3-8 過ぎ去った嵐。目に見えない被害。
第一ダンジョンのボス討伐を成した一行は宴を大いに楽しんだ。
美味しい料理を食べ、男共は酒を浴びるように飲む。
それは、夜遅くまで続いた。
お開きになった理由は、男どもの酒の飲みすぎである。
急性アル中まではならなかったが、貸し切った食堂でぶっ倒れて、そのまま眠ってしまった。
「はぁ全く、誰が運ぶと思ってるのかしら?」
ベルテに会計を任せ、アランとネジャロを異空間倉庫に入れる。
「お嬢様、会計終わりました」
「ありがとう。帰りましょうか」
宿にもどり、ベロンベロンの二人を同室のベッドに寝かせ、シラフの女子二人は浴場に向かった。
もう既に夜遅く、浴場にはトワたち以外に一人しか客がいない。
「ベルテさん。体洗ってあげるわ」
「い、いえ。そんな、悪いですよ」
「じゃあ、私のことも洗ってもらえるかしら?」
それなら構いませんと、トワは優しい手つきでゆっくりと、全身を洗われた。
次はベルテの番だ。
泡を手に取り、ベルテの腕にのせる。
その腕は、肘の先から手の甲まで、綺麗な薄緑色の体毛で覆われていて、すべすべと気持ちがいい。
しかし、数時間前は赤黒く染まり、骨も砕けて見るも無残な状態だった。
大きな胸も、細くくびれたウエストも、スラリと伸びる脚も、全てが酷い有様だった。
しっぽなど、途中で切られて無くなっていた。
それら全ては、きれいに元に戻ったが、傷ついた心までは戻せない。
私自身も、あのときの光景が瞼の裏に焼き付いている。
ベルテの体の泡を洗い流し、再び綺麗な肢体があらわになった。
「ありがとうございます、お嬢様。
とても気持ちよかったです」
そう言うベルテの顔は、本当にそう思っているであろう良い笑顔をしていた。
――もうこれ以上、私の大切な仲間は傷つけさせない。
敵となるものは全て殺す。
トワの真っ赤に燃える冷たい目は、静かに開かれていた。
「お嬢様、珍しいですね。魔族の方がいます」
浴槽に浸かった二人の目線の先には、もう一人の客の横顔が映っていた。
――本当に魔族ね。ただ、どう見ても人間なのだけれど。
二人の視線に気がついたのか、魔族の女性がこちらを向いた。
その顔には、目が一つしかない。
片目が潰れているとかではなく、元々一つしかないようにみえる。
「ベルテさん。あの方、目が一つしかないわ。あれが魔族の特徴なの?」
「はい、そうですよ。ただ、見えないだけでしっかり二つあるんです」
魔族の見えない目は魔眼と呼ばれていて、魔力の流れを視ることが出来るらしい。
猫人族の感知能力が高いのも、魔力の流れを感じ取っているからで、魔眼は、それを視覚的に感じ取ることが出来る。
ベルテと話していると、魔族の女性が湯から上がった。
体の方は、人間と全く変わりがない。
この世界に来て、魔族を一人も見かけないなと思っていたが、街でたまに見る片目を隠した人。
その人たちが魔族だったのかもしれない。
二人も湯から上がり、自室に帰る。
酔っ払ったアランとネジャロが同室で寝ているため、今日はベルテと同じ部屋で寝る。
明かりを消し、しばらくすると寝息が聞こえてきたが、段々と呻き声に変わっていった。
うなされている。
それはそうだろう。
自分よりも強い男たちに襲われ、犯され、挙句、殺された。
そして、死を体感して、更には戻ってきたのだ。
その場で気を失わなかっただけでも本当に強い女性だ。
トワは、ベルテのベッドに入り、頭を抱き寄せて撫でる。
トワにとって、一番落ち着く方法で慰め、そしていつの間にか眠っていた。
◇◆◇
「あ、あのっ。お嬢様、これは一体……」
目を覚ますと、胸元で顔を赤くし、わたわたしているベルテが映る。
「よく眠れましたか?」
「はい。途中から、嫌な夢が優しい夢に変わって、それからよく眠れました」
「そう。それなら良かったわ」
着替えて、酔っ払っていた男子組を起こしに行くと、青い顔をして吐き気や頭痛と戦っているアランとネジャロがいた。
「はぁ、二人とも二日酔いですか?」
「そう、みたい……」
「しゃべんないでくれ、いてぇ……」
男子組は完全ダウンなので、水を沢山飲むようにと伝え、休日にした。
「あれがお酒の力ですか……昨日飲まなくて良かったです」
「いい経験になったんじゃないかしら?私たちもお酒を飲む時は気をつけましょうね」
お酒は飲んだことがないので、二日酔いの怖さは分からないが、二人の様子を見る限り、なかなかヤバそうだ。
◇◆◇
休日となったため、久しぶりにベルテと出かけることにした。
トワたちがダンジョンに潜っている間、色々な店を巡っていたベルテは、とても楽しそうに案内をしてくれる。
服屋に寄ってお揃いの服を買ってからは、いつも着ていた外套を脱ぎ、顔も隠さなかった。
そんなことをすれば、卑しい笑みを浮かべたものが寄ってくるが、ちょっと威嚇すれば、尻に火をつけられたかのように逃げてゆく。
そんなことをしながら街を巡っていたおかげか、夕方になる頃には誰一人として寄ってこなくなっていた。
今日の目的は、ベルテに嫌なことは忘れて楽しんで貰うことと、手を出せば殺すという警告だ。
もちろん後者については教えていない。
仲の良い姉妹のように一日を過ごし、宿へと帰った。
「まだ抜けてないのね……」
男子組の部屋を覗いてみれば、ぐでー……と床に突っ伏したまま動かない二人がいる。
しょうがないわねー、と二人を宿の医務室に連れてゆき、回復魔法をかけてもらう。
それでようやく治ったようで、今度は盛大に腹を鳴らしていた。
食堂に行き、消化に良いものを胃袋に詰めてゆく。
前日の最悪な気分とはうって変わって、とても平和な一日を過ごすことができた。
ベルテの心境を想像しながら書いていましたが、私まで辛くなりました。
本当に幸せになって欲しい。