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7-6 愛し愛され、二人の世界

◇◆◇の前半はベルテ視点になっています。

 

 

 ――急がないと……夜までには絶対に見つけます。待っていてください、トワ様……

 

 ベルテは街の中を駆ける。

 ボロ切れを着て、アランから貰った銅貨三枚を握りしめ、微かに重苦しい空気が漂う街を探し回る。

 

 ――違うッ、トワ様はこんな場所にいるわけが無い。

 そうだ!処刑場に行けば何か分かるかもしれません!

 

 キョロキョロと辺りを見回し、鎧姿の人物、グレイス王国の衛兵を探す。

 

「ッいた!あの、すみません!」

「なにか?って奴隷か。主人はどうした?逃亡したのなら犯罪奴隷に堕とす必要があるが……」

 

 この見た目では間違われても仕方がない。

 が、今はそんなことを気にしている場合では無い。

 

「いえ、今はご主人様から買い付けを任されている身です。

 それでその、話は変わるのですが、白い女の子が処刑されたという場所はどこにあるか、ご存知ですか?」

「買い付けの途中なんだろ?なんでそんなことを聞く?」

「きょ、興味があると仰っていたんです!一度見ておきたいと……」

 

 アランには申し訳ないがとても不謹慎な人物に仕立て上げられてしまった。

 幸い、この衛兵はアランの事を知らないわけだから、実害は無いだろう。

 

「……ふーん、そうか。それなら向こうに見える教会のすぐ近くに、円形の窪んだ広場がある。

 ……まぁ、酷い有様だから、行けば分かるだろうよ」

「ありがとうございます!」

 

 衛兵が指さした方向には小高い丘があり、木の陰からちょこんと白い屋根が顔を出している。

 きっと衛兵が言っていた教会というのはそれだろう。

 ベルテは丘へ向かって駆ける。

 彼女自身体力はあまり無い。すぐに息は切れ、足が重くなる。

 靴も履いておらず、足の裏は切り傷だらけだ。

 それでも、構わずに走り続けた。

 

 

「……ここ、が…………酷い……」

 

 息も絶え絶えにたどり着いた広場は赤一色に染まっていた。

 事が起きた直後のように血の海に臓物が散らばる惨状では無いにしろ、通常では有り得ないような位置にまで血の跡がこびりついている。

 

「……何か、少しでも手がかりは……」

 

 広場には誰もおらず、掃除されてしまっていて文字通り何も無い。

 ベルテはその中を歩き回り、何か落ちてでもいないかと注意深く足元を探す。

 

 ――……何も、髪の毛一本落ちてない……

 やっぱりここにはいないのでしょうか?

 ……いや、いる。絶対にここのどこかにいる!

「トワ様ー!どこにいらっしゃいますか?トワ様ー!」

 

 確かな証拠などどこにも無い。

 ただ、絶対にここにいると、直感がそう告げている。

 こちらから探すのが難しいのなら、トワの方から見つけてもらおうと声を上げてみる。

 ただ、自分の発した言葉に少しの違和感を覚えた。

 

 ――トワ様?……トワ、様…………違う。私はこんな呼び方はあまりしていませんでした。確か、いつもは……お嬢様と……

「お嬢様ー!私です!ベルテです!どうか姿をお見せ下さい」

 

 ………………

 ベルテが発した声は風の音に呑まれ、虚しく消えてゆく。

 彼女の想いは届かないのか……

 

「お嬢様……どうして……」

 

 ピチャン……ピチャン……

 

 ただ風の音が流れるだけだった広場に明らかに違う音が混ざり始めた。

 どこかで水が滴っているような音だ。

 

「どこ!?お嬢様!お嬢様ー!

 ……ッ!?何、これ?」

 

 それは広場の中央にあった。

 何も無い空間から細く血が滴っている。

 明らかな異常事態。

 普通なら絶対に近づかないような状況ではあるが、ベルテは迷わなかった。

 駆け寄り、滴っている血に触れる。

 途端に血の流れる量が増え、ベルテの指にまとわりつき始めた。

 それでも彼女は恐れない。

 その量はどんどんと増えてゆき、遂には全身を包み込む。

 頭から足の先、毛の一本一本に至るまで執拗にまとわりつく。

 

「……何かを、調べているのですか?」

 

 血の動きはピタッと止まり、地面に文字か書かれてゆく。

 

『全てを覚えているのかしら?』

 

「ッ!?はい!全て……では無いかもしれませんが、私はトワ様を、お嬢様を愛しています!

 だからもし、居場所をご存知なのでしたら、どうか連れて行っては下さいませんか?」

 

 血はダラダラと流れ出たまましばし固まる。

 そしてベルテの顔近くに集まり、その表情を探るかのような動きをした後、何も無い空間へと戻ってゆく。

 

「……あ、あの……」

 

 ダメだったのかと心配になり声を出すが、そんなことは無い。

 突如として目の前の空間が裂け、その奥には全く先の見通せない闇が広がっている。

 

「……血の御方、ありがとうございます」

 

 ベルテは裂けた空間の縁にまとわりついている血にお礼を述べ、闇へと踏み込んだ。

 

 ◇◆◇

 

 ………………

 ……………………

 ――誰か、入ってきた?こんなところに?

 

 僕は真っ黒な闇の中で何をするでもなく、ただ死んでいない。

 死ぬ事が出来ないから生きてはいるが、これを生きていると言うのは本当に生きている人々に失礼だろう。

 そんな虚無を過ごしていた最中、突然闇の中に何かが踏み込んできた。

 空間把握(マップサーチ)を使えば正体は分かるが、面倒臭い。

 どうせこの闇の中では何も、自分自身さえ見えないのだ。

 そのうち恐怖で逃げ出すだろう。

 僕は丸まって目を瞑った。眠れなどしないがただ、目を瞑った。

 

 …………

 ………………

 ――なんで、まだいるんだろう。こんな意味わかんない場所に……早く帰ってくれないかな……

 

 もう誰かが闇の中に入ってきてから一時間以上経っている。

 何も見えない、何も触れない、何の匂いもしない。

 そんな得体の知れない真っ暗闇にいて、何故逃げないのだろうか?

 もしかして迷っているのか?

 だとしたら、なんでここに入ってこれた?

 空間魔法が使えなければ入ってなど来れないはず、でもそれなら迷うわけが無い……

 少しだけ、ほんの少しだけその誰かに興味が湧いた。

 せめて顔だけでも見てから外に出してやろうと。

 そう思い、真っ暗な空間を適当な草原へと作り替える。

 

「…………なんで、ベルテさんが……」

 

 暗闇に踏み込んできた誰か、ベルテはまだ目視できないほど遠くにいる。

 だが間違えるはずは無い。

 薄緑の体毛に猫人族と人族のハーフという種族。

 ここにいるはずのない人がいた。

 僕は葛藤する。

 逢いに行きたい。今すぐにでも抱きつきたい。

 でもそれとは別に、あの時のアランのように冷たい目で、軽蔑するような目で見られたら。

 それこそ、考えたくないくらい怖い。

 ただベルテの元へ行きたいと、そう思うだけで行けるというのに、どうしても最後のひと押しが出来ない。

 とぼとぼと、数歩だけ歩いてその場にへたり込む。

 怖くて自分から歩み寄るなんてとても出来そうにない。

 だから彼女との空間を少しずつ狭めながら待ち続ける。

 

「……じょ……さま…………」

 

 次第にベルテの声が聞こえ始める。

 もう少し近づければ……

 

「お嬢様ー!トワお嬢様ー!」

 

 僕は走り出していた。

 呼んでくれた。探し出してくれた。

 まだ出会ってもない、知らないはずなのに、僕のことを呼んでくれた。

 暗く沈んでいた心に、確かな光が見えた。

 

「はぁ……はぁ……」

「ッ!お嬢様!」

 

 ベルテは僕を見つけた途端、駆け寄り強く抱き締めてきた。

 声にならない声が漏れ出て、流れ出た涙がベルテの肩を濡らす。

 

「見つけました……見つけましたよ、お嬢様」

「…………な……」

 

 声を出そうとしても、嗚咽に邪魔されて言葉に出来ない。

 しかしベルテは僕が言いたいことを全て汲み取り、優しい声で説明し始める。

 

「お嬢様の助けてという声が聞こえた気がしたんです。

 そうしたら、未来の記憶のようなものが見えてきて、お嬢様に逢いたい、探さなきゃって……

 ちゃんと、見つけられました!」

「……あ……ぁ……」

「はい……愛しています、トワお嬢様」

 

 そこからはもう泣いて、泣いて、ただずっと泣き続けた。

 誰も僕のことを覚えていなくて、誰にも頼れなくて、死ぬことも許されない。

 そんなどうしようもない世界で、ベルテは僕を見つけてくれた。

 優しい声で、愛してると言ってくれた。

 やっと……救われた……

 

 

「何が……あったのですか?」

 

 涙が枯れたことでようやく落ち着き、今はベルテに膝枕されて頭を撫でられている。

 そしてそのままの体勢で、全てを打ち明ける。

 

 転生者だということ。(トワ)としたくも無いお別れをさせられたこと。時間が巻き戻って全てが無かったことにされたこと。魔法や血を抑えられなくて人をたくさん殺してしまったこと。

 全部から逃げて、閉じこもっていたこと。

 

 その全てを聞いた上で、ベルテはこう言った。

 

「私は何があろうと、お嬢様を愛しています。今もこれからも、ずっと……例え死んでも、お嬢様だけを愛し続けます。

 だからもう、独りではありませんよ」

 

 ベルテには、トワが殺人を犯していることなどどうでもよかった。

 逢う前から好きだという気持ちが溢れ続けていて、いざその時になれば、その気持ち以外は全て消え去った。

 愛している、愛おしい。

 他にも色々な愛を囁く言葉はある。

 だけどそんなものでは到底表しようのないほどに、トワという少女の全てを愛している。

 これから一生、たった二人きりで死ぬまで一緒に暮らし続ける。

 その想いだけがひしひしと心を埋めつくしていた。

 

「僕も、ベルテさんを愛してます。ずっと一緒にいてください」

「はい、ずっと……嫌だと言われても離れませんからね」

 

 この日、僕とベルテは結ばれた。

 時間という、本来であれば流されるままの大きな力に逆らって、二人の愛は激しく絡み合った。

 

「それで、ベルテさんはどうやってここに?普通なら誰も入れないはずなんですけど……」

「それでしたら、優しい血の御方が導いてくれましたよ」

「え、血!?」

 

 血。そう言われて思い浮かべるのは、僕の体の中から溢れ出して暴れ回った化け物の姿。

 ただ触れるだけでその肉体は弾け飛び、全てを肉塊へと変える化け物。

 よく見ればベルテの指先が赤く染まっているが、それ以外は特になんともなさそうに見える。

 

「だ、大丈夫なんですか?痛かったりとかは……」

「いえ、なんともありませんよ」

 

 あの血の化け物の効果はベルテには効かなかった。

 理由は分からないがそういうことなのだろうか。

 ただ無事ならそれでいい。

 空間を作り替えて川から水を引っ張ってくる。

 それでベルテの手を洗い、ようやく安堵の息が出る。

 

「ところでお嬢様、先程転生者だと言ってましたが、本当のお名前は?

 トワというのは妹さんのお名前なんでしょう?」

「ああそれなら……えっと……あれ、なんだっけ?」

 ――僕の名前……トワ、じゃないんだっけ?他に名前なんて……知らない……

「……トワ、で。これからもトワって呼んでください。昔の名前は、忘れちゃいました」

「そうですか。分かりました、トワお嬢様!」

 

 ベルテと二人きりの生活。

 それの前では本当の名前など、些細なことに過ぎない。

 引っ張ってきた川のそばに小さな洞窟を作り出す。

 これからは、ここが二人の愛の巣だ。

 

 

 

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