8-8 混沌する感情で
目的地点として決めている山までもう少しなところまで到達したトワ。しかし、そこで待ち構えているのはかなり凄惨な現場。食欲が無くなる前に朝食改め、昼食を摂っておこう。
「ベルテー、ご飯出来て……何コレ!?」
トワの目に映ったのはやけに発展している村。時間を潰すために通常世界に行った時には、まだ一軒も建っていなかった家がもう六軒も完成しているではないか。
たかが半日弱空けていただけだというのに、一体何があったのだろうか。
「ベルテ、ベルテ!これどういうこ、と!?」
「トワッ!?トワー!!」
何があったのかを聞くために、箱庭に建っている家に入った瞬間、ベルテが涙を流しながら抱きついてきた。いつもしっかりしている彼女にしては珍しい。
「よしよし、どうしたのベルテ。大丈夫だよー。僕はここいるから」
「逢いたかったー!ずっと、ずっと帰ってこないから、何かあったんじゃないかって!寂しかった!寂しかったよー!!」
――ずっと?どういうことだろ。
通常世界にいた半日弱は、異空間換算で一時間程度なはず。
しかし、それにしては周りが様変わりしすぎているし、時間の流れが変わったのか?
「どう?落ち着いた?」
「はい……寂しかったです」
「うん、ごめんね。ただ、ちょっと話しづらいから、離してくれない?」
「いやです。今日はこのままがいいです」
ベルテは泣いて泣いて、もう目の周りが真っ赤になるまで泣いた。そして、トワは小一時間ほどそんな彼女をあやし続け、現在は胸に顔を埋めるようにして抱きしめられているのだ。
柔らかな感触が顔中を包んでいて、とってもご褒美なのだが、流石に苦しくなってきた。
「……ベルテ。息できなくて死んじゃう……」
「え、あ!ごめんなさい!」
ベルテはパッときつく抱きしめていた腕を解き、トワを解放する。そんなトワはフッと笑い、彼女の頭をポンポンと優しく叩くのだ。
「あ!ウソつきましたね!」
「ごめんごめん。でも苦しかったのは本当だよ?」
窒息でも死ねないのは検証済み。それはベルテも知るところなのだが、咄嗟のことで気が付かなかったのだろう。
「それでさ、そろそろ何があったのか教えて貰いたいんだけど」
「そうでしたね。なら、村の方へ行きましょう。エルフィエンドさんたちもかなり心配してましたので」
ずっと一緒だったベルテにだけでなく、新規加入者にまで心配をかけていたとは。
全く、王だとか聞いて呆れるね。
「皆さん、どーもー」
「あ!トワさん!おかえりなさい。用事は終わったんですか?」
「んーと……もう少しってところですかね。一旦食事をしようと思って帰ってきただけで」
その後も、エルフィエンドに会うまでに何人かの住民たちとあっさりした会話をする。ベルテの慌てぶりとは真逆の反応だ。なんだか感情の上下で忙しい。
「エルフィエンドさんと爺婆さんたち、ただいまです」
「ッ!?トワさん!良かった……本当に良かった」
そしてさらに一転、エルフィエンドたちはベルテの、とまではいかないものの、何人かは涙を流しているし、安堵からか足腰立たなくなっている者もいる。
本当に忙しい限りだ。
「えっとー……ホントに何があったんですか?」
「ああ、まだ聞いてなかったんですね。では、お茶でも飲みながらゆっくり話しましょうか」
トワとベルテは、エルフィエンドら年配者の家だろうか、その中央にある囲炉裏のようなものの前に座らせられる。
そして出されたのは、かつてヴァルメリア帝国で飲んだことのある美味しい紅茶擬き。何故擬きなのかと言うと、その茶葉はトワが想像で作り出したものだからだ。あの紅茶の茶葉が本当はどのようなものなのかは知らない。
「ではそろそろ。いいですか、落ち着いて聞いてください。
トワさんはずっと帰ってこなかった」
「あ、はい。それはベルテから聞きましたけど……」
「ええ、ええわかってます。
どれくらいの長さか?
あなたが帰ってこなかったのは……
一年です」
「…………」
「…………」
「……何となく、周りの発展具合からそれぐらいは経っているんじゃないかなとは思ってましたけど、それ、どこで知ったんですか?」
「ん?それとは?」
「……知……らないならいいです」
どこかで聞いたことのある言い回しに少々気が散る雰囲気ではあるが、一年。一年も皆を放ったらかしにしてしまっていたのか。
「じゃあ、今度は僕の方からも。
僕が通常世界で東の山方面に移動していたということは、皆知ってると思います。
ですが、その期間は長く見積っても半日。一年なんて、そんなに長い間帰ってこない訳ありません」
「半日?では一体どうして……」
「はい、それに関してはまだまだ予想なんですけど。
まず、異空間と通常世界では時間の流れが違うんですよ」
「ええ、それはベルテさんから聞いていますけど、外の方が進みは早いはずですよね?」
「……なんか、それもよく分かんなくなってきちゃって……」
普段であれば、通常世界で一時間ほど過ごしたとしても、異空間では五分程度であった。
しかし、今回は通常世界で過ごした半日が、異空間では一年に。
そして、モノアイが言っていた事も気になる。彼曰く、異空間で過ごした八ヶ月は、通常世界では三ヶ月だったそうだ。
頭がこんがらがるようだが、簡単に言えば、その時その時で時間の流れがぐちゃぐちゃなのだ。
「それは……難しいですね。何か原因とかは分からないのですか?それに、対処法も」
「……どう、なんでしょう。完全に無意識ですし、時間はただ早めたり戻したり、止めたりとかの簡単な操作なら出来るんですけど、ズレを認識して合わせるのって、すごく難しくて……」
ましてや、モノがモノだ。
通常世界には干渉出来ないとして、正すのであれば異空間。
いくらそれが思いのままに操れるとしても、ジェットコースターのコースのような川の流れに、オール一本で舟の速さを均一にしろと言っているようなもの。
はっきり言って無理だ。
であるならば、原因だけでも知っておきたいものだが……
「ちょっと、今回の出来事を整理しますね。
まず、通常世界の進みがびっくりするぐらい遅かったんですよ。だから、もういっそさっさと進めちゃおうと思って、夜空を眺めながら羊を数えてたんです。で、朝になったからそのまま東へ移動再開、といった感じです」
「つまり、その時は通常世界でどれだけ過ごしても、こちらには殆ど影響なしのはずだと」
「はい、そういうことのはず……だったんですけど」
現実はこの有様。何故か一年も進んでしまっているのだ。
「トワがこっちにいる間、通常世界の進みが遅かったというのは確定なんですか?」
「うん。ちゃんと月の位置を確認したから、それは絶対」
「じゃあ、トワが通常世界に行った瞬間、こっちの進みが早くなったのでしょうか……」
「通常世界の進みが遅くなった、という可能性は?」
「いや、それはないと思いますけど……第一、僕が作り出した異空間だから好き勝手出来るだけで、そもそも世界の時間に干渉するやり方なんて知りませんよ」
「そう、なんですね……」
トワは近くで話を聞いていた爺婆にチラッと視線を送るも、全員揃ってフルフルと首を横に振られる。
三人寄れば文殊の知恵も、亀の甲より年の功も撃沈。
まあ、扱うテーマが時間の流れのズレなのだ。そんなもの、これまで誰一人として経験したことの無い感覚だろうから無理もない。
「ダメですね。ちょくちょく実験しながら考えていきましょう」
「ええ、それが良いでしょうね」
「その実験、私はずっとトワと一緒にいますからね!」
「寂しい思いさせちゃったもんね。分かったよ、ベルテ」
とりあえずはそういう事で話が纏まった。
グレイス王国消滅の件は、申し訳ないがこちらが解決するまでお休みだ。
「ところで、ここに来るまでの間、皆さんの反応が随分違ったんですけど……ここにいる人以外にとって、僕はいてもいなくてもいい存在だったりします?」
これ、結構気になっていた事だ。
帰ってきた時、ベルテは飛び抜けて喜んでいた。次いで、エルフィエンドらここにいる年配者が。
しかし、村でせかせか働く若者たちからは、一部を除き軽く挨拶される程度で、ベルテやエルフィエンドらのような喜びは見て取れなかったのだ。
「なんだ、そういう事でしたか。いきなり変なことを聞くから驚きましたよ。
彼らがそんな感じなのは、情報を制限してただけで、トワさんが行方不明だなんて知られたら大騒ぎになりますよ。
安心してください。貴方は皆から好かれていますし、頼りにもされてますよ」
「な、なんだー……良かったぁ……」
「ええ、ええ。という訳で、食事の後でいいですから、追加の建材をお願いします。まだまだ家の数が足りませんからね」
「あ……それは、すんません……」
皆には本当に申し訳ないことをしてしまった。反省反省。
時間の流れの事とか、書いててごっちゃになりそうでした(笑)
多分矛盾とかは無い、はず……