レンズ越しの純文学
一
同僚と一緒に酒を飲んでいた。酔いが回ってくると同僚はいつものように「まずはちゃんと恋人作りなよ」と諭してきた。二児の父である彼からすれば、三十を過ぎても独りの私を心配するのは当然だろう。「俺の女はスマホの中に住んでるからな」答えると彼は見慣れたあきれ顔をした。。
アニメやゲームのキャラクター、二次元美少女を本気で自分の女だと思っているわけではない。だからといって生身の女と生活を共にする、というのも現実味がなかった。両者に対する欲求は半々といえる。未だに童貞なのもそのせいだろう。それを問題視してないのが一番の問題である。
「ところで」と、同僚が得意顔で「このまえ海いってきたよ」といい、頼みもしないのにスマホの画面を突き出してきた。青い海や砂浜、水平線やらが映っている。
まったくこういう時の写真ほどどうしようもないものはない。案の定、美しさや迫力は半分も映し出されてはいない。「おお、海キレイだな」心にもない感想を述べた。同僚はさらに得意気になった。
これは仕方がない。身に覚えがある。例えば旅行先でいい景色に出会ったとする。感動して写真を撮るものの満足には撮れない。カメラ好きでもない限り。全体的に小さくてよくわからないものになる。絵葉書を買った方がよっぽどいい。感動して写真を撮る、メモみたいなものだ。証拠にもなる。誰かにその感動を分かってほしい時に提出するのだ。似たような写真は我がスマホにも山ほどあるわけだが・・・
そういえば先日スマホとパソコンをつないで作業していると、見覚えのない十年前の写真をみつけた。十年前はまだスマホを持っていなかったのに。誰かから貰ったものだろうか。白い塔の前で空と同じ灰色のブラウスを着た女が映っている。もちろん知らない女だ。もし自分に恋人が出来たらこういう女かもしれない、そう思わせるような極めて特徴のない女だ。何か不気味だ。忘れているだけかもしれないが。誰か友人に聞いてみようと思い、消すのは止めておいた。
帰宅して寝ようとしたら、同僚のどうしようもない写真が思い出された。意外にも、水平線を撮ったものが目に焼き付いていた。私ならもっとうまく撮れるのではないか?自分で撮って、スマホの待受画面にしたら良さそうではないか!不意に、降って湧いたような考えにとりつかれた。「あの島へ行こう」次の休みは海へドライブに行こう、と思い立った。
「あの島」とは二十年前に家族といった島である。当時は船で渡ったが、何年か前に吊り橋が架けられ、車で行けるようになった。かなりの大工事でテレビでやっていた。それ以来気にはなっていたものの、車で片道一時間半かかることや、「独りで行っても仕方ない」との思いから行動できないでいた。それが水平線の写真を目にしたことで私を一気に行動に駆り立てた。
二
当日は生憎の曇り空。一時間半マイカーを飛ばしようやく念願の橋を渡った。
三
島に上陸してすぐ、下から橋の全貌を眺める事の出来る場所があった。カメラに収めるには外せない場所だ。平日だったので誰もいない。真新しいコンクリートで固められた見晴台に立ち、スマホのカメラをあちらこちらに向けた。やはりというか、撮った写真はどれもこれも迫力に欠けており、玩具の吊り橋みたいだった。
改めて吊り橋を眺める。とりわけケーブルを吊っている主塔が巨大である。巨人みたいに聳え立っていた。白い鉄骨は100メートル以上あるように思えた。塔のてっぺんにいる訳でもないのにブルルと身震いした、足がすくむ。あまりに巨大なものをみるとヒトは恐怖を覚えるらしい。怖くなってその場を立ち去った。
上陸はした、が、目指す場所が無いことに気づいた。休憩所に立ち寄り島の観光マップを眺める。海水浴場はもちろんキャンプ場もある。海の見えるレストランやカフェもある。それらはどれもこれも独りで行くべき場所ではない気がした。行く気もない。絶景スポット、が目を引いた。島の先端に「花松崎」というのがあるらしい。青い空、青い海、水平線も間違いなく撮れる。
車で15分も走ると駐車場があった。ここから歩いて10分のところに花松崎の先端がある。他にも何台か車が停まっていた。松林に囲まれた遊歩道を歩き始めてすぐ、一組の老夫婦とすれ違った。「こんにちわ」声をかけられる前にこちらから挨拶する。「こんにちわ」返事が返って来たものの、どちらも奇異な目でこちらをみた。もう一組老夫婦とすれ違ったがやはり同じ反応だった。彼らは全く正しい。ここもやはり独りで来るところではなかったのだ。しかし、スマホの中には二次元美少女が居るし、待受画面に相応しい写真も撮りたい。ここは退くわけにはいかぬ。
松林が途切れようやく開けた場所に出た。荒々しい岩礁や青い空、少しだけ覗く青い空を見渡すことができた。これこそが求めていた景色だ。カシャ!カシャ!カシャ!夢中でスマホのカメラを向けた。恋の熱に浮かされた思春期の男子のように。そのうちスマホ自体が熱を持ってきた。少し休もう。大海原を前にボンヤリ水平線を眺めた。本当に水平線を境に、空と海とが分かれている。それを眺望するのはとてもいい気分だった。写真?どうせロクなものは撮れてない・・・
花松崎の先端はそこからすぐの所だった。そこには白い灯台があった。あの見覚えのない、灰色のブラウスの女と一緒に映っていた塔とソックリじゃないか!呆気にとられしばらく灯台を見つめる。この中に入れば女の謎が分かるかもしれない。しかし入り口と思しき扉には「立ち入り禁止」とあり南京錠がついていた。当然だ。
灯台の中に女形のアンドロイドがいる、途方もない考えが浮かんだ。彼女は然るべき時に扉から出てくる。
大海原へ向かって大型客船進んでいった。羨望を持ってそれを眺めた、この世の果てにでもいる気分だ。灯台には何の変化もない。当たり前だ。しかしスマホの中に二次元美少女がいるのだ、灯台の中に女形アンドロイドがいてもおかしくはあるまい?仮にいたとしても、どうしたらいいのか分からない・・・。大型客船が視界から完全に見えなくなった後、「この世の果て」から立ち去った。
帰宅した後、撮った写真をパソコンの壁紙にした。水平線のヤツだ。同僚のものと比べたらどうかと聞かれれば、似たようなものだったが、思ったより悪くはなかった。晴天ならもっと海と空は青かったかもしれぬ。
白い灯台も撮っていた。見覚えのない女の写真と見比べようとしたが、何故か女の写真は消えていた。スマホにもパソコンにも、何という事だ。君は一体誰だ。何だったんだ?
しばらく、新しく設定したパソコンの壁紙を眺めた。誰が言いだしたか知らないが、童貞のまま三十を過ぎると魔法を使えるようになる、という。当事者として実感を述べると「魔法が使える」のではなく「魔法にかけ」られる。
誰かにかけられるのか自分でかけるのか、それはまだわからない。水平線の向こうに何があるのか分からないように。