5-7 咲かせや咲かせ、血の大輪!
「さてと、どうするかね……」
トワの心情としては、ヴァルメリア帝国自体がどうなろうと、別に興味無い。
ただ、そこに住んでいる人々に情は湧いている。
ロセウス子爵や、詰所の兵士さん(オーラン)らのことである。
本来は静観するつもりだったのだが、彼らを守るためにガッツリ介入してやろう。
敵の数は20万以上。
少数ならば一人で戦うつもりだったが、流石にこの数は無理。
その地域一帯を魔物もろとも破壊し尽くすか、逃げられるかの二択だろう。
という訳で、助っ人をお呼びしましょう。
「まずは……ネジャロさん!」
「ん?どうした、いきなり」
「続いて……モノアイさん!」
「なんだ、災害でも起きたか?」
彼らはいきなり転移で連れ去られたので、状況を理解していない。
「実は、カクカクシカジカで。
とにかく、倒しまくって欲しいんですよ!」
「「なるほど、理解した!」」
――物分りが良くて助かる。
「それでは、Let’s殲滅!」
二人と一頭は、魔物の大軍勢が陣を構える山間部へと転移した。
◇◆◇
「隊長!
もう間もなく、目標地点に偵察部隊が到着します!」
「よし、全員光信号を見逃すな!」
オーランら兵士は、街を守る壁の上、南東方面にいる。
トワからの報告をより確証付けるため、偵察部隊を早馬で送り出したのだ。
全員が望遠鏡を持ち、南東の景色を注視している。
――もし本当に20万の大軍勢がいたとして、どうやって戦う?
正攻法で戦っては勝ち目はないだろう……
ならいっそ、一つの区画を犠牲にして、集めたところに大魔法を放つか?
住民たちには申し訳ないが、避難してもらって……
「隊長、光信号を確認しました!」
「ッ!よくやった。
……さて、どうだ」
発せられた信号は無情にも、『報告通り』だ。
「クソッ!
南東区画の住民に避難指示を出せ!
中央でサボってる騎士たちにも手伝わせろ!」
「隊長!まだ信号は続いています!」
「何!?」
再び望遠鏡を覗く。
『白い少女、大柄な虎人、異形の龍が敵と交戦中』
「まさか、トワ様が!?
それに、虎人ってことは、〈永久の約束〉が戦ってくれているのか!?」
こうしちゃいられない!と、大急ぎで隊の編成を始める。
「偵察部隊から、目標地点で赤金級のパーティが交戦しているとの報告が入った!
我らは今すぐに、援軍に向かう!
各員、隊を編成し馬に」
「隊長!」
「今度は何だ!」
「もう一通、信号が届きました!
内容は『援軍不要』です!『援軍不要』!」
――何だと!?まさか、彼らに全てを押し付けるつもりなのか!?
「理由を、理由を聞け!
もし、トワ様たちに全てを押し付けるつもりなら断じて許さん!」
オーランは爆発しそうな怒りを沈め、偵察部隊への信号を送らせる。
返信はただ一言、すぐに返ってきた。
『邪魔と言われた』
「なん、だと?
本当に、そう言っているのか?」
信号を受け取った兵士はうんと頷く。
その場には、カラーン!という武器を落とした音だけが虚しく響いた。
◇◆◇
「おいおいおい!マジでいんのかよ!」
20万もの敵が10キロも離れたところに出現。
隊長からそんな報告を受けたが、到底信じられなかった。
情報の出処が赤金級冒険者だと言うが、それすらも怪しい。
だが現実にはいた。報告通りに。
しかも、山間部に陣を構えていやがる。
すぐさま国へと光信号を送る。
『報告通り』
そんな時だ。
魔物共の方向で、いきなり爆発音が轟いた。
「な、何だ!?
ッ!?何だァァア!?」
突然現れた二人と一頭が、魔物を蹂躙してゆく。
「…………あ、やべ。
報告しなきゃ」
見たままの光景を伝えようとする。
ただ焦っていたため、よく使う文字列を使ってしまい、交戦中と送ってしまった。
実際は、爆散し、ぶった切られ、倒れてゆく。
一方的もいいところだ。
「これ、援軍ってどうしたらいいんだ?」
どう見ても不要に見えるが、一応マニュアルに沿って行動しなければ。
光信号を送るために装置へと手を伸ばす。
「あ、援軍とか要りませんよ、邪魔なんで」
「うわァ!?」
今さっきまで遠くで暴れていたはずの少女が、何故か目の前にいる。
「な、は?え、さっきまであっちに、え?」
「魔力を吸い取られてぶっ倒れたくなかったら、あなたもこれ以上近寄らないでくださいね。それじゃ」
言うだけ言ったと思ったら、もういなくなっている。
突然現れて突然消える。意味がわからない。
偵察部隊の男にはキャパオーバーだったようだ。
「と、取り敢えず『援軍不要』っと……」
現実逃避するかの如く、装置を弄る。
そして本隊からの返信、『理由を言え』と。
それも、めっちゃ怒ってるのが伝わってくる。
「そんなもん、俺だってよく分かんないっての」
そして、トワから言われた通りに伝える。
『邪魔と言われた』
それだけ送り、男は装置をしまう。
「せめて観察だけでもしよう……」
これから男が目撃するのは、人外が暴れ回る様だ……
◇◆◇
「覗き魔に忠告はできたのか?」
「はい。これで被害が出ても私は知りません」
援軍なんて送ってこようものなら、モノアイに魔力を奪われて壊滅するだろう。
そのため、わざわざ教えてやったのだ。
――私ってば超優しい!
こうしている間も、射程範囲に入った魔物を次から次へと爆散させている。
魔物からしてみれば、天変地異の方がまだ優しく見えるだろう。
「それで、本当にいいのか?
素材とか……」
「いちいち解体するのも面倒ですからね。
魔石もないですし」
トワは初めの一体だけ、空間切断で倒したが、魔石がないことが分かると、他は全て空間破壊で倒している。
理由は単純、細かく範囲を指定しなくていいから楽なのだ。
そのため素材として使えるのは、ネジャロが頭をチョンパできたものと、モノアイが魔力を奪い取って倒したものだけ。
だけと言っても、母数が桁違いに多いのだからかなりの数になる。
殲滅後に待ち受ける面倒な解体作業のことを考えると、とてつもなく気が滅入る。
――あ、いいこと思いついた。
助けてやったんだからってことで、ヴァルメリア帝国に押し付けよう。
押し付けられる側からしたら迷惑極まりないが、被害ゼロなのだから安いものだろう。
気分が晴れたトワは、スキップ&鼻歌交じりに爆散させてゆく。
戦場には真っ赤な血の花が咲き乱れ、その中を踊るように動き回る真っ白な影。
――上で覗いてる兵士さんには、さぞ綺麗な光景が見えてるんだろうなー。
ビデオカメラがないのが惜しいくらいだね。
バグっているトワの感性は置いといて、実際の偵察兵の様子は、腰を抜かして呆然と眺めているだけ。
そんな光景が30分ほど続き、ついに蹂躙劇は終わりを迎えた。
「いやー、全部倒せましたね!
お疲れ様です!」
「おう、こんなに大量の魔物に囲まれたことはなかったからな。
いい経験になったぜ!」
「我は腹一杯魔力を喰えたといった感じだな。
死体は綺麗なままだから、好きに使うといい」
モノアイの翼から、大量の素材たちが降ってくる。
どうやら、翼の膜を袋のように使っていたらしい。
器用なものだ。
「ありがとうございます。
それじゃあ、後はアレですね」
死体をしまうトワの視線の先には、裂けた空間がある。
トワが魔物の大群を一瞬で見つけられた理由。
それがこの空間の亀裂だ。
トワが異空間を作る時にできる歪みのようなもの、それを亀裂は放ち続けている。
いつ閉じるか分からないため、ひとまず触れてみる。
――良かった。時間は止められるみたい。
「モノアイさん、あなたの世界を開けておくので、この亀裂を監視しておいてもらえませんか?
ヴァルメリア帝国で用事を済ませたらすぐに戻ってくるので」
「了解した。
魔物が出てきたら殺して構わんな?」
頼もしい返しにうんと頷く。
「それでは、少しの間お願いします」
モノアイの異空間を開きっぱなしにして、ネジャロを連れヴァルメリア帝国へと戻った。