3-10 おかしくなってゆく関係。
男子組の視点、トワの視点、ベルテの視点と変わります。
様子のおかしいトワが部屋を飛び出したあと、男子部屋は静まり返っていた。
「なんだったんだろう?トワは大丈夫かな?」
「…………」
「ネジャロ?」
ネジャロの性格なら、ニマニマした顔でからかってもおかしくない状況だったが、珍しく考え事をしているようだ。
「なぁ、お嬢は人族だったよな?」
「そう、だね。身分証にもそう記されていたし」
ネジャロもトワの身分証は見たことがあるので、確認しただけだ。だが、
「お嬢のさっきの状態、獣人族の発情期に似てるんだよ。
ただな……あそこまで酷いのは見たことがない」
ネジャロが生きてきた中で、多くのメスが年に一、二回発情し、同種のオスを誘うのを見てきた。
人族とは違う、子孫を残すための行動。
獣人族にとって、生理現象のようなものだ。
「オレたち獣人族は、家畜共とは違って、発情をある程度抑えられるんだ。
その違いは、理性があるかどうか、だって爺婆に聞かされたことがある。
気を失う前のお嬢は、家畜共に近い状態だったな。
人族はどうなんだ?」
「僕たちに発情期はないよ。
獣人族が短期間に強い性欲だとしたら、人族は一年中弱い性欲、っていう感じかな」
トワは、二ヶ月以上一切性欲を感じることはなく、今回、爆発するように発情していた。
「トワは何者なんだろうか?」
「ご主人が分からんならオレに分かるはずもない。
お嬢が元に戻った時、聞いてみたらいいんじゃねぇか」
今はまだ、トワが何者かは、分からずじまいだった。
◇◆◇
発情期真っ盛りのトワは、皆が起きている昼間に寝て、深夜に起きることで、できるだけ人に会わないようにしている。
そんなことをしても性欲はなくならないので、深夜にダンジョンへと転移し、魔物へ憂さ晴らし、爆散させていた。
魔石も素材も全て粉々に。
サンドバッグにされる魔物たちに同情するレベルである。
「はぁ、疲れた……」
第三ダンジョンの魔物は、空間魔法に対して、割り箸くらいの抵抗をしてくる。
そのため、数体だけなら何の問題にもならないが、数百も倒せば中々の疲労と、ストレス発散だ。
夜にダンジョンに行き、浴場で汗を流し、昼に寝る。
こんなサイクルを何度か繰り返していたが、次第に限界が来た。
どうしようもなくなり、深夜に声を殺して慰めるが、ベルテに見つかってからは、毎回手伝ってもらった。
そんな状態が20日近く続き、ようやく収まった。
「ご、ご迷惑をおかけ、しました……」
今は、とめどなく溢れてきた性欲は一切なくなり、猛烈な恥ずかしさだけが残る。
アランとネジャロはまあいい。
痴態を見られはしたものの、数十秒程度の出来事だ。
だがベルテは別だ。
同性だからで済ませられるレベルを、軽々飛び越えてしまったのだ。
最初だけは、隠れてバレないようにしていたものの、見つかってからは自分から誘うようになり、最後はベルテの方から来た。
姉妹のような感覚で過ごしてきた手前、とんだ罪悪感である。
――いっそ、ダンジョンに引きこもるべきだったかなー……
魔物の前で寝ていようと、異界の護りを切らさなければ、触れることさえできないのだ。
ただ、どれだけ反省しようと起こってしまったものは仕方がない。
次から気をつければいい話だ。
「それで、何があったの?」
事の次第を聞いてくるアランの胸には、橙銀級を示すプレートが付いている。
ネジャロも変わらず橙銀級なようで、必要な貢献度がかなり上がっているのだろう。
「えっと……発情期、だったみたいです……」
それを聞くと、アランとネジャロはやっぱり、という顔をする。
「なぁベルテ。オレはオスだから発情期について、聞いたことしか分からねぇ。
だが、普通あそこまで酷くないはずだよな?」
「そう、ですね。
私は年に二度ありますけど、ちょっとそういう気分になるくらいで、やろうと思えば無視できます」
――うわー……私、性欲がアホほど強いってこと?恥っず!
「ねえトワ。君は一体、何者なんだい?」
「人間、だと思います」
自分が転生者だということや、気を失う寸前、頭の中に聞こえてきた声のことについては言わなかった。
――あの時に聞こえてきた声。あれは私のものだった。
でも、僕のものじゃない。多分、妹のものだ。
この体の中に妹がいる?
なら、最近体が勝手に動いてるような感覚になるのは、妹が出てきているから?
試しに、体の中にいるであろう妹に呼びかけてみても、一切反応がない。
結局、体が勝手に動くような感覚も起きず、元の平和な日常に戻っていった。
◇◆◇
一体、どうしたら良いのでしょうか。
お嬢様の発情期のお相手をしてから、愛おしくて愛おしくてたまりません。
たしかに、出会った頃から、群を抜いて美しいとは思っていました。
ですが、私にそっちの気はなかったはず。
それに、ご主人様とお付き合いできるように仕向けたのは私。
なのに、今は私だけを見てほしい。私とだけ話して欲しい。私にだけ触れて欲しい。
奴隷なのだから、そんな願いが叶うわけないのは分かっています。
かといって、何もしないで見ているだけなのは、胸が張り裂けそうです。
一生、孤独に生きるのだろうと思っていた、奴隷商の商品だった私。
逢う人逢う人に、醜いと蔑まれてきた私。
ぐちゃぐちゃにされ、ゴミのように捨てられ、殺された私。
お嬢様は、全ての私に暖かな手を差し伸べてくれました。
その時は、まだ、ギリギリ尊敬という感じだったと思います。
ですが、今は……
お嬢様。
私は、お嬢様を愛してしまいました。
この想いは、どうしたら良いのでしょうか?
この日を境に、トワの存在が、尊敬できる主人から想い人へと変わってしまった。
アランと相思相愛のトワ。
そこに、自分が入り込む余地はないと分かっていても、諦めきれなかった。