8-5 その彼方
消滅したグレイス王国に残されていた、何かが擦れたような、引き摺られたような跡。
トワはそれが伸びている方向、東西へと確認に向かう。
「東は山で、西は海か……西から行こうかな」
もし瓦礫や何かがあったとして、それが海の藻屑となる前に見つけたい。
何かが見つかればいいなという気持ちが半分。もう半分は、あまり酷い有様でなければいいなという気持ち。
しかし、全てが更地と化した様からして、酷い有様なのは確定だろう。
「おー、潮風の匂い。異世界でも海は海なんだなぁ……」
グレイス王国跡地から目視転移で約二時間。海へと辿り着いた。
ここに着くまでも辺りに何かないかと探しながら来たが、それらしいものは見つかっていない。一応木屑や石の欠片など、明らかに人の手が入っているであろう物は時間を巻き戻してみたりしているが、それがグレイス王国のものかは分からない。テーブルや石臼など、様々なものになったので、その都度異空間倉庫に放り込む。
……今回のことで、いくつか便利なものが手に入ってしまった。不謹慎ではあるが人工物不足だったのでありがたい収入だ。
そして肝心の海は、こちらは幸か不幸か何も見つからなかった。
潮の流れは穏やかだが、もし離岸流に飲まれでもしていたらどこまで行ってしまうのだろうか?
グレイス王国の消滅がいつ起きたのかも分からない。だが、空間把握を限界まで伸ばした4000キロ程先までに、特にそれらしいものは無い。
西側には何も無かった。そういう事で結論づけようと思う。
次は東側。
の前に、もうそろそろエルフィエンドの方が終わるだろう。ならば、そちらを先に済ませてしまおうか。
「ベルテ、ただいまー」
「あ、トワ!おかえりなさい?随分早かったですね」
「そうかな?西側の海まで行ってきたんだけど。ちなみに、いくつか便利そうなものが見つかったよ」
「そうなんですね。手がかりになるかは……」
「うん、分かんない。ここに全部出しておくから、後で確認しておいてもらえる?」
「はい、分かりました」
そして、トワの予想通り、エルフィエンドとノゾミの話は終わったようだ。
彼女たちが外へ向かって来ているのが確認できる。
「お疲れ様でした。首尾はどうでした?」
「トワさん!ええ、問題なく。こんなでも母親ですからね、一応」
国が痕跡一つ残さずに消え去ったなどという荒唐無稽な話だが、親子の絆で信じさせてきたらしい。
もちろん、どこからそんな話を入手したのかと質問攻めにあったようだが、トワの名前や神話の魔法の事は一切出さずに通しきったと、見事なドヤ顔を披露してきた。
「いや……凄いですね。普通なら誰も信じませんよ、根拠無しじゃ……親子っていうのはそういうもの、なのかな……」
「……トワさん、両親はいないのですか?」
「はい。僕は別世界からの転生者だし、転生前も、あんまり話した記憶はありません」
「あ……ごめんなさい。そんな事、考えもしませんでした」
「いえいえ、気にしないでください。今が幸せだから、本当にそんな事、程度なんですよ!」
トワは、こんなしんみりした雰囲気にするつもりなど無かった。
実際、僕にとって両親という存在は、言ってしまえば他人。同じ家に住んでいるという情報と、偶に会話するという事を除けばそこらを歩いている人と大差ない。
孤独な少年時代を過ごした僕には、その程度の感情しか持ち合わせていないのだ。
だが家族や恋人。これは大切だ。
妹とベルテは、僕にとって何にも代え難い存在。ベルテは今一緒に暮らしているし、妹の方だって、この世界は同じ時間を繰り返しているのだ。きっとまた会える。
だから僕は幸せだ。取り巻く環境がアレだから、最高点では無いかもしれないが、幸せには変わりないのだ。
エルフィエンドは申し訳なさそうに頭を下げるが、本当にそんな事はしなくていい。
それより、かなり重要な話が待っているのだ。明るくなって貰いたい。
「さあエルフィエンドさん、戻りましょう。待機組にも進展はあったし、他にも重要な話があるので!」
「え、ええ、分かりました」
トワは、エルフィエンドらと共に箱庭へと戻る。
そして重要な話……の前に、待機組が見つけた痕跡の話から入ろう。
「えー、まずは、エルフィエンドさんたちの話が終わるのを待つ間、こちらはグレイス王国跡地を調べていました。
そこで、彼が何かが引き摺られたような跡があることを発見し、僕がその調査をしてきました。だいたい二時間位ですね。それで手に入ったのが、そこに並べられている家具とかです」
トワはズラっと並べられた家具を指さし、皆の注目をそちらに向け……たかった。
「え?二時間ですか?
私の記憶では、トワがここを出てから十分も経っていないと思いますけど……」
「ん?」
「そ、そうだよな。俺だけおかしくなっちまったのかと思ってたよ」
「うちの……失恋からも……まだ、十分……ははは……」
「あれれ?」
モノアイの言葉からも考えていた時間の流れの差異。
しかし、彼に会う時は半分より少し早いだけだったが、今回は十倍以上早い。
一体どうなっているんだ?
「あー……まあ、その話はとりあえず置いときましょう。今度は東側を見てくるので、その結果を乞うご期待という事で。
そして、結果報告が終わったので、僕たちにとって重要な話をします!ベルテ!」
「はい!」
「ノゾミとの話が終わったら戻ってきてと言っていたのは、これのためですか?」
「そうですよ。とりあえず聞くだけ聞いていってください。その後どうするかは皆さんにお任せします」
トワとベルテは手を取り、家として使っている洞窟をこちらに出現させる。
「えっとーまず、僕とベルテは箱庭で、この洞窟に住んでいます。たった二人だけの世界です。はっきり言って不便なことも多いです。
ですが、ここは僕の思いのままに、生命や人工物以外であれば、何でも瞬時に作り出すことができます。尽きない天然資源の宝庫という訳です。
そこで皆さんにお聞きします。
この異空間に住んでみませんか?新たな世界の第一人者として、国を作りたいと考えています。今でなくてもいいので、答えを聞かせてください」
正直に、この箱庭のアピールができたと思う。誇大広告などではなく、しっかり出来ることと出来ないことを伝えた。
あとはみなの返答次第。
彼らにも生活がある。それを捨ててまでここに住みたいと思って貰えたかどうか。
「う、うちはここに住みたい!トワ様と一緒に暮らしたいです!」
「そうだな。新しい国を作るなど、楽しそうではないか」
「俺も!こんなに綺麗な世界に住めるなんて最高だぜ!」
一人の猫人族の女子の言葉を皮切りに、次々と賛同の声が上がり、それは瞬く間に広がる。
「え!?ぜ、全員!?エルフィエンドさんとか、ノゾミさんはどうするんですか!?」
「あいつももう立派な大人ですよ。いつまでたっても母親と一緒に暮らしてたら、おいおい女も連れ込めないでしょうから。いい機会です」
「そ……うですか。あり、がとうございます」
元死火山の住人、全員がここに住むことになった。
まさかこんなに……
トワもベルテも、エルフィエンドは来ないだろうと思っていた。何せ、数百年ぶりに我が子に会えたのだ。嬉しくない訳が無いだろうに。
それに他の若い人たちもだ。
ダンジョンというワクワクが詰まった施設があるのだ。あんなの男の子なら誰でも期待してしまうだろうに。
それでも、ここを選んでくれた。
ならば、全員まとめて幸せになってもらおう!
「えっと……それでは皆さん、これからもよろしくお願いします!」
「こちらこそ、よろしく頼みますね。王様!」
「え!?王様!?」
異空間の国の王として、国づくりの第一歩が今、しっかりと踏みしめられた。