6-4 理外の力
「すぐにアウロ・プラーラに……あ、でもモノアイさんは自分の世界に戻っててください。
あそこを廃墟にする訳にはいきませんから」
「了解した」
トワは焦っていた。
自分たちが倒した魔物が通常世界で暴れているのではないかと、そして何より、厳重な警備で守られているはずのブラキティラノが復活している可能性も高い。
もし復活していたとして、ほかの魔物も暴れていたとして、冒険者たちは生き残れるのだろうか?
そんな考えがぐるぐると頭の中を駆け巡っていた。
「ネジャロさん、アウロ・プラーラに飛びますよ。
すぐに戦いになるかもしれないので……気をつけて」
「おう、大丈夫だ」
トワはモノアイの家を開いた後、ネジャロと共にアウロ・プラーラへと転移した。
「なに……これ?」
戻って来たアウロ・プラーラはまさに地獄だった。
数多の魔物が跋扈し、建物は倒壊し、人は死に絶えている。
それは、トワが予想していたものを優に超える被害だ。
「お嬢、とにかく魔物を減らすぞ!」
「は、はい……そうですね」
声の感じから焦りは伝わってくるものの、冷静に振舞っているネジャロはトワを扇動し魔物を蹴散らす。
そんなトワも、負けじと視界内を埋め尽くす魔物どもを爆散させてゆく。
二人は、かつてその場で戦っていた者たちが苦戦していた相手をいとも容易く屠り続ける。
すると、大量の亡骸も見えてくる訳で……
「こんなに……たくさん。
みんな、みんな……死んでる」
「お嬢、今は見るな!
生き残ってるやつを助けるのが先だ!」
トワも分かっている。
今は死んだ者を悼むより、生きている者を救うべき。
だが、それが自分のせいで引き起こされた事だとしたら?
分かっていたとしても目をつぶることなんて出来なかった。
トワは周りを見渡す。余りにもその死んだ者が多い。
右を見ても左を見ても、前を見ても後ろを見ても、どこを見ても遺体が目に入る。
そしてその中に、よく知る赤いプレートが見えてしまった。
「…………こ、れ」
トワは頭の無い遺体に歩み寄り、ただ呆然と立ち尽くす。
そんなことをしていれば当然魔物に囲まれるが、只の一体たりとも触れることは叶わない。
「……この鎧、リーダーの人……」
その頭の無い遺体は、かつて第三ダンジョンで見た鎧を着て、剣を握っている。
邪魔な魔物を消し飛ばし、周りをよく見てみれば、いくつも見覚えのある遺体が目に飛び込んでくる。
アウロ・プラーラで出会い、仲良くなった人の多くがここで殺されていた。
「………………」
トワの意識は途切れた。
「お嬢!おいお嬢!どこ行った?」
トワが見つからない。
目をつぶっていても分かるほど派手な魔法を連発するトワが、全く見つからない。
もし魔法を使っていない、使えない状況になっているのだとしたら、小さな少女をこの混沌とした最中で探すのは困難だ。
だが、悩んでいても状況が良くなる訳では無いので、とりあえずシュヴァルツを振り回す。
その時、最早聞き慣れた破裂音が響いた。
「お嬢!そっちか!」
行く手を遮る魔物を切り飛ばし、音の方向へ突き進む。
ようやくいつもの白い姿を捉えるが、纏っている雰囲気が違う。
「お嬢?どうした、大丈夫か?」
こんな場所だ。
辛い感情に押し潰されそうになるのは分かる。
が、トワの表情は酷く冷たく、足下に横たわる遺体を見る目は、まるでゴミでも見るかのようだ。
ネジャロの声に気づいたトワがパッと顔を上げる。
その顔は、先程までの冷たい顔では無く、いつもの明るい顔だ。
ネジャロは自分の勘違いだったと安堵する。
「あら、久しぶりね。
こうして話をするのはいつぶりだったかしら?」
勘違いでは無かった。
その雰囲気は、かつてアウロ・プラーラや、最近だとヴァルメリア帝国の皇帝と会った時にも見た。
あの不気味なものだ。
「前々から思ってはいたが、あんた誰だ?お嬢じゃねぇよな」
「私?私はトワよ。いつも一緒にいたじゃない」
「……外側だけならそうかもしれねぇが、いつものお嬢なら知り合いが死んでるってのに、あんな冷たい顔はしねぇ」
整った顔が不気味に笑う。
いつもなら人々を魅了する可愛らしい笑顔であるのに、今は底知れぬ恐怖感を煽られる。
「……そうねぇ。確かに、優しいわよね。
コイツらが死んだのは自分のせいだなんて考えていたけれど、それは違うわ。
だって、弱いから死んだだけだもの」
トワは冷たく言い放ち、足下の遺体を蹴飛ばす。
「まあ、そんな優しいところも好きなのよね」
うっとりとした表情で自分の体を抱きしめるようにしているが、以前にも増して不気味さが際立つ。
「マジで、お嬢じゃねぇよ!
誰なんだよ!お嬢に体を返せ!」
「……今は無理ね。いつも落ち込んでしまうのよ。
とっても愛らしいけれど、このままにしておくのは酷だから、助けてあげるの」
そう言って、警戒するネジャロの目の前で目を瞑る。
「普段から使っている攻撃魔法……20メートル程度までしか届かないと思っているようだけれど、本当は違うのよ」
「……何、してんだ?」
ゆっくりと赤い瞳が開かれる。
「本当はね、こんなに便利なのよ」
トワの瞳が完全に開かれたと同時に、辺りの魔物が全て爆散する。
その音はどこまでも続き、国中至る所から血柱が吹き上がる。
数秒で音は鳴り止み、その場は静寂に包まれた。
そして、遅れて血の雨が降り注ぐ。
「……化け物が」
「ふふっ酷いわね、化け物だなんて。
助けてあげたんだから、感謝するべきでしょうに。
さて、後はアレね……」
トワの視線の先には、先程弾け飛んだばかりのくせに、既に完全体となって復活しているブラキティラノがいる。
「本当にいつもいつも面倒ね。
でも、今回はいいものを捕まえてるみたいじゃない。
遠慮なく使わせてもらいましょう」
ブラキティラノの目の前に転移し、異空間を開いて放り込む。
その先には、数分前まで一緒にいたモノアイがいる。
「一つ目、このデカブツの魔力を吸い尽くしなさい。
かなりの量が有るけれど、お前なら問題無いはずよね」
「……お前は、トワでは無いな。
誰だ、トワをどうした?」
「はぁ、またその質問?もう聞き飽きたわ。
私はトワよ。ああいえ、私がと言うべきかしらね」
「お前が、だと?それはどういう」
「そんなことはどうでもいいから、さっさと仕事をしなさい。
この後にもやることが残っていて忙しいのだから」
納得出来ていないモノアイだが、トワに威圧され大人しくブラキティラノに取り付く。
するとみるみる魔力が奪われてゆき、傷の回復が遅くなる。
そしてついに、一切の回復が出来なくなった。
「ご苦労さま、この事は話題に出さないように」
モノアイに適当に命令を下し、魔力が無くなってボロボロと崩れてゆくブラキティラノから魔石を抜き取る。
もうそれは一生復活することは無い。
適当に異空間倉庫へと放り、次は神殿へと向かう。
「創造神ファルマ。怠惰な神よ、出てきなさい」
「…………」
ファルマはトワの呼び掛けに答えない。
ならばと、女神像を破壊する。
「……何故、そんなに怒っているのですか?」
「やっと出てきましたね。何故怒っているか、ですって?
お前のせいでお兄ちゃんが悲しんでいるからよ」
「……私のせい?何のことでしょうか?」
「とぼけないでもらえるかしら?
魂の再利用。いくら新しく作るのが面倒だからって、手を抜きすぎよね。
それに、――――もそう。
地球の神よりマシだけれど、これもお前の怠惰が招く結果よ」
魂の再利用。
それは、通常世界と反転世界で死んだ者を、ダンジョン内で獣として再利用するというもの。
それを仕組んだのがこの創造神ファルマだと言うのだ。
「……そう、知ってしまったのですね。
確かに、それなら私を怠惰な神と呼ぶでしょうね。
それで、何が目的ですか?」
「お前の能力を貸しなさい。
それで今回起きたことを無かったことにするわ。
それと、お前はもう一つ。
今反転世界に向かおうとしている魂を全て回収して来なさい。
誰一人、獣に落ちる前に」
「はぁ、分かりました。
只今に限り、私の能力を行使することを許します」
ファルマが語りかけると、トワの体が淡く光り始める。
「私はこれから魂の回収に向かいますが、これで今回のことは水に流してくれるのでしょうか?」
「まさか。もう一度、きっと近いうちにお前の元を訪れるわ。
その時に、私の要求を全て呑みなさい。
それで許してあげるわ」
「……全ては無理ですね」
「そう。なら今ここでお前を殺して、私が神になってもいいのだけれど?」
ファルマはトワを睨みつける。
神に喧嘩など売れば天罰が待ち受けているだろうが、何も起こらない。
何故なら、ファルマはトワには勝てないことを悟っているのだ。
「……分かりました。それで構いません。
それではまた後ほど」
ファルマは姿を消し、反転世界へ魂を回収しに行った。
トワは時を待つ。
この地全ての人間の魂が、己の器へ戻るのを。
やがて、あちこちに散らばる遺体の上部に、淡い光の玉が現れる。
それがその者の魂だ。
それを確認したトワは魔法の構築に掛る。
全てを巻き戻し、何も無かったことにする魔法。
だが、それだと器に壊れた魂が宿ってしまう。
そのために、ファルマを魂の回収に行かせた。
壊れた魂が宿る前に、元の魂を強制的に植え付ける。
アウロ・プラーラの景色が歪み、魔物の死体は消え、崩れていた建物が直ってゆく。
失われていた命は再び灯り、何事もなかったかのように動き出す。
誰も知らない。誰も覚えていない。
このような惨劇があった事など、トワとファルマを除き誰も覚えていない。
そう、何も起きていないのだから。
「これが、あなたの力なのですね……」
すっかり元通りとなった神殿にファルマが帰還し、再びトワの前に現れる。
「ええ、そうよ。
魂を植え付けたのだけはお前の力だけれどね。
それでも、これは私の力。
私がずっとずっと追い求めてきた、誰も手出しの出来ない理外の力。
長生きしたかったら、私の元に降ることをお勧めするわ」
「そうですね。考えておきます」
トワはふふふと不気味に笑い、その場を去って行った。