5-3 ヴァルメリア帝国に到着だ!
「そろそろですかね」
「そうだね。あの大岩の陰で撒こうか」
トワたちが乗る馬車の、後方十数メートル辺りでピッタリと着いてくる分隊。
イニーカ・ブラウン伯爵公子が率いる隊だ。
「それじゃあ飛びますから、全員乗ってくださいねー」
大岩で分隊から死角になった瞬間、馬車ごと四人は、適当な場所に転移する。
「どう?」
「すっごい慌てふためいてますよ」
ピッタリとつけていた馬車が突然消え去り、わーわー騒いでいたのも束の間、分隊はすぐさま散開して捜索を開始した。
遠方からトワに盗み見られているとも知らず、哀れな奴らだ。
分隊は散開した後、どんどんと広がってゆき、再び集まりそうな気配は無い。
「もう戻っても大丈夫そうです」
四人は馬車に乗り、大岩付近へと戻る。
これでようやくストーカーとおさらばだ。
と同時に、他の騎士たちからの顔パスも失った訳だが、目的地へはもう一時間もかからない。
進行方向を捜索している分隊の一人に見つからないよう、距離を取って進む。
そして遂に、三ヶ月以上かかった旅は終わりを告げる。
ヴァルメリア帝国に着いたのだ。
この国も、例に漏れず立派な壁に囲まれているのだが、その壁は、今まで訪れた国とは大きく違う。
幾重もの張り出し櫓が並び、そこには砲台まで設置されている。
他国が、攻め入られないように守るだけの壁だとしたら、ヴァルメリア帝国の壁は、攻めてきた者を滅ぼすための壁といったところだ。
「この国の戦争は攻める側ではなく、守る側ってことなんですかね?」
「だとすると、ファルマ神聖国辺りが妥当かな。
この国に一番近いのはそこだし、宗教関連で戦争が起こることもあるからね」
国の内部を探ってみて分かったが、ヴァルメリア帝国には神殿がない。
確かに、これは火種になってもおかしくはなさそうだ。
形見を届けたロセウス子爵から報酬を貰って少し話をしたら、すぐに移動した方がいいだろうか?
となると、次に訪れる国はファルマ神聖国以外になる訳だが、さて。
こんなことを考えているうちに、入国審査の番が回ってきた。
七時間以上かかったアウロ・プラーラの時とは大違いだ。
怪しまれない程度の積荷を出し、検問に臨む。
ちなみに、ベルテは異空間に隠れてもらっている。
獣人族排斥の国で面倒ごとは避けたいからね。
つまり、Let’s不正入国という訳だ。
「商人だな。積荷は……貴金属類と、武器防具か。
よし、虎人族以外は通っていいぞ」
「おい、よく見ろ」
早速面倒事が起きそうになるが、そうはならない。
ネジャロは胸の赤金級のプレートを指さす。
それだけで、嫌そうな顔をして対応していた門兵があら不思議。
青ざめた顔で必死に謝罪してくるではありませんか!
――いやー、お貴族様効果ってすごいね。
「分かればいいんだよ、分かれば!」
ネジャロは謝罪してきた門兵の肩をバシバシと叩いているが、もっと自分の腕力を知るべきだと思う。
顔を歪め、歯を食いしばり、必死に痛みに耐えているではないか。
「ネジャロさん、早く行きますよ」
流石に可哀想になってきたので、助け舟を出してあげる。
――露骨にホッとした顔してるなー……
心の中で門兵に謝り、街中を進む。
国内の印象を一言で表すなら、忙しない、だ。
兵士たちが物資を持ち、街中を走り回っている。
もう間もなく戦争しますよー、という風にも見える。
――戦争前の国って、こんな感じなんだ……
今まで、平和な日本で暮らしてきたトワには、実際の戦争というものは縁遠いものだった。
それが、いざ目の前で準備が行われているのだが、あまり現実味が湧かない。
「それで、どこに向かったらいいんだい?」
「え、あ!そうでした。
ちょっと待っててください」
感情の海に浸っていたが、アランの声で現実へと引き戻される。
ロセウス子爵家の人がどんな人か分からないため空間把握で探せない。
なので、先程辛い目にあった門兵に聞いて、場所を確認する。
――ほんと、申し訳ないね。
門兵は顔をひきつらせながらも、聞かれたことにはしっかり答えてくれて、家の特徴からロセウス子爵家を探し出すことが出来た。
「ここ、ですね」
辿り着いた家は豪華だが、大きすぎず、中級の貴族にはちょうどいい程の規模だ。
異空間倉庫からロセウス子爵家の封蝋が付いた手紙を取り出し、ドアノッカーを叩く。
すると、すぐに扉が開かれ、メイドが出てきた。
「ご要件は何でしょうか?」
「アウロ・プラーラから届いた剣とロケットのことで……」
手紙を見せながらそう言うと、メイドは少し驚いた表情をした後、すぐに通してくれた。
「おかけになってお待ちください」
通された応接室には、下品にならない程度の調度品で飾られており、貴族の家だが窮屈な感じはしない。
「思ったのと違いました。
意外と居心地がいいんですね」
「そ、そうだね。
ちょっとネジャロ、あんまりあちこち触らないで!」
「すまん、つい」
のんびり寛いでいるのはトワだけで、アランとネジャロは随分緊張しているようだ。
「ごめんなさいね。お待たせしました」
そう言って現れたのは、おばあちゃん一歩手前と言った雰囲気の、優しそうな女性だ。
「アラン・ウィルディスです!」
「ネ、ネジャロだ……あ、間違った!
ネジャロです!」
「……トワ・アルヴロットと申します」
――こんなに緊張してる二人を見るのは初めてだな。なんか面白い。
「あらあら、これはご丁寧に。
エルマ・ロセウスと申します。
夫の形見を見つけて下さり、本当にありがとうございます」
――夫……そうか、エルマさんは愛した人を喪ったのか。
それなのに、ちゃんと生きてて、すごいな……
トワだったら、きっと耐えられない。
今はどんな事でもひっくり返せる力があるから大丈夫だが、仮に無力で、誰か大切な存在を喪ったら、迷わず死を選ぶだろう。
そう、日本にいた頃と同じように。
「この国で獣人族の方を見るのはいつ以来かしら。
どうやって検問を通ったの?」
「それは、アウロ・プラーラで貴族になったからですよ」
三人は、各々冒険者証を取り出す。
「あらあら、これは!
今までの失礼な態度、謝罪致します」
「いえいえ、構いませんよ。
自然体でいてくれた方が居心地がいいですから」
「あら、そうなの?
それなら、いつも通りでいようかしら。
私もあんまり好きじゃないのよ、貴族のしきたりとかね」
こっちのフレンドリーな方が接しやすい。
それが、トワたち全員の意見だ。
「それで、実はもう一人仲間がいるのですが、貴族ではない獣人族と人族のハーフなんですけど。
そういうのって気にします?」
優しそうな人なので、正面突破でも何とかなりそうだと踏んで、ベルテのことを伝えてみた。
「あらあら、そうなのね。
全然気にしないわ!
だって、私が若い時なんか、みんな仲良く暮らしていたのよ」
――良かった。優しい人だと思ったのは間違ってなかったみたい。
その場で異空間と繋げてベルテを呼ぼうかと考えたが、わざわざ見せびらかす必要も無いので、別の方法を取ることにした。
「それでは、今呼んできますね」
そう伝え、家を出て庭に停めてある馬車に向かう。
馬車の中で異空間を開き、元からそこにいたと思わせる作戦だ。
「お嬢様!」
「大丈夫みたいです。行きましょうか」
馬車から出る時に、庭の隅にいるメイドが驚いているのが見えたが、大方中の確認でもしたのだろう。
空間魔法というタネのマジックなのだが、精々悩むといい!
「お待たせしました。
こちら、ベルテと言います。
私の大切な側仕えです」
「ベルテと申します!
混血種ですが、美しいトワお嬢様に仕えています。
少しの間、ご厄介になります」
最初は旅の仲間と紹介するつもりだったのだが、どうしても側仕えがいいと言われてしまったので、そう伝えた。
ついでに、大切なと付け加えたらとても喜んでいたので、こちらまでいい気分だ。
「あらあら、エルマ・ロセウスです。
どうぞ、自分の家だと思って、ゆっくりして行ってくださいね」
全員の自己紹介が終わり、数日滞在するつもりだと伝えたら、部屋を貸してくれた。
それぞれに一部屋づつとの事だったのだが、トワとベルテだけ同室となった。
何故そうなったかって?
部屋決めの時に、ベルテが「側仕えですから、もちろん同室で!」と言って譲らなかったからだ。
側仕えがいいと言い張ったのはこの時のためか。
なかなかずる賢いな!
「それじゃあ、僕は運んできた商材を売りに行こうと思うんだけど、皆はどうする?」
部屋に少ない荷物を置き、これからどうするかをアランに聞かれる。
既にヴァルメリア帝国での用事はほぼ済んだ。
届けた形見の報酬も貰えたし、商材を売り捌けばもうこの国にいる必要が無い。
強いて言うなら、いくつか確認したい情報があると言ったところか。
「私は、情報を集めたいのでエルマさんに話を聞いたり、あとは……そうですねぇ、街でも回ってみましょうかね」
「それでは、私はお嬢様とご一緒させていただきます」
「ん、じゃあオレは、ご主人の警護がてら、一緒に行くとするか」
という訳で、アランとネジャロは、商材を売るために商店巡りへ。
トワとベルテは、情報収集のため、ひとまずエルマの元へ。
大雑把ではあるが、全員、ヴァルメリア帝国での行動が決まった。
戦争が始まるまでにはトンズラする予定だが、それまでは、長旅の疲れを癒すことにしよう。