6-2 再び出会った兄弟。そして……
死んだ人間を蘇らせる時、何故魂が穢されるのか?
その答えがここ、反転世界のダンジョンにあった。
死んだはずの人間が知性を奪われ、まるで獣のように落ちぶれる。
それが耐え難い不快感の正体だ。
今まさにトワの目の前で、ネジャロにその兄、ネリージョが襲いかかろうとただ愚直に突進を繰り返している。
「なぁ、ネリージョ兄さん!
オレだよ、ネジャロだ!
オレの事分かんねぇのかよ!」
ネジャロが必死に呼びかけるも、その声はネリージョに届くことは無い。
一方トワは、ネジャロから死角になる場所である実験をしている。
――ダメだ。ここで生み出された肉体は通常世界のものとは違うってこと……?
トワがしている実験、それは蘇りの実験だ。
こちらで見つけたメラン侯爵の時間を巻き戻しているのだ。
他の人間で試すには少々気が引けるものがあるため、未だ憎悪の感情しか湧いてこないコイツで試している。
――何回やっても途中で消えちゃうか……
ほんの肉片一欠片でも、髪の毛一本でもあれば元に戻せるのだが、ダンジョンの人間を元に戻そうとしても消えるだけ。
その消えた後には淡い光がふよふよと漂っているのだが、それに触れたりすることは出来ても、時間の巻き戻しは効力を発揮しなかった。
「お嬢!こっちに来てくれ!」
ネジャロが呼んでいる。
そろそろ行った方がいいだろう。
だが実験が上手くいかなかったことで、トワの感情は曇っていた。
「どこ行ってたんだ!?
兄さんを、ネリージョ兄さんの時間を巻き戻してくれ!」
「…………えっと、……」
――どう、伝えたらいいんだろう……
ネジャロさんは、きっと私がいとも簡単に蘇らせられると思ってるよね。
やっと再会できた家族……でも、元には戻せない……
そんなこと、どうやって言ったら……
大切な者を喪う辛さは嫌という程分かっている。
脳裏に焼き付いた妹の亡骸。
全てが崩れ落ちていくような、全てが真っ黒に染まっていくような、そんな虚無感。
僕はそれに耐えられなかった。
だから死を選んだ。
じゃあ、ネジャロは?それに耐えられるのか?
トワは下唇を噛み締め、俯く。
口の中に鉄の味が広がるが、そんなことはどうでもよかった。
「お嬢……もしかして、出来ねぇのか?」
「…………ごめん、なさい」
ネジャロはトワの様子がいつもと違うことに気づいたようだ。
だが、トワは謝る事しか出来ない。
こんな無力感は、あの時、血塗れの妹を病院に連れていった時以来だ。
――私、は……強くなったのに。
なんでも、思い通りにできると思ったのに……
神様みたいには、なれないんだ……
異世界に転生して、他者を寄せつけない圧倒的な力を手に入れて。
思い上がっていた。なんでも出来ると。
だがそんな感情は、翼をもがれたかのように崩れ去っていった……
「……そうか。無理、なのか。
お嬢にも出来ねぇ事があったんだな」
ネジャロは笑ってそう言った。
少し悲しそうではあるものの、全くの作り笑いではない事はすぐに分かった。
「なん、で……
なんで笑ってられるんですか!?
やっと会えた家族なんでしょ!?
これから、今まであった事とか話したり、楽しい時間を過ごせるって思ったんでしょ!?
なのに、私の力不足で……」
喉の奥が熱くなり、目から涙がこぼれ落ちる。
――私のせいで期待させた!
私がいるから頼ってきた!
なのに、私にはどうすることも出来ない……
「違うぜ、お嬢。
確かに、ちょっとばかしは期待したさ。
でもな、兄さんはとっくの昔に死んでんだ。
普通、死んだ人間が蘇らない事なんて誰でも分かる。
それに、お嬢がいたからまた会えたんだぜ。
それだけで十分奇跡だ」
ネジャロは強かった。
涙の一滴も見せず、笑顔でトワに語りかける。
だが、トワには分からない。
悲しいはずなのに。今にも死にたいくらい辛いはずなのに。
なのになんで笑顔でいられるのか。
――会えただけで奇跡?なんだよそれ。
次は話したい、一緒に過ごしたいって思うのが普通でしょ!?
私のせいで期待するだけさせて、またどん底に叩き落としちゃったのに……
抑え込んでいた感情が決壊した。
トワはもう話すことも出来なくなり、声を上げて泣き崩れる。
ネジャロは困った様な顔をして頭をポリポリとかいた後、隣に座り込み、トワが泣き止むまでただの一言も喋ることは無かった。
「私には、ネジャロさんの気持ちが分かりません……」
「いいんだよ、それで」
しばらく泣き続け、目の周りを真っ赤に腫らしたトワは決意する。
「でもいつか、時間はかかるかもしれませんけど必ず、お兄さんを蘇らせます」
魂は穢れているのは確実だ。
でも、きっとネリージョさんも弟に会いたがっているだろう。
だからそう言った。
だが……
「いいや、大丈夫だ。
兄さんはここで楽にしてやりたい……」
そう言ってネジャロは立ち上がる。シュヴァルツを手に。
トワは悲しい顔こそするものの、もう何も言わなかった。
当人がそう決めたのなら、部外者は口を挟むべきでは無い。
ネジャロは黒い刃を光らせて、時を止められ固まったままのネリージョに語りかける。
「兄さん、あの時……村が襲われた時に、オレを守ってくれてありがとうな。
でもな、もうなんも心配要らねぇ。
強くなったよ、兄さんよりも……
まぁ、もっと強いのが後ろで泣きそうな顔してんだけどな」
そこまで言って、自分より小さくなった兄と拳を合わせる。
「ほらな、オレこんなに大きくなったんだぜ!
……だから、安心して逝け」
ネリージョと合わせていた拳を下ろし、再度シュヴァルツを持つ。
そしてその刃を掲げ、最愛の兄へ別れを告げた。
「悪かったな、時間取らせて」
「いえ……」
ネリージョの亡骸は通常世界に帰ってから埋葬する事になり、今は異空間倉庫の中に安置されている。
「あの、他の人たちはどうしましょうか……」
ここに来た目的はダンジョン内の人間の救出。
だが、元は死んだ人間で蘇らせることも出来ない。
目的が破綻してしまった。
「そう、だな……
まぁ全員、葬ってやればいいんじゃねぇか?
こんな世界で魔物共に殺されるよりよっぽどマシだろ」
「……そうですね。分かりました」
結局目的を変え、救出から葬るために人間を集める。
第三も集め終わり、第四第五と人々を異空間倉庫に入れてゆく。
「これで全員です。
モノアイさんのところに戻りましょう」
「おう」
そうして、反転ダンジョンから人間はいなくなった。
「終わったのか?」
「はい。一応、全員集め終わりました。
ところで、随分暴れたんですね……」
モノアイの元へ戻ってきたはいいが、栄えていた街並みは破壊し尽くされ、魔物の死体が転がる廃墟と化している。
「ああ、直に吹雪となるだろう。
我らが出会ったあの山のようにな」
モノアイは、ネジャロに任された外で暴れて魔物の気を引くという役割を見事に果たした。
その役割で反転アウロ・プラーラはこんな有様な訳だが……
「先程一応と言っていたが、何かあったのか?」
「それは、中の人たちはもう死んでしまっていた人たちで――」
トワとネジャロは説明する。
ダンジョン内部で見てきたものを。
集めた人々を蘇らせることは出来ないということを。
「そうか。そんなことが……」
「?
あの、モノアイさん?」
モノアイはしばし固まって考え込んでいる。
そしてついに口を開いたかと思うと、
「我らが殺した20万の兵と、この国の魔物共はどうなる?」
「え?どうって……ッ!?」
トワもネジャロも考えが及んでいなかった。
通常世界で死んだ人間が反転世界のダンジョンにいるのなら、逆もまた然り。
「すぐにアウロ・プラーラに戻りま、あ……」
その時、トワが発動し続けていた時間魔法が途切れたことを感じとった。
泣きながら書いてました。
飼っていた犬が死んじゃった時を思い出して、とても辛い気持ちになりました……