8-16 Κρόνος
初めに、前話がグロいらしいからムリ!と飛ばした方用にあらすじを置いておきました。
―――――――――― 以降が、今回のお話です。(*´︶`)ノ
◇前話を飛ばした方用◇
夢に囚われているトワ。寝る前までは幸せな日常だったのに、朝になったら何かがおかしい。
母も学校のみんなも、先生も。
気持ち悪い。気持ち悪い……
この世界はおかしいよ。
そんな世界で、僕は人を殺してしまった。そんなつもり無かったのに。軽くあしらっただけなのに……
でも、誰も僕の事を責めない。それどころか、さも当たり前のように散らばったソレを片付けている。
意味、分からない。怖い……
それに、みんなみんな、楽しそうに死んでゆく。
やっぱり、この世界はなんだかおかしいよ。
しかし、何がおかしいのか分からない。分かっているはずなのに、それを拒否するかのように頭が分からないと言っている。ただ、おかしいという感情が大きくなるにつれ、胸が激しく痛む。
「トワちゃん、大丈夫?」
その世界で、ベルテは先生だった。教育実習としてやってきた先生。
でも僕は、一目見ただけでそんな彼女に恋をしてしまって。
「胸が……痛い。大丈夫じゃない、かも」
「そうですか……ではそろそろ起きましょう」
ベルテ先生は僕に大人なキスをする。
初めて味わう感覚のはずなのに、どこか懐かしくて、もっともっとと体が快楽を求める。
そこで僕の目は覚めた。夢から覚めた。
僕がいたのは箱庭。
時間を止めていたはずのベルテが何故か動いていて、「よかった、よかった」と、涙を流しながら僕を抱きしめる。
そして、僕の胸には槍が刺さっていたらしく、今では服に大穴だけが空いている。
――なんでこんな事に?確か外に行って、妹と全てをやり直すために過去へと行こうとしたはずだけど……そうだ、行けなかったんだ。
で?なんで僕は箱庭にいるんだ?外に妹もいないし……
僕は再び外へ出ようと、警戒しながら一歩を踏み出す。
―――――――――――――――
「トワ、外に行くんですか?何が起きたかも分かってないんでしょう?だったら、私も――」
「ごめんね、ベルテ。大好きだから……だからこそ、待ってて」
僕は全部を無かった事にしようとしている。
数え切れぬほど犯してしまった殺人も、世界中から指名手配されている現状も、モノアイやエルフィエンドら、助けた人々も……ベルテとの幸せな生活も。
世界の時間を巻き戻し、何も起きなかった事にしようとしているのだ。
それでも、諦めきれないものはある。
前回から今回の世界へ移行する時、モノアイは全て忘れていなかった。
それは彼が特別だったからなのか、それとも異空間という、巻き戻る世界とは別の空間にいたからなのか。
もし後者ならば、箱庭にベルテを置いておけば、僕の事を忘れないでいてくれるかもしれない。僕の事を、好きでいてくれるかもしれない。
だから、ベルテはここに置いて行く。愛しているからこそ、置いて行く。
「どうか、次の世界でも僕の事を好きでいてください」
「トワ……行かないで……」
ボロボロと大粒の涙を流すベルテに最後の願いを伝えて、僕は外へと転移した。
「トワ!どこにいるの?トワ!」
外の、あの木陰へとやってきたが、妹はいない。空間把握で探してみても、見つからない。
「なんで?確かにいたはずなのに……」
僕の記憶は途中で途切れている。
トワと再会して過去の日本へ行こうとしたが、行けなかった。覚えているのはそこまで。
その後は、よく分からない夢を見て、目が覚めたら箱庭にいた。この胸に空いた大穴付きで。
――どこかからか攻撃されたのかな?でも、空間魔法の索敵能力を掻い潜って?数千キロも見通せるっていうのに、一体どうやって……
その時、全開にして警戒していた空間把握に、僅かな時間の揺らぎが感じられた。場所は……
自身の直下。
「ッ!?」
僕は突然のそれをギリギリ躱す。目視転移がなければ、確実に喰らっていた。
そして、さっきまで僕がいたところには黒い槍が。そう、槍だ。
「お前は……何故動いている。ソレを刺したはずだが」
その声の主は、姿こそ見えないが困惑しているのがよく分かる。
きっとあの槍は必殺なのだろう。時間を止める槍。多分そうだ。
「不思議?なら教えてあげるから出てきなよ。そんなネットアンチみたいに引き篭ってないでさあ」
……何故例えがネットアンチなのか。まあ、見えないところからチクチク攻撃してくるのだから、あながち間違ってもないか。
そんな挑発に乗ったのかは知らないが、声の主は黒い槍を連発してくる。だが、もうタネが割れているのだ。当たってやるはずが無いだろう。
「ねえ、いい加減出てきなって。そんな攻撃、もう何回やったって当たんないよー。お話しようよ、おじさん♡」
「我はおじさんではなぁい!!!」
「うっそ。コレで出てくんの?ちょっと……アレだね」
煽り耐性の無さを少々憐れみながらも、現れた声の主の情報を読み取る。
――種族が、分からない?人みたいな姿をしてるけど……あ、でも一部なんか消えかかってるみたいな。状態は……健康だ。
……何こいつ?
トワの前に現れた何かは、手足や髪の先なんかが薄らとしている、石灰色の肌をした男性。
怒りでプルプルと震えているくせに、顔に一切の血の気が無いのだから気持ち悪い。
だがこれが攻撃してきたやつの正体だ。そうと分かれば、排除するのみ。
だがその前に、
「ねえおじさん。ここにフェンリルがいたと思うんだけど……その子はどうした?」
「はん、あの魔物であれば先程殺――」
「殺す」
最悪の予想が当たってしまった。
僕は怒りに任せて男がいる空間丸ごと粉々に砕く。地形がどうなろうと知った事では無い。が……
「……なんで」
無傷。僕の攻撃が当たっていないかのように、男には一切の変化がない。
「先程の魔物と同じ反応だな」
男は話しながら、予備動作すら無く大技を繰り出してくる。
今度のは、広い。
「あっぶな!」
さっきまで連発していた槍とは違い、今回のは隕石のようなものだった。と言っても、発生場所が僕と同じ所なんだから笑えない。
何とかギリギリ、本当に紙一重で躱せたその隕石攻撃は、連発してこない。
ためが必要とかだろうか。
「なんなんだ、お前は。そんなに乱雑に転移ばかり繰り返しおって。さっき我に放った攻撃も、かなりの魔力消費だろう。そろそろ大人しくしたらどうだ?」
――魔力、消費?そっか、こいつ僕の魔力が無限にあることを知らないんだ。
てか、もしかしてこいつには上限がある?
攻撃が透けてしまい、勝ち目が無いかと思われたが、光明が見えた。
僕は目視転移で男の周りを飛び回り、適当なタイミングで攻撃を交えてゆく。そして会話も。
「ねえおじ……お兄さん!あんた何なの?種族とか見えないし、その体とか」
「…………」
「ちょっとー、だんまりはやめてよー」
槍、時々隕石が降る最中、僕は男を観察し続けている。それでわかった事だが、体の色がさらに薄くなっている。
もしかして、この男は体そのものが魔力なのか?
だとしたら!
僕は最後の一手のために、とある者に一声かけておく。
「ねえおじさん!もしかしなくても神様だったりする?時間の神とか」
「だからおじさんでは無いと言っているだろうが!!!」
「おっと!?」
男は二連続で隕石を放ってきやがった。流石に範囲が広すぎたので、転移で一時離脱。
ただまあ、時の神っていうのは確定だ良さそうかな。攻撃を喰らったら時間を止められるみたいだし。その攻撃の前兆として一瞬だけど時間が乱れるし。
それに、僕の時間魔法が使えなくなったのも多分あいつのせい。
とにかく今は、魔力を使わせ続ける。
「危なかったよおじさん。でも、ふふふ……体の色、どんどん薄くなっちゃってるねー」
「何なんだ、何なんだお前は!!!」
男は最後っ屁のつもりか、隕石に槍に、とにかく連発しまくる。
その裏で、逃げようとしているのが見えた。
「来た!モノアイさん、お願い!」
「了解だ!」
最後の一手。それは、残った魔力を全て吸い尽くす事。
モノアイが男の目の前に現れ、辺りの魔力を容赦なく吸い尽くす。僕も追い討ちとして、脱皮で剥がれた彼の鱗を投げつけまくる。
「この……クソ共がー!!!」
男の最後のセリフは稚拙な暴言だった。神としてそれはどうなんだろうか。
それでも、妹の仇は取れた。後はこの男から彼女の遺体を出させるだけ。
「おい糞ジジイ。トワを返せよ」
山のように積み重なっている鱗を退けると、もう視認できるかどうかも怪しいほどに、殆ど透明になった男が現れた。
その男はなんだか口を動かしているっぽいが、何言ってんだか聞き取れない。
「え?なんて?ちょっ、もっかいもっかい!」
「そんな……事をしなくても、思い通りにできる……我を倒したの、だから」
耳を近づけてようやく聞き取れたそれは、
「は?」
となる内容だった。
男はそれだけ言うと、スーッと吸い込まれてゆく。あろう事か僕の中に。
「え!?ちょっ、と……モノアイさんどうしよう、変なもの食べちゃった……」
「あー……害が無いことを祈れ」
モノアイは大きな手で僕の体に触れるが、吸い込まれていった男は魔力では無くなったのか、どうにも吸い出す事が出来ないらしい。
「えー、嫌だよ。あんな変なおじさんと同居とか」
「誰が変なおじさんかー!!!」
「うわッ!?え?え?」
「ど、どうした、トワよ」
「いや、おじさんの声が響いてきて」
「だからおじさんじゃないと!」
「ほら!」
モノアイは首を傾げる。どうやらこの声は僕にしか聞こえていないらしい。吸い込んだせいで煩い同居人ができてしまった。最悪だ。
ただ気になる事を言っていた。「思い通りになる」と。
「ね、ねえ、そろそろあんたの正体を教えてよ。やっぱり時の神な訳?」
「ああそうだ。我は時間神クポボス!それはそうと、お前こそ何者だ。この……は?……馬鹿みたいな魔力量は」
馬鹿みたいとは失礼な。もう少し別の言い方があるだろうに。
「いや、そんなのどうでもいいからさ。さっき言ってた思い通りになるって何?トワは返してくれんの?」
「なに、それだけでは無い。お前の好きな時間軸にしたらいい。もう時の神となったのだから」
「……は!?え!?」
どうやら僕は、知らない間に時の神になっていたらしい。いやまじびっくり。
Κρόνοςは古代ギリシア語ですが、そんな事を知らない人から見ればクポボスですよね(笑)