6-7 一期一会。その先には……
「あらあら、随分と早いのね。
おはよう、トワさん」
「おはようございます、エルマさん。
少し気分転換……みたいなことをしていたのよ」
まだ日も昇ってすぐだというのに、眠気を一切感じさせない顔のエルマが庭に出てきた。
「ネジャロさんに聞いたわ。
この国を守ってくださっただけでなく、攻めてきた敵国を懲らしめてくださったんですってね……」
「エルマさん?」
最早ヴァルメリア帝国から危険は去った。
だというのに、エルマの顔はどこか優れない。
「こんな事を言う資格が無いのは分かっているのよ。
でも、攻めてきた魔物さんたちにも、家族とかいたんじゃないかって考えてしまうと、少し……ね」
――魔物の家族、まあいるでしょうね。
というかいるわ。見てきたのだから。
だとしても、あれは戦争。
攻めてきておいて殺される覚悟が無かったなどと、そんなことは許さないわ。
そしてその覚悟が無かったのは魔物の皇帝。
自分の懐を肥やすために戦争を起こしたというのに、トワに殺される既になって醜くも命乞いをしてきた。
兵のことは捨て駒として扱った癖に、自分は死にたくないなどと言う。
魔物だろうと人だろうと、上に立つ者というのは醜くていけない。
ついつい殺す前になって人の言葉で文句を垂れてしまったほどだ。
戦争をするのなら自分が矢面に立て、それが出来ないのなら何もするな、と。
「敵に家族……ね。
そんなこと考えるだけ無駄だわ。
戦争など、殺すか殺されるかだけなのよ。
今回はたまたま、私が出てしまったから相手が滅びる事になっただけ。
もし知らないフリをしていたら、滅んでいたのはあなたたちよ」
「それは……そうなのかしらね……」
そうだ。戦争など何も生まない。
ただ滅びが待つのみ。
ただ今回は、トワにとって得るものもあった。
それはこの世界でも、兄が生きてきた地球でも変わらないこと。
力をつけ偉くなれば人を使う。
そうしているうちに口だけが達者になり、自分に危害が及ぶ事など考えなくなる。
そしていざ自分の番になれば、何も出来ずに逃げ回るだけ。
知恵と欲望。
この二つが結びつき、混ざり合うと禄なことにならない。
今躍起になって魔法銃の開発を急いているロッゾ皇帝も、そんなことをしなければ天寿を全うできたかもしれないというのに……
――まあそんなこと、今はどうでもいいのよ。
どうせしばらくは完成しないもの。
それより、お兄ちゃんと一緒にいられるこの時間、どう楽しく使うかが重要だわ。
「あらあら、すっかり暗い話題になってしまったわ!
目的は違うのよ。
トワさん、これから日課のお散歩にいくのだけど……どうかしら、一緒に」
「そう、ですわね……」
まだアランもネジャロも、愛する者から離れているというのに、ベルテもぐっすり眠っている。
たまにはこんな時間を過ごすのも悪くは無いだろう。
「ええ、私も行くわ。
本当、今回は珍しいことばかりね」
「あらあら、嬉しいわ!
早速着替えてこなくっちゃ!」
もう歳だと言うのに、エルマはスキップで屋敷へと戻って行く。
そしてものの数分で、貴族とは思えないラフな格好になって戻ってきた。
「さあ行きましょ!
トワさんはその格好でいいのよね?」
「ええ」
トワも寝巻きでは無く、いつもの白いケルグの毛織服へと着替えている。
「ところで……今日はいつもと雰囲気が違うのね?」
――雰囲気……口調の事かしら?
そんなに交流がないから大丈夫だと思ったのだけれど……
適当に誤魔化しておきましょうか。
「そうですか?ただ眠気が抜けてないだけだと思いますけど……」
「そうそう、その感じよ。
こっちの方が可愛らしくて私は好きよ!」
――好き?
お兄ちゃんったら、こんなおばあちゃんまで落としてどうするよ……
仲の良いおばあちゃんとお孫さんだなぁ。
散歩をしている二人を目撃した近くの住人には、こんな風に思われていた。
実際、息子のラウナがなかなか相手を連れてこないから、エルマはトワたちのことを孫同然に感じている。
だが、彼女にとってそんな幸せな時間は、長くは続かない。
何故なら一行は旅をしているのだから。
「ねぇトワ。
一旦故郷に帰ってみようかなって思ってるんだけど、次の国に行く前にいいかな?」
「はい、構いませんよ」
散歩から帰ってきたトワに対して、アランはこう聞いてきた。
つまりエルマとはお別れという訳だ。
「あらあら、それじゃあもう行ってしまうのね……
寂しくなるわ……」
「はい、今までお世話になりました。
ありがとうございます。
僕の本業は旅商人ですので、そろそろお暇させて頂きます」
「そうよね……
ずっと引き止めておく訳にはいかないものね。
分かったわ!でもいつでも戻ってらっしゃい!
せめて、私が連れていかれる前くらいにはもう一度、ね」
「はい、必ず。
美味しいお土産とかも持ってきますので、楽しみにしていてください」
本来、この世界の旅は一期一会になることも少なくない。
地球のように移動手段が発達していない世の中では、移動に長い年月もかかるし、魔物や盗賊に襲われることもある。
トワの魔法を知らないエルマにとって、この別れの意味は想像以上に大きい。
だからだろうか、エルマやメイドたちは涙を流し、アランたちもそれに釣られている。
が、トワには響かなかった。
現在、表に出ているトワは妹の方だ。
彼女にとって、兄やその仲間の人以外は基本どうでもいい。
ロセウス子爵家の人々ではまだその域にまで達していない。
というか、達することは無い。
どうせいつかは敵になるのだから。
迷わない。そう、迷う事は無いと覚悟を決めていたが、少し気に掛ることもある。
――何故敵であるはずの魔物の事を悼んだ?
その同情は本心か、見せかけか。
もし本心からの同情で、本気で戦争を憎んでいるのだとしたら……コイツは殺さなくてもいいのかしら?
トワはエルマを凝視する。
その心の内を探るように。
だが、それはすぐに辞めてしまう。
――まあいいわ。その時になってもう一度問うてみればいいでしょう。
「トワさんも、お強いのは十分に分かっていますけど、油断とかしちゃダメよ。
まだ若いんだから、私より先に逝くなんてことは許しませんからね」
「……大丈夫ですよ、エルマさん。
私が死ぬなんて事はありえませんから」
エルマは少し驚いた顔をした後、クスッと笑う。
「そうね、お強いものね。
でも油断大敵、よ!」
「はい、分かっていますよ」
そして、一行がヴァルメリア帝国を経つ日になった。
ロセウス子爵家の皆々は、全員で手を振って見送りをしてくる。
「それでは、出発致します」
人目があるところでは妹が表に出ているので、トワとイチャイチャできずにベルテはかなり不満そうだった。
毎晩胸焼けするほど熱い行為に及んでいるというのに、日中も我慢出来ないようだ。
仕方なく、顔を隠して御者台に座るベルテの横に着いてやる。
ただそれだけだというのに、ベルテの機嫌は最高潮まで登り、背もたれの陰で手を繋いでくる。
このまま検問を通ることは出来ないので、人目のつかない路地まで進み転移。
場所は、トワがアランと初めて出会った木陰のそばだ。
「そっか、ここにも来れるんだね。
懐かしいな、もうあと数ヶ月で一年になるんだね……トワ?」
「……なんで、ここに?」
その木陰には、どういう訳か見慣れた姿があった。
これにて第六章、完結です\(^o^)/
新規登場人物も、名前の無い魔物たちばかりなのでそのまま第七章に入りたいと思います。
そして第七章では、この物語の根幹へと迫ってゆきます!