7-9 お肉を求めて何千里?
箱庭で、トワとベルテが生活し始めてから結構な時間が経った。
まず、二人は服を編んだ。
トワは処刑云々で全裸だったし、ベルテもアランたちへの手紙に服を破いたのでほぼ全裸だ。
草と綿花で糸を作り、それを少しづつ編んでゆく。
トワの魔法で面倒な糸の精製なんかはかなり短縮できたものの、慣れない手編みに苦戦し、二人分が完成するまで四ヶ月もかかってしまった。
「で、できた!」
「私も、完成しました!」
完成したのはセーター。
互いに作り合い、相手へプレゼントする。
なかなか不格好ではあるが、両者共に相手が自分の為に作ってくれた服。嬉しくないわけが無い。
「ベルテ、ありがとう!」
「こちらこそありがとうございます、トワ!」
そうそう、名前の呼び方も変わった。
互いに呼び捨てとなり、傍から見ても主従の関係には見えない。
立派な恋人。いや、この世界では同性婚も認められているから、仲睦まじい夫婦が適当だろう。
次に行ったのが家畜の調達だ。
箱庭の土には魔力が溢れんばかり染み込んでいて、野菜や果物なんかはすぐに自給自足できるようになった。
しかしお肉や、作り方の分からない調味料はそうはいかない。
お肉は二人して素っ裸のまま外の山へ入り、魔物を狩る。空間把握で人がいないのは確認できるが、それでも何となく恥ずかしいものがある。
調味料はキッパリ諦めた。というのも、作り出した海から塩は取れるし、砂糖やレモンのようなもので意外と何とかなるのだ。
という訳で、ひとまずお肉の自給自足を求め、遠くの村まで買い付けへと行く。先に服を編んでおいたのはこのためだったのだ。
グレイス王国周辺の村々ではトワの顔が知られている可能性も考えて、南下し新たな道を開拓する。
二人で仲良く手を繋ぎ、気分は遠足だ。途中、油断していて優しいおじいちゃんに馬車に乗ってくか?と声をかけられるハプニングなんかも起こった。
いやー、あの時は焦った。またあの血の化け物がどこからともなく現れて襲い掛かるんじゃないかと。
まぁ結果は何も起こらなかった。
ベルテが一緒にいてくれるからなのか、おじいちゃんに敵意が無いからなのか。何故かは分からないが、人に会うだけで勝手に殺してしまうような事にはならなそうで助かった。
何気に、トワが一番懸念していた事なのだ。
「……楽できてしまいましたね」
「そうだね。人に会っても大丈夫かもって希望も持てたし、おじいちゃんには感謝だね」
ただ、流石に睡眠時などの無防備な姿を晒せるほど信用はせず、ことある毎に箱庭を呼び出し、家代わりの洞窟へと帰っていた。
そんな何度目かの夜。
「あれ?まだ夜中だ……結構寝たと思ったんだけどな」
「そうなんですか?それなら、その……しませんか?」
「うん……」
最近はもっぱらベルテが誘い、トワが受けるという形が出来つつある。
それは最中もそうで、攻めまくるベルテにすぐに果てさせられてしまう。
トワも頑張ってはいるのだが……
――無理無理ッ!こんなの耐えられる訳ないじゃん!
元男にこの快感から抗うすべは無く、毎回手のひらの上で遊ばれてしまうのだ。
「いっつも僕がされるばっかりだけど、ベルテは満足出来てる?」
「?
とても満足してますよ。私の指や舌で喘いでくれるトワを見るのは……もう、とっても満たされて、可愛くて可愛くて仕方ないんです!
トワはそろそろ自分の可愛さを自覚するべきですね!」
「ちょっ、あんまりそういうこと言わないでよ……恥ずかしいから。でもさ、たまには、その……交代とかしない?ベルテにも気持ちよくなって欲しいって言うか……」
「ほ、本当ですか?でしたら、次回お願いしますね」
次回の約束も取り付け、川で汗を流す。
これだけやって、外はようやく太陽が登り始める時間だ。体感時間が異常に長く感じるが、その分二人で一緒にいられる時間も長く感じられるのだから文句などない。
「おじいちゃん、そろそろ朝ですよ」
「……ん?おお、娘っ子二人は随分早く起きたんだの……朝飯を食ったら出発としようか」
ここまでお世話になっているおじいちゃんに、お礼として箱庭産の茹で野菜サラダを振る舞う。
ドレッシングなどは無いから塩を揉みこんだりした程度だが、柔らかくて優しい味わいをしている。
歯が何本か抜けているおじいちゃんもこれにはニッコリだった。
それから何日か経ち、おじいちゃんの村へ着き、三人での旅は終わる。というか、その村では畜産が行われていた。
牛に鶏。どちらも日本のものとはちょっと違うが、そんな事は気にしない。
これは是非とも手に入れたいところだ。
「おじいちゃんおじいちゃん!あの家畜たち、何匹か売ってくれませんか?」
「うん?んー……数匹なら構わんが、ここでは金なんて使えんぞ?物々交換だが、何を出せるかね?」
「分かりました。でしたら何か入れ物、食べ物を入れられる綺麗なヤツを貸してくれませんか?」
田舎の村を探していたのだ。お金が使えない事など想定済み。物々交換に最適なものを大量に持って来ている。
「壺を持ってきたが、これで良いかの?」
「はい、大丈夫です。それでは……覗いちゃダメですよ」
ベルテに手伝ってもらって、壺を木の裏へと運ぶ。さながら鶴の恩返し的な気分だ。
トワは異空間倉庫から塩をいっぱいになるまで流し込む。
塩はこの世界ではそこそこな高級品。街中でなければホイホイと手に入るものでは無い。作戦は完璧だ。
「おじいちゃーん!驚きすぎて腰を悪くしないでくださいねー!」
お年寄りにドッキリはあまりに宜しくないので、保険に一声かけておく。
「今持っていきますねー!……あ、あれ?おも……」
「これはッ……無理ですね」
「…………」
「…………」
少し考えればわかる事だが、空の壺でさえ二人がかりで運んだのだ。塩が満杯で持てるわけがない。
散々勿体ぶっておきながら何とも締まらない。
「あ、あのー……力のある人をお借りしても?」
「わ、分かった。少し待っとれ」
しばらくして、おじいちゃんは二人の若い男を連れてきた。両者共になかなかの筋肉だ。これならあのくそ重い壺でも運べるだろう。
「……女神だ……」
「この村でこんな美人が見れるなんて……」
「え?」
「こ、恋人は?恋人なんていないならぜひ俺と――」
「いいや!ぜひ俺とお付き合いして貰いたい!」
「お、おおう……」
なんだか久しぶりだ。
もう結構な間ベルテといちゃラブ生活をしていたから、他人からこんな熱烈な求愛を受けるのはいつぶりだろうか。
だが、トワにはベルテという最愛の妻だか夫だかがいるのだ。この男どもが入れる隙間など――
「ダメです!トワは私の婚約者ですから!毎日愛し合っているんですからね!あなたたちには渡しません!」
無いのだ。
人前で私のものだなどと嬉しいことを言ってくれる。ここはトワもビシッと決めよう。
「ええ、ごめんなさいね。私たち、同性愛者なの。だからあなたたちのお誘いは受けられないわ」
「そ、そんな……」
「まじかよ……」
一芝居打った結果、男どもの淡い恋心は無事木っ端微塵に砕け散った。
反対に、ベルテはよほど嬉しかったのか、その場で舌を絡める熱いキスをしてくる始末。
ああ……男どもに追い討ちが…………と思ったが、顔を赤らめて何やらモジモジと。これは百合の沼へ落としてしまったかもしれないな。いたいけな少年ではなく立派な青年だが、これから彼らがまともな恋ができることを祈ろう。
「と、とにかく!あそこにある壺の中身と家畜を何匹か交換して欲しいんです」
「……中を見てもよいかの?」
「はい、もちろんです」
連れてこられた男どもは酷く落胆しているが、もう性欲が枯れているであろうおじいちゃんの行動は早かった。
蓋を開け、真っ白な粉が現れる。
すぐさまペロッとひと舐め。
「!?こ、これは……塩!!!」
何処かで聞いたことがあるような危ないセリフが飛び出たが、しっかり塩だと分かって貰えたようだ。
「ま、まさかこの壺の中身、全部塩なのかの!?」
「ええ、そうですよー。どうですか?気に入って貰えましたか?」
「ああ勿論だとも!牛三、鶏四。これと交換ならどうかの?」
――……どうと言われても、価値なんて知らんよ?ベルテ、パス!
トワはチラッと視線を送る。
「どちらもメスを多くして頂けるのでしたら、それで構いません」
流石だ、ミス有能。台本など無いのにスラスラと要求が出てくるではないか。
「ああそうしよう!
お前たち!慎重に蔵へと運ぶのじゃぞ」
壺はゆっくりと運ばれてゆき、トワたちも家畜の選定に入る。
「…………どれがいいとか分かる?全部同じに見えるんだけど……」
「いえ、私もそこまでは……」
幸い、トワの空間把握で観ても病気にかかっている子は一匹もいない。それだけ良い環境で育てられているという事なのだろう。
「どうせ分かんないし、これとこれ、あとこれと――」
適当に選んでいる訳では無いぞ!若くてお肉もいい感じに付いている子を選んでいるのだ。
「最後は……この子で!」
「決まったようじゃの。すぐに出すから待っとれ。
……ところで、どうやって帰るつもりなのかの?ここへ来る時も歩いておったし……」
「それに関してはご心配なく。
そうですね……あそこの狭い囲いの中に全員集めて貰えますか?それだけで大丈夫です」
おじいちゃんは頭に大量の?を浮かべたまま、手早く囲いの中へと移してゆく。
「全部移し終わったが……してこの後は一体……」
「おじいちゃん、お世話になりました。頂いたこの子達は大切に育てます。それでは!」
「失礼します」
トワは一瞬で家畜たちを異空間倉庫に仕舞い、箱庭へと転移した。
「き、消えた……じゃと?」
その後、おじいちゃんは村でトワたちのことを吹聴してまわった。
しかし歳のせいか、周囲からはついにボケたかと悲しい目で見られ、誰にも信じて貰えなかったと言う。
ただ二人だけ、トワをその目で見ている男どもはその人間離れした美しさにやられ、全肯定botと化してしまったらしい……