表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

66/101

7-2 さよなら……

 

 

 ――転移(テレポート)でどこにも行けないし、異空間倉庫(アイテムボックス)にも何も無い……

 全部最初から……

 

 繰り返されてきた歴史全てを思い出し、ズキズキと痛む頭だが、それでも思考を巡らせていた。

 

 ――日本から戻ってきて、トワが木陰で倒れて……それから、何があったっけ?

 ぼんやりした感覚になって……あぁ、思い出せない!

 ねぇトワ!起きてよ、トワ!

 

 私の意識の中で眠っているトワに反応は無い。

 それでも、今までとは違って、意識の奥底にいるトワを完全に認識出来ている。

 

 ――ねぇトワ!

 なんで私は何回も繰り返してるの?

 なんで、今になって全部思い出したの?

 

 何を話してもやはり反応は返ってこない。

 だが、無視されている訳ではなく、聞こえていないだけだというのはハッキリと分かる。

 

 ――……神殿に着くまで私も寝てよう。

 

 そろそろ頭痛に耐えるのも限界になってきたので眠る。

 それはもう泥のように眠りこけ、次目を覚ました時はグレイス王国目前だった。

 

「トワちゃん、そろそろ着くんだけど、身分証って持ってる?」

「え?あぁ、それならここに……ぁ」

 

 つい癖で異空間倉庫(アイテムボックス)の中を探ろうとするが、それは空っぽだ。

 

「あり……ません」

「それじゃあ、門の前に着いたら作っておいで。

 すぐ隣にあるはずだから」

「はい……」

 

 トワは手で髪を梳く。

 そこにあったはずの大切なもの、アランから貰った(トワ)を模した髪留めは無い。

 皆と築き上げてきた友情も信頼も、冒険者として得た地位も、莫大なまでに膨れ上がった所持金も、全てが無かった事にされた。

 数々の、繰り返されてきた歴史の記憶と引替えに。

 

「身分証の発行をお願いします……」

「はいはうぉッ!?すっげー美人」

「な、なあお嬢さん、仕事が終わったらどこか食事でも行かない?」

「は!?お前、ずりーよ!」

「は!?お前は嫁さんいるだろ!

 さっきまで散々自慢してただろうが!」

 

 ――はぁ……前回は無かったけど、こんなやり取り何回も見たよ。

 

 発行所の衛兵たちはどちらがトワと食事に行くかと、醜い争いを繰り広げている。

 だがそもそも、トワにそんな気は無いのだから叶うはずもないというのに。

 

「あの……私恋人いるんで、ちゃんと仕事してくれません?」

「え!?あ、ああ……そうだな……」

「済まない……お嬢さん」

 

 トワにはもう相手がいる。

 それを聞かされた二人は愕然とし、完全に意気消沈してしまった。

 が、一応ノロノロと自分の仕事に取り掛かる。

 

「……み、身分証です。どうぞ……」

「……どうも」

 

 身分証を受け取ったトワは、フラフラとした足取りでアランの待つ馬車まで戻る。

 

「大丈夫?ずっと辛そうだけど、まだ頭痛が?」

「はい……多分神殿に行けば、何とかなるんだと思います」

 

 アランは魔力が回復するたび回復魔法をかけてくれているが、全く効果がない。

 万能薬のような立ち位置の回復魔法でも、全てを起きる前へと戻す時間魔法でさえ、この頭痛は治せない。

 

「あなたは……まだみたいですね」

 初めて出会った時に、意味深にもそんな言葉を送ってきた創造神ファルマ。

 彼女に縋るしか無かった。

 

「次の馬車、前へ!

 身分証と積荷の――――」

 

 相変わらずのザルな検問作業を聞き流し、グレイス王国へ入国する。

 そして、二人は積荷も降ろさずに神殿へと直行した。

 

「すみません!創造神様に祈りを捧げさせてください」

 

 もう歩くのも辛いほどになったトワは、アランに抱きかかえられぐったりとしている。

 そんなアランは神殿に着くなりそこそこな大声を上げ、毎回見る司祭に銅貨数枚を渡し、後をついて行く。

 奥に通され立派な女神像が見えてくると、アランはその足元まで駆け寄り、トワを下ろす。

 力を振り絞って何とか起き上がると、お馴染みの祈りのポーズを取る。

 そして案の定、ドサリと気を失って倒れた。

 

 □□■■□□■■

 

「やっぱり、また来れた」

 

 周回を繰り返す中で、初めて寄った神殿では必ずこの透明な空間に連れてこられていた。

 だから今回もここに来れるかどうかという不安は無かった。

 だがここからだ。あの頭痛の正体を、ファルマが知っているのか。

 トワが辺りを見回していると、スーッとそれは現れる。

 

「……あなたに会いに来ました。創造神ファルマ様。

 前回の、いえ、毎回周回するたびに言っているまだ(・・)という言葉、それはどういった意味なんですか?

 それと私の治せない頭痛、それも関係あるのでしょうか?」

「…………アレが、近いうちにまた来ると言っていましたが、この事だったのですね」

「どう、いうことですか?

 私にそんな記憶は……」

 

 ファルマはトワの言葉を最後まで聞かずに、手のように感じられる何かを伸ばしてくる。

 そしてそれがトワの胸に触れた瞬間、心の内で眠っていた(トワ)が目を覚ました。

 

「……何を言っても起きなかったのに、こんな簡単に……

 トワ!トワ!僕だよ。ねぇこの頭痛とか記憶とか、その原因は分かる?」

「……そう、やっぱり思い出してしまったのね。

 前回から少しおかしな感じはあったから、そろそろかもとは思っていたけれど……本当、いきなりきてしまうのね」

「や、やっぱり知ってるんだね?

 ねえトワ、これはどういうことなの?」

「今説明するから、少し待っててくれるかしら、お兄ちゃん……」

 

 そして、僕の返事を待たずして体の主導権が奪われる。

 だが、今回は完全に意識を保ったまま、別人に体を動かされているという変な感覚はあるが、全てを覚えていられる。

 

「前回の約束、覚えているわよね?」

「……はい、要求をなんでも呑む、と」

「ええ、話が早くて助かるわ。

 要求は二つ。

 一つ、ここと全く同じ世界を創り出しなさい。

 二つ、その世界とこっちの世界で、私とお兄ちゃんの魂をそれぞれ分けなさい」

 

 ――どういうこと!?ねぇトワ!

 離れ離れなんて嫌だよ!!

 

「ごめんなさい、もう少し待ってて……

 それで怠惰な神、返事は?」

「……分かりました。

 二つの世界にあなたたち二人の魂を分断したい、それが目的だったのですね」

「ええ、そうよ。

 分かったらさっさと準備をしなさい。

 私はお兄ちゃんと話をしてるから」

 

 そして主導権が返ってきた。

 

「何で!?どうしてトワとお別れしなきゃいけないの?嫌だよ!そんなの!」

「本当にごめんなさい。もうこの器が限界なのよ」

「限界?それってあの頭痛の事?だったら我慢するから、一緒にいてよ!」

「それは、無理よ……あの頭痛は拒絶反応の始まり。

 元々別の魂を無理やり混ぜ合わせていただけだから、記憶が戻った事で耐えられなくなったのよ。

 今は頭痛だけでも、そのうちもっと酷くなるわ」

「酷く……でも、一緒にいたいよ……」

 

 トワも悲しい表情をしているのが分かる。

 だが、彼女の意思は固い。

 

「ダメよ、ここでお別れ……

 寂しいのは分かるけれど、今のお兄ちゃんには私以外にも、大切な人が側にいるでしょう?」

「……アランのこと?でも、アランじゃトワの代わりになんて……」

「違うわ。それは私の感情だから、私がいなくなればただの友人に戻るわ。

 それよりも……他にいるでしょう?

 愛している人が……」

「……ベルテさんの事?」

 

 トワは小さく頷く。

 

「本当は悔しいのよ。ずっと一緒に過ごしてきて、お互い愛し合っていたのに、別の女にお兄ちゃんを奪われるんですもの。

 私がアランを好きになったのは、その当てつけみたいなものね。

 まぁ、私には目的があるから、いずれ必ずお別れはしなくてはいけないの……それが今というだけよ」

「……トワ。やっぱり僕は、一人は嫌だよ……」

「大丈夫。お兄ちゃんはもう一人じゃないわ。

 寂しくなったらベルテさんに甘えてしまえばいいのよ……」

 

 そしてまた、主導権が奪われる。

 

「もう準備は済んだかしら?」

「ええ、既に」

「それじゃ、やって……」

「本当に、いいのですか?」

「……早くしなさい!!

 私だって、私だって辛いのよ!!」

 

 トワが泣き、大声を上げている。

 こんな彼女は見たことがない。

 僕は手を伸ばそうとするが、体は動かせない。

 

「……分かりました。それでは」

 

 その瞬間、僕からトワが離されてゆく。

 必死にもがこうとするが何も出来ない。ただ、己の内で声を上げることしか出来ない。

 

 ――トワ!トワ!

 ――さよなら、お兄ちゃん。大好きよ……

 

 □□■■□□■■

 

「トワ!」

「ッ!?あぁ、よかった。目が覚めた。

 いきなり倒れたんだけど大丈夫かい?」

 

 辺りを見回す。

 記憶にある、何にも変わらない神殿だ。

 自分の姿を見る。

 純白紅瞳の少女、トワのままだ。

 

「……トワ……」

 

 何も変わらぬ世界、何も変わらぬ姿。

 だが、その内に、最愛の妹はもういなかった。

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ