7-12 平和のその裏で
「こんな訳の分からない状態で食事だと?」
「でも皆さん倒れる寸前でしょ?別に毒でも盛ってやろうなんて考えてませんから安心してください」
トワは無事、エルフィエンドら死にかけ山篭り勢を救出したのだが、絶賛怪しまれ中だ。雪山の火口の洞窟にいたというのに、外に出てみれば暖かな草原に変わっているのだ。混乱するのは仕方がないだろう。
その混乱ついでに何が起きたかとかを忘れてくれれば幸いなのだが、そんなに都合よくはいかないらしい。
「……確かに皆餓死寸前だ。だから食事が終わった後で、説明してもらおうかな?」
「ですよねー……」
長いため息をついているトワをよそに、エルフィエンドはテキパキと住人たちに指示を出す。その内容は辺りの安全確認と食材の確保だったのだが、そんな事はする必要が無い。何故ならここは、トワが作り出した異空間なのだから。
誰にも見られていないことを確認し、野菜やら果物やらを大量に生やす。そしてこう叫んだ。
「わー、こんなところに食べられるのものがたくさん生えてるー!凄いぐうぜーん!」
「何!?本当か!」
びっくりするくらい棒な演技は完全にスルーされ、住人たちはわらわらと食材に群がる。何人かは我慢できずに、よく調べもせずかぶりついていた。
「トワ、調理器具と一応牛の乳を絞ってきましたけど……思ったより大勢いますね」
「あ、ベルテ!テレパシーか何か使った?」
食材を入手したところで、タイミングよくベルテが箱庭からやってきたのだが、何も言っていないのに欲しいものを全て持ってきている。実は頭の中を覗かれていたりするんじゃなかろうか?
まあそんなことは置いておいて、ベルテは新品同然の大鍋に水を汲み、慣れた手つきでせっせと調理の準備に取り掛かる。
それで今使っている調理器具なのだが、これは家畜を買った村でおじいちゃんが使っていたものだ。穴が空いていたり折れていたりと、壊れてもう使えなくなったものだけ引き取り、時間を巻き戻して新品にしてやったという訳。
他にも、あまり多くは無いが食器類や毛布なんかも手に入ったので、少しだけ暮らしやすくなっている。
そんなこんなにしていると、住人たちが両手に大量の食材を抱え、トワとベルテのところへ戻ってくる。
「ん?君、そちらの女性は誰だ?」
「彼女はベルテです。僕の……あ、自己紹介してませんでしたね。
僕はトワで、ベルテとは夫婦です」
「そう、なのか。随分若く見えるが……まぁ部外者は何も言うまい」
何故かエルフィエンドの後ろで若い男性が何人か崩れ落ちているが、知らないフリをしておいてあげよう。わざわざ傷を抉るような真似はしないとも。
「それなら私達も名乗らないとな。トワは何故か知っているようだが、私の名前は無い。だが、仲間からはエルフィエンドと呼ばれている。
それと、助けてくれてありがとう。お礼すら忘れていたよ。申し訳ない」
その後、エルフィエンドに続くようにして60名程の自己紹介が簡単に済ませられた。だが、その殆どが頭から抜け落ちてしまう。頑張って覚えようとはしたのだが、今まで人の名前を好んで覚えようとしてこなかったことと、西洋風な名前でどうにも無理だった。
結局、覚えていられたのはたった四名。エルフィエンドと、村長みたいなおじいさん、ベリジュス。そして、洞窟で時間を止めたアブヤとパラエス。
どうにかして名前を呼ばなければいけないような自体は避けよう。
「そ、それじゃあ自己紹介も済んだことなので、早速始めましょう!料理が出来る人は何人かこちらへお願いしまーす」
住人たちの半分程がぞろぞろと集まってきたところで、大量クッキングスタートだ。
「はい、では料理出来ない組の皆さんは野菜を洗ってきてください。すぐ目の前に川がありますので……だいじょぶだいじょぶ!どこよりも綺麗な水ですから」
「剣を持っている人は、それも川で洗ってきて……そしたら、洗われてきた野菜を一口サイズに切っていってくださいねー」
「はい、最後力持ちの人!この芋をとにかく潰して潰して潰しまくってください!」
トワは下処理を住人たちに任せ、その後の運ばれてくる野菜をベルテと共に炒めてゆく。
色々と足りない調味料が多く、完璧では無いが形にはなる。
炒めた野菜を今度は柔らかくなるまで煮る。そこに細かくなり、ペースト状になった芋と搾りたての牛乳を入れる。
最後に塩と少しのハーブで味付けをすれば完成だ。
「さあ召し上がれ!ポテトシチューです!」
住人たちは待ってましたとばかりにがっつき、大量にあるポテトシチューを物凄い勢いで減らしてゆく。トワとベルテは小さいお椀に取り分けたものを食べて満足だ。
このシチュー、芋が大量に使われているため、見た目以上にお腹にたまるのだ。
住人たちも、女性や子供などは早々に満腹になり、幸せそうな顔で横になっている。
さて、とお腹も脹れたところでエルフィエンドがずいっと詰め寄ってくる。どうやら忘れていなかったみたいだ。
「そろそろ説明してもらってもいいかな?あの洞窟、外は雪山だったはずなんだが、ここは一体何処なんだ?」
この話題には皆ピタッと食べるのをやめ、姿勢を正してトワの方に向き直る。
流石にこの雰囲気では誤魔化せなさそうだ。だが全てを話すことは出来ない。とりあえずエルフィエンドにだけ話そうと、ベルテも連れて住人たちから離れる。
「んーと……どこから話そうかな。あ、まずは僕とベルテのことなんですけど、少し訳ありなので何も話せません。ごめんなさい」
「そうか……分かった。なら、この場所のことだけでも教えてくれないか?」
「それもなかなか難しいんですよねー……ベルテは、どう?」
「そうですね……ここはどこよりも安全で素晴らしい場所、といったところでしょうか」
聞かれたことには何とか答えるものの、エルフィエンドの口はへの字に曲がっている。どうやらお気に召す解答ではなかったらしい。
「あ、そうだ!アウロ・プラーラの近くですよ!一応」
「アウロ・プラーラ?何だそれは?」
「ダンジョン都市国家アウロ・プラーラ。エルフィエンドさん、あなたの息子さんが統治している国です」
「…………ま、さか。本当に?の、ノゾミが生きているのか?」
「はい、生きています。元気にお仕事してますよ」
エルフィエンドは生き別れた息子が生きていると知り、嬉し涙を流しながらその場にへたり込む。
トワからしてみれば二度目の涙だが、エルフィエンドにとっては何百年も待ち望んだ末に初めて流す涙だ。
この時ばかりは、助けてよかったと本心からそう思えた。
「では、これから皆さんをアウロ・プラーラまで送ります!
エルフィエンドさん、多分、国へ行ったら僕のことは知られていると思います。でも、やりたくてやった訳じゃないってことだけでも分かって……欲しいです」
「それは、どういう……」
「……いえ、何でもありません。忘れてください。
では皆さん!後ろを向いて、目を瞑っていてください!」
トワは彼らを送り届ける。だが、その力は見せない。
60人の背に順番に触れてゆき、その時間を止める。そして彼らを異空間倉庫にしまい、アウロ・プラーラが見える丘まで転移し、そこに置いて行く。
トワが出来るのはここまでだ。あとは自分の足で進んでいって貰おう。
◇◆◇
「……ここは?」
ついさっきまで周りはだだっ広い草原だったはずなのに、目を開けたら皆と共に知らぬ丘にいた。眼前には立派な壁がそびえ立ち、きっとこの国がアウロ・プラーラなのだろうと分かる。
「トワ、ベルテ。本当に、ありが……」
後ろを振り返っても、彼女たちの姿は見えない。仲間たちも探しているようだが、誰一人として見つけられなかった。
「儂はまだ、きちんとお礼を言えてないのじゃがな……」
「突然現れたと思ったら、あれよあれよと助けられて、また突然消えてしまったな。不思議な娘たちだった」
エルフィエンドはあまり落胆しない。
彼女はエルフ。長き時を生きる種族の生き残りだ。恩返しはまたいずれと思い、アウロ・プラーラへと歩き出す。
その国では、いや、最早どこの国でもトワが指名手配されているとも知らずに……