらしさはあるようだ、きっと大人の前だけでだが。ただ周囲の生徒達はさっきの二人を見ているので数人が笑いを堪えていた。ギャップが激しすぎるからか。しかも二人とも飲んでいたコーラを背中で隠している


義弘「このクラスと海斗の3年1組は二人を最強にするためのものだ、他の生徒を蹴落としてでも最強を目指せ。さて補習までの時間お茶でもどうかな。」

結愛「ありがとうございます。お父様と飲むお紅茶大好きですの。」

海斗「私も同行しましょう。」

 

生徒たちは嘘つけと全員思った。

 

それはそうと義弘は「蹴落としてでも」と言っていた。年商1京円クラスの大企業の社長は考えていることが違う、まさか子供の為に学校を買い取ってしまうとは。

 しばらくして、海斗と結愛が戻ってきた。まさかのぐでぐでモードで。


結愛「やってらんねーーーーー、俺紅茶嫌いなんだよ。やっぱコーラだよなー。」

 結愛はまたコーラをがぶ飲みする。コーラを飲み干すと声を上げて言い出した。


結愛「皆聞いてくれー、俺と兄貴はこの機会に親父から会社の全権を奪取しようと思ってんだ、協力してほしい、最強になるためにな」

 

結愛はにやりと笑った。


-④残酷な破壊と手紙-


 守や結愛たちが教室で最初の補習の準備をしていると、クラブハウスや校内の部室から私物をさせてきた「元」部員達が続々と帰ってきた。荷物が多い生徒や少ない生徒、中には高価な宝飾品を持っていたものもいた。結愛が宝飾品に反応していたので多分本物だろう、どこのブランドの物かは想像もできないがかなりの高級品そうだ。必要なのかどうかは正直分からないものが正直な気持ちでこれらを先生たちが見たらどういう反応をするのだろうか、特に湯村先生が。


「以前」湯村先生には毎日決まって同じ食堂に食事を取りに行く習慣があった。自由な校風だったため、昼食を校外に食べに行っても大丈夫だった。守や琢磨もその食堂でちょこちょこ食事を行っていたので先生の事をよく見かけた。湯村先生本人は毎回同じメニュー「小ご飯とみそ汁」のセットをしみじみと噛みしめながら食べていた。小さめのお茶碗1杯のご飯と優しいお出汁の味が嬉しい温かなみそ汁。具材は豆腐と若布わかめ。そして店主自家製のお新香が付いて180円という価格。毎日そのセットを食べていた、ただ本人たちの給料日にはたまの贅沢にとポテトサラダや白身魚のフライといったおかずを一品食べる様にしていたらしい、本当にとてもうれしそうな表情をしながら。ただ、左手の薬指に指輪をしているので結婚はしているらしい、奥さんは忙しい人なのだろうか。もしくは高校生のおこづかい程度の価格で食事が提供されるこのお店で食事をしなければならない位厳しくされているのだろうか。しかし、詮索はよしておこう、いくら何でも本人が可哀そうだ。


さて、そんな湯村先生が先程の宝飾品を見ると自分が教師であることを忘れる位の気持ちになってしまうのは明白。守たちも呆然と立ち尽くしていた。いよいよ義弘が言っていた「1時間後」が来ようとしている。


まだ守たちは結愛を完全に信用している訳ではなかった。性格から見て結愛や海斗は義弘に反発している様だがやはり2人は貝塚財閥側の人間、いつ義弘側についてもおかしくはない。


守「お・・・、お嬢様?」

結愛「ああ、結愛でいいよ。」

守「じゃあ・・・、結愛?一つ聞きたいんだけど。」

結愛「何だよ。」

守「俺たちはどうやって結愛の事を信用すればいいんだ?仮にも貝塚財閥の人間だよな、出来れば信用できるように誠意なものを見せて欲しいんだが。」

結愛「そうだな・・・、じゃあ2つ見せるわ。」

守「2つ?」

結愛「とりあえずこっちに来てくれ。」


 全員を教室の一番後ろの監視カメラの下に集めると手元の工具入れから金槌を取り出し、カメラに向かってジャンプした。


『がっしゃーーーん!!』


 結愛は全員の目の前で監視カメラを破壊してみせた。配線もついで感覚で綺麗に切っている。


結愛「それと・・・。」


 結愛は全員の前で衣服を脱ぎ捨てた。下にはまさかの守たちと同じジャージを着ている。ただ番号が記載されていないが。


結愛「これじゃ駄目か??」

全員「十分だぜ結愛、歓迎するしこれからもよろしくな!!信用するぜ!!」

 遂に「1時間後」が来た。クラブハウス前に停車していた重機が動き出した。どごんという大きな音を立てクラブハウスを破壊していく。何名かは涙を流していた。ただ、「元」運動部ではなかった生徒達も涙を流している。琢磨が訳を聞くと泣いてた生徒が震えながら音楽室の方を指差した。


女生徒「あれ・・・、あれ・・・、見える・・・?」


 音楽室の窓が全部割られそこから炎が噴き出ている。よく見れば他の実習室等も同様に破壊されている。他のクラスから何人もの生徒が叫びながら走ってきた。


男生徒「大変だーーーー!!」

結愛「おい、落ち着けよ、大丈夫かよ!!」

男生徒「あの理事長どうなってんだよ、体育館まで破壊しやがったぞ!!」


 すると・・・、


海斗「大変だ、皆大丈夫かー?!結愛、無事かーーー?!」

結愛「兄貴!?どうなってんだよ!?」

海斗「俺もわかんねぇよ、訳わかんねぇよ!!」


 何気に海斗もジャージを着ている、どうやら結愛同様疑われたらしい。守たちは何となく申し訳なく思った。


守「お前らの親父って・・・。」

結愛「ああ、目的を達成するならどんなことでもやるんだ、ただまさかここまで・・・。」

海斗「維持費(経費)の削減かよ・・・チィッ!!」

圭「でもあいつ一人でここまで??」

海斗「いや多分・・・。」

貝塚兄妹「黒服だ!!みんな逃げろ、あいつらはどこまでも残忍だ!!最低でも俺たち2人は味方だ、危害を加えるつもりはない、お願いだから急いで逃げてくれ!!」


 全員、校舎の外に逃げると、部室系統のあった建物のみが全焼し、各クラスの教室のある建物のみが残されていた。男女関係なく生徒は皆泣いている。そんな生徒達をよそに校舎からチャイムが鳴り響く。そして生徒指導の飛井とびいの怒号が響く。


飛井「早く教室に入れ、すぐに補習が始まるぞ、補習は全員参加、出席率が低いと留年もあり得るから覚悟しろ!!」


 あんな火災の悲劇があったというのに先生たちは平気なのだろうか、まだ立ち直れない生徒もいるが全員校舎へと入っていった。その日の補習は本当に夜9:00までずっと続いた、焼け跡はそのまま残っていて酷いの一言だ。ただ補習が終わった頃には結愛の衣服は元通りに戻っていた。本人曰く、その恰好でないと家に入れないのだという。


結愛「俺と兄貴がジャージ着てたの内緒にしてくれるか?親父は何故かジャージが嫌いなんだ。」


 どうやら貝塚邸は無事らしい。多分義弘の予定通りなのだろうが。

守「分かった、帰るか。」

 

全員、各々の家路についた。

 

 守の家は学校から歩いて15分程のところにあり、寄り道や買い食いをしてもすぐに帰る事ができた。隣には圭の家がある。


圭「じゃあね。」

守「うん、お疲れ。」


 二人とも家に入った。


守「母ちゃんただいまー、ずっと何も食ってないから腹ペコだよー、晩飯何ー??」


 クタクタになった守に母・真希子まきこが冷たく言い放った。


真希子「何言ってんのよ、あんた。こんな手紙が来たのに用意している訳ないじゃないの。」

守「手紙・・・?」


 守は真希子から「貝塚学園高校」の文字が書かれた封筒を受け取り、中の手紙を取り出して読んだ。


守「嘘だろ・・・。」


 守は手紙をストンと落とした。

 

保護者様各位

                           貝塚学園高校理事長 

                           貝塚財閥 代表取締役

                                 貝塚義弘



         学校名の変更と新理事長就任のお知らせ


拝啓 春暖の候、皆様ますますご清栄のこととお喜び申し上げます。さて、突然でございますが、これからは貝塚財閥で西野町高校を管理させて頂く事になり、代表取締役である私貝塚義弘かいづかよしひろが務めさせて頂く形となりました。これからは我々がお子様の勉学を支えさせて頂きますのでよろしくお願い申し上げます。簡単ではございますがご挨拶とさせて頂きます。


                                   敬具


 まさかの形式ばかりの手紙が入っており、守は鼻で笑った。ただ、もう1枚手書きの物をコピーした簡単な手紙を見つけた。それにはこうあった。


 お子様の勉学の時間を確実に確保すべく、また脳の回転を確実に速い状態で保つため、お子様には一切の食事を与えないで下さい。脳の回転は満腹時より空腹時の方が良いとされています、そして1秒でも長く勉学の時間を確保するためにご協力をお願い申し上げます。


守「マジかよ・・・。」

真希子「凄い方が理事長になったんだね、私はあんたや彼に協力するから頑張るんだよ。」


 守は諦めて入浴することにした、そして鞄に手を伸ばす。中には美味そうなお菓子が数個入っていた。どうやら結愛が家から持ち出して皆の鞄に入れてくれたようだ。「少なくて申し訳ないが食ってくれ」との一言書いたメモと一緒に。


 守はそのお菓子を噛みしめる様に食べた。部屋の窓からは圭の部屋が見える。どうやら圭も同じ状態になったらしい守は確信した。


 結愛は信用できる、と。



-⑤疑問-


 補習で静まり返った校舎、先日の火災(というより義弘の黒服たちの計画的犯行)で全焼した校舎は跡形もなくなっていた。養護教諭の乃木のぎが当然とも言える質問を投げかけた。


乃木「理事長先生、少しよろしいでしょうか?」

義弘「どうした。」

乃木「育ち盛りとも言える生徒達に対して一切の飲食を禁ずるのは如何なものかと思うのですが。」

義弘「君は私の考えに、いや、私に反逆するのかね。」

乃木「いや、そんなつもりは。申し訳御座いません。」

義弘「構わないよ、そう思うのも無理はない。いや、養護教諭として当然の事だ。だったら人間がどうして空腹になるのかをご存じかね。」

乃木「食べて・・・、動くからです・・・。」

義弘「いいだろう、ではどこが動くからだ?」

乃木「全身ですか?」

義弘「いや、胃袋だ。人間が食物を食し、食道を通り胃袋に入った後、消化しようと動く。その時にカロリーを消費する、逆に言えば食さなければカロリーを消費しない。」

乃木「しかし女子は1日225・・・。」

義弘「女子は1日2250㎉、そして男子は2750㎉必要だ、しかしそう言った摂取を毎日のように続けるとどうなると思うかね。」

乃木「健康な・・・。」

義弘「健康?何をとぼけたことを言っているんだ君は。摂取を続けると起こりうるのは老化だ。」

乃木「でも昼休みをなくしてまで生徒が努力して夢を追うための栄養を奪うなんて・・・。昼休みをなくす必要は無かったはずでは?」

義弘「努力?夢?何を馬鹿な事を言っているんだ。大切なのはそんなものではない、数値と結果だ。そしてその数値たる結果を何が生み出すと思う、力だ。それも経済力と権力だ。世の中を動かしているのは何よりも金と運気だということを君も知っているだろう、乃木建設のお嬢さん・・・、それでもまだ努力や夢などと馬鹿な事をほざくかね、確か君の所は我が財閥の子会社だ、それに君が前回の赴任先で何をやらかしたのか、私が知らないとでもいうのかね、私が口止めしていなければ今頃・・・。」

乃木「では昼休みのけ・・・、いや申し訳御座いません。」

義弘「そのことも兼ねていずれは諸々を話すことになるであろうが、今は言えない。私が最強になり望みを全て叶えるために。」

 

乃木はずっと震えていた。かなりの圧力をかけられている様だ。どちらかと言うと「3食しっかり食べましょう」と標語を出さねばという仕事をしているのに全然義弘の言葉に反論しようとせず、一切の食事を禁ずる義弘に賛同している様だった。そのせいかやせこけた生徒が目立ち始めている。しかし制服がわりの囚人服のようなジャージで体系が分かりにくい。


今の態勢になってから数か月、相変わらず授業と補習のみの毎日の連続に慣れてきた頃、最近は週末に企業の摸試が校内で行われるようになり、また補習にきている講師の通勤している塾でも摸試を作成していたので生徒たちは毎日のように学校に通うようになっていた。摸試の日も当然の様に食事禁止、そのうえ1日に複数の企業が作成した摸試を受ける日もあった。授業の内容も難しくなって来た上に余復習や日々増えていく宿題、摸試の反省などでバタバタと倒れていく生徒が後を絶たず、毎日のように救急車が来ていた。しかし、教師や講師に何を吹き込まれたのか全員次の日には無理やりにでも学校に来ていた。結愛の2年1組や海斗の3年1組の生徒達は2人のお陰で何とか生き延びていた。


守「なあ、お前の親父さんておまえが来たいって言っただけでここの理事長になったんかな。」

結愛「う―ん、親父って昔から影があったからな・・・。」

圭「蹴落としてでも最強にって言ってたね。」

琢磨「自分がなりたがっている様な言い方もしていたな。」

守「でも陰ってどういうことだよ。」

結愛「あそこに俺達の家があるだろ。」


結愛は浜谷商店のあった方向を指差した。貝塚邸が佇む。


結愛「あの家な、親父しか入れない場所が沢山あって俺も全部を把握してねぇんだ、下手すりゃそこに秘密があんのかもな。」

守「ふーん・・・。」


 守はそこまで深くは考えず、会話を楽しんでいた。相変わらずの日常が、幕を閉じようとしている。放課後の補習が終わった後だったので21:00過ぎで真っ暗な夜道を圭と帰って行った。海斗と結愛はいつも間にか大人の前用の服装に着替えて家に入っていく。ただ、後ろにコーラを隠し持って。それを見て守と圭はクスリと笑った。

 やはり結愛はこちら側の人間で、仲間だった。


-⑥考査と摸試-


時が流れ数か月、今の「貝塚」になって初めての中間考査となった。以前に比べ範囲が広く感じる授業時間が長くなったので当然のように制限時間が長かった。範囲が広くなった分、頭を悩ませる生徒が多数存在した、しかしこの考査を突破しなければ進級が危なくなる、ただ以前理事長の義弘が夏休みなどの長期休みを廃止してしまったので、危ぶまれるものが一つ、良いようで、いや悪いようで減ってしまっていた。今回の摸試は2日かけて6教科8科目の学力を競う、自信満々のものもいればそうでないものもちらほらといた。因みに生徒番号は胸元の番号で結愛と海斗は記入不要となっている。ただそこはやはり学校の先生が考えて作った考査、工夫を凝らした問題がいっぱいだ。琢磨は2日目の最終科目・現代文の「傍線部(※)の人物像を絵で描きなさい。(色塗り不要)」の問題をじっくりと丁寧に描いて満足感いっぱいで居眠りを決め込んでいた。「(色塗り要)」だったら何人か色ペンを出そうと焦った生徒もいたろうに。若しくは授業中に「色は塗る必要がありますか?」と質問した生徒でもいたのだろうか。中学時代の美術の授業ではあるまいて、そんなに彩り必要とは思えない。もしかして先生が気を利かせて最後の最後にジョークでもかましたのだろうか。まぁ、気にしても仕方ないかという雰囲気と共に中間考査は終わりを告げた。終了のチャイムが鳴り響く。試験官は飛井。


飛井「そこまで!後ろから回答用紙のみを回収するように。」

守「終わったー、とりあえず一安心だな。」

飛井「おい宝田、何を言っているんだ。」


 次の言葉に全員耳を疑った。


飛井「今から講師の方々による摸試だぞ、早く準備せんか!」

全員「何て?!」

結愛「親、お・・・、お父様はその様な事は仰っていませんでしたわよ!」


 結愛は一応大人の前でのお嬢様モードでいようとしたが気が動転していたのかごちゃついている。この事は義弘が誰にも言わず秘密裏に行っていた様だ。飛井と入れ替わって乃木が入ってきた。問題用紙がかなりの分厚さとなり運ぶのが大変そうだ、教卓に音を立てて置いてから一呼吸ついて試験の開始を告げた。


乃木「着席してください、今から数学の問題用紙を配りますがまだ開けないで下さい。」

守「どんだけの問題を詰め込んだらああなるんだよ。」

圭「かなり手の込んだ問題かもしれないね。それにしてもさ、私今日の中間で数学無かったから昨日ちっとも勉強してないんだけど。」

守「確かに俺もだ・・・。」


 守は何となく引っかかった。嫌な予感がした。


守「まさか・・・、な・・・。」


 そのまさかだった。摸試の教科は1日目と丸々同じで多数の生徒が不利な状況に立たされていた。結愛も先程の驚きようから見たら同じ状況と思われた。

 この摸試は全教科マークシート方式で共通一次試験を意識したつくりとなっていたが異様な分厚さが生徒達を焦らせた。しかし分厚さの秘密はすぐに発覚した。とにかく問題数が多い。1問につきの配点はどれぐらいなんだろうか。ペラペラと問題用紙をめくると大門10まで用意されていた。そして1教科1時間半という長さを要した。全員の額から汗が滲み出てくる。


琢磨「なぁ、全員の汗、尋常じゃ無くね?」

守「真夏みたいに暑いよな。」

乃木「そこ、静かに。」

圭「先生、窓開けていいですか?」

乃木「いけません、問題の流出を避けるために。」

琢磨「じゃあせめて空調を。」

乃木「なりません、全教室共通なので私の一存で致しかねます。その上これは全権限を持つ理事長のご意向ですので。」

守「あの、汗拭きたいのでタオル出していいですか。」

乃木「カンニングが疑われますのでおやめ下さい。」

男子「それでも養護教諭かよ、ぶっ倒れたらどうすんだよ」


 友達思いのたちばなが叫ぶ。


橘「人間性疑われるぞ、このままじゃ流石に死人が出るぞ。」

乃木「どう言われようと、これが理事長のご意向ですから。」


 乃木はそう言いながら一人携帯用の手持ち扇風機で涼を得ていた。全員義弘の人間性を疑っていた。義弘の娘である結愛も含めて。正しく地獄、そのものが辺りには広がっていた。数学の試験終了であと50分・・・。


-⑦銃弾-


 講師陣による摸試の2日目、摸試が始まるまでは全く関係ない(?)学校の授業が進んでいた。摸試が始まるまでの授業に身が入らずこっそり試験の準備を行う生徒がちらほらといた。いてもたっても居られないとはこういうことを言うのだろうか。守も教科書に補習に使っている問題集を隠しながらその場を過ごしていた。そこそこの緊張感と共に試験の時間を迎え、前日に行った中間考査の科目の試験問題が生徒に配られた。今回は試験監督が来る前に全教室の生徒が窓を全開にしていた、暑い日が続くので換気しないと試験なんてできやしない。しかし、試験監督として古文講師の茂手木もてぎがやってくるとすぐに閉めるように指示をした。橘が昨日の様に吠える。


橘「暑すぎて試験どころじゃねぇよ、開けさせてくれよ。」

茂手木「駄目だ、今すぐに全部閉めなさい。涼しいのは私たちだけでいいんだ。」


 そう言うと懐から携帯用の扇風機を取り出し涼を確保し始めた。結愛がお嬢様モードで問いかける。


結愛「わたくしたちもですの?」

茂手木「お嬢様、申し訳御座いません。お父様のご意向です。」


 結愛は静かに座ると橘に手を合わせてぼそっと悪い(わりい)と言った。茂手木が咳ばらいをして試験開始を告げた。頭を抱えだす生徒が多数いた。明らかに問題集に載ってなく補習で習っていない問題ばかりで悩みながら試験問題を解いていった。

 試験が終わり通常通りだと下校となる時間になった。生徒たちはほっとしながら鞄を抱え教室を出ようとしていた、すると試験監督をしていた湯村が静止した。


湯村「何をしているんだ、今から昨日の試験を返していくぞ、全員席に就け。」


 全員が渋々席に着くと試験の解答や正しい答え、そして試験結果に順位が書かれた書かれたプリントが各生徒に配られた。昨日の今日でここまで結果が出てくるとは流石貝塚財閥といったところか。どうやら各試験が200点満点で構成されており点数によってA~Dまでで評価が付けられた、これはまだ序章で湯村からまさかの説明があった。


湯村「実はこの試験なのだがアルファベットで表示されている評価によって次のクラス編成を行っていく事になっているんだ、生徒の実力に合わせてクラスが構成されていき、これからの授業内容も少しづつ変わってくるだろうから頑張ることだな。」


 全部が初耳で全員困惑した。しかも今は夜遅く、段々と眠気を起こす生徒が出てきた。眠そうな生徒をよそに湯村はどんどん試験結果を返していく。思考回路がおかしくなりそうで堪らない。そんな中、数学の講師である重岡しげおかがやって来て1問目からじっくりと解説をしていった。全員がまさかと思ったのだがなかなか聞けない、琢磨は結愛の方向をちらっと見た。


結愛「あの・・・、先生?」

重岡「お、お、お嬢様!!どうなさいました?!」


 重岡は何故か人に声を掛けられると声が上ずってしまう。


結愛「これから昨日の4教科の解説が行われるのでしょうか?」

重岡「も、も、勿論でございます、4教科分の解説授業が終わらないと出入口はおろか教室の扉も開きません。」

圭「じゃあ帰りがかなり遅くなるね。」

守「飯も食ってないから尚更だな。」


 4教科分の解説が終わると、もう深夜で、車も殆ど走っていない。この状態を生徒たちの親たちはどう思っているのだろうか普通なら心配になって連絡を沢山よこしてくるはず・・・だった。しかし、一通のメールも着信履歴も入っていなかった。親は黙認しているという事だ。

 琢磨が家に帰ると家族全員眠ってしまっていた。でも流石に夕食を取り置きしてくれているだろう。と思ったのだが全くそれらしいものはなく、メモ書きが1枚のみ。

 “琢磨へ

  理事長先生から『改めて申し伝えます、お子様に食事を与えないで下さい。また眠ると勉強したことを忘れてしまうと言いますので睡眠をとらないようにご指導のほどよろしくお願いします。』って手紙が来たから朝まで勉強してなさい。”

 これは指導ではなく完全に虐待だ。

 次の日、2日目の摸試の解説が終わった後、翌日新しいクラスが発表されると全員に連絡が入った。結愛や海斗も含め生徒の目にはクマができており、フラフラの状態の者が多数存在した。そんな中、教師や講師はずっとピンピンしている。それどころか最近、平均的に全員が横に大きくなってきている様な気もした。

 さて、次の日、新しいクラスが発表された。守や圭、琢磨に結愛、そして橘は同じクラスで、1年1組(A)だった。どうやら組番の後ろに記載されたアルファベットは摸試の評価のようだ。全員が一斉に新しいクラスに移動し始めた。そして意外とすんなりと移動は終わった。

 さて、新しいクラスでの最初の補習の時間となり全員が問題集を取り出そうとする。クラス以外はいつもと変わらない。そこに数学の重岡がやって来た。


重岡「お、お、おはようございます。数学の補習を行いた・・・」


『ズギューーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!』


 けたたましい銃声が辺りに響き渡った。4組の方向だ。


重岡「あ、あ、あ、あれは4組ですねぇ、4組の生徒の成績をこれ以上落とすわけには行かないので遅刻者が出た場合銃弾が放たれる様になったんです。」

橘「おい見ろよ、4組の生徒が逃げてくるぞ。あれは伊津見いつみか。」

伊津見「大変だよ!!今の銃弾で死人が出たんだ!!」

重岡「伊津見さん、何をしているのですか、早く教室に戻りなさい、補習は始まっているのですよ。」

琢磨「何でそんなに冷静になれんだよ!!」

重岡「これも理事長の方針です、学校全体の学力平均の向上の為です。」

守「生徒の命より学校の学力平均の方が大事なのかよ、有り得ねえ。」

結愛「お父様に駆けあってきます。」

重岡「理事長は本日重役会議です。」

結愛「何てこと・・・。」


 待ってましたと言わんばかりに葬儀屋からきた寝台車がやって来て撃たれた生徒が運ばれていった。1組の生徒は全員補習や授業に集中なんて出来なかった。無理に決まっている。死人が出ているのだ。殺人事件だ。普通なら学校閉鎖になってもおかしくない。

 本当にあり得ない学校だ、PTAが動き出すはずの大事件が起きてしまっているのに、講師や教師は冷静になって補習や授業を行っている。神経が疑われる。4組の生徒はどう思っているのだろうか。皆怖くなって逃げ出したくなっている。これのどこが学校だ、まるで監獄、自分達の着ている服の意味が明確になり始め、嫌になってしまうのも無理もない。


守「どうしようか、学校辞めた方がいいのかな。」

圭「私怖くなってきた。」

飛井「自主退学は認められていないぞ、退学届は理事長先生が独自に管理しているからな。」

琢磨「有り得ねえ、何て学校だよ。」


-⑧常識とは-


 銃弾による殺人事件が発生した当日も通常通り授業が行われ何もなかったかのような静寂に包まれていた。しかし、生徒は全員不信感を抱いている。


圭「不自然じゃない??殺人事件まで起こりだしているのにPTAや教育委員会、下手したら報道陣まで動き出してもおかしくない状況で世間が全く動いてないなんてさ。」

守「携帯のニュースはどうなっているんだろう。」


 皆おもむろに懐から携帯電話を取り出したが、全員のものに異変が起きていた。授業が始まる前までは普通に使えたのに全員の形態が圏外の状態になっていた。その時1年4組の方向から伊津見の大声が響いた。


伊津見「皆、大変だ!!出入口のドアが全く開かねえし、鍵が壊されて動かねえ!!

琢磨「嘘だろ!!」

橘「それどころじゃねぇよ、外見てみろって!!」

全員「なんだありゃ?!」


 校庭全体が高い塀で囲まれていて学校ではなく刑務所の状態になってしまっている。生徒全員が絶望感を感じているとき校内放送が流れた、義弘だ。


義弘「えー、皆さん、おはようございます。今日から皆さんのクラスは校内講師陣による摸試の結果で選考していきます。説明が遅れましたが、最下位のDクラスである4組は急遽たる学力の向上が必要とされる生徒の集まりですので早朝の補習に遅刻しますと先程の様に銃弾による制裁が加えられますので4組の生徒は学力を上げて他のクラスに這い上がって、逆に他のクラスは4組に落ちず今の状態を維持できるように勉強に励んで下さい。またより一層勉強に集中して頂くために皆さんの携帯電話は特殊な妨害電波にて一斉に圏外とさせて頂きました。また外部からの遮断を強めるべく校舎の出入口を完全に閉め切り、校庭全体を高い壁で囲わせて頂きました。先生方は特殊な鍵を渡していますので出入り自由となりますが、生徒の皆さんは出入りが出来なくなります。これからは大学に合格して卒業するまでこの校舎で寝泊まりして勉強に励んで頂きます。くれぐれもその覚悟の上でお願い申し上げます。」

琢磨「合格するまで一生この中かよ・・・、俺たちは受刑者じゃねぇんだぞ、この服装もそうだけどよ。」

守「結愛、お前はどうなんだ?鍵とか携帯電話はどうなってる??」

結愛「皆と一緒だ、携帯は圏外だし鍵も持ってねぇ、いよいよ親父の顔をまともに見えなくなってきたな・・・。」

橘「さすがにこのままだとまずくねぇか??」

守「調査が必要かもな。」

琢磨「おい結愛!!お前の親父どうなってんだよ!!何とかしろよ!!」

守「待てよ!!結愛だって被害者なんだぞ、謝れよ!!」


 琢磨と守が互いに胸ぐらを掴み怒鳴り合った、今までに無い位に。


琢磨「わ、悪かったよ・・・、すまねぇ・・・。」

結愛「良いよ、俺の親父が自分の手を汚さずに学校をこんなのにしちまったのは事実だからな、疑われても仕方がねぇよ。」

圭「ねぇ、それより先生ってどうやって出入りしているんだろう。校舎から、そして校庭から。」

守「しばらく様子を見て調べてみよう。」

結愛「できればり・・・、くそ親父がどうやって出入りしているかも調べねぇとな、兄貴何か知ってっかな。くそ・・・、自分の家が近くて遠いぜ・・・。」


 出入口が封鎖されてから深夜中ずっと教室の電灯が照らされ全校生徒の宿舎兼自習室として開放されていた。しかし、殺人事件が起きた場所で安心して眠れる訳もなく、不安な夜を過ごさざるを得なかった。解放されている教室以外は真っ暗となっており不気味な雰囲気が漂っていた。でも、教師や講師が帰ってしまっている分ある意味深夜は生徒の自由時間と言えた。ただ妨害電波はずっと出ているので携帯は使えなかったが。守たちはノートの切れ端などを使って綿密にメモを残し作戦を練ることにした。他のクラスの生徒とも連携が必要と思われたので協力を求めた。海斗の根回しにより、全校生徒が協力し、一丸となって大逆襲を行うチャンスを狙っていた。


守「まずは先生や義弘がどうやって出入りしているかを監視して脱出経路を見つける、その上で外部で報道陣やPTA、そして教育委員会が動き出しているかを見るんだ。確実に言える事はこの前みたいに手紙で義弘が手回しをしているかも知れないから両親には連絡せずに動く、いいな?」

全員「了解!!」


 守たちによる静寂たる隠密作戦が始まる。結愛や海斗を含む全校生徒による壮大な作戦が始まる、手を汚さずに義弘が最強になるために練った大変大掛かりな作戦をぶち破り最強になるために・・・。


-⑨隠密作戦-


 守たちはまず必要となる情報を得るために隠密作戦を開始した。第一として先生達が使用する出入口を知らなければならない。その作戦を実行するのに3組の伊達光明だて みつあきが名乗り出た。


光明「守、琢磨、久しぶりだな。今回の作戦俺に任せてくれ。」

守「久しぶり、でも良いのかよ、責任転嫁してるみたいで悪いよ。」

琢磨「一人に押し付けるのはな・・・。」

光明「大丈夫だって、俺を誰だと思ってんだよ・・・。」

守「確かに信用はしてるぜ。」

圭「ねぇ、伊達君ってもしかして・・・。」

琢磨「忍者の末裔か?って聞きたいんだろ、残念でした。光明はな小型の隠しカメラ作りとハッキングが得意なんだ。」(※ハッキングは犯罪です、駄目、ゼッタイ!!)

光明「ノートパソコンとカメラを隠し持っといて正解だったよ、役に立つ時がくるたぁな。」

守「とりあえずそれをどうするんだ?」

光明「各所各所に仕掛ける、それと校内の使用可能なカメラの映像がこのパソコンに映るようにする。」

結愛「あ・・・、確か・・・。」

光明「どうした??」

結愛「監視カメラは俺が先にいじって同じ映像がずっと映るように改造しちゃってよ・・・。」

光明「大丈夫だ、何とかしてみるよ。後何人か協力をお願いしたいんだが。」

琢磨「どうした。」

光明「俺の指先にあるこの超小型カメラを壁の境目とかに張り付けて欲しいんだ。」

守「分かった、俺たちに任せてくれ。」

光明「一応、パソコンからカメラを映像を見ながら指示を出す、念の為にこの無線機を身に着けて欲しい。」


 守たちは光明からカメラと無線機を受け取ると1階にある出入口の各所に散らばった。小型すぎて分かりづらいので大切にケースに入っている。


結愛「ただ嫌な予感がする、これを掛けてくれ。」


 結愛はどうやって持ち込んだのか懐や自分のロッカーから赤外線スコープを取り出した。守、圭、琢磨、橘、海斗、そして結愛がそれを掛け真っ暗な深夜の1階へと向かった。

 階段を降りて真っ暗な1階に到着し、全員赤外線スコープを掛けた。どうやら結愛の嫌な予感は当たったらしい、赤外線がそこら中をうごめいていた。守はノートの切れ端を丸めそれをわざと赤外線にぶつけた。


「ガチャン」


 出入口の手前辺りにぽっかりと落とし穴が開いた。


守「セーフ・・・。」


 守は一息つき落とし穴が閉じるのを待って赤外線を慎重に避けながら歩を進めていった。壁と壁の間の境目に光明から預かった小型カメラを貼り付けていく。勿論、無線機を通して光明に位置を確認してもらいながら。


光明「もう少し上だな、そうそうそう。うん、そこで。大丈夫だ、ありがとう。」

守「見えてんのか?」

光明「赤外線カメラにも暗視カメラにもなる高性能ものだ、よく見えてるよ。とりあえず教室に戻って来てくれ。」

守「了解、まるでスパイ作戦だな。」

光明「そんなに良いものではないがな、ハハッ。」


 決してウケたとは言えない、そしてこの恥ずかしい会話は他のメンバーにも筒抜けだった。


結愛「ギャグ言ってる場合かよ。」

琢磨「場が和んだことには感謝するわ。」


 さて、一方圭がカメラを仕掛けに行った出入口では。


圭「ねぇ、聞こえる?この学校に自動ドアなんてあったっけ?」


 圭がひそひそ声で全員に聞いた。


橘「いや、昨日までは無かったはずだぜ。」

光明「関係ないとは言い切れなさそうだな、そこに1個仕掛けてもらえるか?」

圭「了解。」

 そのフロアには昨日までは生徒達も使っていた手動のドアと、その日初見となった自動ドアの2種類が設置されていた。


光明「圭さん、やったな。そのフロアのドア2種類を重点的に監視する必要があるみたいだ。よく見つけてくれた。」

圭「『圭』でいいよ。」


 各出入口に監視カメラが仕掛けられた事を光明が確認すると散らばった6人は教室に戻ってきた。光明がノートパソコンを片手に説明を始めた。


光明「まず皆が仕掛けてくれた小型カメラの映像をチェックして先生達が退勤する時を中心にどんな鍵を使用し、どこから出入りしているかを探る。次に見てもらうのは俺がハッキングしてここに映るようにした各所の監視カメラの映像だ。これでどこから義弘が家に戻っているかを探る。この2つの情報が手に入れば俺たちの勝利はかなり近づいてくるはずだ。」

海斗「そして俺と結愛で親父の隠し部屋を中心に家を捜索する。」

光明「カメラの映像にかじりついて授業や補習に出ていなかったら確実に怪しまれる。映像は常時録画してハードディスクに保存した上で皆で調査していこう。」

結愛「光明君・・・、だっけ?」

光明「ははは、デジャヴってやつか?まあいい、光明って呼んでくれよ。」

結愛「じゃあ・・・、光明、折り入って聞きたいことがあるんだが。隠し部屋に入るにはパスワードが必要らしいんだが、解析するマシンを開発出来ねぇか?」

光明「それならもう作ってるよ、3台あるはずだから1台貸してやるよ。」

結愛「助かる、光明ってすごいんだな。」

光明「よせよ、褒めるのは作戦が成功してからにしてくれ。」


 気のせいだろうか、結愛の顔が少し赤くなった様に見えた。

 次の日、本格的な監視作戦が開始となった。しかし必ずと言っていいほど死角が発生する。そこをどう穴埋めするかが今後の課題となっていた、だが建物の中をずっとカメラが浮遊していたらそれこそ怪しまれると言っても過言ではない。やはりそこは人の目で補う必要がありそうだ。ただ休み時間は各々たった5分、それに授業や補習の時間内に出入りされると作戦の成功は確実に遠のく。そのためのハードディスクなのだが。あとは先生達が出入りする時間帯を探った上で義弘の行動パターンを知り、外への脱出経路と隠されていると思われる貝塚邸への通路を見つけ出す。長い日々の始まりだった。

 翌日から義弘は会社の重役会議だの出張だので理事長室を空けた。これはチャンスと結愛と海斗は光明からパスワード解析装置を受け取り侵入を試みた。


-⑩理事長室-


 パスワード解析装置のおかげで理事長室への侵入は容易であった。勿論、深夜の侵入である。結愛は装置を懐に入れて部屋に入って行った。義弘の理事長室は他の学校と同じくお洒落なお部屋が広がっていた。結愛と海斗は持ち込んだ赤外線スコープを掛け調査を始めた。本棚からデスクなど怪しそうな物が立ち並ぶ。指紋を付ける訳には行かないので手袋を付けての創作となった。中央のテーブルの裏などを隈なく調べていった。

 海斗がデスク裏で引き出しを少し動かすと怪しげな赤っぽいボタンを発見した。恐る恐るボタンを押す。赤外線センサーが解除された後に物音がした。


「ガコッ・・・!」


 すると中央のテーブルが少し引っ込み2つに割れ、下に続く階段がお目見えした。2人はゆっくりと降りていく。しかし数段降りた後海斗が床のトリモチに気付いた。


海斗「結愛、逃げるぞ!!」


 2つに割れていたテーブルが段々と閉まろうとしていた所をギリギリで脱出した。


結愛「取り敢えず、赤外線センサーの解除スイッチを見つけただけでもマシだな、少しずつ調べていくしかないようだな。」


 その時、外がバタバタと騒ぎ出した。黒服だ。一斉に校舎内に散らばり理事長室に侵入した人間を探そうとしていた。両手にはピストルを持ち、銃撃する準備は万端だ。理事長室にはその内2人が残っている。

2人は一旦退陣する事にした。黒服が窓の外を見た瞬間に椅子やテーブルの陰に隠れながら理事長室の出口を目指す。思ったより簡単に二人は脱出に成功した。


海斗「あいつら、馬鹿だな。」

結愛「どんくせぇ。」


 二人は教室に走って行った。

 一方、光明は各フロアの出入口のカメラからの映像をやや早送り気味でチェックしていった。でないと何個も何個も出入口があるこの学校の映像を全て見えない、ただ一人では不可能なので守と圭を誘うことにした。長時間見続けなければならなくなるが一瞬も見逃せない。


守「でも何で俺達なんだよ、光明。」

光明「すぐ隣にいたから。」

守「某有名アルピニストか・・・、まあいいか。」

光明「座布団没収。」

守「やめんか、ケツが痛くなるだろうが。」


 光明の笑えない冗談のお陰で少し場が和んだ。守と圭は光明に感謝した。その場に結愛と海斗がやって来た。


結愛「ちょっといいか?」

守「ん?」

海斗「実は理事長室に隠しスイッチを見つけたんだ、ただそれを押すと発動したのは罠で隠れた出入口っぽいのは見つからなくてさ。」

光明「よくあるパターンだな。」

結愛「ただ、罠が発動された瞬間に黒服が出てきたんだよ。でもどこからか分かんねぇ、だから監視カメラをもう一つ用意出来ねぇか?」

守「急に外がうるさくなった訳だ。」

光明「取り敢えずだ、追加のカメラか・・・、あったかな・・・。」


 光明は追加のカメラを探すためバッグを開けた。カメラを見つけると結愛に手渡した。何故か結愛がドキッとしている。守と圭、海斗は気を遣って外に出ようとしたがまだ黒服がウロウロしていた。その一人が教室に入って来た。


黒服「おいお前ら、ここで何をしているんだ。」

結愛「あら、黒服さん。宿題を進めるための調べものですわ。」

海斗「僕たちも苦労しているんです。」

黒服「お嬢様と坊ちゃま、こちらにいらしたんですか。大変失礼致しました。申し訳ございません。」

結愛「いかが致しましたの?」

黒服「理事長室に侵入者でございます。今全力で探しているのですが。」

結愛「あら怖いわ、早く見つけて下さいまし。」

黒服「はっ。」


 全員、笑いを堪えるのに必死だった。


-⑪謝罪と協力-


 以前、結愛が改造した校舎各所に元から設置された監視カメラのハッキングに光明が成功したとの連絡が入ったので海斗と結愛は深夜、光明の元へ向かった。兄妹も光明も同様の可能性を示唆していたのだ。念のため、結愛が光明に持ち掛けていた。


-数時間前-


結愛「光明、ちょっといいか?」

光明「ん?」

結愛「俺も兄貴も考えてたんだけどな。」

光明「うん。」

結愛「理事長室や出入口付近以外から親父が出入りしている可能性ってないのかなってよ。」

海斗「壁に隠し扉・・・的な。」

光明「それは俺も考えてた。」


 その時、用を済ませ化粧室から出てきた琢磨が教室に入ってきた。


琢磨「何の話だよ。」

光明「ん?光明か・・・、実はな・・・。」


 光明が琢磨に先程までの会話の内容を伝えた。


琢磨「確か監視カメラって結愛が改造してたよな。」

光明「実はそのカメラの解析と改造に成功したんだよ、ちょっと見てくれるか?」


 光明はパソコンに映っている監視カメラの映像を見せた。


光明「これは以前結愛が以前改造した監視カメラの映像だ。念のため、監視側には以前と同様に同じ映像がずっと流れる様にいじくってある、証拠を見せないとな・・・。」

琢磨「なぁ、俺も協力できねぇか?」

光明「いいけど、お前がいいなら。」

琢磨「前に結愛の事を疑っちまったから、なんつぅか・・・、謝りたいというか・・・。」

結愛「それは仕方ねぇよ、必ずしも起こりうる事だと俺も海斗も思ってたからな。俺たちは嬉しくねぇが『貝塚』だからな。」

琢磨「お前ら『坊ちゃま』と『お嬢様』だもんな。」

結愛「やめろよ、そう呼ばれる度に吐き気がするんだ。」

海斗「俺も。」

守「演技が上手いんだな。」

圭「それ褒めてんの?」

守「少なくとも俺はそのつもりさ。それにこれは使えるかもしれないだろ。」

結愛「『演技』か・・・。」

海斗「確か『あいつら』って・・・、だよな?」

全員「確かに・・・。」


 そこにいた全員が共感していた。ただ今は作戦会議が優先だ。


琢磨「一先ず、俺がどれかの監視カメラの前に行くわ。そこでだが、無線機を通して誰か何かを俺に指示してくれるか?」

光明「あいよ。」


 琢磨は光明からスコープや無線機を受け取ると一番近くの監視カメラへと向かった。最寄りのカメラまではさほど時間がかかることなく到着した。海斗がカメラの方へ向く。


結愛「少し遊ぶか?俺達だってまだ高校生だぞ、いいだろ。」


 満場一致だ。無線機を通してまずは結愛が普通の指示を出す。


結愛「琢磨、聞こえるか?聞こえたら右手を挙げてくれ。」


 琢磨は抵抗することなく右手を挙げた。


結愛「左手で鼻をつまめ。」

守「股を開いてO脚に。」

圭「白目向いて。」

光明「口を全開に。」

海斗「舌を出して。」


 教室に笑い声が轟く。すると顔を赤らめた琢磨がダッシュで帰って来た。


琢磨「アホか、お前ら。」


-⑫偽装作戦-


 光明は疑問に抱いていた事を海斗にぶつけた、必ずと言っていいほど作戦実行に必要だからだ。


光明「なぁ、理事長室に潜入したときに罠だったけどボタンを見つけたって言ってたよな。」

海斗「確か・・・、義弘が使ってるデスクの裏のやつだよな。」

光明「うん。そのボタンの周辺にスペースって無かったか?機械でボタンを押してわざと侵入者が出たようにしたいんだ。」

海斗「どれぐらいのスペースが必要なんだ?」

光明「2cm四方あれば大丈夫だ。」

海斗「よし、おれに任せてくれ。」

光明「いや、それには及ばない。今回の為に開発したんだ。」


 すると光明はとても小さなドローンを取り出した。内視鏡カメラが付いている。そのカメラの先端にはスマートスイッチが付いていた。これを理事長室のボタンに取り付けて誰かが押したかのようにするのだという。いつの間にか開発していたので海斗は驚いていた。2人は作戦実行の日にちを決め、結愛や守、琢磨、圭、橘にも協力を要請して全校生徒に伝えた。その時、作戦時に使用するイヤホンを全校生徒に配っていた。作戦実行の瞬間に生徒が廊下に出ていたら速攻で疑われ、作戦が台無しになってしまう。教室にとどまるように連絡を行った。

 次の日の深夜、全員が教室にとどまった事を確認すると、作戦実行の連絡をした海斗の案内で光明がドローンを飛ばし理事長室を目指した。因みにドローンには潜水艦のようなステルス機能があり誰からも見えないし監視カメラにも映っていない。それが故に理事長室には簡単に到着した。超小型のパスワード解析装置も仕掛けられているので入り口はすぐに開く。ドローンから送られる映像が光明のパソコンに表示され海斗がそれを見ながらデスクへと導く。勿論赤外線スコープ機能もあるのでセンサーもするすると抜けていった。問題のボタンがある引出しを動かして両面テープでスマートスイッチをくっつけた。急ぎながらも冷静にゆっくりとドローンを教室まで飛ばして回収を行った。海斗が全校生徒に改めて確認の連絡をする。


海斗「あー、あー、皆さんイヤホンから俺の声は聞こえていますか?改めまして貝塚海斗です。ただいまスマートスイッチの装着とドローンの回収に成功しました。これからわざと罠を起動させて黒服が何処から出てきているのかを監視カメラを通して見ていきたいと思いますのでご協力お願いします。ただ念の為、今から10分間のトイレタイムを取ります。くれぐれも黒服に怪しまれないように用を済ませて教室に戻ってください。10分後にまたこのイヤホンから連絡します。では、トイレタイム開始です、どうぞ。」


 全員静かにトイレに向かい用を済ませていく。黒服は全く出てこない。思ったより多い人数がぞろぞろとトイレに向かっているというのに全く怪しまない。それなりにトイレは広く作られているし一般的な学校の休み時間では普通の事だからだろうか。もしくは・・・、


海斗「よっぽど黒服が馬鹿なんだな。」


 ・・・とクスリと笑っていた。


光明「おいおい、これからだっての。」

海斗「悪い悪い(わりいわりい)。」


10分が経過して作戦実行の時が来た。海斗が全校生徒に連絡を入れる。


海斗「皆さん、教室に戻って下さい。各クラスの代表者は点呼と確認を済ませて連絡をお願いします。」


 全クラスの代表者から確認完了の連絡が入り、海斗は深呼吸した。


海斗「では、作戦開始します。」


 そして、光明が操作してスマートスイッチがボタンを押した。そして2人は監視カメラの映像を食い入るように直視した。理事長室前を含めあらゆる場所の壁がパカッっと開きそこからピストルを持った黒服が一斉に飛び出した。校舎中が黒服だらけとなった。その時、海斗が異変に気付いた。


海斗「光明、今の所、もう一回見てもいいか。」

光明「うん。」


 光明は指示通り映像を巻き戻して再生した。海斗は1番3番4番6番カメラの映像を凝視している。


海斗「なぁ、ちょっと見てくれるか。」

光明「どうした?」


-⑬不審な点、重要な戦力-


 光明は海斗が指したカメラの映像を見た。1番3番4番6番カメラだけ黒服が映っていない。同様に壁が開いているのだがその4か所だけ黒服が出てこなかったのだ。


光明「ここって確か・・・。」

海斗「そうだよな、元々、食堂だったり家から遠い入口だったりする場所だよな。余りにも不自然すぎる。この前のドローンって何台か予備はないか?」

光明「大丈夫だ、任せろ。」


 他のクラスの生徒からイヤホンを通して連絡がやって来た。


生徒「もう大丈夫?そろそろトイレに行きたいんだけど。」

海斗「すまない。だいぶ黒服も退いて来たからそろそろ問題ないと思うぞ、ありがとう。」

生徒「了解、その言葉を待ってた。」

海斗「あと、お礼と言っては何だがある程度の食料を2年1組の教室に用意してあるから皆で食べてくれ。」

各クラスの代表者「分かった。」


 結愛は光明の技術を以前から賞賛していたし光明の事を信頼していた。結愛の場合は信頼以上の感情を抱いている可能性が高いのだが。どうしても協力したくなる感情を抱き始めている様な気もしていた。光明にとっては心強い味方となっていたので助かっていた。


結愛「み、光明・・・、あのさ・・・、何か協力できないか?」

光明「そうだな・・・、今度結愛の家を案内してもらえるか?勿論、カメラの映像を通してだが。」

結愛「うん、任せろ。」


 結愛はどこか嬉しそうにしていた。

 しばらくの間、物事を起こさないようにしていた。義弘や黒服に感づかれないために。しかし何もしていなかった訳ではない。密かに集まって作戦を立てていたのだ。理事長室の罠をわざと起動させてからどうしようか、と。

 一先ずは黒服が出てこなかった各箇所の隠し扉が何処に繋がっているのかを探ろうということで満場一致した。しかし、そのためには前回の様な騒ぎをまた起こさなければならない。その上でカメラを数台用意するか騒ぎを数回起こすか選択することになる。皆は迷わず前者を選んだ。度々騒ぎを起こすと流石に義弘に怪しまれる。2回も起こしてしまっているのだ、流石に次は起こしづらい。そこで守が別案を出した。


守「なぁ、黒服が出てこなかった4か所の隠し扉をこっそり開ける事って出来ないかな。誰からもバレずにというのが前提だが。」

光明「最初に壁を解析して場所を探らないとだな。しかし視覚では分からないようにぴっちり閉まってるはずだから・・・。」

圭「視覚がだめなら聴覚・・・?」

橘「音ってことか。」

結愛「壁をコンコンしてって事?」

海斗「でもそんな絶妙な違いを分かる奴・・・。」

圭「確か別のクラスだけど・・・。」

琢磨「いた!!ちょっと呼んでくるから待ってろ!」


-しばらくして-


伊津見「急に呼び出して何?」

光明「お前・・・、もしかしていっつん?」

伊津見「そういうお前はみつもん?」

結愛「知り合いだったん?」

光明「幼稚園からずっと一緒よ。」

海斗「じゃあ守や琢磨ともか?」

守「いや、俺はあんまり。」

光明「じゃあ俺から。こいつは伊津見、さっきも言った通り幼稚園から一緒の幼馴染だ。いっつんって呼んでやってくれ。こいつの自慢の聴力は並外れててさ。下手したら数メートル先でのひそひそ話まで聞こえるレベルなんだよ。そしてそれとこいつを利用する。」


 すると光明は懐から先日の様な小型ドローンを取り出した。ただ、前回の物と違って高性能な小型マイク付きとなっている。これ以上性能を追加していくと小型の意味がなくなっていく様な気がするが。


光明「この内視鏡スコープの先っちょで壁の怪しいところを小さくコンコン叩いてそれをヘッドフォンを通していっつんに聞いてもらうんだ。」

守「それで隠し通路を見つける、と?」

橘「やってみよう、よろしくいっつん。俺は橘だ。」

守「歓迎するよ、いっつん。」


-⑭音で見る-


 伊津見が合流して一緒に調査を始める事になり数日の間、一先ず怪しい出入口を見つけようとドローンで様子を伺う事にしていた。そしてついに伊津見の能力を利用しようとこっそりと行動を始めていく。ゆっくりと静かに飛んでいくドローン。通り過ぎる黒服や他の生徒は全く持ってドローンに気付かない。そんなこんなで以前、黒服が出てこなかった出入口付近の壁まではいつもの事なので容易に辿り着いたが何故か今日は黒服がずっと直立不動での監視を行っていた。ただ、光明の小型ドローンは全然見えてはいない、小さい上に深夜なので余計なのだ。蚊程の大きさしかないので全然気にならない、なので黒服に動きが見えるまで観察することにした。

 数分後、罠を発動させてないのに壁がパカっと開いた。中から汗まみれの義弘が出てきた。


光明「おい、見ろよ。あれ義弘だぞ。」

結愛「ここって俺らの家から一番遠い出入口だよな。」

海斗「『敢えて』って可能性もあ・・・。」

伊津見「シッ!お二人ともお静かに、親父さん何か話してます。」

結愛「兄貴にもタメ口でいいぞ。」

海斗「それに海斗って呼んでくれ。」

伊津見「分かった。取り敢えず親父さんが何言ってるか聞いてみるわ。」

海斗「意外とあっさ・・・。」

伊津見「待って。」


 何か意味ありげな表情だなと光明はスピーカーの音量を上げた。


黒服「ご主人様、ご足労、お疲れ様でございます。」

義弘「いつもの事ながらだが、家からここまでハイハイで動かないといけないのは大変だな。それに苦手なジャージまで着て、毎度毎度ため息が出る。それと君、ここでは理事長と呼べと何度言ったら分かるのかね。」

黒服「はっ、理事長、大変失礼致しました。申し訳ございません。」

義弘「まぁいい、怪しまれないように敢えて一番遠い出入口にしたのは私自身だしな。さぁ、急いで閉めるんだ。」


 黒服が別の壁を開けボタンを押すと、自動で隠し扉が閉まり壁と同化していった。隠し扉がロックされLEDが緑から赤へと変色した。そして義弘たちは理事長室へと向かった。


結愛「どうやらここが家に繋がっているらしいな。」

海斗「でも完全に壁に同化して塞がっているぞ。ここは光明といっつんの出番だな。」

光明「任せろ。」


 光明は伊津見にヘッドフォンを渡すとドローンを動かし始めた。先程黒服が扉を閉めた時に使ったスイッチ付近をコンコンしていく。


伊津見「ん?」

光明「どうした?」

伊津見「少しだけ右に戻ってくれ。」

光明「うん。」


 伊津見はヘッドフォンに集中する。


伊津見「ここだ、ここを開けてくれ。」


 伊津見が言った通り壁を開いていく。すると小さな画面にテンキーが現れた。しかし先程赤く光っていたLEDが完全に消えてしまっている。作戦はコンコンからやり直しとなってしまった。


結愛「親父め・・・、周辺にスイッチを複数個作っているって事か。」

海斗「相変わらず下衆だぜ。」

伊津見「いいよ、俺探すから。」

光明「俺も。」


 光明が周辺の壁をコンコンして伊津見が音を聞き取っていく。


伊津見「ここだ。」

光明「開けるぞ。」

伊津見「光っていないな、次だ。」


 このやり取りを十数回繰り返しやっと・・・。


光明「ビンゴ、ここみたいだな。」

伊津見「耳が痛くなってきたぜ。」


-⑮隠し扉-


 早速2人は見つけたスイッチを使って隠し扉を開ける事にした。パスワード解析装置を使ってパスワードを解析し、テンキーを動かしていく。


「ガチャッ・・・。」


 隠し扉の鍵が開いたようだ。光明の操作でドローンを動かし扉の中へ入っていく。中は暗いので暗視カメラを使用しないと進んでいけなかった。ゆっくりと慎重に前へと進んでいく。光明の隣で画面を凝視する結愛。しばらくすると円状で広々とした空間に出た。


光明「どうだ、見覚えあるか?」

結愛「全くだな。全体がコンクリの壁。こんな空間家では全く見たことねぇ。」

海斗「向こう側にも通路があるらしいな、ここが家に通じているのか?」

光明「とにかく行ってみよう。」


 光明はドローンを慎重に進ませていった。念の為に赤外線スコープを常に作動させていた。奥に奥にどんどん進んでいく。すると一番奥に木製の扉を発見した。周囲には怪しいものは何もないようだった。慎重に扉を開けていく。そっと・・・、そっと・・・。

 中に入ると全体的に洋風の壁の部屋があった。


光明「もしかして・・・。」

結愛「俺たちの家っぽいけどこんな部屋あったか?」


 取り敢えず光明は部屋の天井にドローンをくっつけ隠しカメラの様に部屋を監視していく事にした。結愛と海斗は何かを思い出したような表情をしていた。


海斗「そう言えば俺らは立ち入り禁止の部屋がいくつかなかったか?」

結愛「確か1階と2階、4階に1部屋ずつあったな。」

琢磨「お前らん家何階建てだよ。」

海斗「地上5階建てに地下・・・。」

守「地下?!」

結愛「あったか?」

琢磨「知らねーのかよ!」

海斗「地下は無かった。」

橘「無いんかい!何で言ったんだ!」

海斗「いや、たまにはボケとかないと。」

守「空気読め!」


 海斗はそこにいた全員にビンタされた。


海斗「いてぇよ、場を和ませてもいいだろ。」

結愛「はいはい、ありがとねー。(棒)」


 全員、ため息をつき呆れ顔をしていた。

 それを横目に光明はドローンを左右に動かしていく、しかし先程開けた木製の扉以外には出入口らしいものは見つからず、ほぼ一面壁のみの部屋となっていた。


光明「しばらく様子を見て義弘が出入りするのを待つしかなさそうだな。」

結愛「娘の俺が言うのもなんだが、親父も手の込んだことするな。」

海斗「多分校舎と同じようにここの出入口も隠し扉じゃねぇのか?」

全員「有り得る・・・。」


 呆れたようなため息が全員からまた出た。もう慣れっこと言うわけだろうか。特に貝塚兄妹は日常茶飯事過ぎてつまらなさそうにしている。


光明「って事は必要なのはあいつの力だな。いっつんには頼ってばっかでもうしわけねぇや、アイツ良い所いっぱいあるからな、今度ジュースでも奢ってやるかな。」


 光明は鼻息を立てながら伊津見の事を話していた、すると・・・。


伊津見「俺の良い所ってなんだー??」

光明「いっつん?!いたのかよ?!」

伊津見「それよりみつもん、俺の良い所ってなんだよー、教えろよー。」


 伊津見が光明に肘を押し当てながらやたらと聞こうとするので光明は必死に話を逸らそうとしたが結愛や海斗、そして圭が参戦し始めた。


結愛「お前らずっと一緒なんだろ?お互いの良い所全部言ってみなよ。」

海斗「ほらほら。」

圭「皆待ってるよ、えへへへへへへへへへへへへへへへへへ・・・。」


-⑯立入禁止部屋-


 先程の様なやり取りがあった後、伊津見はしゅんとしながらまたヘッドフォンを付け捜索をし始めた。どうやら光明はあまり良い所を言わなかったようだ。煽った3人も申し訳なさそうな顔をしていた。まさに『気まずい』という言葉がぴったりだった。

 トイレから戻って来た光明の表情も同じようなものだった。


伊津見「何か・・・、悪かったな。」

光明「俺も・・・、すまん。」

結愛「というか悪いのは煽った俺達だよな、悪い。」

光明「取り敢えず作戦再開だな。」

伊津見「うん、また今度飯でも行こう。」

光明「そうだ・・・。」

伊津見「みつもん、待ってくれ!」

光明「ん?」

伊津見「微かだがここだけ空気の流れが違う音がしたんだよ。」

琢磨「そんなのも聞こえるのか?」

光明「コンコンしてみるか。」


 光明はドローンで以前の様に壁をコンコンした。すると一部の壁が一瞬だが横に動いた。


光明「ん?引き戸か?結愛、開けるぞ。」

結愛「うん、頼む。」


 光明は隠れていた引き戸を開け部屋から出るようにドローンを動かした、その先には廊下の様なものが広がっている。洋風の壁紙に赤い絨毯が敷かれた床。左右に長いものが目前に広がっていた。


海斗「どっちでもいい、ゆっくりと前進してみてくれ。」


 ドローンを進めていく光明。深夜だから基本真っ暗なのだが偶に電気が点灯している所を見つけたので中の様子をある程度伺えた。そして大広間っぽい場所にある階段を見つけた瞬間・・・、


結愛「すまん光明、ここからさっきの場所に戻れるか?」


光明は電灯を頼りに先程の場所に戻ると、


結愛「やはりか・・・、ここは1階の『立入禁止部屋』だ。そこに実は扉があるんだが全く動かなかったんだよ、そういう事か・・・。」

海斗「畜生・・・、親父にやられたぜ。」

橘「じゃあやはり家と学校が繋がっていてここが隠し通路って訳だったんだな。」

琢磨「大きく一歩前進したな。」

守「でも大切なのはここからだ」

圭「進もう。」


 光明は慎重にドローンを動かして行った。怪しそうな場所を知るため兄妹に案内をお願いすることにした。明らかに怪しいのは他の階にある立入禁止部屋だ。それらを捜索していく事にした。まずは2階にある部屋を探すことに。

大広間にある大きな階段を上るとまた廊下が広がっていた。そこをゆっくりと進む。奥の一角に階段を見つけた。


守「この階段は?3階には何があるんだ?」

結愛「この階段は4階に繋がっている。俺たちの部屋がある階だ。」

琢磨「3階には?」

結愛「実は行ったことが無いんだ、行きたくても行き方が分からない。」

海斗「どの階段も何故か3階には繋がっていない、だから3階に何があるのか知っているのは親父だけなんだ。」

伊津見「そうか、もしかしたら今日3階に入る方法が見つかるかも知れないな。」

光明「一先ず、2階を見ていこう。」


光明はドローンを動かしていった。

結愛も画面に食らいつくように覗き込み立入禁止部屋を探していった。


結愛「そこを右だったはずだ。」

海斗「あった。扉は開くか?」


 ドローンで開けようとしてみたがここの扉もびくともしない。ここにも先程の様な隠れた引き戸があるのだろうか。

 試しに壁をコンコンしてみたが、その様な場所は見つからなかった。しかし、扉の右下に少し凹んだ場所を発見した。そこにドローンの内視鏡スコープの先っちょを少し入れると扉があっさりと開いてしまった。あっけない位に。


光明「大きな病院の自動ドアを開ける時のシステムみたいだな。」

守「CT検査室とかの前にあるあれか。」

琢磨「俺も尿管結石の検査の時に見たぜ。」

圭「おっさんか、お前何歳やねん。」(※尿管結石に年齢は関係ありません、作者は高2の時に発症しました。勘違いをされた皆様スミマセン!)

海斗「取り敢えず開いている内に入ろう、閉まっちまったら意味がねぇよ。」


 海斗の言うとおりだ。光明はドローンを部屋に入れた、部屋にあったのは螺旋階段・・・のみ。その螺旋階段を上がり切った所にはまた小さな空間が広がっていた。そして、下へと続く階段がまたあった。ドローンをどんどんと進めていく。するとそこにはとてつもなく大きな空間が広がっていた。そこには本が沢山あった。


橘「書斎か・・・?というより図書館だな。やたらと広いぞ。」

守「奥に進んでみよう、何かあるかも知れない。」

結愛「それにしてもこんな空間家にあったんだな、初めてだ。何階だ?」

圭「3階って書いてるみたい。」

海斗「ここが3階か・・・。」

結愛「3階は本当に初めて来た。」

琢磨「かなりの勉強家だったのかな。」

守「多分ここにある本から得た知識で貝塚財閥や学園を作って今の形態にしていったんだろうな。」

結愛「敵ながら天晴だ。」

琢磨「敵って言っちゃった。」

光明「お前の親父だよな?」

兄妹「嬉しくないがな。」


 2人は大きくため息をつきながらだからか、声をぴったりと合わせて言った。何かの参考になるかもと思い、守たちはそこに貯蔵されている本を眺めてみた。

 義弘の書斎には経済学や教育学、医学など真面目な学習本がズラリと並んでいた。きっとこれらの本で独学で勉強を行い、独自の理論を形成していったのだろう。

 別の本棚には何故か実用英語技能検定などの資格試験や大学入試センター試験の過去問題集が最も近い過去10年分貯蔵されていた。これで自らの実力を試したり生徒に教えるための準備をしていったのだろうか、各々の本はぐちゃぐちゃに使い古した痕跡があった。

 そして奥にはパソコンが数台、ここはまだ未知の空間で興味深い物の様だ。


-⑰大きな一歩-


 夜が明けようとしていた、基本的な潜入作戦は深夜に行っているのでとても小さなドローンは見つからない限りほったらかしにしておいても大丈夫な状態だと言える、なので光明は海斗や結愛の了承の下、義弘の秘密の図書館、いや書斎の天井にドローンを停めてその場を監視することにした。しかしもうすぐ早朝補習が始まる時間だ、停まったドローンは録画体制に入った。

 忘れてはならない事だが彼らは高校生で、この学校はありとあらゆる物を投げ捨ててでも大学受験に熱を入れている場所だ、補習を欠席したらどういった制裁があるか分からない。伊津見のクラスメイトが銃殺されたのも事実だ。全員は素直に補習に出席しているフリを可能な限り行った。しかしその裏で義弘のみだけが入れる立入禁止部屋の大部分となる書斎の監視もできている状態だ、これは大きな一歩と言えよう。

 早朝補習は講師陣による補習でまだ教師は出勤してきていない・・・、はずだった。ただ今日はいつもと違って学園の講師教師全員が朝一から出勤していた。やたらと黒服もうろついている、明らかにいつもと様子が違う、貝塚財閥で何かがあったのだろうか。

 結愛は不本意ながら貝塚の人間であるので通りかかった黒服に尋ねてみることにした。


結愛「おはようございます、黒服さん。」

黒服「・・・。」


 黒服は深夜からずっと巡回していたのだろうか、意識が朦朧としている様だ。結愛はもう一度話しかけてみた。


結愛「黒服さん?」

黒服「あ!結愛お嬢様!おはようございます!大変失礼致しました。申し訳ございません。」

結愛「おはようございます、朝から如何なさいましたの?」

黒服「・・・と仰いますと?」

結愛「講師の方々に加えて教師の方々、ましてや黒服の皆さんが全員朝からいらっしゃるなんて異様ですわ。」

黒服「恐れ入りますが私は存じ上げておりません、昨夜村岡黒服長に残業を頼まれただけなのです。」

結愛「村岡さんが?!あの、働き方改革にかなり真面目な村岡黒服長さんが?!」

黒服「はい、私も耳を疑いました。」

結愛「分かりましたわ、ありがとうございます。今日は構いません、私から村岡さんに伝えますので今日は上がってくださいませ。」

黒服「はっ、失礼いたします。」


 黒服は安堵の表情を浮かべその場から離れていった。暫くして別の黒服が近づいて来た。

 結愛は大人が離れたのでいつも通りに戻ろうとしたのに安心出来なかった為、言葉がこんがらがっていた。どうやら先程会話に出てきた黒服長のようだ。


結愛「は、羽田はたさん?!お、おざぁようっすわ?!」

羽田「お、お嬢様?!こちらでしたか、おはようございます、一先ず落ち着かれては。」

結愛「失礼いたしましたわ、改めましておはようございます、羽田さん。」

 

会話に多少の違和感があることを全員察した。先程会話に出てきた黒服長の名前は「村岡」だったはず、しかしここにいる黒服長の名前は「羽田」だった。


結愛「羽田さん、これはどういった事ですの?夜勤からずっと残業している黒服さんや教師の方々が全員集合していますわよ?」

羽田「実はと申しますと会長がこの学園の様子を見に来られるとお聞きしまして。」

結愛「でもこんなに人数を揃える事があったんです?」

羽田「いや私は夜勤の者には帰るように指示していたのですが。」

結愛「先程おじい様がこちらにと仰ってましたわね?という事は・・・。」

羽田「何かご存じなのですか?」

結愛「最近黒服さんの格好をした侵入者がおじい様の周りをうろついているとお聞きしまして。もしかして先程見かけた黒服さんってまさか・・・。」

羽田「有り得ますね。恐れ入りますがお嬢様、何か有力な情報はお持ちでしょうか?」

結愛「黒服長さんの名前を村岡さんと呼んでた方があっち(4組)の方向に歩いて行きましたわ。」

羽田「私ども黒服長の同僚に村岡という者はおりません。その者が侵入者みたいですね。追いかけてみます、お嬢様はこちらに。」

結愛「お願いします。」


 羽田が離れていった事を確認して結愛はいつも通りに戻っていった。光明や守は今までの作戦がバレたのかと思って心臓がバクバクと鳴っていた。と言うより教室にいた全員が震えていた、皆気が気でなかったのだ。ここで兄妹以外の貝塚関係の人間に作戦がバレると今までの努力が全て水の泡だ。結愛が堂々と羽田と話していたので全員唖然としていた。

 ただ、少なくとも結愛や海斗はこちら側の味方だ。安心感もあったので全員静かにその場を過ごすことが出来たのだった。しかし、まだ疑問に思う事がある。

 とにかく貝塚財閥はかなり大きな企業らしい。


-⑱会長-


 元に戻った結愛が守たちをジロリと見た。


結愛「何だよー、今のは俺んちの黒服のリーダーの一人だよ。性格は優しいんだが目がいかついから少し苦手なんだよ。」

守「黒服長って何人もいるのか?」

結愛「一応シフト制って事になってるが。基本的には交代制だ、後俺が知ってるの黒服長は2人いるよ。」

圭「それより会長って?」

結愛「俺のじいちゃんな、家や会社にあんまり顔を出さないが外出する時は何人もの黒服を連れていることが多いんだ、ただ目立つのが嫌いだから少人数のことが多いんだよ。」

琢磨「侵入者って聞いたぞ。」

結愛「ああ・・・、じいちゃん他方から命を狙われやすくてよ、会社内にも侵入者がいる事なんて日常茶飯事なんだよ。いつもはひっそりと別宅に住んでるんだが・・・。」


 その時、窓の外からけたたましいエンジン音がした。どうやら真っ赤な外国産のスーパーカーの様だ。


結愛「あ、じいちゃんだ。」

橘「いや、逆に目立たね?!」


 車のガルウィングが開きサングラスにハワイアンな恰好をした老人が降りて来た。


光明「やっぱ目立たね?!」


 老人、いや会長の貝塚 ひろしは結愛に向かって手を振った。


博「おー、結愛ー、元気だったかー?」


 結愛は辺りを見回してから手を振り返した。


結愛「おー、じいちゃん!久しぶり!」

琢磨「会長だよな・・・。」

守「フランクだな・・・。」

結愛「じいちゃん堅苦しいの嫌いだから他の大人がいない限りは俺もじいちゃんに合わせてんだよ。」

圭「理事長とキャラ全然違うね・・・。」

海斗「だから会う度に喧嘩が多く・・・。」

義弘「父さん!こんな所で何しているんだ!家で待ってたらこんな所に・・・、先に連絡ぐらいしろよ!服装だって貝塚財閥の会長らしくない、会う度に言っているがいい加減にしてくれ!」

博「相変わらず堅苦しいなお前は。いつも言っておるだろう、いつどこでも大切なのは人だというのに、自分の考えのみが正しいと思うからそう怒鳴るんだ。」

義弘「この学園と財閥を作ったのは私だ、ここは私のもので、ここでは私がルールだ。名ばかりの会長である父さんにどうこう言われたくない。」

博「だからって若者の青春を奪う権利はお前にも、いや誰にもない。ここには食堂などの生活、そして部活動に必要な施設が全くないじゃないか、昼休みを含んだ休み時間が少なすぎるし1日の補習時間が異常で、しかも夏休みが無いだと?!ここの生徒さん達の顔を見てみろ、少しも生き生きとしていないじゃないか、お前の高校生活はこんなものだったか?PTAや教育委員会に訴えられてもおかしくない、わしはお前をそんな人間に育てた覚えはないぞ!!」

義弘「うるさい!!学生の本分は勉強だ、つまり大事な節目、受験に向けた学習だ!!それ以外の物を捨てさせ受験に集中させて何が悪い?!結局必要なのは大学入学共通テストに必要な国数社理英情の6教科(令和4年12月現在)の学力だ、私は生徒たちの将来を可能な限り考えた結果だ!」


 博は自分のスマホを操作して肩を落とした。


博「勝手にしろ、とんだ学校見学だったわい・・・。」


 そう一言吐き捨てると教室を出ていった。義弘はスーツを直し博とは逆の方向へと進んでいった。そこから数秒後、結愛のスマホに1件のメッセージが来た。博だ。


メッセージ「結愛、すまなかったね。突然やって来てまたいつも通りお父さんと喧嘩になってしまったよ。恥ずかしかっただろう、お友達の皆にも謝っておいてくれないか?お前さんの周りには頼りになるいい友達が沢山いる様だね、その子達の事を大切にしなさい。少なくともおじいちゃんは結愛や海斗の味方でいるつもりだ、何か不安な事がある時は必ず私に連絡してくれな。じゃあ、また会おう。お友達によろしく伝えておくれ。」


 数秒後、羽田が結愛の元を訪れた。小さな箱を持って。


-⑲贈り物-


羽田「お嬢様、これを。」

結愛「どなたからですの?」

羽田「会長からでございます、くれぐれもご・・・、いえお父様には内緒とのことで。」

結愛「分かりましたわ、ありがとうございます。」


 羽田はその箱を結愛に渡し、すぐに立ち去った。結愛はすぐにその箱を開け中身を確認した、結愛は中身を確認して震えていた。ただ事ではない事をそこら辺にいた生徒全員が察した。


琢磨「お、おい・・・、大丈夫なのかよ。」


 結愛は質問に答える事無く震え続けた。そしてにこやかに笑った。


結愛「これ欲しかったんだよー、ずっと探してたんだ、じいちゃん流石だぜぇ!この限定フィギュアずっと前から欲しかったんだよねー。」

生徒「は、はぁ・・・。」


 お嬢様なのにまさかのヒーローもののフィギュアが大好きな奴だったとは、守や光明は呆然としていた。しかし、贈り物はそれだけではなさそうだった。

 海斗が物凄い剣幕で教室に駆けよってきた。


海斗「おい、結愛!これ見たか?!」

結愛「何だよ、お前が好きなバンドのベストアルバムじゃねぇか。」


海斗は博から自分へのプレゼントの箱を見せてきた、本当の贈り物は奥底に隠されていたのだ。

結愛は奥底の厚紙を剥がし、中身を確認した。それはそれは相当価値のあるものであった。博からの『自分達でどうしようもできない時に使いなさい、おじいちゃんからの愛情を受け取っておくれ。お友達を大切にね。』とのメッセージと共に。

博からの本当の贈り物、それは『貝塚財閥全権一週間強奪券』--その名の通り義弘が握る貝塚財閥の全権を1週間自分の物に出来るチケットだ。因みに義弘には拒否権は無いらしい、財閥の状況を察した博を含めた貝塚財閥の大株主たちが義弘の暴走を抑える為に作ったものだった。使うためには義弘、黒服、若しくは大株主の1人にこのチケットを渡す必要がある。そして義弘の手に渡った時点から一時的に1週間貝塚財閥の全権を握ることが出来る事になっている。早速結愛は博にお礼のメッセージを送った。


結愛メッセージ「おじいちゃん、貴重なプレゼントありがとう。それに久々におじいちゃんに会えて俺も兄貴も嬉しかったよ、今何処にいるのかな?また、会いに来てね。」


 すぐに博から返信が来た


メッセージ「おじいちゃんも会えて嬉しかったよ、贈り物受け取ってくれたかな?今おじいちゃんはハワイに向かうために空港に向かっているんだ、またハワイやヴェネツィアにあるおじいちゃんの別荘に遊びに来ておくれ。因みに乃木さんというおじいちゃんの友達の娘さんがいるからチケットを使うときはその人に渡しなさい。事情は今頃黒服を通じて本人に伝わっている頃だから、じゃあね、また会おう。」


 結愛がメッセージを読み終えた頃に乃木が飛び込んできた、物凄い形相で。

 

乃木「お嬢様・・・、これは・・・?」

結愛「乃木先生、確かあなたのお父様は乃木建設の社長で我が貝塚財閥の大株主の御一人でしたわね、そこで会長から先生に通達が行ったと思うのですが。」

乃木「はい、こちらです。」


 乃木は博からのメッセージを結愛に見せた。

 結愛は全員に聞こえるように読み上げた。


メッセージ「乃木様、いや乃木先生とお呼びした方がよろしいですかな?私は貝塚財閥の会長で義弘の父親の博です。お父様が経営されている乃木建設は当社の子会社ながら大企業の一つへと昇り詰めていることを存じております。そしてお父様は我が貝塚財閥の大株主の御一人、それにも関わらず息子の無礼、大変失礼致しました。心よりお詫び申し上げます、申し訳ございません。

 老人の急なお願いで恐れ入りますが、同封のスマホを使って孫たちの味方を兼ねてスパイをお願いできませんでしょうか、勿論そちらは差し上げますからお好きにお使いください。

そして孫たちに『あのチケット』を渡しましたので差し出された時には素直に受け取っていただきたいのです。どうか、宜しくお願い致します。


                        お父様の友人 貝塚 博 」


-⑳秘密の部屋にて-


 光明と結愛は先日、義弘の秘密の図書室、いや、書斎に仕掛けたドローンの映像をじっと見ていた。普段義弘以外出入りする事がない空間、勿論ずっと同じ映像が続いている。義弘が来ない限り当たり前の事なのだが2人は飽きてきていた。しかし、結愛は光明が自分の為に頑張ってくれていると思い余計な事かと発言を控えていた。その時だ、映像に義弘の姿が現れ、秘密の書斎で彼はパソコンに向かっていた。電源を入れ分厚い本を何冊も持ち寄り何やら真剣に調べものをしている。よくよく考えたら義弘は普段から知識やうんちくを会話に色々と差し込んでくる事が多かった事を結愛が思い出した。


結愛「親父って思ったより勤勉だったんだな・・・。」

光明「感心している場合かよ。」

結愛「悪い悪い(わりいわりい)、何の資料を見ているか見えるか?」

光明「やってみるわ。」


 光明は映像を解析し、義弘の手元を拡大した。ただ何冊もの書籍は全て義弘の陰になってしまっているので内容は全く見えない。なのでパソコンの内容を見えないかと色々とやってみたが全然確認できなかった。

 光明の横で結愛は現場のドローンから送られる生の映像を見ていた。そこにも義弘が現れた。パソコンと分厚い本を数冊持ってきて調べものをしている。光明に操作方法を教えてもらい結愛は義弘の手元を探ろうとした。やたらと分厚い本が5~6冊、また比較的薄い本が1~2冊ある。


結愛「あれは・・・。」

光明「ん?どうした?」

結愛「あの本なんだけどよ・・・。」

光明「どれどれ・・・。」


 光明は自分が見ていた映像を一時停止し、結愛の操作していたパソコンのマウスに手を伸ばした。マウスにしては柔らかい物に手が当たった。


結愛「お・・・、おい・・・。」

光明「ん?」


 マウスの上で2人の右手が綺麗に重なっている。光明は慌てて手を離した。2人とも顔が赤くなっていた。


光明「悪い、すまねぇ。」

結愛「まぁ、良いけどよ。」


 それから暫く2人とも心臓の鼓動がバクバクと鳴っていた。本題に戻るのに何故か時間がかかる。

 その間に映像の中の義弘はパソコンが並ぶ机の端っこにあるプリンターの方に移動していった。大きめの紙数枚に何かを印刷している様だ。その間に結愛はパソコンの前の書籍を見た。各教科ごとの大学入学共通テスト(旧:大学入試センター試験)の過去問題集と高等学校の学校教育課程の本がズラリと並んでいる。また、パソコンではインターネットで問題に纏わる資料を集めていた。少しでも解説を分かりやすくし知識として身につけておく為だろうか。

 印刷を終えプリンターから戻った義弘は過去問題集に色々と書き込んでいった。試験問題の解答に加え自分が資料から得た情報を書けるだけ書き込んでいた。


結愛「またやってるよ。」


 結愛によるとどうやら西野町に引っ越してくる前からずっとやっていたらしい。


光明「そうなのか?」

結愛「ああ、何年か分のセンター試験の過去問をどっさり買い込んで毎日の様に調べものをしつつ勉強していたんだ。」

光明「という事は・・・。」

結愛「ああ、義弘は俺たちの意向とは関係なく学園をかなり前から創る予定だったんだろう。」

光明「しかし何で今の様な形態にしたんだろうか、しかも何でこの西野町に?」

結愛「西野町に来たいって俺と兄貴が親父に言ったのは事実なんだよ、ただ親父は普段から色々とケチケチとした性格だったからな、余計な物を排除したかったんだろうよ。その性格から会社でも経費を抑えることばっかり考えてるって色んな人から聞いてたんだよ。」

光明「経費を抑える為・・・、だけだったのかな・・・?」

結愛「どういう事だ?」

光明「いくら何でもやりすぎだろ、殺人までする事あるか?」

結愛「それもそうだな、何か他に理由があるのかも・・・。」


 真相には未だ闇に潜む部分があるようだ。「あれ」を使うべきなのだろうか。


-㉑義弘のやり方-


 結愛は誰にも気づかれないようにしつつも海斗に連絡していた。やはり時には兄貴を頼りたくなるもんだという事なのだろうか。誰かに相談したそうな素振りを全く見せていなかったので皆が勝手に強い人間なんだと勘違いしてしまっていたのではなかろうか。


結愛「兄貴・・・。」

海斗「ん?」

結愛「今話せないか?」

海斗「勿論大丈夫だ。」

結愛「実はよ・・・。」


 結愛は最近思っていることを海斗に打ち明けた、主に先日義弘の書斎で見かけた書類や書籍類についてだった。以前もこんな事があった様な無かった様な・・・。

 義弘が彼なりに教育について真剣に考えてるのではなかろうかと思い始めた、それが故にしばらくは学校でも家でも可能な限り義弘の様子を観察しようと企んだ。


結愛「以前、中学受験の過去問や資料を大量に調べて親父なりにプリントにまとめていただろ?デジャヴ的なものを感じてんだよ。」

海斗「確か親父の秘密の書斎・・・、だっけ?えっと・・・、そこで見かけたってやつか。」

結愛「あん時さ、物凄い量のプリントを押し付けられた事を思い出してよ、少し辛かったなー・・・、なんて。」

海斗「分かるわ、これからこの学校もあんな感じになるのかな。」

結愛「俺嫌なんだけど、皆を巻き込んじゃってあんな事したくねぇ。」

海斗「毎日毎日テストが夜遅くまでで寝る間も無かったな。」

結愛「俺普通に学校生活送りたかっただけなのに・・・。」

海斗「だから取り戻そうや、俺たちの高校生活を。」

結愛「ああ・・・、うん・・・。」


 海斗は別に相談する事が結愛にはあるのではないかと思えて仕方なかった。しかし、今はやめておこう、最強になって学校生活を取り戻すことに集中するんだ。

 一方、光明は秘密の書斎に仕掛けたドローンの映像をずっと見ていた。義弘が過去問を調べ尽くしていたあの時以来動きは全くない。代り映えのない退屈な映像が続く。ビルの管理人の仕事ってこんな感じなのかなって想像した。その時校内のスピーカーから声がした。義弘だ。すると結愛が耳を押さえながら入って来た。続いて伊津見も。


義弘「皆さん、深夜の学園でいかがお過ごしでしょうか、理事長の貝塚義弘です。今から私自ら大学入試に向けた特別授業を開講しようと考えています。受講希望者は2階の特別教室までお越しください。」

伊津見「うるせぇな、あいつ何時かと思ってんだよ・・・。耳がキンキンするぜ。」

結愛「それより嫌な予感が当たった気がするんだが。」

光明「ん?」

結愛「以前もあったんだよ、親父が自分で調べて作った中学受験の過去問や資料のプリントを使って1晩ずっと勉強させられていた事があったんだ。俺だけじゃなくて兄貴もな。夜が明けても問題を解けなきゃ決して終わらせてくれなかったし寝かせてくれなかった。あの時から、まともに飯を食ってねぇし睡眠だってとってねぇ、唯一の食事と糖分が・・・」

光明「ポテチとコーラだったって訳か。スパルタどころか虐待じゃんかよ、許せねぇ・・・。」

結愛「光明・・・。」


 その時守と圭が教室に入って来た。


圭「だからこの前コーラを隠しながら義弘と『お茶会』に?」

結愛「お茶会なんか表面上だけで実際にはなかったんだ、あの後スパルタでまた勉強さ。」


 海斗や結愛にとっての嫌な思い出がまた繰り返されようとしている。参加する奴はいるのだろうかと恐る恐る特別教室へと向かった。教室にはまだ義弘の姿は無い。生徒も誰1人いなかった。先程の結愛の話を聞いて参加したくなる訳がなく光明や結愛はその場から去った。光明は念の為に小型の隠しカメラを教室の端っこに取り付けた。

 皆が元の場所に戻ってから数分後、義弘が教室に入って来た。教卓に大量の資料を叩きつけるとため息をつき資料を各々の学習机に配布し来るはずのない生徒が来るのを待った。

暫くの間腕を組み考え込んだあと義弘は内線電話を懐から取り出して校内放送に繋いだ。


義弘「先程放送で申し上げた特別授業は10分後に開講します。また各学年4組の生徒は強制参加とさせて頂きますので先程申し上げた特別教室にお越しください。」

伊津見「畜生・・・、俺参加しないといけねぇのかよ・・・。みつもーん、俺死にたくねぇよー。」

光明「諦めろ、それにこれはチャンスだぞ。いいかいっつん、お前は今からスパイだ。お前にこの無線機と小型マイクを仕掛けるから頼むわ。」

伊津見「みつもんに言われるとなぁ・・・。」


 伊津見は仕方なく従った、それが平和のためだ。


彼らの運命は如何に。

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