5-9 戦後?の処理(因縁) 後編
戦後の利権を要求しに騎士団本部へやって来たトワの機嫌は、少し悪くなっていた。
原因は騎士たちの視線。
それはトワ本人にではなく、ネジャロに集まっている。
しかも、見る限り全てに侮蔑の色が込められている。
――ここは獣人族排斥の思想が強いんだろうね。
ほんと、くだらない……
侮蔑の視線をくれた騎士にお返しとして、大事そうに携えている剣を粉々に破壊してやった。
何の前触れもなく砕け散ったため、騎士たちは激しく動揺している。
――ふん!ざまぁみろ
「お嬢、オレは別に気にしてないぞ」
「いいえ、私が気にするんです!
何も出来ないくせに口ばっかり大きくなって。
見ててムカつきます」
「本当に申し訳ありません。
彼らは皇帝陛下の意を強く受けていますので、獣人族への風当たりも人一倍強いのです……」
「ふん!ますます嫌いになりました!」
トワはぷりぷりと怒りながら廊下を歩いてゆく。
能力を知らない者が見ればただただ可愛らしく映るのだが、オーランやオルストからしてみれば、国の滅亡がずんずんと近づいてくるかの如しだ。
そして、同行する兵士二人は冷や汗をダラダラ流しながらも、ようやく目的の部屋にたどり着く。
「と、到着致しました。
こちらの部屋で騎士団団長殿がお待ちです。
どうぞ、お入りください」
兵士二人が重たい扉を開け、トワとネジャロは特に礼をとるでもなく部屋に入ってゆく。
「ようこそ、お待ちしておりました。
トワ・アルヴロット様、並びにネジャロ様。
私、アイザック・エーリュタロンと申します。
この度は国を救って頂き、誠にありがとうございました」
アイザックは外の無礼な騎士たちとは違い、侮蔑の感情など一切見せずに、腰を深く折り曲げて感謝の意を示す。
――これは本心なのか、はたまた上手く隠しているだけなのか……
目には見えないため多少怒りは静まるものの、まだまだ心を許せるような相手かは分からない。
「アイザックさんは国の外で何があったか知ってるんですか?」
「ええ、これでも組織の頭ですから。
ですが、ここに何用で来られたのかまでは分かりませんでしたけどね」
――知ってるなら要件だけ伝えればいいか。
「ここに来たのは、先の戦いで得た魔物の死体と、それを加工してできた素材の一切を私たちが貰うということを伝えにです」
トワが要求を伝えると、アイザックは少しだけ考える素振りをした後、すぐに了解したと返事が得られた。
「今回、私どもの国は何もしていませんからね。
戦利品はお持ち頂いて構いません」
――お、やけにあっさり。
「じゃあもう用事は無いので帰りますね。では」
「少々お待ちください。
皇帝陛下があなたにお会いしたいそうです。
外に馬車を停めてありますので、」
あることに引っかかったトワは、アイザックの言葉を遮り確認する。
「私に会いたいと言ったんですか?」
「え、ええ。そうですが……」
――やっぱりこいつも同じだったか……
「それでは馬車まで案内させますので、」
「嫌です」
「え?」
あまりにも冷たく言い放たれる拒絶を受け、アイザックは目を丸くしている。
「い、嫌とはどのような意味でしょうか?
馬車はお嫌いでしたか?」
「皇帝なんかに会わないって言ったんです。
そもそも、なんでこっちから行かなきゃならないんですか?
会いたいって言ってんならそっちから来るべきでしょう?」
「た、確かにその通りではありますが、皇帝陛下は特別なお方ですので……」
「特別だかなんだか知りませんけど、顔も知らない弱者に従う気なんてありません!
30分です。
それまでに来なかったら私たちは帰ります!」
アイザックはトワの重要性が理解しているので、迷うことなく部屋を飛び出す。
皇帝陛下にお会いになれば怒りも静まるだろうと期待しての行動だ。
しかし、トワは怒りを鎮める気など更々なく、待つと言ったのはただ文句を言うためだけだった。
◇◆◇
「皇帝陛下!失礼します。
アイザックであります」
王城に着いたアイザックは焦っていた。
トワに30分だけと言われたからでは無い。
どうやって騎士団本部まで連れていくかだ。
「何用だ、アイザック。
貴様がそんなに慌てているとは珍しい」
「そ、その……先日お話があがった赤金級冒険者のことなのですが」
「おお、トワと言う絶世の美女の事だな。
もう来ているのか?」
「い、いえその……」
よい策が思いつかなかったアイザックは嘘をつくことにした。
「怪我、そう怪我をしてしまったようでして、馬車に乗るのも辛いから騎士団本部まで足を運んで頂きたいと……」
「ふむ、そうなのか。
赤金級ともあろう者が情けない話だの」
――何とか誤魔化せた。
だが、皇帝陛下に嘘を……何たる不敬だ。
安堵と罪悪感でごちゃ混ぜになりながらも、何とか馬車に乗せ、トワの元へと連れてゆく。
◇◆◇
「時間内に連れてこれたんですね」
トワはわざわざ二人を立って出迎えてやる。
「アイザック、怪我などしているようには見えんのだが……」
「ええ、たかが20万程度で怪我なんてする訳ないじゃないですか。
あれはアイザックさんの嘘ですよ」
わざわざ立って出迎えたのはこのため。
そう、皇帝に怒られるアイザックを見て笑うためだ。
「ふふふ、それで?
私に会いたかった理由は?」
「ああ、そうだったな。
貴様を騎士団に入れるつもりだったが、気が変わった。
儂の側室にしてやろう
それと、そうだな……実力があるのなら騎士団の団長の座もくれてやろう」
アイザックは、嘘を着いたことでこっぴどく叱られ、あまつさえ団長の座から引きずり降ろされてしまった。
いい笑い話だ。
「側室、側室ねぇ…………
誰がお前みたいなジジイの妻になんかなるかよ、バーカ!
そこの元団長と傷の舐め合いでもするんだな!」
――うーん、サイコー!
何を言われたのか分かってすらいない呆けた顔!いいもん見れたわー。
「さあ、モノアイさんのところに戻りましょうか!」
「くくく、おう」
どうやらネジャロも面白かったようだ。
面白い劇に満足した二人は騎士団本部を後にしようとするが、すんでのところで皇帝が復活する。
「ま、待て!待たんか無礼者が!
この儂を、この儂を誰だと思っておる!」
怒り狂った皇帝がトワの肩に掴みかかろうとするが、刹那の間に生み出された異界の護りで叶わない。
「待ちなさい!」
さっきまで部屋の隅で項垂れていたアイザックも、今は勇猛果敢に扉の前に立ち塞がっている。
いい加減面倒になってきたトワは、舌打ちをした後、皇帝の頭に乗った不釣り合いに豪華な帝冠を粉々に砕く。
「そろそろ自分の立場に気付こうよ。
いい加減ウザいよ」
脅しが効いたのか、皇帝の顔は真っ青で、額には脂汗を浮かべている。
アイザックも腰が抜けたようで、扉の横で座り込んでいる。
邪魔者がいなくなり、二人はようやく外へ出ようとする。
「今は生き延びたようだけれど、残念ね。
ここの国の貴族は全員殺すわ
いつか、だけれどね」
そう、声をかけて……
「お嬢、さっきの貴族は全員殺すってどういうことだ?」
「え?何ですか、それ?」
「いや……さっき部屋出る時にそう言ってたじゃねぇか」
「そんなこと言ってない……と思いますけど?」
確かにハッキリとトワがそう言ったのを聞いたはずだが、言った本人には全く覚えがない様子。
不気味に感じたネジャロはトワの顔をチラッと見る。
その顔には、薄く冷たい笑みが浮かんでいた。
「モノアイさんのところに戻る前に、アランとベルテさんにも状況を説明した方がいいですよね?」
「ん?ああ、そうだな。
あの裂け目の先がどうなってるか分からんし、連れていくにしろ置いていくにしろ、言っとくべきだろうな」
トワは連れていく気でいたが、恐らく裂け目の向こう側には大量の魔物がいるだろう。
本人の意思を尊重した方が良さそうだ。
「という訳で、今から魔物が支配しているかもしれない世界に行ってきます。
私が守るので怪我をすることは無いと思いますが、みんなの意見に従います。
一緒に行きますか?
それとも、一旦残りますか?」
「……戦ってみた感じで、僕の力だけで生き残れると思うかい?」
「無理だな。
普通の魔物と違って知恵もある。
それに、殆どが武器を持っていやがったからな。
ご主人じゃ力不足だろうよ」
「でも、私が守るので大丈夫ですよ?」
「そうじゃないんだよ、トワ。
僕は足手纏いにはなりたくないんだ。
だから今回はやめておくよ。
工場に任せてある素材の分配とかを手伝って待ってるね」
「そう、ですか……」
アランの言い分は分かったが納得はしていない。
そもそも足手纏いだと思った事など一度たりともないのだから。
「私は…………」
すぐに決めたアランと違って、ベルテはかなり悩んでいる。
「私は、一緒に行きたいです!
ですが、戦うことすらできないので、私も……やめておきます」
ベルテは下唇をかみ締め、俯いている。
よほど悔しいのだろう。
「……分かりました。
それじゃあ、私とネジャロさん、モノアイさんで行ってきます。
まあ、長引きそうだったら転移で戻ってくるので安心してください」
何故か今生の別れみたいな雰囲気になってしまったが、別に悲しむ必要などない。
空間を飛び越えられる力があるのだから、会いたい時に会えばいいだけである。
「では、ちょっと行ってきますね」
「気をつけてね」
「無事に、無事に帰ってきてくださいね!
ネジャロ、絶対にお嬢様をお守りするんですよ!」
「だから、俺の方が弱いっての……」
悲しい雰囲気を醸し出す二人に手を振り、モノアイが待つ空間の裂け目前へと転移した。
「モノアイさん、お待たせしました。
何匹か出てきたんですね」
「ああ。だが、何も出来ずに死んでゆくのだがな」
数時間ぶりに戻ってきた戦場跡には、傷のない綺麗な死体がいくつか転がっている。
それを回収し、こっそり工場の未加工用の空間に放り込む。
「準備完了です。
皆さん、行きましょう!」
二人と一頭は互いに見合い、うんと頷き空間の裂け目をくぐった
これにて第五章、ヴァルメリア帝国編完結になります。
SSと登場人物まとめを挟んだ後、第六章に突入します!(o^o^)o