8-6 その歩み、亀の如し
トワが王として統治する異空間の国。
そこの最初の国民はエルフィエンドら63名。早速整備を始めたいところだが、それより先に、グレイス王国の問題を片付けてしまわねばならない。
「とりあえず東側を見てきますね。家を建てたりとかはその後でやりましょう」
「分かりました。目的地に着いたら全員で探し回りましょう。きっとその方が早いですから」
「ありがとうございます。その時はお願いしますね」
こんな事件はさっさと終わらせてしまおうと、皆張り切っている。
トワも好きな物は最初に食べる派なので、国づくりというワクワクから逃れられないでいた。
西側は海で途切れているが、東側は高い山さえあるものの、広大な大陸が続いているのだ。すぐに取り掛かろう。
「それでは皆さん、行ってきます。ベルテも、また後でね」
「はい、行ってらっしゃい」
そしてトワは、目視転移での高速移動を開始する。
ひとまずの目標として、グレイス王国跡地とヴァルメリア帝国の間に高く聳え立つ山までとする。おおよそ7000キロ。時間にして半日程の旅だ。
新幹線もびっくりの速さだね。
出発からしばらく経ち、空間把握の圏内に目的の山が入ってこようかという頃、通常世界はもうすぐ日暮れだ。
異世界の街道、しかも田舎に街灯などある訳も無く、辺りはどんどん薄暗くなってゆき、目が使い物にならなくなる。
ただ、真っ暗だろうと何だろうと、あたりの地形の把握は出来るのだから問題無し。このまま突き進んでやろうと、そう思っていたのだが、予想だにしていない弱点が見つかってしまう。
「あれ?転移出来ない……」
正確には目視の方だ。
こちらはその名の通り、目視した座標に瞬間移動するものなので、目が使えない今のような時は使えない。
完全無欠だと思っていた魔法の意外な落とし穴。しかも結構単純なやつだ。
「んー……しょうがない。続きは朝になってからにしよ」
もうあと数十キロで山が観えるところだと言うのに、なんとも惜しい。
だが移動手段が無いのなら仕方ない。メインディッシュを頂くとしよう。
「ただいまー」
「あ、おかえりなさい。また随分と早いですね」
「やっぱりそうなんだ。ちなみにどれくらい?」
「んーと……体感ですけど、西側へ行った時より少し遅いくらいですね」
「そっかー……」
箱庭の時間の流れが通常世界の大体1/10だと仮定して、夜明けまでは約十時間。つまり100時間だ。実際はもう少し長いだろうから、五日程の休暇となる訳だ。
「長いな。なら早速家を造りにかかろうかね」
「少しくらい休憩しましょう。ここなら他の皆さんもいないことですし……」
「あー、うん。そうだね。ちょっとくらいならいっか」
トワとベルテは二人きりで休憩を取る。が、結局そういう雰囲気になり、ヘトヘトになってしまうのだった。
「ふぅ……」
「トワさん、戻ってたんですね。途中で帰ってきた感じですか?」
「はい、そんな感じです。真っ暗で何も見えなくて」
「では、もしかして今から?」
「はい!国づくり、やりましょう!」
エルフィエンドは諸手を挙げて皆を呼びに行く。
その間、トワは材料となる木や石を作り出しては切ってゆき、大量の角材とブロックを並べる。
「さあ爺共!己の腕を見せてくれ!」
エルフィエンドが戻って来たかと思いきや、年寄り連中に向かって何やら大声で叫んでいる。
もしかして、彼らが大工なのだろうか?
「あのー、一応言われた通りのものは作りましたけど……釘とかは無いですよ?」
「ええ、大丈夫ですよ。多少時間はかかりますが、木組みとブロックで固定するので。災害さえ起きなければ特に問題ありません」
エルフィエンドの言う通りなら本当に問題ないだろう。この地は天候だろうとトワが操作しているのだから。嵐や、もちろん地震だって絶対に起きないのだ。
「では、ひとまずはお任せするとして、何か必要なものがあれば遠慮なく言ってください。作れるものであればすぐに出せますので」
「ええ、その時はお願いします。トワさんは……お疲れみたいなので、しばらく休んでいてください」
――休む?ちょうどさっき、休憩を取ったばっかりなんだけど……
もしかして、ベルテと致した事で休憩になってなかったのか!?
その通りだとも。
それと、しっかり水浴びはしようね。甘ったるい匂いを撒き散らして、エルフィエンドにも察せられてしまったよ……
さて、特にやることも無くなってしまった。
外で数時間動き回った事もあり、少しお腹がすいていたので、軽く夕食を摂り、もう眠ることにした。
その日、幸せな夢を見た。とっても幸せな夢だ。
ベルテとの関係はそのままで、周りにはアランやネジャロもいる。さらに、妹までいるのだ。
そして、どこか別の国へ行こうものなら握手をねだられたりと、現状では考えられないような、こんな世界だったらいいなと思える最高な夢だった。
「んー、よく寝た……」
隣を見れば、トワを抱くようにして寝ていたベルテが目に入り、建造中の国の方を観れば、皆草原で川の字になって寝ている。平和な世界だ。
「ちょっとごめんよ……」
胸に乗っているベルテの腕を退かし、どれくらい時間が経ったか見てこよう。
細い月の位置から、大まかな時間を測れるようにしておいたのだ。
トワは裂け目を開いて、通常世界へと向かう。
「あ……れ?」
道端の突き刺さった二つの石の前で、コテンと首を傾げるトワ。
それもそのはず、仕掛けが壊れているのかと勘違いするほど、月が動いていないのだ。
計算では、大体100時間と少しで夜が明けるはず。箱庭でぐっすり寝たのだから、もう少し動いていてもおかしくないだろうに。これでは、一晩明けるのに何ヶ月かかるのか。
「不思議だなー……とっても不思議……困ったねー」
しばらくの間、夜風に当たりながらただ時間を潰す。こうでもしなければ一向に進まない!色々と!