8-11 悲しい現実
グロ注意です。お食事中の方は⚠︎注意⚠︎( ºロº)
浦島太郎現象の原因も分かり、中断していたグレイス王国消滅の件へと戻ったトワ。現在、グレイス王国のものと思われる瓦礫などが散乱した山を移動中だ。
「ん……やっぱり酷いな」
辺りには瓦礫だけでなく、様々なものが散らばっている。中には腐乱しているものもあり、思わず目を背けたくなってしまう。
「……この中にニヴィさんがいたりするのかな……だとしたら、ベルテを呼ぶべきなんだろうか……」
ニヴィというのは、ベルテが奴隷商のテントで生活していた頃の友達である。猫人族の彼女は、ベルテが混血であることなど全く気にせずに、仲良く接してくれたらしい。
だから、ベルテがこの件を知った時は真っ先に彼女の事を心配していた。トワとしても、できる限りの事はしてやりたいと考えているのだ。
しかし、辺りのこの惨状。例え戦争であろうと、ここまで酷くはならないだろうと思えるほどの惨状だ。
何せ、グレイス王国からここまでは数千キロある。きっとここまで何らかの原因で吹き飛ばされてきたのだろう。
何もかもが粉々になり、ぐちゃぐちゃに潰れてしまっている。
はっきり言って、誰かに見せたいなどと言えたようなものではない。しかし、それを決めるのはトワでは無い。しっかり説明した上で、ベルテ自身に決めてもらおう。
「――という感じで、その……酷すぎる状態というか……もしニヴィさんが見つかっても、心が無事な確証も無くて……」
「行きます、行かせてください。
それと、ニヴィちゃんが見つかったら、是非蘇らせてください。もし心が壊れていても、私が責任もってお世話しますので!」
「そっ……か。うん、分かった」
ベルテの決意は固かった。
トワが心配する必要などなく、彼女の心は決まっていたのだ。良くしてくれたニヴィちゃんには恩を返したい。そのためには生きていてくれなきゃ困る、と。
完全にベルテのわがままではあるが、この災害は今までの歴史の中で起きたことの無い、起きるはずでは無かったものだ。
一人の生き死にを左右する事ぐらい、きっと文句は言われないだろう。
トワとベルテは、互いに手を繋いで、これから目に飛び込んでくる光景に耐えようと空間の裂け目をくぐる――
「少し待ってください!それ、私も行きましょう。子供二人で行くような場所では無い。私なら戦争も経験してますし、多少はそういったことに慣れていますから」
どうやら、近くで話を聞いていたエルフィエンドも参加するようだ。
エルフィエンドが行くなら俺もうちもと、そこかしこで参加を表明する手が挙がるが、そんな者たちは爺婆に頭をスパンと叩かれていた。
何度も言うが、これは誰かに見せたいと思えるようなものでは無い。不謹慎だとか、そんなレベルでは無いのだ。最早トラウマになってしまうような、そんな状態である。
「お待たせしました。行きましょう」
エルフィエンドは三枚の袋を、それぞれ一枚ずつトワとベルテに分けた。きっとエチケット袋なのだろう。
彼女は戦争も経験している事だし、これから待ち受ける事を予想してのものだろうから、有難く受け取っておく。
さて、準備は整った。
女三人は決意を胸に、今度こそ空間の裂け目をくぐった。
「これは……酷い」
この山に生命は存在しない。トワが来るまでは、魔物や小動物が死体や食べ物を貪っていたのだが、現場を荒らされては困るということで、別の場所へと飛ばされていた。
よって、今この場にいる生命体はトワ、ベルテ、エルフィエンドのみ。それ以外の肉は全て、死体か一緒に飛ばされて来た食材だ。
三人は微かに残る道を歩いてゆく。残っていると言っても、瓦礫や人の一部だったものが散乱している酷い道だ。
そんな中で、ニヴィの容姿である茶色の毛並みのぶち模様を探している。そして道以外の、人が通れないような場所にある死体の確認はトワの役目だ。
それぞれ何度も吐きそうになりながら、いや、隠すのはよそう。何度もエルフィエンドに渡されたエチケット袋のお世話になりながら、ニヴィだったものを探す。
トワの空間把握で探せれば良かったのだが、生憎ニヴィの事は見たことがない。だから人力で、一つ一つ確認してゆく。
だが、膨大すぎる肉片の量で、それは三日もかかった。
「トワさん、ベルテさん。これはどうですか?」
もう腐乱臭にも慣れ始めてきた頃、何度目か分からないニヴィらしき物が見つかる。
それはどこの部位かも分からない毛皮の一部。蘇りは人の魂を穢す行為なため、おいそれとやる事も出来ず、確信が持てる部位が見つかるまでは保留にしていたのだ。
だから、そんな特に珍しくもない茶色のぶち模様の毛皮は、あっという間に大量に集まってしまった。
しかし今回は、
「ッ!?これ、おでこのところだと思います!このお椀みたいな模様、私見覚えがあります!」
「ほんとにッ!?」
ついに見つかったのかもしれない。もしそうなら、こんな気の狂いそうな場所から退散できる。
初めは固い決意を持ってここへ来た三人であったが、酷すぎる光景を見続けて来たことで鬱になりかけていた。
もう何でもいいから帰りたい。
そんな思いに駆られ続けていたが、トワはベルテの力になりたい。ベルテはニヴィへ恩を返したい。エルフィエンドは、死にかけていた自分たちを助けてくれた彼女らの役に立ちたい。
そういった想いがギリギリのところで支え続けていたのだ。
だがしかし、ようやく確かめられる。これがニヴィのものなのか。もし違ったら、また探し直さなければいけないのか。
そんな切実な思いを胸に、トワは見つけた毛皮の時間を戻す。
だんだんと肉や臓物が戻ってゆき、それが毛皮で覆われ始める。そして遂に、完全な人となってその場に現れた。
「ど、どう?ベルテ」
「……ニヴィ、ちゃんです。私の友達のニヴィちゃんで間違いありません!」
「「よかったー……」」
その毛皮の持ち主はニヴィだった。ようやく彼女を見つけられたことで、三人は安堵の息を漏らすが、その中央で横たわるニヴィは一向に起き上がってこない。
トワの時間魔法で、肉体は、完全な状態まで戻っているのだ。それでも起き上がってこない。
……心が壊れてしまっているのだ。植物状態、といった感じか……
「ニヴィちゃん……私が精一杯お世話しますから、いつか元気になってくださいね」
ベルテに抱きしめられているニヴィは、焦点の合わない瞳でどこかを呆然と見つめたままピクリとすら動かない。
死んだ人間を蘇らせる行為など、なんの代償もなく出来るわけが無いのだ。
ベルテがかつてアウロ・プラーラで殺された時、あの時の蘇りは本当に運が良かっただけ。
死んで、反転世界で獣に落とされて。ベルテの魂は何とか戻って来れたが、ニヴィはダメだった。
今回の出来事は、それをまざまざと見せつけられる。
「ニヴィちゃん、帰りましょう。美味しいスープを食べさせてあげますからね。美味しすぎて、びっくりして起きちゃうかもしれませんね」
ベルテは気丈に振舞ってはいるが、その顔には深い影が落ちている。
無理もない。たった一人の友達、きっと親友だったのだろう。そんな人が廃人と化してしまったのだから。
トワとエルフィエンドも、そんなベルテに続いて異空間へと帰る。ニヴィはこれからトワとベルテの二人で、精一杯お世話をして行こう。箱庭に、もう一人家族が増えるのだ。
トワは最後に、惨状が広がる山を住んでいるところとは別の異空間に隔離し、時間を止めた。
後でエルフィエンドにノゾミへと報告してもらい、調査隊が派遣されるまではこのままでいよう。
これ以上、腐敗が進まないように……