8-14 幸せな夢
「え?」
「お兄ちゃん?どうしたの?」
「あれ?なんでッなんで!?」
「ちょっと、落ち着いて。ほら、どうしたのよ?」
「時間魔法が使えない!」
僕と妹は、全てをやり直すために再び過去の日本へ行こうとしていた。そのためには、時間魔法と空間魔法を連結させる必要があるのだが、その時間魔法が一切使えなくなっている。
「何それ……どういうことよ?」
「分か、んないよ。さっきまで何ともなかったのに……」
妹も自分の時間魔法を発動させようとするが、まるで鍵をかけられたようにそれは効力を発揮しない。
「なによ、コレ……これじゃあ――」
「見つけたぞ、異分子」
「ッ!?お兄ちゃん!!」
僕は、黒い槍のような何かに体を貫かれていた。
◇◆◇
「お前ッ!お兄ちゃんに何をした!」
トワが寄り添っている兄は、胸を槍に貫かれたまま動かない。
そして、そんな二人の前に現れた何か。それは種族すら分からない、靄のような何かだ。
そんな靄は己の正体を明かす事もせぬままに、淡々と言葉をぶつけてくる。
「そこの魔物。お前がコレを呼んだのだな。全く、余計な事をしてくれる……」
――ッ!?来る!!
トワは自身の本能で危機を察知した。
長年戦い続けてきた勘が働いたか、寸刻前にいた場所には、兄の胸に刺さっているのと同じ黒い槍が現れている。
その攻撃を、あの靄はなんの前触れもなく放ってきた。
――アレは何?なんでお兄ちゃんは動かないの?……触れたら、終わり?それに……
トワは靄が現れてからというもの、常に破壊や切断を試みているが、一切の効果が無い。その空間そのものを異空間に隔離しようとしても弾かれる。
こちらからの攻撃が一切効かないのだ。
「ほう……どのようにして避けた?コレはそうそう避けられるようなものでは無いのだが」
「……さぁ、どうでしょう、ね!」
トワは兄を箱庭へと送り返し、その場から転移で逃げた。
「何なのよアレは……ファルマでさえあそこまで強く無かったのに……」
トワは捨てた未来での出来事に思いを馳せる。
あれは、人が作り出した兵器で滅んだ世界での事。
そんな事が起きる前に、天罰でも何でもを起こさなかったファルマにムカついて、殺しに行った。その時の彼女は、創造神という大層な肩書きに比べて弱かった。
あの靄のように攻撃が当たらないという事も無いし、向こうからの攻撃だって、当たれば終わりという点は同じかもしれないが、長い前兆が感じられたから、転移が使えるトワにとって当たる方が難しい。
――という事は、もしかしてあれは時間の――
「え?」
逃げたはずなのに、トワは再びあの木陰にいて、体を黒い槍に貫かれてしまった。
「……厄介な」
靄から発せられた声は、風に流されて消えていった。
◇◆◇
「なあ――――、今日の夕飯は何がいい?」
「……え?」
「どうした、ぼうっとして。ほら、母さんが夕飯何がいいか知りたいんだってよ」
――ここは、小さい時に少しだけ住んでた家?それに、
「誰?」
「えー?誰って酷いなぁ。聞いた母さん。――――ったら父親に向かって誰だって」
――父親?この人が?でも死刑になったはず……
「ふふふ、毎日仕事ばっかりだから――――も忘れちゃったんでしょ。そうなりたくなかったら、もう少し家族サービスしなきゃね」
――お母さん?なんで、生きて……
「ほら、――――、何が食べたい?」
――さっきから何て言ってるの?聞こえないところが……
「トワ。寝ぼけてないで、何食べたいの?」
「え?あ、うん……何でも、いいや」
「そう?じゃあハンバーグにするからね。後でこれがよかったとか、言わないでよ」
――トワ……僕の、名前……
何かしてた気がするけど……まあ、いっか。
「よっしゃ、トワ、夕飯が出来るまで父さんと風呂に入るか!」
「あ、うん。いいよ」
返事をしたらすぐに父さんに抱きかかえられて、服を脱がされた。
まだ十歳の僕には、大人の力には逆らえなくて……
――あれ?僕の体ってこんなだったっけ?
黒い髪に黒い目。全く膨らみのない胸に、ぷにぷにとした下半身のもの。
「頭洗うから、目瞑ってろよー。父さんのスースーするやつを使ってやるからな!目に入ったら痛いぞー」
ゴシゴシと頭が揺れる程強く洗われ、シャワーで泡が流されると、
――あ、そうそう。この体だよね。
白い髪と肌。赤い瞳。小さく膨らんだ胸に、下半身に掴めるものは無い。
見慣れた体が現れた。
「んー!本当にトワは可愛いなー!これなら将来の結婚相手も幸せ……いかん涙が……」
「結婚って、まだ十歳なのに……ベルテ?」
「ん?あの本に出てきた子だな。それがどうした?」
「本?物語……ううん、何でもない」
「そうか!なら体は自分で洗いな。そしたら30秒お湯に浸かったら出ていいぞー」
お風呂を出た僕は、やけに軽くて着心地のいい服を着て、リビングへと戻る。
「トワ。お夕飯もう出来てるから、冷めないうちに食べちゃって」
「ん、いただきます」
夕飯に出たハンバーグは、中にチーズが入っていて、味の濃いソースもかかっていて。
「おいし」
「そ、良かった」
幸せな家族というのは、こういうものなのだろうか。
僕は何を考えるでもなく、ただ美味しい夕飯に舌鼓を打っていた。
「さあ、明日も学校なんだから、夜更かししないでもう寝ちゃいなさい」
「うん、おやすみなさい」
「はいおやすみ」
――学校か……なんだか随分と久しぶりな感じもするけど。宿題とか無かったっけ?まあいいや。
そこで僕の意識は途切れた。