7-1 繰り返される歴史
「なんで……どうしてこの世界にいるの?
ねぇ、トワ!」
トワがこの世界で目を覚ました場所、そこにはもう一度会いたくて仕方がない、真っ白な毛並みに真っ赤な瞳の犬の姿があった。
僕は馬車から飛び降り、トワの元へと駆け寄る。
「お嬢様!?一体どうされたんですか?」
「トワ!待って!」
他の3人も馬車を降り、僕を追いかける。
「ねぇトワ!トワなんだよね!
……え」
伏せの体勢で動かない白い犬はどこか悲しげな表情にも見える。
……犬?
否、それは犬ではなかった。
「……フェンリルって、どういう、こと?」
偶然発動した空間把握には、種族:フェンリルと表記されている。
そしてトワは口を開いた。
「お兄ちゃん、この姿で会うのは久しぶりね。
なんで私がここにいるのか、何となく分かっているでしょう?」
トワの声は僕以外、他の三人には聞こえていないようで、いきなり様子がおかしくなった僕の心配をしている。
「分かってる?なんの事?
意味、分かんないよ……」
トワは小さく首を横に振る。
「いいえ、分かっているはずよ。
空間魔法と時間魔法。
転移で行ったでしょう。過去の日本に」
「ッ!?なんで、その事……」
確かに、もしかしたらと思い行ったことはある。
だが、そこでトワの姿は確認出来なかった。
怖かったのだ。
日本には魔法なんてものは無い。
もし、使えなかったら?
またあの血濡れたトワを見る事になる。あの絶望をもう一度味合わなければいけなくなる。
そう囁かれた気がした。
そうしたら、もう一歩も前へ進めなかった。
「知ってるわよ。だって、ずっと一緒にいたじゃない」
「え?でも……僕の中にいるトワとは別の……」
「そんなに難しいことは考えなくていいわ。
そういうもの、そう思ってしまえば楽でいいじゃない」
――トワがそう言うなら、それでいいや。
また会えたんだし、もうなんでも……
トワにとって、僕はとても扱いやすいだろう。
トワに完全に依存していて、例えそれが少しの間別の存在、ベルテに移っていたとしても、姿を見れば元通り。
妹なしでは生きられない兄へと戻るのだから。
「それじゃあほら、行きましょうか、過去へ」
「でもそれだと、トワが死んじゃう……」
「いいのよ。それでお兄ちゃんに会えたのだし。
それに、今は一緒の体にいるじゃない。
こんなに幸せなことは無いわ」
「そっか……トワがそう言うなら、うん。
行くよ、過去に……」
そして僕とトワは過去の日本へ転移する。
トワを、孤独な僕に出会わせるために。
◇◆◇
思えばトワとの出会いは不思議だった。
出会ったその日から仲良が良かったし、施設に毎日遊びに来ていたけど、それ以外どこにいたのか、誰が餌を与えていたのか、何一つ知らなかった。
それに、何故か野良なんだと分かっていたし、それにしては毛並みが綺麗すぎた。
つまりはそういう事だ。
未来の、異世界の私が僕の元へトワを送り続けていたのだ。
そして今も、僕の元へとトワを送る。
独りぼっちで本を読んでいる、つまらなさそうな顔をした少年の元へ、真っ白なフェンリルが駆けてゆく。
そこから僕たちの生活は始まった。
仲良くなり、名前を付け、同じアパートで暮らすようになる。
そして、トワが殺される悲劇が起こる。
トワが真っ赤になってしまった……
でも僕は動かない、動けない。
トワにこれでいいと囁かれているから。
トワがこうしたいなら、その通りにしないと。
次は僕が復讐をする場面だ。
金髪の男二人を見つけて監視する。
山小屋に入っていくところを見て、今が殺すときなのだと覚悟を決める。
二人が泣き喚くのを無視して滅多刺しにして、復讐が終わっても何にも満たされなくて……
トワがいないんじゃ意味が無い。
あの時は本当に苦しかったなぁ……
空っぽになるって本当に辛い。
それで僕は死んだ。
◇◆◇
「…………」
「…………」
「……トワ?そこに……いるんだね……」
「ごめんなさい、私達のせいで」
――日本での僕の幸せも死も、全部トワが仕組んだ事。
でもそれでいい、こうしてトワは蘇ってるし、一緒になれて幸せだから。
「何、言って……ずっと、一緒にいるって約……束、し…………」
「私の魂をあげるわ。これなら今度こそ、ずっと一緒よ。
お兄ちゃん、幸せになって」
――ごめんなさい、お兄ちゃん。
これは嘘。でもね、あなたの魂を貰うために必要な嘘なのよ。
僕の遺体から淡い光が浮かび上がる。
そう、魂だ。
だが、それは反転アウロ・プラーラで見たものとは少し違っていた。
触れられる事には変わりないが、掴んで、形を変えられるようになっている。
僕とトワは、僕から抜き取った魂を持ってクルーラ大陸の、あの木陰の元へと帰った。
――ドサッ
「トワッ!?」
戻ってきた途端、トワは力なく倒れ込んだ。
「本当に、キツいのよね……この感覚。
あのクソ女神のせいで……いつも、こうなるのよ」
そう話すトワの口元からはだらんと舌が垂れ、意識を保つのもやっとといった感じだ。
「お兄ちゃん……その魂、私に入れて……
やり方、は……そっちの私が……」
「ええ、大丈夫よ。今変わったから。
すぐに混ぜ合わせるわね」
私はトワの胸元に手を当て、穴を開ける。
その先に肉や血などは無く、真っ白な空間に淡い光が浮かんでいるだけだ。
そしてその光に、僕から抜き取った魂を合わせる。
初めのうちは反発しあっていた光だが、私が無理やり押し込んで混ぜ合わせる。
「……もう慣れたものね。
さよなら今回のお兄ちゃん。
今回の皆も、さよなら」
時間を止められ、固まっている三人にハグをする。
木陰で横になっているトワに目をやると、先程までの犬のような姿はだんだんと変わり、私そっくりになってゆく。
私の体は、それに合わせるかのように光の粒となり消えてゆく。
そしてついに、トワが完全に私となった時、私は消えた。
「……ん……」
「やあ。起きたんだね。よかった」
「あれ?僕、寝てたんですか?」
「あー、まってまって、起き上がらないで。
その……服が」
「え?」
トワは下を向いた。
服を着ておらず、灰色のローブがかけられているだけだ。
「ちょッ!?なんで服、アラン!なんでもいいから早く、服貸してください!」
「え、ああ、うん。これ……着て」
トワは白い毛織の服を受け取って、それを着る。
――うー……下着を付けないで着るのいつぶりだろ。
ザラザラしてて気持ち悪い。
というか、あれ?
トワはどこに行ったんだろ?
さっきまでここにいたはずなんだけど……
キョロキョロと辺りを探してみても、空間把握で近場を探してみても、トワは見つからない。
何かがおかしいなと思いつつも、服を着たのでアランの元へ出て行く。
「アラン、服着ましたけど、さっきまでここにいた白いフェ……犬を見ませんでしたか?
あ、それにベルテさんとネジャロさんも」
よくよく考えてみればアラン以外、近場に誰もいない。
これは一体どういう事か。
そんな時、
「あの……さっきから僕のことをアランって呼んでいるけど、どこかで会ったことあるのかな?
だとしたらごめんね。覚えてないや」
「……は?」
トワが感じだ何かがおかしいという感覚が大きくなる。
「え、ちょっと待ってください。
僕、ああいや、私の事が分からないんですか?
トワですよ?恋人でしょう?
あんまり、それらしい事はしませんでしたけど」
「トワちゃんって言うのか。
ごめんね、やっぱり覚えてないや。
でも、恋人だって言われるのは嬉しいかな」
「…………」
アランの顔は嘘を言っているような顔では無い。
まだ出会ってから一年も経っていないが、毎日一緒にいればそれくらいは分かる。
本当にトワのことを覚えていない、知らないといった顔だ。
「じゃ、じゃあ、ベルテさんとネジャロさんのことは?」
「うーん……いや、そんな名前の人は知り合いにはいないね」
――なんで……全部、忘れてる?
トワはチラッと視線を左にずらす。
そこには馬車があった。
ただそれは、見慣れた豪華な馬車では無く、かつての小さくてどこにでも売っているような、普通の馬車だ。
「アラン……さん。この馬車ってずっと前からこれでしたか?」
「え?うん。ずっと前って言っても、最近旅商人になったばかりだからまだまだ新しいよ」
アランは気恥しそうに笑っている。
――全部、全部見たことある。
この場所で目覚めて、服を着てなくて、旅商人になったばっかりだってはにかんでいるアランの顔も、全部……
理解してしまった。
過去に戻ってしまったのだと。
その瞬間、今まで繰り返されてきた、トワとして生きた全ての歴史が頭に飛び込んできた。
「な、にこれ……何回、繰り返して……ッ!?
痛い、痛い。頭が……痛いよ……」
「トワちゃん!?」
何百回と繰り返されてきた世界の情報に耐えられなくなり、頭に鈍痛を覚える。
あなたは……まだみたいですね。
そう言っていた神の事が頭に浮かぶ。
――まだってそういうこと……?
それなら、
「アラン、さん。神殿に、グレイス王国の神殿に連れていってください」
「わ、分かった。乗って」
ズキズキと痛む頭を抑え、馬車の荷台に倒れ込む。
そして再び歩み出す、何百回目かの、初めの一歩を。
全てを思い出してしまった主人公。
だが、トワは全て知っていた様子……
この歪な兄妹の旅はどうなるのか?