4-2 戦争の生き残り
ノゾミと話し終えたトワは、厨房に行き、ベルテと共に患者たちの食事を作っていた。
「もう少し、水足した方がいいですかね?」
「んー、そうですね。その方が食べやすいかと思います」
今作っているのは、トワも体調を崩した時に食べた、パン粥だ。
どうせなら、お米のお粥が食べたいと思うけれど、この世界に米が存在していないようで、残念だ。
「お嬢、一人目ぇ覚ましたぜ!」
アウロ・プラーラに運んでから約一時間。
思ったよりも早い回復だ。
「すぐ行きます!」
パン粥作りをベルテに任せ、患者たちのいる医務室へと向かう。
「……ここは、何処だ?」
目が覚めたのは、種族を隠しているかもしれない、エルフの女性だった。
「おはようございます。
ここはダンジョン都市国家アウロ・プラーラですよ。
気分はどうですか?」
「貴方が助けてくれたのか?
でも、あんな雪の中どうやって……いや、そんなことはどうでもいいか。
本当に、ありがとう」
記憶の障害とか、ないようで助かった。
もしあったら、時間を巻き戻さないといけなかったからね。
「えっと、あなたのお名前は?
それと、なぜあんなところにいたんですか?」
「私に名前はないよ。
他の者たちには最後のエルフと呼ばれていたから、強いて言うならそれかな」
どうやら、彼女、エルフィエンドは身分を隠していたわけでは無さそうだ。
そうなると、なぜ耳が欠けているのかが気になるが……
「ええ!?エルフだったのかい?
エルフは戦争で滅んだって聞かされていたけど、まさか生き残りがいたなんて……」
正体を知らなかったアランは、信じられないものでも見たかのような目をしている。
「私の種族に関しては、後で好きに調べてくれて構わない」
「いえ、その必要はありませんよ。
私は分かっていましたから。
耳を隠されている様だったので、誰にも言わなかっただけです」
トワに気づかれていたことが分かると、エルフィエンドは少し驚いたような顔をしていたが、すぐに話を戻した。
「なんであそこにいたか、だったね。
あそこは、私たちの家なんだよ……
元は、死んだ火山でね。
その火口にある洞窟に、皆で住んでいたんだ」
まさかの火山の洞窟だった。
深い雪を進んでいるうちに、知らず知らず山を登っていたようだ。
「ただ、最近になって、雪の勢いが激しくなったんだ。
育てていた作物も枯れ、外との道も埋まってしまった。
餓死するか凍死するか、そんな状況だったんだが、もしかして、雪は溶けたのか?」
「いえ、依然深い雪が積もっていますよ」
「そうか……では貴方は、どうやって私たちを?」
――どうしようかな、説明するの面倒なんだよなー。
「あー……ちょっと説明が面倒なので、他の誰かに聞いてください」
この国の人たちなら、ほとんどの人がトワの空間魔法について知っている。
なら、面倒ごとは丸投げだ。
「事情は分かりました。
それで、あなたに合わせたい人がいるんです」
そう言い、ノゾミの元へ転移した。
「はっ!?あ、おい!いきなり消えたぞ!」
「あの子の、トワの空間魔法だよ。
大丈夫。すぐに慣れるから」
アランまでも説明を放棄した。
突然消えたトワを見たエルフィエンドは、口を開けたまま固まっている。
「ノゾミさん、この人がさっき話したエルフの方です。
エルフィエンドさん、この人はノゾミ・アウルムさん。
エルフとドワーフのハーフです」
「え……ノゾミ?」
エルフィエンドは、ノゾミという名前を聞き、目を見開き、口を覆っている。これは……
「嘘、まさか。ノゾミが生きていたなんて……
……ごめん、ね。あの時、目を、離してしまって……」
ノゾミの手を握った彼女は、そのままボロボロと泣き出してしまう。
その様子で、ノゾミも察したらしい。
「もしかして、母さん?」
「……そうよ」
ノゾミの父親は既に死んでいる。
だが、母親は長い間行方不明。
それが、唐突に見つかったのだ。
親子の感動の再会を邪魔するのは忍びないと、二人を残し、その場を後にする。
「生き別れの親子だったなんて。
世の中狭いですねー」
「お嬢は知ってたのか?」
「いえ、まさか。
エルフというのには気づいてましたけど、それだけですよ」
親子が落ち着くのを待つ間にも、患者たちは続々と目を覚ましてゆく。
あんな死にかけだったにも関わらず、記憶障害があったり、不随になっているものはいない。
――異世界の治療技術、というか魔法なんだけど、ほんとすごいな!
回復魔法の凄さを実感しながらも、炊き上がったパン粥を配ってゆく。
比較的体調が良い人には、エルフィエンドのように、事情を聞いてみたりもした。
そして、患者たち曰く、訳あり人が集まって出来た集落で、元々動物や魔物が殆どいない地域だったため、作物を育てて暮らしていた。
しかし、最近になってどんどん気温が下がり始め、吹雪が吹き荒れるようになり、すぐに外と隔絶されてしまった。
外にいては凍死してしまうため、洞窟に籠ったが、食料も無くなり、死にかけていたと。
いきなり寒くなった原因なども聞いたが、全員、分からないとのことだ。
「トワさん」
事情聴取もあらかた終わった頃、ノゾミが声をかけてきた。
「母を助けてくださり、本当にありがとうございました。
何でも、お礼をさせて頂きたい」
「じゃあ、今回のことは〈永久の約束〉への依頼、ということにしてくれませんか?
あと、貸し借りはチャラってことで」
「ハハハ、ええ、もちろんです。
すぐに手続きをしてまいります」
これだけで白月級に上がることは無いだろうが、ギルドマスター直々の依頼だ。
得られる貢献度は高いだろう。
患者たちも回復したし、ノゾミ親子の再会も果たせた。
結果だけ見ればハッピーエンドな訳だが、異常気象の原因が分からない。
あの道を通るのも困難だし、どうしたものかと考えていると、
「お嬢様。あの洞窟、魔力がありませんでした」
ベルテが何やら感じ取っていたようだ。
「猫人族、私はハーフですけど、魔力の流れを感じ取れると言ったのを覚えていますか?
通常であれば、どんなところでも魔力は漂い、流れているものなんです。
ですが、あの洞窟にはそれがありませんでした」
――んー、魔力の無い洞窟と異常気象か……
「ちょっと、調べてみる価値はありそうですね」
トワの役に立てた!とベルテはとても嬉しそうに返事をする。
あの洞窟は家、ということなので、エルフィエンドの完全回復を待ってから、原因調査へと乗り出すことになった。