8-9 実験、それは……
「それでは、只今より実験を開始します」
トワたちは、通常世界と異空間で生じる時間のズレの原因を探るため、何やら試みるようだ。
「それで、私たちは何をすれば?」
「何も難しいことはお願いしませんよ。ただ秒数を数えてて欲しいんです。できるだけ正確に」
「えっ、と……それだけですか?」
「はい、それだけです!」
ひとまずの簡易的な実験として、今現在はどれだけズレているのかを計りたい。その方法として、内と外でそれぞれ時間を数えるのだ。
「まずは僕とベルテが外に行くので、エルフィエンドさんたちはここで数えてください」
「ええ、分かりました。では何秒に?」
「あまり長くてもアレなんで、五秒にしましょう。もし、またずっと帰ってこないようでしたら手を挙げてください。
今度はしっかり観ておくので」
という訳で、実験開始だ。
トワとベルテが消え、それぞれ声に出して五秒をカウントする。
「――どうでした!?」
「あ、丁度ですね。ピッタリ五秒」
「え、そうですか……」
ついさっきまで、異空間の時間はとんでもない速さで進んでいたというのに、今はほぼズレなしだ。もちろん、意図的にそうしようなどとは一切考えていない。ただ、正確に五秒を数えようとしていただけ。
「……もしかして、そのせいか」
「そのせい、とは?」
「ここは僕が作り出した世界なんですよ。だから――」
トワが作り出した異空間。そこは、僕の意識が反映される世界。
であるならば、正確な時間を数えようとして、無意識のうちに内と外を合わせてしまった可能性もある。
「なるほど、意識が。では、もう一度やってみましょうか」
「はい、お願いします。
ベルテ、僕は数えないから、お願いしていい?」
「任せてください!」
トワとベルテは、再び通常世界へと消える。そして、
「今度はどうですか!?」
「いえ、また丁度です」
「あれぇ、これだと思ったんだけどな……」
今回、トワは全くと言っていいほど時間のことは考えていない。
それどころか、頭の中では「美味しい物食べたい」を連呼していた。それでもめぼしい結果は得られず終まい。
そして、内と外の人員を逆にしても結果は同じだった。
「んー……分かりませんね。まあとりあえず、今はズレが無いということは分かりましたから、次に行きましょう」
原因は分からなかったが、これは実験の第一段階。まだまだ先はあるのだ。
「では次ですが、エルフィエンドさんたちには時計を二つ買って来て欲しいんです。安物でいいので」
「了解です。すぐに行ってきましょう」
エルフィエンドは、トワから渡された換金用の魔物の素材を手に、通常世界へと駆けていく。
ズレのない今であれば、しばらく時間はかかるだろう。そのうちに、食べ損ねていた昼食を摂ってしまおう。
トワは自分が食べる用なので、見た目などは特に気にせず手早く調理を済ませ、パクパクと口へと運ぶ。それでも半日ぶりの食事だ。なかなか幸せを感じるひと時である。
そんな時だ。
「お、もうそろそろ帰ってきそう」
空間把握で観ていたエルフィエンドだが、手のひらサイズの二つの置時計を手に、アウロ・プラーラを出るところのようだ。
「ちょっと迎えに行ってくるね」
「あ、私も行きます!」
また何かあってトワと離れ離れになりたくないベルテは、こんな些細な事であろうと一緒に着いてくる。まあ、そんな彼女も可愛らしくていいのだが。
二人は、エルフィエンドが通るであろう近くの街道まで転移する。
「あれ?エルフィエンドさん、何でもういるんですか?」
そこには既にエルフィエンドがいた。
トワが観ていた映像では、まだまだ先にいるはずなのだが……
「何でと言われても、今さっき出たばかりですよ」
「え?」
よく見れば、エルフィエンドは時計を持っていない。それに、彼女はアウロ・プラーラへ向かって駆けている最中だった。
また時間がズレたのだ。
「え、待って待って。じゃあずっと観てたアレは何だったの?」
トワは確かにエルフィエンド素材を売って、時計を買って帰ってくるのを観ていた。しかし、現実は今まさに行こうとしている最中。
空間把握を通して観たからおかしくなったのかと思い、再びそれで観てみるが……現実と何も変わらず。魔物の素材を腰に挟んだエルフィエンドが映るだけ。
時間がズレた結果、未来の映像が見えていた。その可能性がある。
「事情は分かりました。それで、私が異空間を出てから何をしてましたか?そこに答えがあるのかも」
トワが混乱しながら状況を説明するも、エルフィエンドは至って冷静。トワの力になろうと、原因の調査へと取り掛かる。
「お昼を作って食べた……だけです。うん、ほんとにそれだけ……だと思います」
「食事をすると早く進むということでしょうか……」
「うーん……いや、それだと寝てる間外の時間が全然進んでなかったのはおかしくない?
それに、僕が帰ってこなかった時だってそうだよ。外で半日も食事してなくて、それで帰ってきたら一年も進んじゃってたんだから」
トワが食事をしても寝ても、あるいは外で何もしていなくても、異空間の時間は早く進んだのだ。
「……あの、今までトワさんは通常世界の時間には干渉出来ないという体で話してますけど、もし出来るとしたら?
何もしなかったから、外の時間が遅くなったと考えれば、少々思うところがあるんですよ」
今まで、時間の流れを変えられるのは異空間のみだと考えていたし、皆そういうものだと思っていた。
だが、通常世界にまで干渉し、時間の流れを遅くしてしまったから、相対的に異空間の時間は早くなった。そう考えれば見方もかなり変わってくる。
例えば、そう――
「トワさん、異空間は貴方の意識が介入する世界なんですよね?
……それ、意識だけですか?」
「だけ、とは?」
「感情ですよ、感情。楽しいとか、つまらないとか。
ほら、楽しい時間は早く感じるし、つまらない時間は長く感じるって言うでしょう。
そう考えれば、辻褄が合いませんか?」
「…………えっと……そう、なのかな……」
いきなりポンポンと情報をぶつけられて、トワの頭はごちゃごちゃになってきた。
だが、エルフィエンドの言っていることは間違っていない。
確かに食事は楽しいし、あの遅々として時間が進まなかった睡眠時、幸せな夢を見ていた気がする。
そして、今回の騒動のきっかけとなった時間を潰していた時、あの時は確かに暇で暇で死にそうなくらいつまらなかった。
エルフィエンドの言う通り、通常世界にまで知らぬうちに干渉していたのだとしたら、それで全て合点がいく。
あとは、それを確かめるだけだ。
「うんうん、なるほど……何となく分かりました。じゃあ、えっと……つまらない時間、外で試してみましょうか」
きっと、実験も大詰めだろう。
だが、この時の僕は全然気づいていなかったのだ。この事の危険性について。