波乱と孕ん
辺境の村で暮らし始めたライオスとメイリーは遥かに遠く、山々を超えた先にあるエルティア王国からやってきた。
元々、王国でライオスは冒険者という職業についていた。
冒険者はギルドと呼ばれる組合に属している。ギルドは冒険者を国家や犯罪者などから守り身分を保証する代わりに仕事の依頼や達成など手数料を取ることで運営している。
ギルドは国ごとに独立していない、国家間をまたいだ巨大組織である。
構成員はならず者上がりから貴族まで人種のるつぼである。
ライオスは子供の頃に聞いたドラゴン殺しの英雄アレイアに憧れて家から飛び出した。
裕福な商人の家に生まれたにもかかわらず冒険者などになったライオスは、最初は命がけのこの仕事をなめていた。
金にものを言わせ、強い装備をつければ自分も英雄になれると思っていた。
身に合わない装備を纏冒険を続けていた。
だが低級の魔物に囲まれ死にかけたことによりそれではいけないと気づいた。
疎かにしていた人間関係を改めた。
自惚れて基礎を怠っていたことがどれだけ馬鹿だったか気づいた。
それからは道場に通うことにした。
基礎もなく装備でごり押ししていただけでは勝てないのが冒険者だ。
それからは、剣を習い、人との付き合いを改め、準備を欠かさず、装備も自らにあったものに変えた。
ライオスは長く生き延びた。
ライオスのように裕福な家庭に生まれ装備の力でごり押ししているだけでは勝てないと気づけなかった同期たちは命を落としていった。
ライオスは7歳から冒険者を始めて21歳まで続けた。最初は草むしりをしていた彼も努力と信頼といい仲間を手に入れ街の郊外に存在するダンジョンに潜るようになっていた。
ダンジョンとは行政が管理していない古代遺跡のことで、遺跡内の施設の暴走や過剰な防衛施設の稼働、魔物の占領により人に害をなすようになった建造物群を指す。
古代遺跡は地下にも地上にもあるが地上のものは災害や風化により殆どが崩れているためダンジョン化することはあまりない。
その為、もっぱら冒険者が探索するのは地下にあるタイプであり、ライオスたちも様々な時代のダンジョンに潜ってきた。
国の枠組みにある地域においてダンジョン探索は歓迎されるものだが地域によっては神聖な地とされていたり、人を埋葬していたりするため冒険者がダンジョンに潜ることを墓荒らしなどと蔑称していた。
遺跡を探索し古代の遺物を発掘し持ち帰る。仕事終わりには酒場で酒を飲んで騒ぐ。宵越しの銭は持たず、目に付いた宿に泊まり毎日を好きなように生きる。
子供の頃から商人になれと言われていたライオスにとって決して安定しているとは言えないこの生活が憧れたものそのものだった。
ドラゴンを倒せる実力はないが、パーティーメンバーの一人といい関係になっていた。もし子供が出来たら冒険者をやめて家を継いでもいい。そう思っていた。
エルティア国王エドワードⅧ世が崩御。
もともとあまり情勢が良かったわけではないエルティア王国は国王の崩御により内戦へ発展した。
冒険者であるライオスにはあまりわからなかったが、王国は王位を継承しようとした第1王子と国家を転覆しようと貴族をまとめ反逆した辺境伯、それに漬け込んだ隣国により王国は荒れに荒れた。
各地で戦いと掠奪が起きた。
こうなると冒険者どころではない。
混乱に乗じて商店や貴族の屋敷は掠奪を繰り返され。街には火の手が上がり潜伏していた邪教徒たちが我が物顔で闊歩し街中で人が殺しあう、紛争地へ成り果てた。
パーティーは解散し、エルティア国民ではなかった仲間たちは国へ帰った。
ライオスは国内にいると思われる家族と合流するため生まれ育った家へ戻ったがそこには焼け果てた残骸があった。
商人である家族はもうとっくに危険を感じて疎開したのだろうと考えたライオスは、自分も国を出ることを決断した。
そう距離のないはずの道のりは困難を極めた。荷物を抱えて逃げる馬車の列、賊だか騎士だがわからない連中が四六時中襲いかかる。
一人で逃げていたライオスにはあまり関係はなかったが馬車は格好の餌食だったようで逃げる先々、道を進めばあちこちに馬の死骸や馬車の残骸があった。
買い占めと掠奪と接収によりどこもにも食料はなかった。街では飢えた人間たちが一つのパンを取り合って殺し合い、街のあちこちで僅かな食料と大量の金貨を交換するのを見た。
中には禁止されているはずの人身売買に手を染める人間もいた。
そんな中であったのがメイリーだった。
誰も彼もがやせ細りあちこちで悲鳴や火の手が上がる地獄のような場所でライオスは彼女に出会った。
檻に入れられた彼女に一目惚れしたライオスは彼女を買った。
外で捕まえたウサギ1羽。
それがメイリーの値段だった。
ライオスはメイリーに一目惚れしてつい買ってしまったがその後のことを何も考えてはいなかった。
森へお帰りと言わんばかりに解放しようとしたライオスにメイリーは国外まで逃げる為の交渉をした。
その時、ライオスは迷っていた。
今は渡せないが後で沢山、金を払うと言われたがあいにく金は実家に行けばあるし、実家がダメでも国外の支店に行けばお金はおろせる。
それにライオスもお腹が空いていた。
金なんかより食べ物が欲しかったが、その食べ物はメイリーを買うために使ってしまった。メイリーは戦えそうにないし後で払うという言い方的におそらく対価は支払われないだろうな、と思った。
迷ったライオスだったが、ふと子供の時に聞いたアレイアの英雄記を思い出した。国を滅ぼし人を食べる悪龍を殺した英雄は人ざらいに追われていたお姫様を助けていた。
今考えると一人で龍を殺したり1000人の賊を斬り殺すなど不可能だとはわかる。
アレイアが実在する人間でもないことにも気づいた。
だがライオスは燃えていた。
美少女を助けて対価も貰わず敵を払いのけながら旅をする。
……凄く英雄っぽい。
年齢22歳、独身ライオス・オーブルは大きな子供だった。
馬鹿みたいな理由でメイリーを守りながら旅を続けたライオスだったが冒険者時代に培れた戦闘技術は本物だった。
あまり強そうとはいえない見た目から繰り出す鋭い連撃と巧みに操る盾で飛来する矢から身を守り、鎧に包まれた敵を刺し殺した。
盾を片手に槍を振り回すその姿に次第とメイリーも惚れていった。
旅を続ける中で無事に国外へは出ることはできていたがエルティア王国から流れてきた難民や賊が隣国まで及びとても安心できる場所ではなかった。
二人は海を越え隣接する大陸へ非難することにした。
港町に行くには古代遺跡群を抜ける必要があった。遺跡とは言っても恐らく誰にも管理されていない。
ライオスはそれらがダンジョン化していると見て最寄りの都市で準備をした。
都市は比較的安心出来た。
気が緩んでいた二人は今までの鬱憤を晴らすようにハメを外した。
準備が整い港町へ向かうため旅を再開した二人だったが、あと半分というところでメイリーが妊娠したことが発覚した。
メイリーはもう少し早く気づいていたが港町に着くまでは耐えれると思っていた。しかし思ったよりも妊娠という現象に体力を削られ思うように進めていなかった。
具合が悪いなかダンジョンを抜けるのは無理だと思ったライオスは、遺跡群の中でも安全そうな場所に一旦止まりそこで出産してもらうことを考えた。
セーフティーゾーンと言われる安全地帯にメイリーを置き、ライオスが食料を探しに行くのだ。
しかしダンジョンというのは暴走した遺跡や魔物が占拠したものを指す。そんな場所に一人で置いていくなんてとんでもないことだ。なにしろセーフティーゾーンといえど小さな魔物は入ってくるのだ。
迷えどほかに選択肢がないライオスは数ヶ月前の自分を恨みながら必死の覚悟でメイリーを守ることを決断した。
毎日、枯れ木を集め木を切り倒し、火を絶やさぬように燃やし、魔物を狩って食料を調達し、それを何度も繰り返した。
メイリーが具合が悪そうな時は薬草を採取しに行きレシピを思い出しながら懸命に薬を調合した。
そんな生活を2ヶ月ほど行っていたある日、二人の元に人がやってきた。
見たこともない独特の衣装を身に纏い片言の大陸語を話す男だった。手には巨大な筒を抱え身体中に怪しげな紋章を大量に刻んだライオスとメイリーの人生の中で見てきた誰よりも最高にやばい人物だったが、彼の村に来たら滞在させてくれるというので二人は行くしかなかった。
本当は泣いて喜ぶほど嬉しかったが見た目が怪しすぎて素直に喜べなかった。
驚くべきことに怪しげな男は魔法使いであった。今まで見てきた普通の魔法使いとは明らかにタイプは違っていたが様々な魔法を筒を媒体として放ち魔物を一掃する姿に驚かされた。
絶対人が住んでいないと思っていた遺跡群の中を通り、出た先は地面に露出した遺跡の上に作られた村であった。
村の誰もが筒を抱えている光景に二人はもしや、と思い確認してみれば村全員が魔法使いだというではないか。
助けてくれた男と別れ村長にしばらく滞在させていただくとの挨拶をした二人であったが、思いのほか暮らしやすいこの場所と優しい村人たちに愛着が湧きついには定住することを決めたのであった。
村は村に伝わる独特の言葉を使い、見たこともない儀式を多々行った。
それらを受け入れたライオスとメイリーは村人に歓迎され村の一員となった。
ルルシヴァクが産まれた。
お腹の子は男の子出会った。
"金髪緑目"顔と髪は母に、性格と目は父に似た。
村に馴染むため子供に混じって教会で神父にこの村の言葉を教えてもらっていたライオスは子供に自由な名前をつけられないことを知った。
1歳になった息子につけられた名前はルルシヴァク。想像以上におかしな名前にライオスは受け入れず息子を英雄アレイアにちなんでアレイと呼び続けた。
すっかり母親になったメイリーはルルシヴァクが混乱するから全然違う名前で呼ぶのをやめるようにと注意したがライオスはガンに辞めることはなかった。
ライオスは遺跡に囲まれた村や独特の食べ物、初めてみる魔物に魅力されていたが、独特の文化と言える程度の儀式は許せても時折行われるイかれた儀式には不信感を抱いていた。
5歳になったルルシヴァクは、村の秘儀である洗礼を受けることになった。
洗礼を受けると賢くなったり、身体的特徴が変わるという。それ以上に村を魔法使いたらしめているのはこの洗礼であった。
古の魔法により異界と接続し時の止まった世界で聖霊から魔法を授かる儀式。
そう説明されたライオスは明らかにまともなものではないと思った。
ライオスは昔行った邪教徒討伐時に見たやばい儀式を思い出した。
彼は息子に洗礼をさせるのは反対であったがメイリーは魔法使いに生まれ持った才能以外でなれるのは子供のためにもなると考えて喜んだ。
洗礼は無事に終わった。
生贄や悍ましい儀式を想像していたライオスは杞憂に終わった。
教会の奥、椅子に座って眠るだけ。
逆にこんなもので見た目が変わったり魔法が使えるようになるのかと疑問に思ったが自宅に連れ帰った息子の姿が変わっていたのを見てそれが本当だったと理解した。
丸一日起きないルルシヴァクにあの妙な儀式のせいで一生目覚めないのではないか。そう思えて気が気じゃなくて朝から酒を飲んでいたライオスの前にドアを開けてルルシヴァクが姿を現した。
姿は同じだった。言動も同じに見えた。
でも何かが違う。
雰囲気か気配か……何が違う。
ルルシヴァクの眼は鮮やかな紫色に変わっていた。美しい紫色。きらめく宝石のような目に変わっていた。
それだけではない、年相応の子供だったはずの息子は言葉は変わらずとも何故か知的な雰囲気を感じた。
ライオスは息子を変えた村に不信感を覚えた。だが喜ぶメイリーの前では悪くは言えなかった。
都会人が田舎でスローライフを送ろうとした時に起こる問題あるある。
田舎は人間関係があったかくていいし、空気は綺麗で素晴らしいと思い住み着くも、人間関係があったかいどころか暑苦しいくらいに関わってきてウザくなってくる。
自分の趣味趣向に口を出され踏み込んで欲しくないことまで踏み込んでくる。ついでに家の中まで踏み込んでくる。
村の自治会は強制参加、若者は仕事があって疲れていても消防団に強制参加。
異端は排除、村の習慣と伝統は絶対遵守……多少法律違反でもやらないといけない。
コロナウイルス にかかれば石を投げられ顔や個人情報を晒され町を歩けば罵倒を浴びせられる。
田舎でスローライフは出来ない……QED証明完了