SS ネジャロストーリー1 強者へと至るために
初めてのネジャロ視点です(≡・x・≡)
オレは変わった。
強くなった。
ご主人やお嬢と出会って間もない頃よりも、ずっと。
それでも、どうやっても越えられない壁が、すぐ近くにある。
お嬢だ。
筋力なら圧倒的に俺の方が上。
だが、いざ戦うとなれば、オレは触れることすら出来ないし、そもそも近づこうとした瞬間に、細切れにされるだろう。
これ程圧倒的な力の差を感じたのは初めてだ。
村がどっかの騎士に襲われて、親兄弟が殺された時ですら、死ぬことを覚悟すれば一人二人は道連れにできると思えた。
だが、お嬢はそんなのとは全然違う。
もっと強くなりてぇ。
せめて、お嬢の隣に並んでも笑われねぇくらいは。
「ヴァルメリア帝国に行くための準備がもう少しかかるみたいなんですけど、ネジャロさんも私たちと一緒に遊びますか?」
ヴァルメリア帝国へと持っていく商材選びの間、トワとベルテは、宿の施設でのんびり過ごすようだ。
「オレは……どうすっかなー」
「あ、あの!」
街中で声をかけられ、振り向くと、人族の男女がいた。
「どうした、ガキども」
「俺たちに、ダンジョンでの戦い方を教えてください!」
「…………」
痩せていて、少し小突けば折れそうな体。
武器も、貧相な剣と杖。
少し教えた程度じゃ強くはならんだろう。
それが、ネジャロの出した結論だ。
「いいんじゃないですか?やってみても。
人に教えるというのは、いい復習になるそうですよ」
「そうか。
なら、やってみるか」
ネジャロがくるりと手のひらを返したのは、トワのおかげでここまで強くなれたからである。
この世界には筋トレの概念がなく、訓練と言ったら、素振りや試合など。
トワが教えた腕立てや腹筋は、場所を選ばず、特別な道具も相手も必要ない。
旅の間、筋トレを毎日何百回と続けることで、急激に強くなれたのだ。
トワが言うのであれば、きっと自分のためにもなると思ったのである。
「お前たち、名前は?」
「リュカです」
「ヴィオレです」
少年はリュカ、少女はヴィオレという名前らしい。
「よし、第一ダンジョンにいくぞ」
二人は、戦い方を教えて貰えるのだと分かり、パアッと顔を明るくしてネジャロの後をついて行く。
◇◆◇
「まずはリュカ。戦ってみろ」
むんずとゴブリンの頭を掴み、リュカの前に放る。
「い、行きます!」
リュカは、剣を握りしめ、ゴブリンと相対する。
結果はリュカの勝利。
ネジャロ基準でみて剣の腕は、トワ以上、アラン未満。
はっきり言って、まともに狩れるのは第一ダンジョンのゴブリンくらいだろう。
続いて、ヴィオレの番。
こちらの武器は杖。つまり、魔法だ。
魔法は全くもって分からないが、体捌きくらいなら教えられる。
逃げながら『小石の弾丸』を打ち込み、それが目に刺さったことで、ゴブリンは絶命した。
「んー、弱いな!」
少したりともオブラートに包まれなかった言葉に、二人は悔しそうな顔をする。
「リュカは、踏み込みが甘すぎる。
ゴブリンにビビって腰が引けてるから、剣に力が乗ってない。
あと、相手の攻撃をよく見ろ。
ヴィオレの方は、オレは魔法が使えねぇからよく分からんが、これだけは言える。離れすぎだ。
お嬢が言うに、魔法には射程距離っつうもんがあるらしい。
それを超えると、威力が弱くなるんだとさ」
「分かりました!ありがとうございます!」
「ありがとうございます!」
まともなアドバイスが貰えて、とても嬉しそうだ。
「あとはやっぱり、筋力が全く足りてねぇ!」
ネジャロが最も自信をもてるところ、筋肉。
アドバイスは、やはりこれに落ち着いてしまった。
二人に、トワから教えてもらった筋トレのメニューを教え、毎日沢山食べて、走り込みと一緒に必ずこなせと伝える。
二人はお礼を言うと、早速、肉体強化メニューをこなすために帰って行った。
初心者へのアドバイスはサクッと終わってしまったが、ふとあることに気づく。
「そういや、一人でダンジョンに来たことは無かったな……」
思い立ったが吉日、一度宿へと戻り、見つけたベルテに、第四ダンジョンに籠るからと伝言を伝え、突っ走って行く。
「よし!行くか!」
第四ダンジョンは、何度かアランと来たことがある。
トワは、気持ち悪いから無理と言って近づかないが、ネジャロにとって程よい強さで、ソロ攻略にはもってこいの場所だ。
巨大なアリやらクモが、わんさか襲いかかってくるが、シュヴァルツで薙ぎ払い、魔石や素材も回収せずに奥へと進む。
目指すはボス。
第一も第三も、第五のボスも復活待ちのため、ここのボスに会いに来たのだ。
ダンジョン内は広く、最下層まで、一日ではたどり着けない。
持ち物は、水と、アランと潜った時に使った赤炭方石。それとシュヴァルツのみ。
狩った魔物の肉を喰らい、ものすごいスピードで突き進む。
そして、二日後。
「ふー……やっと着いたぜ」
身体中に細かい傷をつけながらも、無事に最下層まで辿り着いた。
ボス戦前に、肉と水を胃袋に詰め込み、シュヴァルツを見る。
「最初は、お嬢が作ってくれた石の大槌と棍棒。
次はお前だ。
お嬢と一緒に戦えば、どんな敵だろうとあっさり倒しちまうだろう。
だが、オレはお前と、苦労しながらでも強敵に挑み続けるぜ!」
黒く光るシュヴァルツを握り直し、闘争本能を剥き出しにして、ボスがいる広場へと降りて行く。
「よっしゃあァ!行くぜー!」
ボスは戦蟷螂。
脅威となるのは、前足の巨大な鎌だけでなく、ほか四本の脚も、鋭くとがっている。
踏まれれば、体に穴が空くのは間違いない。
前脚の高速な斬りを、シュヴァルツで受け止める。
普通の剣なら、これだけで真っ二つに折れているが、さすがはシュヴァルツだ。
黒光りする刃には、傷一つついていない。
「ぬぅおォォー!」
ネジャロは、馬鹿みたいに強い力で無理やり戦蟷螂の鎌を弾き飛ばし、右前脚を中程から斬り飛ばす。
ギチチチと口を鳴らしながら後退するが、闘いに待ったは無い。
ネジャロは強引に詰め寄り、シュヴァルツを振るいまくる。
何度か躱されたが、戦蟷螂の硬い体を豆腐でも切るかのように穿ってゆく。
ネジャロの猛攻で、二本の鎌はどちらもボロボロになり、胸や腹には穴が空いている。
「終わりだァー!」
一瞬、隙の出来た頭へと斬り掛かる。
が、それはフェイク。
戦蟷螂はもう一つの武器である、強力な酸を吹きかける。
「クッソ、イッテぇ。
あー、油断した。ギルドから気をつけろって言われてたんだがなぁ」
吹きかけられた酸により、上半身と顔の右半分に火傷を負った。
それでも、ネジャロの獰猛な笑みは消えていない。
ネジャロは突進し、シュヴァルツを戦蟷螂に向かって投げる。
それを、傷ついた鎌で防御しようとするが、止められず、首に刺さった。
「オレの……勝ちだァー!」
戦蟷螂の背に飛び乗り、首に刺さったシュヴァルツを掴んでねじ込む。
そしてついに、緑色の首はもげ、ネジャロと戦蟷螂との闘いは、ネジャロの勝利で終わった。
「よし!よし!よっし!
お嬢の助けなしで、ボスに勝てたぜ!」
初めてのボス戦である、ゴブリンキング戦では敗北。
第三と第五のボス戦は、ほとんどトワの火力によるもの。
だが、第四の戦蟷螂戦は、正真正銘、ネジャロ一人の力で成し遂げたものだ。
荒い息のまま、床へと倒れ込み、もぎ取った頭を掲げる。
しばらく安全地帯となった最下層で休憩したあと、討伐報告をするため、第四ギルドへと帰還した。
ギルド内では、ボスの単独撃破で大いに盛り上がり、怪我を治そうと治癒術師が呼ばれたが、ネジャロはそれを断った。
「この傷は、オレが強くなるために必要なもんだ。勝手に消すな。
それより、こいつの素材で防具を作って欲しい。
誰かいい感じの職人、紹介してくれ」
その後、ネジャロが倒した戦蟷螂は、腕のいい職人の手によって、軽くて丈夫な部分鎧として生まれ変わった。
圧倒的な攻撃力に、防御力まで加わったことになる。
冒険者ランクは上がらなかったが、ネジャロにとって大きな一歩となった。
トワたちの所へ戻ると、やはり傷の心配をされたが、それを笑い飛ばす。
「名誉の勲章ってことですね」
「いいな!その言葉!
気に入ったぜ、名誉の勲章。
これは、オレが最強になるための第一歩だ!」
こうして、アウロ・プラーラで〈永久の約束〉の活躍が一層広まったのである。