8-1 当たり前の現実
今回から八章に突入です。
物語もそろそろ大詰めになってくるのかな。
このまま完結まで突っ走るので、応援のほど宜しくお願い致します!
異空間に自分たちの国を作ると決めたトワ。しなければならない事として人集めがあるのだが、問題は山積みだ。
まずそもそも、トワの人相が各国に割れている。本人が出向こうものなら口を開く前に通報されて終わりだろう。
ならば誰か別の人に手伝って貰いたいところだが、ベルテも逃亡奴隷だし、モノアイなんか近寄るだけでバッタバッタと殺してしまう殺戮マシーンになってしまうし、アランとネジャロにも頼れないし。
はてさてどうしたものか。
「トワ、ロセウス子爵様はどうですか?ほら、まだ形見は戻ってきていないでしょうし、あの方は優しくしてくれた記憶がありますので」
「うーん、確かにあのおばあちゃんは優しかったよね。獣人族にも偏見はなかったし」
ベルテの案を採用してみようか。それに、もうあと数ヶ月で反転世界からの侵略もあるはずだ。
その情報を売ったりして恩をチラつかせれば、オーランやオルストたちヴァルメリア帝国の兵士らも力を貸してくれるかもしれない。
戦争の避難先として解放するのなんかもアリかな。
今回、トワは積極的に反転世界を攻めたりしない。
あの20万の兵が全滅すれば、またアウロ・プラーラで惨劇が起きてしまう。だから、空間の亀裂が現れる地点を教えたりする程度で、実際に戦うのはその国同士に任せる。あとは、気の知れた知人を受け入れるなどすればいいだろう。
簡単なトロッコ問題という訳だ。
アウロ・プラーラとヴァルメリア帝国では、アウロ・プラーラの方が圧倒的に大事。しかし、ヴァルメリア帝国にも知人はいるのだからその人たちは救う。逆に、獣人族排斥なんかをしてる貴族や皇帝がどうなろうと知ったこっちゃないと言った具合だ。
さて、行動の方針も決まったことだし、早速動くとしよう。
まずはロセウス夫の形見を取り返しに行こう。と言っても、実はすぐ近くを通ったことがあるから転移ですぐなんだよね。
あの懐かしい小屋へと向かい、盗賊は退治。もうあんまり血とか見たくなかったから、適当に手足を折ってグレイス王国の目の前に放っておいた。きっと衛兵たちが何とかしてくれるだろう。
「ただいまなんだけど、すぐにヴァルメリア帝国に向かうね。まぁ一日もかからないんだけど」
「はい、行ってらっしゃい」
トワは箱庭に一瞬だけ戻り、ベルテに挨拶をしてすぐにヴァルメリア帝国へと向かう。
そして宣言通り、日暮れにはなったが僅か十数時間で目的地へと到着した。
いざ入国するのだが、もちろん正面からなんて行ける訳もなく、立派な壁を目視転移で乗り越えるのだ。
「さてと、どうやってこれを届けたものか……」
一応何パターンかは考えてある。
侵入して直接渡す手や、手紙と一緒に送り付ける手など。
だが、ここは一つ信じてみることにした。あのおばあちゃんだ。きっと話せば分かってくれる。
そう信じて、トワはドアノッカーを叩いた。
「ご要件は……まさか、その容姿は」
「いえ、違うんです。ああ、違わないけどそうじゃなくって、これを届けに来たっていうか……」
「……そうですか」
トワは剣とロケットを取り出す。メイドはそれを奪い取ろうと手を伸ばすが、そのまま渡すわけにはいかない。
「ちょっと待ってください。エルマさんとお話をさせて欲しいんです」
「あなたのような犯罪者がお会いできる人物であるはずないでしょう。お引き取りください」
「で、でもその……約束、したんです。もう一回会いに来るって……」
「約束?エルマ様からそんな約束など聞いた事はありませんが」
「そう、ですね。誰も、僕とベルテ以外は知らない約束です」
トワとメイドは、半開きの扉を挟んで押し問答する。
そんなことをしていれば多少は目立つ訳で、貴族家として犯罪者と関わり合いになるのは避けたいと突っぱねるメイド。だが、トワもエルマと話すまでは帰らないと、意地を張っていた。
「はあ、分かりました。ではせめて、この腕輪を付けてください。あなたが何かしようとした瞬間、その手を落とします」
「それで構いません。ありがとうございます」
駄々こねの結果、メイドが折れる形となってロセウス子爵家へと入ることが出来た。ここまでは順調と言っていいだろう。次は、エルマがトワの話を聞いてくれるかどうか。
「エルマ様をお連れしたので、手を後ろで組んで、できるだけ離れてください」
「はい」
まるっきり犯罪者と同じ扱いをされているが、それ相応のことをしてしまったのだ。文句は言えない。
「あらあら、随分と可愛らしい犯罪者さんだこと」
「エルマさん、お久しぶりです」
「あらあら、どこかでお会いしたのかしら?ごめんなさいね、もう歳でボケてしまっているのかも」
「はい、ちょっと未来で、良くしてもらいました」
「未来!面白いことを言うのね。冗談がお好きなの?」
久しぶりに会ったエルマは、どこか軽蔑するような冷たい声音をしている。かつての優しい感じは消え去り、酷く冷たい。
――悔しいなぁ、あんなに優しかったのに。それだけ僕がやったことは許されないことなんだよね……
エルマの態度でいやでも思い出してしまう。
僕に剣を向けた人や、石を投げた人がどうなったのかを。やりたくてやった訳では無いが、他人から見れば僕がやったことになんの変わりもない。
トワという人物は、どう取り繕おうとも人殺し。殺戮者なのだ。
「エルマさん、まずはこれを」
トワは後ろ手に持っていた形見を置く。
それを見た瞬間、エルマは少し驚いた表情をした後、険しい目付きで睨みつけてくる。
「これを、どうしてあなたが持っているの?」
「盗賊が持っていたので奪い返してきました。エルマさんに返そうと思って」
「…………」
エルマの表情はますます険しくなる。
トワを見るその目は、まるで仇を見るようで……
「あ、ち、違いますよ!僕が旦那さんから奪ったんじゃなくて……ただ、盗賊から取り返しただけで」
「出て行って……」
「……え?」
「出て行って!!あなたの言葉なんて聞きたくもない!この……人殺し!!」
「違います……本当に取り返しただけで……」
「じゃあ、なんでこれが夫のものだって分かったのよ!なんでこれがロセウス家のものだって分かったのよ!」
「それは……」
身分証を見せれば、別の未来を見てきたからと言えば信じてもらえるのだろうか?
……いや、もう秘密を明かすしか信じてもらう方法など残っていない。
トワはエルマの目の前に異空間倉庫を開き、身分証を落とす。
「ただの身分証です。それを見てもらえれば多分、分かると思います」
「…………空間魔法に時間魔法?ねぇ、これは本物かしら?」
「……はい、エルマ様。恐らく本物かと……」
「僕は何回もこの一年を繰り返しています。そこで旦那さんの形見を見つけてたので、今回も取り返せたんです……ほ、ほら、このお茶だって、葉っぱと水に戻せるんですよ!」
トワが美味しいと言って飲んでいたあの紅茶は、ただの葉っぱが浮かぶ水になった。
身分証を明かしたことから、それが時間魔法の効果なのだとエルマたちもすぐに分かったようだ。
「な、なら夫を返しなさいよ。ルドルフはもう20年も前にいなくなって……あなたなら出来るでしょう!?ねぇ!」
「あ……いや、その……仮に戻せたとしても、廃人になってる可能性が高いし、それに、骨とかのその人の一部が無いと……」
「……この、役立たず!!もうさっさと出て行って!!」
「え、待って!」
秘密を明かしたのは裏目に出たか、墓穴を掘ったか。
エルマは辺りのものを構わず投げつけるが、ここで血を流す訳にもいかず、それはトワの目の前で消えて、足元に落ちる。
それ以降、エルマの怒りはますます激しくなり、遂には兵まで呼ばれる始末。
いや、既に呼んでいたのだろう。トワは瞬く間に剣で囲まれてしまった。
「大人しくしていろよ。おいそこのメイド、これは粛清の腕輪だな。なら早く作動させろ」
「い、いえ。もう何度もやっているのですが、何故か……」
「……無駄ですよ。こんなもの」
トワは触れたものの時間を止められる。ならば、手首に触れている腕輪の時間が動いているはずが無い。
「エルマさん、もう僕の話は聞いてくれないんですか?」
「あ、当たり前でしょう!兵士さん、さっさと連れて行って!」
エルマが声を荒らげ、すぐにトワの後ろの兵士、オーランが腕を掴もうと手を伸ばす。
「うわァ、何だこれ!?俺の腕が!ッ!?」
オーランの腕は異界の護りに呑まれ、その時だけ消えるが、別に切り落としている訳では無い。離れればすぐに戻る。
「オーランさん、他の兵士さんも。僕に触れることは出来ませんよ。それに、あなたたちを殺したくないんです。血を流させないでください」
正体不明の化け物。
きっとその場にいる者たちに、トワはそう見えているのだろう。カタカタと、剣が震えている音が聞こえてくる。
「エルマさん。僕は、あなたの優しい雰囲気が何処か懐かしくて……もしかしたら分かってくれるかもって思ったんですけどね……」
「何を、今更」
「……はぁ、オーランさん最後に一つだけ。地図を出してくれませんか?」
「……お前の要求に従うことなど出来ない」
「そう、ですか……なら口頭で。今から二ヶ月と少し後、反転ヴァルメリア……よりもアイレムラヴの方がいいですかね。とにかく魔物の国が攻めてきます。数は20万。場所は十キロほど南東の山間です」
「……お前、何故軍の機密情報を。それより、なんだその情報は、一体どういうこ――」
「さよなら」
トワはオーランの言葉を待たずに箱庭へ転移する。
情報は与えた。それで死のうが生きようが、もう関係は無い。
「トワ!?どうしたんですか?そんな、顔して……」
「……ダメ、だった……誰も信じてくれなかったよ」
「そんな……あの恩知らずめ」
「そんなこと言っちゃダメだよ。僕は、人殺し、なんだから……信じて貰えなくて、当然」
トワは泣きたくなかった。
しかし、そんな気持ちとは裏腹に、ボロボロと涙がこぼれ落ちる。
分かっていた。分かってはいたのだ。
トワはたくさんの人を殺した。そして、その罪を償うこと無く逃げてきた。そんなやつの言葉など、一体誰が信じるというのか。
でもベルテは受け入れてくれた。だから、今回ももしかしたらと、ほんの少しだけ期待してしまったのだ。
しかし、それはトワが勝手に期待しただけ。現実はそんなに甘くは無い。
トワは再び、箱庭へと引きこもった。