スマイル09 ケーキの役割
「流石、天才ね」
「ウルセーっ!! やった事ねーんだから、仕方ねーだろっっ!!」
ナンだよ、コラ。
俺に恥をかかせようって魂胆か!
性悪女め!!
しかしミューはそんな俺をバカにしたりせず、笑った。「それでイイのよ。誰だって最初から上手く出来ないんだから」
「うっ、ウルセー! こんなのすぐ慣れるっつーの! この天才を見てろ」
そう言って豪語したものの、相変わらずケーキのスポンジには、ボコボコのクリームの山が出来あがるだけだった。
クソッ。
俺はカンペキ主義なんだ。
・・・・今度練習しよ。
「じゃあ次は、イチゴを乗せて」
イチゴはまあ何とかセンス良く盛り付けたが、クリームの乗りが最悪なので、歪なイチゴのホールケーキが完成した。
「さっ、それを食堂に持っていって。あの子達と一緒にお手伝いお願いね」
ホールケーキを持たされた挙句、またまたキッチンを追い出された。
カンペキ、コケにされてんな!
クソッタレ。
絶対この施設は潰してやる!!
悪態をつきながらケーキを持っていくと、ガキ共に大歓迎された。
食堂のテーブルの中央にケーキを置いた頃、大きなトレイにジュースのペットボトルや牛乳、紅茶を乗せたものを運んできたミューも中に入ってきた。
「あら、凄い! もう飾りつけ終わったの? 皆で出来たの?」
「先生違うんです。お兄さんが手伝ってくれて、しかも全部やってくれたんです!」
ガックンが俺の事をミューに報告している。
よしよし。良いガキだな。褒めてつかわす。
「へえ、いいトコあるんだ。王雅、有難う」
ミューが、初めて俺の名前を言って、微笑んでくれた。
ドキン
まただ。
俺の心臓はおかしくなってしまったのか?
ミューが微笑む度に、俺の心臓は急にドキドキするんだ。
絶対、昨日食ったオムライスかコロッケのどっちかに毒盛ったな。そうに違いない。
「じゃあもう準備終わったから、外で遊んでいるリョウ君とアイリちゃんとユウ君呼んで来てくれるかな? パーティ始めるわよ!」
「はーいっっ」
こぞってあのサルガキを呼びに行くガキ共。
何人居るんだよ、全く。
感心して見ていると、ガックンが俺にクラッカーを手渡してきた。「ハイこれ。お兄さんの分です」
「えっ? ああ・・・・」
突然だったので、思わず受け取ってしまったじゃねーか!
何に使うんだよ!
「リョウ君が帰ってきたら、お兄さんも一緒に鳴らしてね」
ご丁寧に説明されてしまった。
仕方なくクラッカーを持っていると、ガキが食堂に集結した。
「リョウ君、お誕生日おめでとう――!!」
リョウが食堂へ入った瞬間、パーン、とクラッカーを鳴らしたので、俺も一緒になってクラッカーを鳴らす。
「うわぁ、スゴイ!!」
リョウが感激して大きな瞳を更に見開いて、ウルウルしている。
「みんな・・・・どうもありがとう!! 僕、すっごく嬉しいよっ!!」
紙テープをチリチリ毛に絡ませたリョウが、何度も頭を下げた。ミューがケーキの前に連れて行くと、ガキ共の計らいで、食堂の電気が消された。
カーテンを予めひいてあったので、電気を消しただけで部屋が薄暗くなり、蝋燭の炎がゆらゆらと揺れている。
「ハーッピバースデー トゥーユー」
誰かが、ハッピーバースデーの歌を歌いだした。
すると、次々に歌声が重なり、大合唱となっていく。
「ハッピーバースデー ディア リョウ君ー」
ハッピバースデーの合唱が終ると、リョウは蝋燭の火を一気に吹き消した。
火が消えると同時に、ガキ共からのお祝いの言葉がリョウに贈られた。
――――・・・・・・・・
『ハッピバースデー トゥーユー
ハッピバースデー トゥーユー
ハッピバースデー ディア 自分ー
ハッピバースデー トゥーユー』
リョウと同じ五歳の誕生日。
俺は、一流のパティシエが作ってくれた豪華で美しいホールケーキと山盛りの玩具を前に、一人寂しく自分のパーティをやったんだ。
父も、母も、仕事ばっかりで。
お陰で俺は玩具に不自由する事なく育ったが、こういったイベント行事には無縁の人間になった。
チッ。
つまんねー事を思い出してしまったぜ。全く!
絶対、この施設は俺がブッ潰す。
覚悟しとけ、ガキ共。そしてミュー。
今に俺の足元に跪かせてやる!!
※
パーティが終った後、俺はミューと話をつけるために、応接間でヤツと向き合っていた。
ミューが入れてくれた紅茶が、湯気を立てている。冷めないうちにどうぞ、と勧めてくるから、仕方なく飲んでやる。そういや、昨日も飲んだが、相当美味い紅茶だった。
「うん、美味い」思わず、口からそんな言葉が零れていた。
ハッ!
茶を飲んで、美味い、なんて言って和んでる場合じゃねー!
オイコラ、と口を開きかけたら、ミューが先に話し始めた。「今日は有難う。飾り付け手伝ってくれて、本当に助かったわ」
「あ、えっ、いや、別に・・・・」
それより、と続けようとしたら、またミューが先に話し始める。「ケーキ、皆で食べたら美味しかったでしょ?」
「あ、えっ、まあ、美味かったけど・・・・」
俺が塗ったクリームのせいでかなり形の悪かったが、確かに美味いケーキだった。
スポンジは柔らかくて、ほんのり甘くて、優しい味だった。
「そりゃあ、アンタが買ってきてくれたケーキも相当美味しいと思うよ? 高いって有名なお店で買ったんでしょ。知ってるわ」
「まあな。俺が特別に作らせたんだ」
やっと気づいたか。遅いっつーの。
「でも、あのケーキじゃね、一人の人を笑顔にすることは出来ても、皆を笑顔にすることはできないの」
「笑顔?」
「そう。皆でワイワイ言いながら食べるのが、美味しいの。私の手作りじゃ、味はアンタの買ってきてくれたケーキには適わないけど、ケーキの役割は果たしてるのよ」
「役割? ナンだよそれ。そういえば買い物する前にも言ってたな。役割を教えるとか何とか」
「ええ。ケーキは、皆を笑顔にするの。楽しいパーティに欠かせない魔法のお菓子よ。ただ高い、有名で美味しいってだけじゃダメ。愛情のたっぷり篭ったケーキには、皆を幸せにしてくれる魔法の役目がある。それが、ケーキの役割よ」
「ケーキ食っただけで幸せになんのかよ」
「なったでしょ? 子供たちもそうだけど、私も、アンタも」
「なるか!」
「はあ~、お金があっても心が貧しいって、イヤねえ。これだけ言っても解らないなんて」
何か、信じられないという目をされた上に、おもいっっっっっきりため息つかれた。
このアマ。ふざけんな!!
「テメエ、フザケテルトホンキデヤッチャウゾ!」
怒りのせいで、まともにも喋れなくなってんじゃねーか!
「アンタ、まだそんな事言ってんの? それに、私はふざけてないわ。何時だってホンキよ」
「俺だってふざけてねーよ!」俺は目の前のテーブルを拳で叩いた。
「いいか、俺はこの施設の人間を立ち退かせに来たんだ。お前がこの施設に拘る理由なんて知ったこっちゃねーよ! つべこべ言わずにさっさと契約書にサインしろ。それだけで沢山の金が手に入るし、子供達にも裕福な生活させてやれるだろ! 貧乏くさい手作りケーキじゃなくて、一流のケーキ、毎日腹いっぱい食わしてやれるじゃねーか。それが幸せなんだろ? 何時までも貧乏のまんまじゃ、アイツ等だってカワイソウ――・・・・」
そこまでまくしたてたところで、ミューが傷ついた顔をしている事に気づいて、俺は口をつぐんだ。
「そうよね。確かにこんな貧乏施設じゃ、満足に美味しいものいっぱい食べさせてあげられないけど・・・・」
ミューの声は震えていた。
ちょっと言い過ぎたか。いつもだったらもっとスムーズに上手く言えるのに、何でこんな言い方してしまったんだろう。これじゃ、契約書にサインさせられねーじゃねーか。・・・・いや、それよりももっと別の事で、俺はしまったと思っていた。
契約書とか、そんなことじゃなくて。
ミューに、あんな悲しい顔させちまったことにだ。
「ここはね、私の両親が一生懸命働いたお金で、建ててくれた施設なの! 孤児で辛い思いをしていた子供達や、虐待で苦しんでいた子供達が、笑顔になれる場所なの!! 幾ら大金出しても、お金なんかじゃ買えない、大切な故郷なの!! だから私だって身体張って守ってる! アンタみたいな金持ちのお坊ちゃまなんかには、この場所が私達にとってどんなに大切な場所なのかなんて、絶対解らないわ! 理解して欲しくもない!! だから、何度来ても同じよ! 帰って! 二度と来ないで!!」
笑顔の消えてしまったミューの横顔は、とても悲しげで、脆くて。
「俺には・・・・わかんねーよ、お前の気持ちなんて。お前だって俺の気持ち、わかんねーだろ。・・・・また来る」
二度と来るなというミューの言葉を背中で受け止めながら、施設を後にした。
結局、ケーキの役割なんて、俺にはわからなかった。
そうだよ。
俺は何時だって、形の整った美しいケーキを一人きりで食ってきたんだ。
一人の人間を、笑顔にできるなら、それでいーじゃねーか。
それで十分だろ。たかがケーキなんだし。
俺は、アイツが何に傷ついて、何に怒っているのかも、正直よく解らなかった。そんな俺の気持ちだって、ミューが解る筈も無い。
――俺が今、お前の事でどんな気持ちでいるかなんて事さえ、な。
数ある作品の中から、この作品を見つけ、お読み下さりありがとうございます。
評価・ブックマーク等で応援頂けると幸いですm(__)m
次の更新は、7/2 0時です。
毎日0時・12時・18時更新を必ず行います! よろしくお願いいたします。