5-2 ストーカーを連れた旅
姑息なやり方をする騎士たちを飛ばしてから、着々とヴァルメリア帝国へと近づいてゆく一行だが、何度も隊列を組んだ騎士とすれ違った。
全てヴァルメリア帝国兵だが、殆どの者は簡単な聞き取りをしてすれ違ったり、危険物を載せていないか検査をする程度の、いかにも普通な職務を全うしている。
「……普通、ですね」
「そうだね。
あの難癖をつけてきた騎士たちは何だったんだろうね」
悪質な取り締まりをする輩のように、点数稼ぎが目的だったのだろうか?
だとしたら、二回連続でそんな奴にかち合うなんて、とても運が悪い。
「そこの馬車、止まってください!」
ほら、また来た。
今度の騎士たちは五人しかいない、所謂分隊のようだ。
「ご要件は何でしょうか?
私たちの馬車は、もう何度も貴国の兵に取り調べを受けているのですが」
御者台にいるベルテが、決まり文句を言う。
これで通してくれると楽なのだが……
「そうなのか。しかし、我々も任務だ。
積荷を調べさせて頂く」
ダメだった。
溜息をつきながら、ダミーの積荷を出す。
それは、適当なアクセサリー類がいくつか入っただけのものだ。
最初に検査を受けた時、商材を片っ端から開けて確認されたため、とても時間がかかった。
いちいちそんな事をしていたら日が暮れてしまうので、商材は全て異空間倉庫にしまってある。
荷台の扉が開かれ、若い騎士が現れた。
積荷の少なさを怪しまれても何も言わせないように、赤金級のプレートを出しておく。
「失礼、積荷の検査を……」
そこまで言いかけて、その騎士は固まってしまった。
「美しい……もし、貴方のお名前は?」
これは初めての、面倒なパターンだ。
「トワ・アルヴロットですわ。兵士さん」
お前ごときに興味などないと言わんばかりに、赤金級のプレートを見せつける。
「これは失礼致しました。
まさかそのような美しいお姿で、赤金級冒険者だとは。まるで女神様ですね。
申し訳遅れました。私、イニーカ・ブラウンと申します。
家は伯爵で、兵士ではなく騎士です。貴方のお相手としても遜色のない、立派な貴族ですよ、女神様」
優雅な礼をとり、たっぷりの皮肉も受け流されてしまった。
キザったらしい態度が鼻につく。
「申し訳ありませんが騎士様。
トワは私の恋人です。
私は、アラン・ウィルディスと申します。以後、お見知り置きを」
アランも橙銀級のプレートを見せつけ、騎士に対抗する。
視線がバチバチだ。
ふと、イニーカは視線を外し、トワへ語りかける。
「女神様はどちらに向かわれているのでしょうか?
ヴァルメリア帝国へと向かうのでしたら、私が貴女の警護をして差し上げましょう」
「結構ですわ。
私より弱い騎士に警護させるほど趣味人ではありませんの。ネジャロさん」
ネジャロは応と短い返事をし、イニーカの首根っこをつかんで、トワの乗る馬車から引っぺがす。
「何をするか!?虎人が!
私とトワ様の逢瀬を邪魔するな!」
――逢瀬とか勝手に言うなし、勘違い野郎め。
「随分な口の利き方だな、伯爵さんよォ」
トントンと深い毛に覆われた胸に付いた、赤いプレートを指さす。
「何!?こっちも赤金級だと!
クッ、失礼した」
トワとは大違いな態度で、自分の馬へと戻ってゆく。
冒険者としての身分は、トワもネジャロも変わらないのだが……
結局、イニーカは積荷の検査もせず、ただトワを口説きに来て、撃沈して帰って行った。
何がしたかったのやら
面倒な輩とおさらばし、馬車を進ませる。
「ところでトワ、さっきの喋り方は何?」
「あー、雰囲気でやりました。
何となく嫌な感じを醸し出せてたんじゃないですか?」
「確かに、取っ付きにくい感じではあったけど、あの騎士にはあんまり効果なかったね」
――全くだ。
悪役令嬢っぽい雰囲気で嘲笑ってやったのに、ネジャロに退場させられるまで、ずっと笑顔を張り付かせてやがった。
これまで出会ってきた奴とは違うタイプの嫌な奴の登場に、トワはげんなりとした顔をする。
イニーカをポイしてから馬車を進めること数分、トワは後ろを振り向いた。
「なんで着いてきてんの、あいつら……」
任務とやらの内容は知らないが、巡回なんだとしたら、完全に放棄してストーカーを始めている。
「困った騎士だね。
まだトワのことを諦めていないみたいだ」
一定距離を保ってピタッと着いてくる分隊は、特に何をするでもなく、ただただストーカーをしている。
夜寝る時も、昼馬車を進める時も、声一つかけてくることは無い。
だが、それがとても気持ち悪い。
しかし、いいこともあった。
会う度会う度、積み荷検査がどうとか言って止めてきた騎士たちが、以降さっぱり声をかけてこなくなった。
後ろにイニーカ、あんなのでも伯爵の地位を持っているから、ということなのだろうか?
「気持ち悪い奴らですけど、利用するだけ利用して、ヴァルメリア帝国が近くなったら捨てましょう」
「そうだね。それがいい」
トワが狙われているからか、今回ばかりは、優しいアランもなかなかのものだ。
到着まで、まだ十数日はかかるようだが、気持ち悪い事さえ我慢すれば、快適な旅路になる。
という訳で、お荷物を引き連れた旅は、まだしばらく続く。