4-4 数千年の苦しみ
火山の底で異形の龍と出会ったトワとネジャロ。
目を覚ました龍は言葉を発するが、それは普段使われているものとは違う言葉だった。
「えーと、いきなり叩いたことはすみません。
ただ、この辺りの魔力が吸われていることや、異常気象が続いていることとか。
何か関係があるんじゃないかなーと思いまして」
「お嬢、なんだその言葉は?」
「さあ?でも普通に分かりますよ」
どうやら、トワと龍が話す言葉はネジャロには理解できないようだ。
ただ、トワには、まるで慣れ親しんだ言語のように理解出来ている。
――これも転生特典なんだろうか?
「ほお……人の身でこの言語を介する者がいるとはな。珍しい。
それで、先程言っていたことだが、全て我が原因で間違いない」
魔力が吸われている事だけでなく、吹雪の方もアタリみたいだ。
「本当にすまない……ただ、一つ気になることがある。
何故お前たちは、我の傍で平気でいられる?」
もしかして、ベルテが陥ったような魔力欠乏のことを言っているのだろうか?
「あー、それは、私の魔力は無限にあるから吸ってもなくならなくて、こっちの虎人族の方は、そもそも魔力がないんですよ。
あ!自己紹介してませんでしたね。
私はトワで、こっちはネジャロです」
「そうか、トワにネジャロ。
数千年前は、お前たちのような存在はいなかった。
世界は大きく変わったのだな」
――私みたいなのはそうだとしても、今では普通にいる魔力ゼロの人たちもいなかったんだ。
時間が経って退化したの?
いや、もしかしたら、無い魔力の分は馬鹿力になっているのかも……
そう考えると、いくらトレーニングを積んだとしても、ほかの虎人族よりも明らかに強い点が納得いく。
「それで一旦、魔力を吸ったり、天候を荒らすのをやめて貰えませんかね?」
「すまない。我にはどうすることも出来ない?
何もしていなくても、この体が勝手に周囲の魔力を奪い尽くすのだ」
「なるほど、魔力の方は分かりました。
じゃあ天候の方は?」
「それは魔力と繋がっている」
――ん?どういうことだ?
魔力を吸い尽くしたら吹雪になったってこと?なんで?
「どうやら分かっていないようだな。
魔力とはあらゆる力だ。
その力が無くなることで、温度であれば下がり続ける。
なれば、やがては吹雪にもなるというもの。
出来るだけ被害が出ぬよう、火山に身を投げたのだが、この体は思いの外頑丈だったようだな」
「いやいや、溶岩にダイブした上に数千年もそのままだったんですよね?
頑丈なんてもんじゃ……あれ、もしかして、この火山が死火山になったのは、あなたが魔力を吸い尽くしたから?」
異形の龍は大きな一つ目を閉じ、頷く。
「トワ、一つ頼みがある。
我がこのまま生き長らえると、いずれ、世界の魔力を全て奪い尽くしてしまう。
だから、殺してくれ。
骸は、武器や防具として使って欲しい。
かつて犯した大罪の、罪滅ぼしになれば幸いだ……」
そう呟く龍の表情は、悲しそうに見えた。
敵となったものや気に触るクズは容赦なく殺すが、そうでないのなら出来るだけ殺したくはない。
「あの、あなたが犯した大罪というのは?」
「多くの村や街、いくつかは国をも滅ぼしてしまった」
「でも、やりたくてやった訳じゃないんでしょう?」
「それはそうだが、我が生まれたことで起きたのだ。
奪ってしまった事実は変わらん」
トワは龍の、異様な姿を見回す。
アウロ・プラーラ付近の山にいた氷龍ヴァイズエイデスは、翼も両肩に二枚あったし、目も二つあった。
もしかしたら、この異様な姿は、何か非道な実験で生まれたものなのかもしれない。
「あなたはどうやって生まれたんですか?」
「そうだな……我の誕生は人間のくだらない実験かららしい」
――やっぱりそうだ。
「我は龍と魔族の子でな。
莫大な魔力を持つが魔法は使えぬ龍と、魔力の操作に秀でる魔族とを掛け合わせれば、より強い種が生まれる、という実験だったらしい」
「それなら、悪いのはその人間たちじゃないですか!
あなたを殺したくありません!」
「だが、それでは……」
何か、殺さなくて済む方法を考える。
――時間を巻き戻す?
いや、それじゃあ結局は消えるだけ、死ぬことと大して変わりない。
なら、異空間に住んでもらおうか。
そこなら、こっちの世界とは切り離されてるから被害が出ることはないし!
最高の解決方法を見つけたと、早速、異空間の生成を始める。
――異空間倉庫とは違って、時間は止めないで。
何も無いと暇だろうから、この山周辺の地形を丸々コピっちゃおう。
よしできた!
それは、今まで生み出してきた何も無い異空間とは明らかに違う、世界だった。
命ある生き物こそいないものの、規模を大きくすれば、創造神とやっていること大差ないのだが、トワは気づいていない。
「ねえ、異形の龍さん。
あなたの力で、地震だとか嵐だとか、そういう災害は止められる?」
「……発生地点まで辿りつければ可能だろうな」
「だったら!罪滅ぼしは自分でやりなさい!」
龍の前に、先程生み出した世界の入口を開ける。
「これは……」
「あなたが過ごせる世界を作りました。
ここならこっちの世界に被害が出ることも、もちろん私の方も何ともありません!」
さあどうぞと、新たな世界へ招待する。
「いい、のか?我が、生きていても……」
「当たり前じゃないですか!
あ、ご飯は何がいいんですか?」
調子の崩れるトワとの会話に、龍はフッと笑い、魔力があれば何もいらないと答え、入り口をくぐる。
「すごいな、これは。
瓜二つな世界であるのに、魔力の量が桁違いだ」
「どうですか?ここなら快適に過ごせそうでしょう?」
「ああ、感謝する」
龍は大きな体を屈め、感謝の意を示す。
「お気になさらず。
それじゃあ龍さん……だと不便ですね」
新たに飼うことになった龍の名前を考える。
最早ペットのようだ。
「よし、単純ですけど、〈モノアイ〉さんで!
これから、よろしくお願いしますね、モノアイさん」
「こちらこそだ、トワよ」
トワはモノアイの指を触れ、握手的なことをして、元の世界に戻った。
外で少し寒そうにしているネジャロと手を繋ぎ、洞窟へと転移する。
「おっと、その前に」
掘り返して、異空間倉庫に放り込んでおいた大量の土やら岩やらを元に戻す。
「エルフィエンドさん、吹雪の原因、解決しましたよ」
洞窟内で待機していた三人に、事の顛末を話し、モノアイを少し見せる。
「あの龍が、この地の底にいたのか……」
「はい。ベルテさんが魔力の流れに気づいてくれたからですね」
「いえ、お嬢様のお力あってこそです」
「それにしても、モノアイさん?は良かったね。
平和に暮らせる世界が得られて」
「はい!」
これで全て解決だろう。
洞窟にいた住民たちを助け、数千年苦しんだ龍も助けることができた。
とてもハッピーなエンドだ。
それから、しばらくその地の様子を見ていると、数時間ほどで、あんなに分厚かった雪雲は晴れた。
残った大量の雪はあるが、本来の暖かな気候に戻れば自然と溶けてゆくだろう。
エルフィエンドをアウロ・プラーラへ送り、ノゾミにも結果を報告する。
そして、今回の出来事全てが、ノゾミから〈永久の約束〉への依頼という形で処理され、報酬として白金貨200枚も貰ってしまった。
「え!?こんなに貰っていいんですか?」
「ええ、あなたたちは多数の命を救っただけでなく、雪で閉ざされていた貿易路の解放までも行ってくれましたから。
正当な報酬ですよ」
今回の報酬金で、トワたち一行の所持金は、小国なら買えるほどの金額に膨れ上がった。
莫大な金額にニマニマしたりしたが、頭を切り替え、医務室にいるエルフィエンドの元へ行く。
トワたちは先に進むため、お別れだ。
「私たちは本来の目的、ヴァルメリア帝国に行きます。
それでは皆さん、お元気で」
「本当にありがとう。
皆の命を救ってくれただけでなく、故郷までも。
なんとお礼を言ったら良いか」
「そんなのいいんですよ。
困った時はお互い様って言いますからね」
「そうか……なら、今度は私たちが助ける番という訳だな!
トワさんがいれば何でも解決できそうだが、遠慮なく頼って欲しい」
エルフィエンドと握手を交し、助けた他の患者たちからもお礼を言われる。
それに応えてから、ヴァルメリア帝国へと向かう街道へと戻る。
まだまだ雪が溶ける気配は無いが、吹雪いていないし、寒くもない。
しばらくは徒歩の旅となるが、たまにはこういうのも良いだろう。
四人は、ザクザクと音を鳴らしながら雪道を歩いてゆく。
短いですが、第四章はこれにて[完]です。
次は第五章、ヴァルメリア帝国編です
٩(ˊᗜˋ*)و♪