SS トワと名付けられた存在の全て
――さようなら、お兄ちゃん。
幸せな時間を、どうもありがとう……
「ッ!?あぁ、よかった。目が覚めた。
いきなり倒れたんだけど大丈夫かい?」
「ええ、何ともないわ……」
何も変わらぬ世界、何も変わらぬ姿。
だが、私の中にいた最愛の兄はもういない。
兄と過ごした時間は、本当に楽しかった。
愛した人と同じ体を共有して、ずっと一緒にいられる。夢のような時間……
だけど、それはもう終わり。
本来の目的へ戻らなければ。
「ファルマ、出てきなさい」
「ナッ!?貴様、創造神様になんという口の――」
「黙ってなさい」
トワは口煩い司祭の時を止める。
「と、トワちゃん?一体何を……」
「何って……ただ神を呼びつけているだけよ。もう少しそこで待っていて」
「…………まだ、何か?もうあなたの目的は果たしたのでは?」
「え!?何、これ……頭に、声が」
ファルマの姿がぼんやりと浮かび上がる。
それはトワだけに見えていて、アランにはどこからか声が響いてくるだけだ。
「目的?それは今から始まるのよ。
ねぇ、お前が働かないせいでこの世界がどうなってゆくのか、知ってるかしら?」
「……いえ」
「そう。繰り返していた歴史のことは覚えていても、未来までは分からないのね。
なら教えてあげるわ。それから私の元に降るか敵対するか、選びなさい」
そしてトワは語りだす。
かつて己の目で見てきた、この世界の行く末を。
◇◆◇
発端となったのは、ある武器が開発された事。
お兄ちゃんの記憶を得たから分かることだけれど、あれは銃、魔法銃と呼ばれるものね。
最初の一丁が出来てからは早かったわ。
瞬く間に大量生産されて、誰であろうと簡単に他者を殺せる道具を手に入れたわ。
それからというもの、今とは比べ物にならないほど多くの人間が魔物狩りを行うのよ。
ただ指を動かすだけで簡単に殺せて高値で売れる。
それに、魔法銃の動力にもなる魔石も得られるのだから、やらない訳が無いわよね。
でもそんなことをしていれば案の定、すぐにダンジョンは枯れたわ。
ダンジョンの次はアウロ・プラーラ。
魔石を溜め込んでいるアウロ・プラーラを標的にして、各国が協力して戦争を仕掛けるのよ。
いくら多くの冒険者がいようと、魔法銃の前では無力。瞬く間に滅んだわ。
そうしたら今度はね、その内輪で殺し合いを始めたのよ。
ついさっきまで協力していたくせに、どこの国が一番活躍していたから多く貰うとか、そんなくだらない理由で。
魔法銃のために、魔石を使って魔石を奪う。
本当に醜い……
まぁ、そんな醜い殺し合いは長くは続かないのよ。
どうも、国同士で魔石を均等に割り当てる、そういう風に決まったらしいわ。
それで終わりだと思ったのだけれど、人間の愚かさは群を抜いていたわね。
しばらくは均衡状態が続いたのだけれど、そんな最中でも武器の製造は行われていた。
そしてある時からね、街でこう叫ぶ人間が現れ始めるのよ。
「我々は強大な国家だ。何故弱小国と馴れ合わなければいけないのか!」ってね。
不穏に感じたから、国同士の会議を覗き観したわ。
そこでは魔石の分配について話し合っていて、弱小国は強大国へ魔石を譲れと、そんな内容だったわね。
当然、弱小国側は拒否していたけれど、武力で黙らされていたわ。
それからまた、しばらく時が流れたわ。
今度出てきたのは兵器。
戦車や戦闘機、最悪な事に核爆弾まで生まれてしまったわ。
弱小国は結託して、一つの強大国を核爆弾で滅ぼすのよ。
そしてこう言ったわ。
「お前らもこうなりたくなければ、全ての魔石を寄こせ」と。
さすがの強大国でも、国丸ごと人質に取られてしまっては従わざるを得なかったようね。
すぐに魔石の譲渡が行われていたわ。
でもね、それからすぐだったわね。
強大国でも核爆弾が作られ始めるのよ。
きっと設計図が漏れ出たんでしょうね。
その後はもう核の撃ち合い。
まともに住める場所なんて無くなったわ。
どう?これがお前が放置した結果、生まれる世界。
クソッタレな世界よ……
◇◆◇
「これで分かったと思うけれど、私は人間を間引くわ。
さあ、お前の答えを聞かせなさい」
トワの話を聞いたファルマは黙っている。
アランは完全に信じている訳では無さそうだが、語られる様が余りに凄惨な世の中で、顔を顰めている。
「……答えを言う前に一つ。何故、今それを行おうと決めたのですか?」
「それって間引きのことかしら?
だったら今じゃないわ。ずっとよ。
ずっと、さっき話した未来でも、何度も戦ったわ。
でも勝てなかった。結果は決まって、魔力が無くなり負ける。
だからお兄ちゃんの魂を手に入れた!
無限の魔力を持つ魂を!」
トワが日本にいる兄の元を訪れたのは偶然では無い。
探し出したのだ。
未来では何度も人間と戦った。
だが、世界中と戦うには魔力が圧倒的に足りなかった。
何度も負けて、死ぬ直前になって逃げる。それの繰り返し。
だから探した。
初めは魔力が多ければ誰でもいいと思い、適当なやつに接触しようと考えていた。
そんな時、母からあることを教えられる。
「地球という星の神は、創り出した魂の保有魔力を確認しないみたいよ」と。
これだと思った。
地球のことを調べれば、その星には魔法が存在せず、魔力などあっても意味が無いため神は放置しているらしい。
すぐさま地球へ向かう。
そこで兄を見つけたのだ。
魂を奪い取って活用するには、絶望させて死ぬ直前に希望を与える、という工程が必要だ。
幸い兄は孤独。
親も友も、親しい存在など誰もいない。
依存させるのはとても簡単だった。
トワは死んでも時間魔法で蘇ることが出来る。
ならばと、近くを歩いていた適当な人間を威嚇し、殺させる。
トワが死んで、兄は予想通り絶望した。
依存させるため常に寄り添って、きっと兄は幸せだったでしょう。利用されているとも知らずに。
だが、兄の幸せは突然失われる。
それに耐えられなかった兄は死を選んだ。
そして、死の間際に兄へ語りかけるのだ。
大丈夫だと、ずっと一緒にいられると。
そうして兄の魂を得て、この星へ戻ってくる。
その瞬間、予期していないことが起きた。
それは獣落ち。
死んだ魂が反転世界で再利用される。
そんな事が起きるなんて知らなかった。
何とか魂の融合だけは済ませたものの、しばらく意識が戻らない日々が続く。
そしてまた、計画にズレが生じる。
意識が戻ったらすぐさま人間を間引こうと、そう思っていたのだが、一緒にいるうちに兄のことを愛してしまった。
もっと一緒にいたい、そう思っているうちにどんどんと月日がすぎてゆく。
だが、別に焦る必要は無い。
もう無限の魔力は手に入れたのだ。
魔力さえ尽きなければ、空間魔法と時間魔法を操ることが出来る存在は最強。
間引くのはもっと後でもいいと、そう考えて兄と一緒の時間を楽しむ。
そして、またもや問題が生じる。
何故か私が、フェンリルの姿のトワが目の前に現れた。
どういうことかと考えて、兄が読んだ物語の中から一つの説が浮上する。
タイムリープ。
もしそうだとしたら、もう一匹のトワを兄の元へ送らなければ、この体は手に入らなかった事になるのか?
そう考えて、再び地球へと向かう。
トワを兄と出会わせ、死んで魂を得て、融合する。
そして次が最後の問題点だ。
世界の時間が巻き戻ってしまった。
全く同じトワという少女が二人存在することがダメだったのか、古いトワは消え、新しいトワだけが残っている。
タイムリープから抜けられない。
でも絶望は無かった。
何故なら、愛する兄と平和な世界でずっと生きていられる。
それはまさに理想では無いか。
だから何百回も同じ時間を繰り返して、幸せな時間を過ごした。
けれど兄の魂は、段々と通常を思い出そうとしている。
ついにはリープする全ての記憶を思い出し、拒絶反応まで起きてしまった。
もう、ここでお別れみたい。
幸せな時間を、どうもありがとう。
これがトワの全て。
利用するだけのつもりだった存在を兄と慕い、愛してしまった一匹のフェンリルの全て。
「さぁ選びなさい、創造神ファルマ。服従か死か!」
「…………」
判明したトワの目的。
二択を迫られるファルマは暫し思考する。
「……私は……――――を選びます」
「そう、分かったわ」
トワは不気味な顔で笑った。
この話の続きは、『無限の魔女様、世界を旅する』の本編が終了した後に続ける予定です。
どうぞお楽しみに٩(ˊᗜˋ*)و