8-2 探し求めていたもの
「ベルテ、これからどうしよっか……」
「今はもう少し、ゆっくりしていましょう」
「うん、そうする……」
トワが引きこもってから一月ほど経った。その間、トワはベルテにべったりだったのだが、本当に彼女は甘えさせ上手というか何と言うか。
子供の頃から親の愛情というものを知らないトワにとって、ベルテは最早聖母のような存在で。
このままダメになってゆきそうな……
っと、まだ挫けるには早いよね。
頼れそうな人はまだ何人かいるのだ。せめてその人たちに当たってからにしよう。
「よし!ありがと、ベルテ。復活したから、次行ってくるよ!」
「私も行きましょうか?何かしらの力にはなれるかも知れません」
「んー、そうだね。次はグレイス王国に行くつもりだし、ベルテも友達のニヴィさんだっけ?に会いたいよね」
「はい、一番仲の良かった友達ですので。今頃はどうしているんでしょう」
トワもニヴィことは少し気になっている。ベルテの過去の話で何度か登場する猫人族の女性。な行がにゃ行になってしまう明るい子だという。
もし、まだ奴隷商の所にいるのなら、仲間として迎え入れたいものだ。
「はい到着うわぁ!?」
「トワ!?」
「いったー。お尻ぶつけ……」
「……え?ここ、本当にグレイス王国なんですか?」
「うん……座標は間違ってない、けど……」
トワとベルテは転移でグレイス王国の神殿横の広場、かつてトワが処刑されることになっていた場所へとやってきた。
しかし、そこには何も無かった。いや、そこだけでは無い。グレイス王国周辺が、更地と化していた。
「どうなって……災害?でも、竜巻だとしても国丸ごと無くなるなんて……」
「災害という規模では無いと思います。何も無くなるなんてこと、有り得ませんから……」
「うん、だよね。それに……」
トワの転移は、その体に記録された座標へと移動する魔法。
そしてここへ来た時、落ちたのだ。三メートルほど。
つまり、今立っている場所は元々地中。グレイス王国は、何かに抉られたように消滅している。
「トワ、これ、時間魔法で戻せたりは?」
「ううん、無理……対象物が大きすぎて、やり方が分からない……」
「そう、ですか……」
――ほんとに何なの、これ。今までの歴史でもこんなことは起きて無いよ……
これは、最早ファンタジーで済まされるような問題では無い。
一国家が、知らぬ間に完全に消滅しているのだ。しかも、原因すら全く分からずに。
砂の交じった風が吹き付け、底知れぬ恐怖が二人を襲う。得体の知れぬ何かが密かに毒牙を伸ばしているような、そんな感覚だ。
「一旦、帰ろっか」
「そ、そうですね……」
二人は一度箱庭へ戻る。
モノアイも交えて会議を開かねば。
「モノアイさん!ちょっと来て!」
「そんなに慌ててどうした、トワよ」
「緊急会議です。原因不明の……何かで国が一つ消滅しました」
「なんだそれは?災害か?」
語るより見せた方が早いと、モノアイの世界を更地のど真ん中に開く。
その時に分かった事だが、更地は円形。神殿だった場所を中心に広がっている。
「あそこに本当に国があったのか?」
「はい、間違いなく。グレイス王国の座標として覚えています」
「……そうか」
「何か、気づいたこととかは……」
「いや、すまんな。我も分からぬ。これまで長き時を生きてきたつもりだが、あんなものは初めて見た」
人生?龍生?の大大大先輩のモノアイですら原因が分からない。完全にお手上げだ。
「んー、もっと別の人にも聞きたいところだけど……というかこれ、他の国は知ってるのかな?」
「どうなんでしょう。普通であれば、どこの国にも他国の密偵は入り込んでいるでしょうが……その人たちも今は何処にいるのか……」
「やっぱり、そうだよね」
空間把握でアウロ・プラーラを覗き観ても、別段慌てている様子には見えない。
グレイス王国が消えたのはほんの最近のことで、まだ情報が行き渡っていないのだろうか。
「ちょっと伝えに行って来るよ。エルフィエンドさん辺りなら……もしかしたら話を聞いてくれるかも知れないし」
「今回は私も一緒に行きます。もし悲しい思いをしても分け合いましょう」
「あ……ありがと、ベルテ」
ベルテは危険を犯してでも着いて行くつもりだ。命を助けてやったというのに、話すら聞かないようであればぶん殴ってやる所存なのだ。
二人はかつてエルフィエンドたちと別れた丘へと転移した。
「少し待ってて、詳しく探ってみるから……」
トワは空間把握を全開にして、ダンジョン内部からアウロ・プラーラの至る所まで、更には、その周辺まで尽くを観察する。
ベルテを連れている分、いつもより慎重に動きたい。その思いから、念入りすぎるくらいに観てゆく。
「えっと……あ、いた!うえっ、虫ドアップで見ちゃった。
……まあとりあえず、エルフィエンドさんは何人かと一緒に第四ダンジョンにいるね」
「そこまで入れたりは?」
「いや、無理だね。てか、入れたとしてもあんな巨大な虫だらけのところ入りたくない」
そもそも、今回はまだアウロ・プラーラにすら入っていない。目視転移で潜入はしたくないので、出来れば国の外で会いたいのだが……
「あ、何組かに分かれてるんだ。班みたいに。
んーと……ベリジュスさん、だっけ?年配の人達は宿で洗濯とか武器防具の整備とか、そんなことをしてるみたい。
となれば外にもいたりして……よし、見っけた!行くよ、ベルテ!」
「はい!」
国の外にも元死火山の住人がいた。旅商人と一緒にいたり、巡回中の衛兵と話していたり。
何がしたいのかまでは分からないが、なかなか都合の良い場所にいてくれる。
二人はすぐさま近くまで向かい、目的の人物らがそれ以外と別れるのを待つ。
そしてすぐにその時が来た。
「あのー、こんにちは……」
「ッ!?あ、と、トワさん!良かった……ホントに良かった。俺たち会いたくて探しまくってたんですよ!」
「え?そう、なんですか……な、何故?」
「いやもうホントに、色々あったんですからね!」
トワが接触した人物、偶然にも、洞窟で時間を止めたことのあるパラエスだったのだが、彼らは全員でトワの事を探し回っていたらしい。しかも、兵に突き出すとかでは無く、恩返しがしたいと、そういった理由でだ。
「それでその……あの手配書の事は知ってたんですか?エルフィエンドが、なんかそれっぽい事を言われたって……」
「あ……はい。知ってますし、事実……でもあります。
なんか、すみませんね。こんなろくでもないクズで……」
「なッ!?そんなこと思ってる訳ないじゃないですか!あんなに優しいトワさんが理由もなくやった訳じゃないって、そう確信してるから探してたんですよ!」
「理由、ですか……」
彼らには申し訳ないが理由なんてものは無い。ただ暴走していただけだし、蘇らせなかったのも、廃人になっているだろうというのを建前にして逃げただけだ。
あの時はもう誰とも、何とも関わりたくなかったのだ。
自分でも、自分のクズさはよく分かっている。
そんなトワの思いとは裏腹に、ベルテはそんな事は一ミリたりとも思っていなかったようで。
「理由も何も、トワがやった事ではありません。トワを殺そうとしたクソ野郎共が勝手に死んだだけです!」
聖母のようだと表した途端、聖母の口から出てはいけないような汚い言葉が飛び出してきた。
しかも、その内容も色眼鏡が過ぎる。
「違うよ、ベルテ。殺したのは僕なんだから、そんな言い方は……ダメだよ」
「でも、あの血の御方が勝手やったことなんですよね?だったら……」
トワは首を横に振る。
例えそうであったとしても、トワから出た化け物だ。トワがいなければ起きなかった殺戮なのだから、無関係ではいられない。
「血の御方?とにかく、やっぱりなんか事情があったんですよね!
まあ、もし何にもなかったとしても、俺ら全員、トワさんの味方になるって誓ったんで、安心してくださいよ!」
「……ほん、とに?」
「はい。あの時に助けられた63人全員です」
トワが求めていた味方が、こんなに近くにいてくれた。あの殺戮を知っても、なお信じてくれる人々がまだ残っていた。
トワは嬉しさのあまり、ベルテに抱きついて見た目相応の子供のように泣きじゃくった。
最近泣いてばかりな気がするが、今回のは嬉し涙だ。偶にはこんなのがあってもいいだろう。
その後、あの殺戮の事は何も隠さずに全てを話した。女神像を怒りに任せて壊した事から、体から流れ出た血の化け物の事まで全て。
それでもやっぱり、パラエスは気持ちに変わりないと言ってくれた。
そして、どこからともなく現れた血の化け物が彼の肩をポンポンと叩いた時は本当に驚いたものだ。
だが、彼の体には何も起こらず、やはり敵意が無ければ血の化け物も何もしないのだと、裏付ける結果となる。
それはそうと、気になる点が一つ……
「べ、ベルテ……今のって」
「そういうこと、でしょうね。いいじゃないですか。トワの可愛い姿、これからも見てもらいましょう!」
「いやぁぁぁ!!」
普段、血の化け物はトワが作り出した空間の裂け目を縁取っているのだ。そして今回は空間の裂け目など出していない。
つまり、いつでもどこでも見られていたという事に。
ベルテとあんなことやこんなことをしている時まで……
これには、トワは目的も忘れて悶絶する羽目となった。