8-17 二人の希望
「ちょっとまって、一回整理させて」
「ああ、よかろう」
「僕はまだ人のつもりなんだけど、いつ神様になったの?」
「我を倒して、吸収した時だな」
「ぐっ、あの時かぁー……」
トワは石灰色の肌をした男、時間神クポボスと名乗る男だが、つい先程モノアイと協力して撃破したのだ。あれ?
「モノアイさんは?一緒に倒したんだから彼も――」
「いいや、それは無い」
「え、なんでさ」
「単純だ。我がお前を選んだからな。そもそも、そんな馬鹿みたいな力を持っておきながら人だと言い張るとは、ハッ、笑わせる」
なんだこいつ、ほんと口悪いな。
「あー……もうそういう事でいいや。他にも色々聞きたい事はあるけど、いちばん肝心な事。トワはどうやったら助けられるの?」
元はと言えば、クポボスがいきなり攻撃してくるからこんな事になったのだ。トワの事だって……心が無事だといいんだけど。
「あの魔物を助けたいのか。だったらほら、時のレールを動かしてみろ」
「時の……レール?」
クポボスが言うには、時の神は時間の流れがレールの用に見えるらしい。
「えっと……それはどうやって動かすってか、どうやって見るの?」
「なんだ見えないのか?んー、人間には難しい感覚か……
なら、異空間の時間を操作していた時のように魔法を使ってみろ」
「え、でも時間魔法は……あれ?使えるようになってる」
「それはそうだろう。我が止めていただけなのだから」
はっきり言ったな、「止めていた」と。神は他人の魔法を使えなくさせる事が出来るのか。それも、対象に気付かれないように。
まあとにかくやってみよう。
……なるほど。これが。
確かに、言い得て妙だな。だけど……
「ぐっちゃぐちゃ……」
僕の目には、クポボスが言ったようにレールのようなものが映っている。しかし、それは結び目など見えないくらい酷くこんがらがっていた。
「何、これ?」
「ふん。お前と、お前が助けようとしている魔物がそうしたのだ。我が突然攻撃してきた事を不思議に思っているようだが、これでよく分かったろう」
――これが、僕とトワのせい?でも、それならぐるっと回り続けるだけのは……いや、そっか。感情。僕の感情でこんなになっちゃったんだ。
「反省したならそれで良い。こんなにも魔力があるのだ。レールを正し続けろ。その過程で、救いたい者を全て救うが良い」
「正し続ける……それでトワも、僕が殺しちゃった人たちも全員助けられる?」
「ああ。一生、常に、常人であれば一瞬で千回は死ねる程の魔力を使い続ければな」
「……な…………なぁんだ!そんなことでいいの?」
「はぁ、全く。普通は出来んわ」
クポボスは話していないが、彼が僕を選んだ理由はその魔力量。かなり魔力を使う転移をまるでただ歩くかのように使いまくり、弾けた石の破片などは、その体に触れることなくどこかへ消えてゆく。そう、僕が異界の護りと呼んで、戦闘中は常時発動し続けている空間魔法だ。
そんな魔法、魔力量に上限があれば一瞬で卒倒する。現に、似たような魂を持っていた魔物、トワでさえ転移を使うのは最小限だった。
「じゃあ、えっと……やるよ!」
僕はぐちゃぐちゃなレールをパズルのピースのように、一つ一つ外して並べ替えてゆく。
「これが、トワが死んでない世界線。これが、グレイス王国のみんなが…………違う、これ前回の世界線だ!みんな生きてる、誰も死んでない世界線!」
僕は見つけた。それは前回の、僕の大切な人は全員生きている世界線。ベルテやエルフィエンドらを異空間に残しておけば、全てが最高な世界。
「見つけた!見つけたよクポ爺!これにする!」
「クポジ……はぁ、分かった分かった。ならそれ以外を退けて、決めたレールに魔力を通せ」
「よぉーし!」
選んだレールは簡単に、なんの抵抗も無く魔力が通ってゆく。ただ、確かにこれは……びっくりするくらい魔力が吸われるな。モノアイに吸われるよりも酷いんじゃないか?
パチリパチリと、景色が組み変わってゆく。無くなったグレイス王国が戻り、死んでしまったトワも、いつの間にか僕の腕の中に。
「トワ!」
「お兄ちゃ……うそ、人じゃなくなってる。
あ!あの変な靄は?私あいつに――」
「大丈夫。なんか倒したら食べちゃった」
「は!?」
この言い方はどうかと思う。流石にトワも困惑するよね。
「トワ!平和な世界だよ!これが欲しかったんだよね!」
「……なんで、それを」
「見てきた。未来まで。トワは僕の魔力が欲しくて探してくれたんでしょ!」
「そ、れは……ごめん、なさい。黙ってて」
「ううん。いいの。僕を幸せにしてくれてありがとう、トワ」
「そ、そう」
トワが望んだ世界。僕を孤独から救ってくれた彼女に恩返しとして、それは僕が叶える。
「兵器が無い平和な世界かー。トワ、たっくさん殺してきたのに、随分と優しい事を考えてたんだねぇ」
「そ、れはっ。ただ、自分の住むところが無くなるのが嫌なだけよ……」
「はいはい。そういう事にしとくよ。……とりあえず、帰ろっか。箱庭、結構住みやすくなってると思うよ」
「ええ。よろしく、お兄ちゃん」
時間のループも無くなった。感情で乱すことも無くなった。
怖かった僕の体は、もう何も恐れることは無い。ようやく全てが思い通りに動かせるようになった。
「魔力、途切れさせるなよー」
「わ、分かってるよ。せっかく感傷に浸ってたのに、邪魔しないでよクポ爺」
まあなんだ。一生有り得ない量の魔力を使い続けなければいけないという制約は出来たものの、トワも、僕も望んだ平和な世界。
万々歳かな。