5-6 嵐の前の静けさ?
前話で、トワに情報を教えてくれた兵士視点のお話です。
詰所に、少し変わった方が訪ねてきた。
お貴族様だ。それも、俺たち平民とは縁もゆかりも無い様な、上級の。
初めは、戦争のことを探りに来る他国のスパイだと思っていたが、どうもスパイではなさそうだ。
だって、あんなに真っ白で目立つような方を、スパイにする馬鹿な国はないだろう。
だからといって、いくらなんでも軍内部の機密情報を話し過ぎてしまった。
騎士様からの圧力があったにせよ、少々迂闊だったと、今になって思う。
という訳で、今俺は、事の顛末が書かれた報告書を持って、騎士団本部に来ている。
――軽い処分で済めばいいんだがなぁ……妻と娘に合わせる顔がない。
「オーラン、入れ」
「ハッ、失礼します!」
重たい扉を開け、高そうな椅子に腰掛けている男性に、報告書を手渡す。
男性の名は、アイザック・エーリュタロン侯爵閣下。
ヴァルメリア帝国騎士団のトップに居られる方だ。
では何故、平民に過ぎない俺が侯爵閣下と対面できているかって?
まぁ、話すと長くなるから省くが、子供の頃はよく遊んだりしたんだ。
身分を知らなかっただけなんだけどな……
ほんと、畏れ多いことをした。
「報告書の件は理解した。
処分は、無くていいだろう」
「え?」
これには、流石に自分の耳を疑った。
軍の機密情報を、他国の人間に漏らしたのだ。
旧知の仲といえど、無視できるものでは無いはず。
「それは、その……有難いお話ですが、何故でしょうか?
良ければ、理由をお聞かせ願えますでしょうか?」
「それは、お前が情報を流した人物が、前々から目をつけていた者だからだ。
何なら、このまま友好関係を結んで、我が国に取り入れて貰いたい。
この際、兵士、騎士は問わん。
それ程、重要人物ということだ」
――騎士団のトップが一目置く存在ということか。
俺の娘と同じくらいなのに、そんなに凄い人だったのか……
「一体、どのような功績を挙げた方なのでしょうか?」
俺がそう聞いた途端、人払いされ、部屋には二人きりとなった。
「この情報は、お前だから話す。
分かっていると思うが、他言無用だ」
あまりの重圧に、ゴクリと喉が鳴った。
侯爵閣下は机から数枚の紙束を取り出し、語り始める。
「今から凡そ三月程前か。
〈永久の約束〉というパーティが赤金級と成った。
メンバーは二人、トワ・アルヴロットと、ネジャロという虎人族。
お前の報告書の人物、間違えようがない、トワ・アルヴロットだ。
そしてその人物が使える魔法、これが問題だ。
アウロ・プラーラの長が公表した情報によると、神話の魔法が使えるらしい」
「神話の魔法!?それって、空間と時間の?
あの、今まで誰一人使える者がいなかったと言われている……」
少し声が大き過ぎたようだ。
侯爵閣下の口に、人差し指が立てられてしまった。
「そうだ。
能力の全貌までは公表されなかったようだが、遠征に行かせた隊の報告によると、トロルの首を片手間で切り落とせるらしい」
「そんな……トロルって言ったら、我が国の精鋭でも倒すのに苦労するレベルのはず」
「ああ。
先程の遠征に行かせた隊が、目の前で目撃したんだと。
それであろうことか、無礼な態度で勧誘する始末。
だから、騎士団にはいい感情を持っていないかもしれん。
お前は怒らせるようなことをしないでくれよ、オーラン」
それ以上の会話はなく、何のお咎めもなしに、騎士団本部を出る。
処分を受ける覚悟で来たというのに、何故か重大な使命を授かってしまった。
――いきなり友好関係を結べとか、そんなことを言われても困る。
そもそも、情報も渡したんだし、もう会うことだってないだろ……
一兵士にはどうすることも出来ないと思い、とぼとぼとした足取りのまま詰所へ向かう。
が、そんな考えはすぐに覆されることとなる。
見慣れた道を通り、重い気持ちで帰ってくると、そこには人集りが出来ていた。
――なんだ?
道を塞いでいる邪魔な兵士たちを押しのけると、一度見たら忘れない、件のお貴族様がいるではないか。
「あ、兵士さん!
昨日はどーもー」
上級貴族とは思えない程気の抜けた挨拶をするトワに、開いた口が塞がらない。
「……お貴族様は、またどうしてこちらに?
何か、他に知りたい情報でもございましたか?」
「お貴族様じゃなくて、トワですよ、トワ。
それで、ここに来た理由なんですけど、ただの暇つぶしみたいなものですよ」
実際は暇つぶしなんかではなく、敵が現れた時に、すぐ報告ができるようにするためだ。
魔物の進行まで後二日あるらしいが、必ずピッタリに来るとは限らない。
そのため、開戦まで入り浸るつもりなのだ。
「そ、そうだったのですね。
それではトワ様、つまらぬ場所ですが、どうぞお寛ぎください。
私は茶を淹れて参ります」
いつもより随分と綺麗になった応接室に通し、来客用の棚から一番高い茶葉を探す。
――あった、これだこれだ。
幸い、お茶は口にあったようで、ゴクゴクと飲み進めていた。
ちなみに、このお茶はロセウス子爵家で飲んだ、あの美味しいお茶だ。
トワにとって、ラッキーな偶然である。
侯爵閣下からの使命もあるので、通常の任務は部下に任せ、俺はトワ様の話し相手となる。
初めの頃は緊張しっぱなしだったが、トワ様は貴族っぽくなさすぎる上に、とてもお優しいため、どんどん話が盛り上がっていった。
肝心な、実力面の話は逸らされてしまったが、旅の間のことなどを楽しげに話す姿には惚れ惚れとするものがある。
――こんなに可愛いのに赤金級冒険者なんだよな……神様は随分と不公平だな。
そして、残念なことに、話は嫌な方向へと移ってしまう。
「それでですね、わざわざ助けてやったってのに、私の仲間を無視するわ高圧的だわで、何なんでしょうね、あの騎士たちは!」
「それに関しては、騎士団のトップも謝罪していましたので……」
「あ、そうなんですか。
じゃあついでに、イニーカ・ブラウンって言う騎士がストーカーになってるので、どうにかしてと伝えておいて貰えます?」
「ほ、本当に申し訳ございません!
すぐに対応させます!」
――騎士連中は何やってんだよ!
このお方がどれだけ重要か分かってんのか!?
いや、詳しく知らないからそんなアホなことしでかしてるのか……
明るみに出る騎士の問題行動に、オーランは胃を痛めることとなる。
そんな愚痴のようなものは、それ以降は無く、一日、二日と時間が経ち、もういつ魔物共が攻めてきてもおかしくない状況になった。
そんな状況でも、トワ様は相変わらずほんわかとした感じで会話を続けている。
だが、何かを感じ取ったのか、顔つきが変わった。
「……見つけた。
こいつらが知能持ちの魔物ねぇ」
「敵を見つけたのですか!?
一体どこに?数は?」
「ここから南東十キロほどの山間ですね。
数は、えっと……20万以上はいますね」
「ナッ、20万!?
その情報は、確かなんですか!?」
「ちょっとちょっと、これでも赤金級ですよ。
私の索敵能力は完璧なんですから!」
――十キロ地点の敵を完璧に把握するなんて、赤金級とかそんな次元じゃないと思うんだが……
てかそれより、20万は不味い……最悪、国が滅ぶぞ。
俺は急ぎ使いを出し、騎士団本部に緊急事態を告げる。
そんな様子を見て、トワ様は何かがおかしいと感じ取ったのだろう。
「いつもは、どれくらいの規模だったんですか?」
「多くても数百、千を超えたことはありません……」
「へーぇ、本気出してきたのかな?」
――これはなりふり構っている場合では無いな!
俺は〈永久の約束〉への依頼のため、独断専行だが、書簡をしたためる。
「トワ様!これを……」
顔をあげた頃には、もう見慣れた少女の姿はなかった。