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7-5 愛する人への想いと記憶の矛盾

◇◆◇からベルテの視点へと移っております。

 

 

 ピチャン……ピチャン……

 

 誰もいなくなった広場に、僕の足音だけが響く。

 真っ赤に染まった床はヌルヌルしていて、気をつけて歩かなければ滑って転んでしまいそうだ。

 足元の、踝あたりまで溜まった血をすくう。

 それはさっきまで僕を殺そうとしていた人たちのもの。

 恨んでなどいない。むしろ、こんなふうにしてしまって申し訳ないと、罪悪感が重くのしかかる。

 でも時は戻さない。もう、誰とも関わりたくないから……

 

 僕は異空間を開いて、その中へ姿を消した。

 これで誰も、僕を見つけられない。

 死ねない一生を、ずっと一人きりだ。

 

 ◇◆◇

 

 ……誰か、助けてよ……

 

「え?」

「ちょっとベルテちゃん?どしたん?」

 

 ――なんでしょうか、この感じ……

 今すぐに行かなきゃって……そんな感じの。

 でも、どこに?なんで?分からない……

 

「……あれ?スプーンはどこに?」

「ちょっと、ほんとにダイジョブ?さっきポロッと落としてたじゃん、はい」

「あ、ありがとうございます……ねえニヴィちゃん、ちょっと聞いてもいいですか?」

「ん?モッチよ!」

   

 ニヴィちゃんは私の友達。

 人族からは嫌われているけど、この子は猫人族だからでしょうか。私にも仲良く接してくれます。

 

「あの……白い髪の女の子って知ってますか?」

「んーんー?……分かんにゃい。村のおばあちゃんくらいしか知らにゃいよ。でもおばあちゃんは女の子(おんにゃにょこ)じゃにゃいし……」

「そう……ですよね」

 

 ベルテの中で不安感が募ってゆく。

 それは瞬く間に大きくなってゆき、最早焦っているような感覚さえある。

 

「そにょ子がどしたん?」

「……とっても逢いたくて、胸が締め付けられるみたいな感じで……でもその子の事は、知らないはず、なんですけど……」

「わー!にゃにそれー!恋じゃにゃい!ステキー」

「こ、恋!?私が?そんなまさか……」

 ――顔も知らないし、そもそも女の子に恋だなんて……でも、そう考えたらとても温かい気持ちに……

 

 ベルテはトワのことを何も覚えていない。

 時間が巻き戻っているのだから、知らないと言った方が正しいかもしれない。

 だが、彼女のその想いが、時間という大きな流れに逆らおうとしていた。

 

「ベルテー!ここにいるか?」

「あ、はい!ここに!」

「指名だ。こい」

「ありがとうございます。すぐに行きます!」

「ガンバー!いいご主人様だといいにぇ」

 

 ベルテはニヴィに笑顔で手を振り、食事場を後にした。

 てくてくと奴隷商のテント内を歩き、何度か来たことのある奥の小部屋、面接会場と呼ばれている場所へ向かう。

 

 ――結構沢山いる……私だけじゃなかったんですね。きっと今回も無理……ですかね。

 

 食事場で呼ばれたのがベルテ一人だったため、もしかしたらと期待したがそんなことは無かった。

 大勢の奴隷と競うのであれば、醜い混血種と蔑まれるベルテは、いつも真っ先に落とされていた。

 小さく溜息をつき、暗く沈んだ顔で面接会場の扉をくぐる。

 しばらく待機を命じられ、端の方の空いているスペースにちょこんと座る。

 

 ――はぁ、嫌な視線……端っこに座っているんですから、そんなに睨まなくてもいいじゃないですか。

 

 ベルテは心の中でそう呟く。

 人族からの侮蔑の視線が不快だが、そんなことは決して口には出せない。

 いじめに発展したらきっと誰も助けてはくれないだろうから。

 人族以外には嫌われている訳では無いが、別に好かれている訳でもないのだ。

 波風立てないように、出来るだけ小さくなってその場で待つ。

 

 ガチャっと音がして扉が空いた。

 客は人族が殆どなため、選ばれないと分かっていても期待はしてしまう。

 どうか人族以外のお客様でありますようにと。

 だがそんな願いは届かず、今回の客も人族だった。

 

 ――……残念。今回もダメですね。

 えっと、今回のお客様は、成人したてくらいの、そこそこかっこいい男性ともう一人……あれ?一人、ですね……

 

 面接会場に入ってくるのは一人の男性。

 奴隷商が一緒にいるため厳密には二人なのだが、ベルテにはもう一人、別の客が入ってくるはずだと思っていた。

 何故そんなことを思ったのか、少し疑問に思いながらも自己紹介の番が回ってくる。

 

「ベルテと申します。家事全般なんでもできます。

 旅をするのであれば、馬の世話から御者まで問題なく可能です」

 

 言い慣れたセリフがスラスラと口から出てくる。

 今回もこれを言ったらいつもの部屋に戻される。

 そうなるはずなのに、今回は違うと、何故かそう思えてしまう。

 

 ――さっきから何か、変……えっと、この後は確か、お客様が誰を選ぶか相談して…………相、談?誰と?

 

 客の男性は今一人で悩んでいる。

 二人選ばれるようで、一人は虎人族の男性、ネジャロと名乗っていた者が選ばれている。

 

 ――ここで私が選ばれた、はず?

 どういうこと?これは、何?記憶……私の、記憶なんでしょうか?

 

 ベルテの視線は、客が座るソファの空間、誰もいない空間を捉えている。

 

 ――あそこに、ブラックウルフのお面を付けた方が……いない。

 なんで、いない?私はその方に選んで貰ったはず……誰?誰でしたっけ……

 

 客の隣に座っているはずの人。

 その姿が浮かんでは消える。もう喉元まで出かかっているのに、思い出せない。

 

「あ、あの!」

 

 気づいた時には声を上げていた。

 いきなり大声を出したベルテに客だけでなく、その場にいた全員の視線が刺さる。

 

「ッ!?あ、えっと……」

「ベルテという名前だったよね。何か用かな?」

 

 客は意外にも、人族であるのにベルテに優しく声をかけた。

 この機を逃す訳にはいかないと、再び声を上げる。

 

「あ、あの、お客様のお名前を……お聞きしてもよろしいでしょうか?」

「ああそっか、名乗ってなかったね。

 僕はアランだよ。行商人だ」

 

 ――アラン様……ネジャロ、ベルテ。

  あともう一人、誰?絶対に、絶対に忘れてはいけない人。私の、大切な人……!

 

「アラン様!あなたの他にもう一人……そうだ、白い髪。白い髪の女の子はいないのですか?」

「白い髪?ああ、あの人殺しの女の子の事か。あの子を神殿に連れていったせいで仲間だと思われて大変な目にあったっけ」

 

 ――やっぱり!これは、私の記憶……未来の、記憶!

 でも、人殺し?どういうこと……

 

「その方の、お名前は?」

「……トワって名乗っていたね。

 何でも、処刑が行われたらしいけど、それを見ていた人があれは悪魔だって言ってたね」

「え……処刑……死んで、しまったのですか?」

「さあ。何度殺しても復活したって言ってたけど、本当かどうか。

 だってそんなことありえないだろう?」

 

 ――復活した……まだ、間に合うかも!

 

「アラン様!どうか私を買っては下さいませんか?何でも、何でも致します!少しではありますが火魔法も使えます。きっとお役に立ってみせます。だからどうか!」

 

 ベルテは必死に頭を床に押し付ける。

 他の奴隷たちも奴隷商も、頼み込んでいるアランにさえ引かれているのが分かる。

 それでも、どうしても外に行かなければならない。

 大切な人、愛している人を探さなければならない。

 何故そんなに愛しているのかは分からない。

 でもその少女、トワのことだけは失ってはいけない。

 そう確信している。だから必死に頼み込む。

 奴隷商が怒り気の混じった声で戻れと言っている。

 それでもここは、絶対に戻らない。

 

「……全く。申し訳ありません、お客様。

 このベルテはいつもはもっと大人しい性格なのですが、急に……

 ですが、他の奴隷よりも出来ることは多いですよ。

 顔さえ隠してしまえば他の獣人族と対して変わりませんし、値段もお安いのですが……いかがでしょうか?」

「んー……彼女の値段は?」

「ッ!本来であれば銀貨二枚なのですが、ご迷惑をおかけしてしまったお詫びとして、銀貨一枚と銅貨七枚でいかがでしょうか?」

 

 奴隷商も、18年も売れ残っているベルテをこの機に売ってしまおうと値下げする。

 ベルテにとってはありがたい援護射撃だ。

 

「……他の奴隷たちの値段は?そうだなぁ……彼女とか」

「アレでしたら四倍以上、銀貨七枚と少しですね」

「そうか……うん、分かった。ベルテを買うよ。ベルテとネジャロ、この二人を貰おう」

「ありがとうございます。只今書類を持って参りますので、しばらくお待ちください」

 

 ベルテは選ばれた。

 必死の願いと奴隷商の援護射撃によって、トワに一気に近づいた。

 ただまさか、本当に選ばれるとは思っていなかったので、目を見開き、開いた口が塞がらなぬまましばらく固まっていた。

 

「ッ!あ、ありがとうございます!本当に、ありがとうございます!」

「いや、僕としても予算は抑えたかったから、値下げもしてくれたし買う他ないよね」

 

 あのタイミングで値下げをしてくれたこと、感謝してもしきれない。

 後でお礼を言いに、頭を下げに行こうと、ベルテはそう考えていた。

 だがその前に、一つの難所が待ち構える。

 

「それはそうと、なんで君はトワという 子のことが気になったの?

 それに、なんで僕と一緒にいるって思ったの?」

「……そ、それは……」

 

 アランは、トワを神殿に連れて行った結果大変な目にあったと、そう言っていた。

 それに、その口調からもトワの事を嫌っているのが伝わってくる。

 返答を間違えるのだけは避けなければならないのだが、何も考えが思いつかない。

 

「えっと、……」

「……まぁ大方、外で顔でも見て惚れたとかだろうけど、あの子は殺人を犯したんだ。やめておいた方がいい」

「え……あ、そう……ですね。申し訳ありません」

 

 アランは、ベルテが言いにくそうに黙っていた事で同性愛者だと勘違いした。

 それはトワのことに限っては間違ってはいないし、助かった訳なのだが、奴隷が主人に嘘をついた。

 つまり、バレたら終わりだということを意味する。

 アランから浴びせられる視線に冷や汗が止まらない。

 だが、奴隷商が書類を持って戻ってきたことで救われた。

 

 ベルテとネジャロはアラン所有の奴隷として契約され、その身柄は無事引き渡されることとなった。

 

「じゃあ、もうすぐにアウロ・プラーラに行くつもりだけど、何か生活必需品とかってある?」

 

 ――え、もうすぐに!?まだトワ様に会えてない!

「今日一日だけ……自由な時間を頂けませんか?その、女性用の物とかを……いくつか……」

 

 これはかなり厳しい言い訳だ。

 そもそも、奴隷の一人行動を許す主人など聞いた事もない。

 これが無理なら何かほかの言い訳を考えるしかないが――

 

「うーん……そうだね。あんまり男性には見られたくないものだろうしね。

 夜になる前には戻ってきてね。宿屋シングレイにいるから」

「え……あ、はい!必ず!」

 

 ベルテはアランから銅貨を三枚だけ渡されて、一人で街へと繰り出した。

 

 

 

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