7-2 さよなら……
――転移でどこにも行けないし、異空間倉庫にも何も無い……
全部最初から……
繰り返されてきた歴史全てを思い出し、ズキズキと痛む頭だが、それでも思考を巡らせていた。
――日本から戻ってきて、トワが木陰で倒れて……それから、何があったっけ?
ぼんやりした感覚になって……あぁ、思い出せない!
ねぇトワ!起きてよ、トワ!
私の意識の中で眠っているトワに反応は無い。
それでも、今までとは違って、意識の奥底にいるトワを完全に認識出来ている。
――ねぇトワ!
なんで私は何回も繰り返してるの?
なんで、今になって全部思い出したの?
何を話してもやはり反応は返ってこない。
だが、無視されている訳ではなく、聞こえていないだけだというのはハッキリと分かる。
――……神殿に着くまで私も寝てよう。
そろそろ頭痛に耐えるのも限界になってきたので眠る。
それはもう泥のように眠りこけ、次目を覚ました時はグレイス王国目前だった。
「トワちゃん、そろそろ着くんだけど、身分証って持ってる?」
「え?あぁ、それならここに……ぁ」
つい癖で異空間倉庫の中を探ろうとするが、それは空っぽだ。
「あり……ません」
「それじゃあ、門の前に着いたら作っておいで。
すぐ隣にあるはずだから」
「はい……」
トワは手で髪を梳く。
そこにあったはずの大切なもの、アランから貰った妹を模した髪留めは無い。
皆と築き上げてきた友情も信頼も、冒険者として得た地位も、莫大なまでに膨れ上がった所持金も、全てが無かった事にされた。
数々の、繰り返されてきた歴史の記憶と引替えに。
「身分証の発行をお願いします……」
「はいはうぉッ!?すっげー美人」
「な、なあお嬢さん、仕事が終わったらどこか食事でも行かない?」
「は!?お前、ずりーよ!」
「は!?お前は嫁さんいるだろ!
さっきまで散々自慢してただろうが!」
――はぁ……前回は無かったけど、こんなやり取り何回も見たよ。
発行所の衛兵たちはどちらがトワと食事に行くかと、醜い争いを繰り広げている。
だがそもそも、トワにそんな気は無いのだから叶うはずもないというのに。
「あの……私恋人いるんで、ちゃんと仕事してくれません?」
「え!?あ、ああ……そうだな……」
「済まない……お嬢さん」
トワにはもう相手がいる。
それを聞かされた二人は愕然とし、完全に意気消沈してしまった。
が、一応ノロノロと自分の仕事に取り掛かる。
「……み、身分証です。どうぞ……」
「……どうも」
身分証を受け取ったトワは、フラフラとした足取りでアランの待つ馬車まで戻る。
「大丈夫?ずっと辛そうだけど、まだ頭痛が?」
「はい……多分神殿に行けば、何とかなるんだと思います」
アランは魔力が回復するたび回復魔法をかけてくれているが、全く効果がない。
万能薬のような立ち位置の回復魔法でも、全てを起きる前へと戻す時間魔法でさえ、この頭痛は治せない。
「あなたは……まだみたいですね」
初めて出会った時に、意味深にもそんな言葉を送ってきた創造神ファルマ。
彼女に縋るしか無かった。
「次の馬車、前へ!
身分証と積荷の――――」
相変わらずのザルな検問作業を聞き流し、グレイス王国へ入国する。
そして、二人は積荷も降ろさずに神殿へと直行した。
「すみません!創造神様に祈りを捧げさせてください」
もう歩くのも辛いほどになったトワは、アランに抱きかかえられぐったりとしている。
そんなアランは神殿に着くなりそこそこな大声を上げ、毎回見る司祭に銅貨数枚を渡し、後をついて行く。
奥に通され立派な女神像が見えてくると、アランはその足元まで駆け寄り、トワを下ろす。
力を振り絞って何とか起き上がると、お馴染みの祈りのポーズを取る。
そして案の定、ドサリと気を失って倒れた。
□□■■□□■■
「やっぱり、また来れた」
周回を繰り返す中で、初めて寄った神殿では必ずこの透明な空間に連れてこられていた。
だから今回もここに来れるかどうかという不安は無かった。
だがここからだ。あの頭痛の正体を、ファルマが知っているのか。
トワが辺りを見回していると、スーッとそれは現れる。
「……あなたに会いに来ました。創造神ファルマ様。
前回の、いえ、毎回周回するたびに言っているまだという言葉、それはどういった意味なんですか?
それと私の治せない頭痛、それも関係あるのでしょうか?」
「…………アレが、近いうちにまた来ると言っていましたが、この事だったのですね」
「どう、いうことですか?
私にそんな記憶は……」
ファルマはトワの言葉を最後まで聞かずに、手のように感じられる何かを伸ばしてくる。
そしてそれがトワの胸に触れた瞬間、心の内で眠っていた妹が目を覚ました。
「……何を言っても起きなかったのに、こんな簡単に……
トワ!トワ!僕だよ。ねぇこの頭痛とか記憶とか、その原因は分かる?」
「……そう、やっぱり思い出してしまったのね。
前回から少しおかしな感じはあったから、そろそろかもとは思っていたけれど……本当、いきなりきてしまうのね」
「や、やっぱり知ってるんだね?
ねえトワ、これはどういうことなの?」
「今説明するから、少し待っててくれるかしら、お兄ちゃん……」
そして、僕の返事を待たずして体の主導権が奪われる。
だが、今回は完全に意識を保ったまま、別人に体を動かされているという変な感覚はあるが、全てを覚えていられる。
「前回の約束、覚えているわよね?」
「……はい、要求をなんでも呑む、と」
「ええ、話が早くて助かるわ。
要求は二つ。
一つ、ここと全く同じ世界を創り出しなさい。
二つ、その世界とこっちの世界で、私とお兄ちゃんの魂をそれぞれ分けなさい」
――どういうこと!?ねぇトワ!
離れ離れなんて嫌だよ!!
「ごめんなさい、もう少し待ってて……
それで怠惰な神、返事は?」
「……分かりました。
二つの世界にあなたたち二人の魂を分断したい、それが目的だったのですね」
「ええ、そうよ。
分かったらさっさと準備をしなさい。
私はお兄ちゃんと話をしてるから」
そして主導権が返ってきた。
「何で!?どうしてトワとお別れしなきゃいけないの?嫌だよ!そんなの!」
「本当にごめんなさい。もうこの器が限界なのよ」
「限界?それってあの頭痛の事?だったら我慢するから、一緒にいてよ!」
「それは、無理よ……あの頭痛は拒絶反応の始まり。
元々別の魂を無理やり混ぜ合わせていただけだから、記憶が戻った事で耐えられなくなったのよ。
今は頭痛だけでも、そのうちもっと酷くなるわ」
「酷く……でも、一緒にいたいよ……」
トワも悲しい表情をしているのが分かる。
だが、彼女の意思は固い。
「ダメよ、ここでお別れ……
寂しいのは分かるけれど、今のお兄ちゃんには私以外にも、大切な人が側にいるでしょう?」
「……アランのこと?でも、アランじゃトワの代わりになんて……」
「違うわ。それは私の感情だから、私がいなくなればただの友人に戻るわ。
それよりも……他にいるでしょう?
愛している人が……」
「……ベルテさんの事?」
トワは小さく頷く。
「本当は悔しいのよ。ずっと一緒に過ごしてきて、お互い愛し合っていたのに、別の女にお兄ちゃんを奪われるんですもの。
私がアランを好きになったのは、その当てつけみたいなものね。
まぁ、私には目的があるから、いずれ必ずお別れはしなくてはいけないの……それが今というだけよ」
「……トワ。やっぱり僕は、一人は嫌だよ……」
「大丈夫。お兄ちゃんはもう一人じゃないわ。
寂しくなったらベルテさんに甘えてしまえばいいのよ……」
そしてまた、主導権が奪われる。
「もう準備は済んだかしら?」
「ええ、既に」
「それじゃ、やって……」
「本当に、いいのですか?」
「……早くしなさい!!
私だって、私だって辛いのよ!!」
トワが泣き、大声を上げている。
こんな彼女は見たことがない。
僕は手を伸ばそうとするが、体は動かせない。
「……分かりました。それでは」
その瞬間、僕からトワが離されてゆく。
必死にもがこうとするが何も出来ない。ただ、己の内で声を上げることしか出来ない。
――トワ!トワ!
――さよなら、お兄ちゃん。大好きよ……
□□■■□□■■
「トワ!」
「ッ!?あぁ、よかった。目が覚めた。
いきなり倒れたんだけど大丈夫かい?」
辺りを見回す。
記憶にある、何にも変わらない神殿だ。
自分の姿を見る。
純白紅瞳の少女、トワのままだ。
「……トワ……」
何も変わらぬ世界、何も変わらぬ姿。
だが、その内に、最愛の妹はもういなかった。