もし……だったらどうしよう脳
主人公はどうやら1年中どんよりとした天気の雪国にいたせいで鬱々としているようです。ネガティブフェスティバル
村の外れへ来ていた。
遠くに行くなとは言われたが、大丈夫だと思う。
村の外れとは言っても、元々住んでいる家が村の外れの方だからだ。
先程のおっさんに呪われてないか心配になって少し走ってしまったが逃げ切れたようだ。恐ろしい、まさか探索初手で幽霊とか反則だろ。
ホラゲーかよ。……てか昼間から幽霊出てきてんじゃねえよ。
幽霊に話しかけると呪われるからやめろって前の世界で爺ちゃんに言われたけど大丈夫かな。
家に帰ったら悪霊払いが出来ないかそれとなく聞いてみよう。
霊廟や水辺に現れる幽霊は生者を黄泉へ引きずりこむって言われてるけどあそこも霊廟だったのだろうか。
家からほとんど距離がなかったんだけどあんな昼間から幽霊が出るやばい物件の近くに住むとか嫌だわ。
目が覚めたら、あの幽霊のおっさんが
『やあ、両親の許可は取れたのかい?僕と一緒にあの世から星を見ようよ!』
なんて誘ってくるんじゃないか思うと恐怖だ。
思考を切り替える。
今は村の探索だ。
実のところ何もない。
森があるわけでもないし、淡々と崩れた遺跡が見えるだけだ。
このまま進んでも何もないだろうし、こうも同じ風景が続くと迷ってしまいそうだ。少年期にでもなれば背も伸びて視界も高くなるだろうが、5歳程度の背丈では見えるものも見えない。
自宅周辺で迷子なんていうのもありえなくない。
ここで探検は終わり……とはいかない。
家に帰っても修羅場だし、それにまだ日は高い。村の外側はもう探索したし今度は村の中心地や教会へ向かってもいいだろう。
洗礼を行った教会は村の中心地にあった筈だ。そこに行けば答えとは言わずとも自分がこの体に憑依してしまったヒントが見えるかもしれない。
そうと決まれば、行くしかない。
虫がいないことをいいことに地べたに座り込んでいた俺は立ち上がるため近くの石積みに手を伸ばし、そのまま石を握りつぶした。
手の中で砂利になって崩れゆく石。
手は痛いどころか何も感じない。
これが幻でもなんでもないということを粉塵として舞い上がった石の匂いが証明していた。
「は?」
意味がわからん。
「は?」
自分でも驚きすぎて握った手を何回も握り直した。
幻じゃなかった。
今、自分が石を粉砕したのが夢じゃなかった。
いくら風化しているかもしれないとはいえ石を片手で粉砕する5歳児って人間か?
いや、人間じゃねえ……。
マジでなんだこれ。
あー、あ。やっぱり夢じゃなかったよ。なんかおかしいなとは思ったよ?地面に根を張った草が足に引っかかった時、躓くどころか草の方が抜けてきたし、ドアだって簡単に開いた。
さっきだって走っても疲労感もなければ息も上がらない。
なんだろう。この違和感は。
限りなく人間に近い。
青い空、緑の草、石造りの家に住み、声を使って言葉を話す。
模様や様式と言った完成を持ち、食材を加工して料理を作るという文化を持つ。
個に名前やニックネームをつけて呼ぶ。
極めて人間に近い容姿をし、人間のように服を着る。
だというのに、どこか自分が憑依するこの体は人間では無いような気がした。
それもあの夢で見た黒く冒涜的な姿をした化け物のような。
そんな得体の知れないおぞましさをこの体に感じた。
この体の中には何があるのだろうか。
機械でも出てくるのか?金属の骨格、はたまた体がナノマシンでできていたりして……。
ルルシヴァクの父、ライオスはふつうに見えた。
どちらかと言えば外面のいい自分勝手な男。子供は子供というより友達。そんな男だろう。
ルルシヴァクの母、メイリーは酷く優しい人物だろう。怒鳴ると怒るは違うと言うがメイリーがライオスに注意したのは小言をぐちぐち言ってケチをつけていたわけではないのだろう。恐らく息子の教育のためにライオスとの関係が悪くなることを覚悟で食事や普段の生活態度について怒ったのだと思う。
父は小物で母は常識人だ。
であれば、この体を改造したりこのような体で生まれてくるようにしたりはしないだろう。
地球で今まで生きてきた中で、体毛の代わりに服を着て喉を揺らして声を出し音に意味づけて言葉を作り様々な形や色に美を見出し木や石を使い文明を築き星すら滅ぼしうる物を作った、頭以外にほとんど体毛を持たないこの不思議生命体である人間がホモ・サピエンス種以外にいたとは知らなかった。
憑依という概念は幾らでも、創作でも神話でも噂だろうがオカルトだろうが幾らでも聞いた話だ。
でもこんな力を持つ人間種がいることは知らない。
であればここが地球ではなく、別の惑星か、元いた地球のパラソルワールドではなかろうか。
もしもパラソルワールドならば、人間が文化を築いた条件の中で最も遠い関連性の世界だろう。
5歳で石を粉砕するような力を手に入れられる世界が近接する並列世界なわけがない。
まあ、まだある。
先程、2回ほど"は?"と言ったのには理由があった。勿論岩を粉砕したことに対する驚愕では間違いではないが、一つは憑依後伝承した記憶にこのように怪力を持っていた光景が見当たらなかったからだ。
これが自らがこの体に憑依した影響かは不明だが、洗礼を行ってからルルシヴァクという体に雪国生まれのもやしっ子である俺の意識が宿り、瞳の色は紫色に変化し、力はゴリラ並みになった。
明らかに洗礼というのは怪しい。
洗礼という名のやばい宗教団体による人体実験か改造なんじゃないかと思えてきた。
それを確かめるためにも教会へ向かう必要がある。
空に高々と登る日を見てまだ余裕がありそうだと思った。
俺は足元に落ちた石のレンガを砕かないように掴むと踏み込んで永遠と続くように見える平野と遺跡群へ向かって投げつけた。
もっと早い段階で魔砲使いとして砲の使い方を習う予定でしたが、村の説明や主人公のネガティブな思考、家族関係について書いておきたかったので先送りにしました。
次回も探索回です。