8-13 やり直し
アウロ・プラーラへエルフィエンドを送って以降、トワは引きこもっている。
グレイス王国が消滅したのは自分のせいだと。
それは未だ、ただの予想ではあったが、余りにも状況証拠が揃いすぎている。二度もトワが開いた空間の裂け目を中心として、辺り一帯が消し飛んでいるのだから。
この時のトワは、その原因までは分かっていない。しかし、空間の裂け目を開く事がまずいのだと、それだけは認識出来ていた。
……あの事にもっと早く気付けていれば。
「トワー、お昼ご飯にしましょう」
「あー……うん。そうだね」
食事はベルテとニヴィ、二人と箱庭で食べている。そして最近はもう、食事以外でも二人以外と会うことは無くなった。知らず知らずのうちにあんな大災害を引き起こしてしまうこの体で、誰かと会うのが怖いのだ。
それに、この消滅が自分のせいだと、まだベルテ以外に話せていない。エルフィエンドは察してくれたのか、トワが自分から言い出すまで黙ってくれている。
有難い気遣いである反面、誰か他人の口から漏れて、早く楽になりたいという思いもある。
無責任なのは分かってる。……でも、僕はそんなに強くないんだ。
だからこうして、ただただ時間が過ぎるのを待っている。
「ニヴィさん、体、拭きますね」
「あ、トワ、それなら私が」
「ううん、いいの。僕が、やらなきゃ」
ニヴィは変わらず動けない。虚ろな表情のまま、トワに背を拭かれている。
そんな姿が、まるで呪いかのように重くのしかかる。
でも、そんな時間は、きっともうすぐ終わる。
ベルテとの幸せな生活も、逃れられない責任も、全部無かったことにして……
トワが待っているのは、妹が現れる日。時間が繰り返しているのだから、きっと現れる。
「全部、もうすぐ……終わるんだ」
「……トワ?」
ボソリと漏れ出た言葉に、ベルテは首を傾げる。
トワは近日には、全てを無かったことにしようとしている。しかし、この事はまだ誰にも、ベルテにさえ伝えていない。
本当に心苦しいが、彼女が泣くのだけは見たくなかった。
そしてついに、その日がやってくる。
――来た……
「ベルテ、ちょっと……外に出てくるね」
「……トワ?どこに行こうとしてるんですか?」
「どこって、散歩とか?かな……」
「うそ。そんな泣きそうな顔して、絶対に散歩じゃないです」
「泣きそうな、んて……ちが、うし……」
――ああ、ほんと、ベルテには嘘なんてつけないや……
「大丈夫ですから。ほら、一緒に寝ましょう」
「……ねぇベルテ」
「はい?」
「愛してます」
「はい、私も愛し――」
「……ごめん、なさい」
僕は、優しく抱くベルテの時間を止めた。
やっぱり、本当の事なんて言える訳が無い。
もし言ったら最後、彼女はきっとこう言うだろう。「他人がどれだけ死のうと、私たちには関係無い」と。ずっと一緒に暮らしてきたから、恐らくこれは間違っていないだろう事は分かる。
そして、そんな言葉をかけられたら、弱い僕は絶対に流される。それからは、今度こそベルテ以外の何もかもを捨てて、爛れた関係が出来上がるのだ。
それではいけない。
だから、ベルテとはここでさよならだ。
願わくば次の世界でも、僕の事を好きでいてくれますように……
「トワ……待ってた」
「久しぶりね、お兄ちゃん」
僕は全てが始まった、あの木陰へとやってきた。
そこで待ち構えるのは、真っ白な体に真っ赤な瞳のフェンリル。僕がトワと名付け、妹のように接してきた家族だ。
妹と出会ったことで、僕の全てが変わった。
幸せも、悲しみも、驚きも、そして今感じている後悔も。全てトワから貰ったもの。
でも、今度は……
「トワ……行こう、過去へ」
「ええ。また繰り返しましょう」
もう何回目かも分からない。そんな過去の日本へ、僕たちは再び転移する。