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8-7 言えなかったおはよう。

◇◆◇から、ベルテの視点に変わります。

 

 

「羊が一匹、羊が二匹……」

 

 箱庭にいたのでは、時間が遅々として進まない。そのため、現在通常世界で時間を潰しているのだ。

 しかし、辺りは真っ暗。か細い月の明かりでは、何をするにも不便だ。

 

「羊が……えっと……何匹まで数えたっけ?」

 

 ぐっすり寝たばかりで、例え羊を数えていたとしても眠れることは無く、ただただ暇な時間を過ごす。

 夜の草原で寝転がり、プチプチと草を毟りながら、太陽がこんにちはするのを待っているのだ。

 

「あ゛ー……あと少しー。あと少しで夜明けぜよー……」

 

 やっと月も地に沈みかけた頃、トワはむくりと起き上がり、身体に乗った草を退ける。

 暇な時間というのはやけに長く感じる。異世界に来てから何もしないで待つだけというのは初めてなため、その感覚も顕著だろう。

 

「もうそろそろ……お、使えるようになった!」

 

 太陽が昇り始め、周りの景色が見えてきたことでようやく再開だ。

 トワは東の山へ向けて、目視転移(ショートテレポート)での高速移動を始める。

 

 それからすぐの事。

 ひとまずの目標地点として決めておいた山が、空間把握(マップサーチ)の圏内に入った。

 そしてそこには、見覚えのある派手なテントの残骸が転がっている。いや、それだけでは無い。食材やら衣類やら、様々なものがぐちゃぐちゃに散らばっている。

 

「あ……あって欲しくなかったな……これで人も死んじゃったことは確定か」

 

 様々なもの(・・・・・)が散らばっているのだ。そこに人が含まれないなどという都合の良いことはない。

 あまり長々と見ていたいものでは無いので、トワは空間把握(マップサーチ)を狭める。山が近くなるまではこのままでいいだろう。

 

 それからさらに数時間。

 もう少しで、件の山まで辿り着けるかといった地点まで迫っていた。

 このまますぐに行ってもいいのだが、朝ごはんすら食べていないのだ。さすがにお腹がすいた。それに、この後の惨状を見たら食欲も無くなってしまうかもしれない。そうなる前に腹ごしらえをしておこう。

 トワは箱庭へと帰る。もしかしたら、まだ全員寝ているかもしれないなどと思いながら。

 

 この時、トワは怠っていた。逐一箱庭を観ておけば、皆に、特にベルテにあんな寂しい思いはさせずに済んだだろうに。

 

 ◇◆◇

 

「ん……トワ、おはよ……あれ?」

 

 ベルテが洞窟で目を覚ました時、既にトワはいなかった。いつもはベルテが起こすまでヨダレを垂らして寝ているというのに、今日はやけに早起きだ。

 まあ、昨日はかなり早めに寝ていたから、きっと目が覚めてしまったのだろう。

 そんな感じで、ベルテは大して気にしていなかった。ただ少し、寝覚めのキスが出来なかったことを残念に思っているくらいだ。

 本当に、ただそれだけ。

 

「……随分遅いですね」

 

 水浴びを終えて、朝食も出来上がったというのにトワは帰ってこない。もうかれこれ一時間以上姿を見ていない。

 トワの話から、通常世界での二時間は、箱庭では大体十分ほどだというのは分かっている。つまり、トワからしたら半日以上帰ってきていないことになる。

 

「何かあったんじゃ……お腹も空いているでしょうし……」

 

 何かがあった。

 それは、少しばかり考えられない事だ。

 死ぬ事も出来ず、たとえ囚われていたとしても、転移(テレポート)が出来るのだから帰って来れないはずがない。

 だから本当に、意味が分からない。

 愛する人が少しの間離れているだけだというのに、不安感は募ってゆく。

 

「シチューも冷たくなりそう……トワ、先に食べていますね……」

 

 ベルテは一人寂しく朝食を摂る。

 こんなことはいつぶりだろうか。トワと出会ってからというもの、食事の時はいつも一緒だった。

 小さく溜息をつきながら、味気ないシチューを胃袋に詰めてゆく。

 

「一人というのは、こんなにつまらないのですね……」

 

 そんな一人の時間は、まだまだ続いた。

 

 

「おかしい……もう二時間も。丸一日帰ってこないなんて、そんなこと……」

 

 家畜たちの世話をしながらトワを待つも、一向に姿が見えない。あの真っ白な姿が、どこか懐かしくさえ感じる。

 いても立ってもいられなくなったベルテは、開かれている裂け目を通り、エルフィエンドらの元へと向かう。

 そちらにいるのなら全然いい。ただ、真っ先に帰ってくるのが私の元でないのは悔しいと、少々拗らせている。

 しかし、ますます大きくなる不安感の前には、そんな妻だか夫だかの体裁など気にしていられなかった。

 

「あ、エルフィエンドさん!こちらにトワは来ていますか?」

「おはようございます、ベルテさん。

 来ていませんけど、一緒にいたのでは?」

「うそ、そんな……」

 

 トワはこちらにもいない。

 ベルテは脚の力が抜け、その場にへたり込む。

 エルフィエンドにも、その深刻さは伝わったようで。

 

「どれだけの間、見ていないんですか?」

「二時間も、二時間も帰ってこないんです!こんなこと、今まで無かったのに!」

 

 ベルテはポロポロと涙を流しながら叫ぶ。

 が、考えてみて欲しい。二時間だ。ただ二時間離れ離れになっているだけで、この取り乱し様。

 エルフィエンドのこの表情は、心配して損したといったところだろうか。

 

「ベルテさん、たった二時間ですよ。きっと今頃、東に向かって移動中ですって」

「……時間のズレが、あるんです。こちらの十分は、外では約二時間。もう一日以上帰ってきてないんですよ……」

「え!?」

 

 エルフィエンドたちは詳しく知らないのだ。トワはベルテにだけは説明したのだが、それ以外の者にはすっかり忘れている。

 

「そ、それは……確かにおかしいですね」

 

 帰ってくることに労力がかかる訳でもないし、第一、暗くなったら目視転移(ショートテレポート)が使えないと、はっきり言っていたのだ。であれば、移動中ということはまず考えられない。

 

「どう、します?何か合図とかって……」

「いえ、いつもならすぐに気付いてくれるのですが……今日は……」

 

 ベルテが手を振っても、声を上げてもトワは気付かなかった。

 本当に偶然観ていなかっただけなのだが、異空間にいる者たちからしたら絶望的。

 この世界は通常世界から断絶されている。出入口などないのだから。

 

 それから一年以上、トワが帰ってくることは一度たりとも無かった。

 

 

 

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